近年、がんなどの疾患に対する分子標的治療薬の開発はめざましく、多くの患者にとって希望の光となっています。その一方で、実際に薬剤を適用できる患者や、薬剤の効果が見られる患者は一部に限られることがわかってきました。また、希少疾患など では、どのような遺伝子異常が原因となって疾患が発症するのかわからないため、診断・治療方針の決定などが困難である疾患が多数あります。
このような問題に対して、2015年に米国において発表されたPrecision Medicine initiative(個別化医療、精密医療)という概念は、日本我が国の医療業界のみならず全世界規模で着実に定着しつつあります。個人の遺伝子情報を解析し、それらの特徴を踏まえながら、最適な治療方針を決めるという精密かつ無駄のない医療の実現が期待されています。我が国でもがんに対する大規模な臨床試験が実施され、がんを含むさまざまな疾患に対する遺伝子検査を用いたゲノム医療の基盤整備が進んでいます。
そこで今回は、昨今話題になっている個別化医療とがんゲノム研究に必要不可欠な次世代シーケンサについて、ご紹介いたします。
▼こんな方 におすすめです!
・がんゲノム研究を行っている方、興味のある方
・次世代シーケンサによるがんゲノム解析に興味のある方
個別化医療と次世代シーケンサ
米国にて1985年に開始されたヒトゲノム計画は、1991年に我が国でも開始され、2003年に完了しました。当時の技術で10年を超える時間をかけて解析していたヒトの全ゲノム配列は、ヒトゲノム計画完了から16年経った現在、次世代シーケンスと呼ばれるDNAシーケンス技術の大幅な進歩によって、1週間程度で解析できるようになりました。単一の遺伝子変異などの場合には、他のプラットフォームでも解析可能ですが、多様な領域、多様な検体を一度に解析するという目的において、次世代シーケンサは最適なプラットフォームとなっています。このように個人のゲノムを解析することが可能になった現在、この次世代シーケンスを用いて、個人の遺伝的な特徴を理解し、それぞれに適した薬の適用や治療方針の決定が求められる社会となっています。
ゲノム全体を解析することはさまざまなリスクを予測する、あるいは疾患を理解するうえで、非常に重要です。しかし、全ゲノム解析には未だ多くの費用や時間が伴うため、異なるアプローチによるゲノム解析が模索されていました。そこで、次に見出された技術がターゲットリシーケンスという手法です。
がんや遺伝性疾患などに関して、あらかじめその病態に関連していることが報告されている遺伝子(数十~数百遺伝子)に限定して解析することにより、より短時間かつ低コストを実現し、腫瘍組織の不均一性から生じる低頻度変異も検出可能となりました。
このように次世代シーケンサは、
・個人の特徴を多様な遺伝子領域でとらえる
・疾患の特徴を多様な遺伝子領域でとらえる
といった目的に最適な機器です。
日本でも、がんのゲノム情報に基づいた治療を行うべく、がんゲノム医療を牽引するがんゲノム医療中核拠点病院を中心とした医療体制を整備することで、全国どこにいてもがんゲノム医療が受けられる体制が段階的に構築されつつあります。
このような医療体制のもと、既に次世代シーケンサを用いた保険診療が始まっています。例えば、遺伝子パネル検査では、病院や検査会社などさまざまな組織・施設が協働して、検体からの核酸抽出や次世代シーケンスの実施、データ解析、得られたデータに基づいた専門チーム(エキスパートパネル)による会議など、個人やがんのゲノムの特徴を捉えた精密な医療が進められています。
がんゲノム研究と次世代シーケンサ
前述のようなDNAシーケンスの革新的な技術進歩により、がんに関連する分子標的治療薬の臨床試験や新たな薬の開発のためのバイオマーカーの研究が活発に行われています。
次世代シーケンサは、サンプルに含まれる核酸の塩基配列を短時間で大量に解析することができる機器です。この機器を用いて、さまざまな組織の固形腫瘍を始め、造血器腫瘍(白血病など)に含まれるがん関連遺伝子の一塩基変異、挿入・欠失、コピーナンバーのバリエーション、融合遺伝子などを解析することにより、腫瘍形成や浸潤、転移など、がんの進行に関連する特定の変異の同定および機能的分類などに必要な情報を得ることが可能です。
また、腫瘍組織そのものを解析するだけでなく、近年話題となっているがんに関連する免疫システムの理解にも次世代シーケンサは不可欠です。体細胞変異を有するがん細胞は、ゲノムあたりの変異量が多いほど、分子標的治療薬の効果が高いという報告があり、体細胞変異量を次世代シーケンサで解析するという試みが盛んに行われています。また、血液やリンパ組織に存在する免疫系細胞(T細胞など)の集団を解析することにより、がんに対して機能している免疫細胞の種類を同定し、効果的なT細胞集団のみを増殖させ、がんを攻撃させるといった手法も開発されています。さらに、腫瘍周辺の組織の遺伝子発現解析を行うことにより、腫瘍と免疫システムの拮抗的関係を明らかにするといった研究も盛んに行われています。
さらに、がんの治療後にも血液などの液性検体(リキッドバイオプシー)を継続的にサンプリングし、そこに含まれるがんの痕跡を解析することにより、再発などを早期に発見できる可能性も示唆されています。
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