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HPLC(高速液体クロマトグラフィー)とは
HPLCとは高速液体クロマトグラフィー(High Performance Liquid Chromatography)の頭文字をとった略語で、定性・定量を行うために利用されるもっともポピュラーな分析手法のひとつで、日本では「液クロ」とも呼ばれています。
HPLCは試料に含まれる複数の溶質成分を迅速かつ同時に定性・定量が可能で、高精度の装置群により構成されるため分析値の再現性にも優れています。また、HPLCに注入する試料量は数μLオーダー程度から測定が可能で、HPLCの装置の構成やパラメーターを分析者の目的に応じて選定可能なため、幅広い試料適用性を得られます。このような特長から、世界中のあらゆる科学分野や産業の基盤を支える科学技術としてその地位を確立しています。
今回はHPLCに関する基礎をご説明いたします。
▼こんな方におすすめです!
・HPLC初心者で、基本から学びたい方
・HPLCをこれから初めて使う方
・HPLCの基本事項をおさらいしたい方
クロマトグラフィーの特長
HPLCの説明の前に、クロマトグラフィーについて簡単に復習をしましょう。
クロマトグラフィー(Chromatography)とは、1903年にロシアの植物学者のミハイル・ツヴェットが創始した、物質を物理的に分離する技術です。クロマトグラフィーは分離の対象となる成分(分析種)を「2相間の分布に基づいて」効率的に分離することが可能です。「2相間」と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、例えば、水と油(たとえばヘキサン)の二つの溶媒を用いる液-液分配の操作をイメージしてみてください。この2種の溶媒は混和しないため、分液ロートにそれぞれ等量を入れて混ぜ合わせようとしても、すぐに水相と油相の2相に分離します。ここに、溶質として別の成分を添加して混ぜ合わせたら、溶質はどちらの相に存在するでしょうか?
例えば、砂糖のように水に溶けやすい溶質を添加したとき、砂糖は油相にほとんど溶けませんので、水相に多く存在することになります。反対に、サラダ油のようにヘキサンに溶けやすい溶質を添加した際には、水相よりも油相に多く存在します。このように、砂糖とサラダ油では水とヘキサンの「2相間」で存在の比率(=分配比)が大きく異なりますので、もしあなたがこの分液ロートから砂糖だけを取り出したい(分離したい)のであれば、この分液ロートから水相だけを取り出し、水を留去させれば砂糖だけを得ることができます。サラダ油を取り出したいときには油相を取り出し、同様の操作をすれば単離が可能です。
クロマトグラフィーの原理の大枠も同様で、二つの相に対する分配の差異を利用して分析種を単離・精製することが可能です。ただし、クロマトグラフィーにおける二つの相は、一つは固定し、もう一つは一定方向に移動させて用います。前者を「固定相」、後者を「移動相」と呼び、クロマトグラフィーにおいて分析者は固定相と移動相の組み合わせにより分析種の分離をコントロールすることができるようになります。したがって、分析種・固定相・移動相の三つの特性の理解がクロマトグラフィーにおいて非常に重要になります。
ちなみに、移動相に液体を用いるクロマトグラフィーを液体クロマトグラフィー(Liquid Chromatography:LC)、気体を用いる場合をガスクロマトグラフィー(Gas Chromatography:GC)と呼び、分析種や試料の性状、分析者の目的に応じて使い分けがされますが、GCは主に揮発性の分析種に対して用いられます。
HPLCの特長
HPLCは上述の通り、非常に幅広い分野で活用される分析手法で、装置各所の設定次第で得られる分析結果が大きく変わります。
HPLCのポテンシャルとして、下記のような特長があります。
・1回の分析で複数の分析種(溶質)を同時に定性・定量が可能
・分析の感度は装置構成や分析条件の設定により、%からpptオーダーまで幅が広い
・対象となる分析種の分子量は低分子(数g/mol)から高分子(数千万g/mol)まで
・分析種の分離の可否は「固定相(カラム)」と「移動相」の組み合わせにより決定する(実際の試料測定では試料中に分析種以外の夾雑成分が存在するケースが多く、分析者はその試料の測定に最適な分析条件の検討が必要となる。この検討のなかで、カラムや移動相などの諸条件の“組み合わせ”は分析の可否を大きく左右する。)
・分析結果は再現性に優れており、特にオートサンプラーなどを使用することでより高い再現性を確保でき、さらに生産性を向上させることが可能
HPLCで測定できる成分
HPLCは低分子から高分子、イオン性・非イオン性まで幅広い分析種が対象となります。イオン性の分析種については、HPLCの一種であるイオンクロマトグラフィーが多用されます。
科学分野ごとの一般的な対象化合物群の一例を下記に示します。
<製薬・医薬・メタボロミクス>
低分子医薬品、原薬、中間体、バイオ医薬品(抗体医薬、核酸医薬、ペプチド医薬など)、インタクトタンパク質、凝集体、変性体、糖鎖、グリカン、バイオシミラー、バイオベター、PEG化タンパク、PEG化ペプチド、糖ペプチド、薬物代謝物、MAb、糖タンパク質、バイオマーカー、シアル酸、オリゴ糖、脂質、リン脂質、脂肪酸
<食品・飲料>
糖類(単糖、二糖、オリゴ糖、多糖、糖アルコール)、ビタミン、抗生物質、動物用医薬品、残留農薬、POPs、カビ毒(マイコトキシン)、食品添加物(着色料、染料、人工甘味料、保存料など)、香辛料、トランス脂肪酸
<水・土壌・大気・環境>
ゴルフ場農薬、除草剤、POPs、無機イオン、無機酸、有機酸、ハロ酢酸、医薬品およびパーソナルケア製品(PPCP)、有機フッ素化合物(PFCs)
<法医・毒物>
規制薬物(麻薬、合成麻薬、大麻、覚せい剤、デザイナードラッグ、向精神薬、オピオイドなど)、アンチドーピング関連(禁止物質、禁止薬物、ステロイドなど)、薬物代謝物
<化学、工業>
化粧品、化成品、原料、反応中間体、反応生成物、合成物、副生成物
それぞれのアプリケーションデータは下記URLのAppsLab Libraryを参照してください。
AppsLab Libraryはこちら
HPLCの構成
HPLCはその流路の上流から、下記の五つのセクションにより構成されます。装置の構成と役割が説明されている動画もありますので、それと合わせて確認してください。
Introduction to Ultra High Performance Liquid Chromatography Whiteboard Video
<①ポンプ・移動相>
送液ポンプにより移動相を一定の流量で送液します。装置構成によってポンプの前後で複数の移動相を混合することも可能で、分析中に移動相組成を変化させる分析手法を「グラジエント分析」、「グラジエント溶離」と呼びます。
<②試料注入部>
HPLCに測定試料を注入します。主にオートサンプラーやマニュアルインジェクターが使用されます。
<③カラム(固定相)>
HPLCに注入された試料を分離する部分で、固定相として機能するカラム充填剤が充填されているステンレス製(または樹脂製)の管です。充填剤はシリカゲルもしくはポリマーの微粒子で、その表面に化学修飾がされている場合がほとんどで、種類も数多く存在します。
<④検出器>
カラムで分離された分析種を検出します。検出器は得られたシグナルをPCなどのデータ処理部へ電気信号として送信します。検出器には多くの種類が存在しています。光学検出器としてUVD、DAD、RID、FLD、また電気的な検出原理を利用したCorona CAD、CDD、PADなどが一般的です。また、分析種の質量/電荷比(m/z)に基づいて分離、定性、定量が可能な質量分析計(mass spectrometry:MS)も多用されており、その内部機構によってシングル四重極、トリプル四重極、イオントラップ、Thermo Scinetific™ Orbitrap™などに分類されます。
<⑤データ処理部>
PCとデータ解析用のソフトウェアを利用して検出器から受信したシグナルを解析・出力する部分です。分析者はHPLCにより得られた分離の結果を「クロマトグラム」やスペクトルとして確認できます。
HPLCの定性・定量
HPLCでは、クロマトグラム中に現れたピークの時間とその面積値により、分析種の定性と定量を行います。
・定性:「分析種のピークの時間」
・定量:「分析種のピークの大きさ(面積値、積分値)」
ここでは、分析種固有の性質を利用して分離を達成します。したがって、HPLCの分析条件(移動相、固定相、装置条件、試料など)が一定であれば、クロマトグラムには特定の分析種が常に同じ時間にピークとして現れます。これを利用し、未知試料中の
分析種の定性が可能になりますが、試料によっては目的の分析種と類似の化学的特性を有する化学種が混在していることもあり、クロマトグラム上で十分な分離が得られないこともしばしばあります。そのような場合は定性・定量が困難になりますので、適宜HPLCの分析条件を変更、あるいは質量分析計などの選択性が高い検出器の活用など、最適化が必要になります、
定量には、分析種のピークの面積値(=検出器の応答)を利用します。分析者は目的の分析種の分析を実施する前に、分析種の標準溶液(既知濃度の試料溶液)をいくつか測定し、試料濃度と得られたピーク面積値によりプロットした「検量線」を作成します。この検量線をもとに、実試料分析で得られたピークの面積から試料中の存在量を算出し定量を行います。
HPLCのカラムでの分離と検出までをイメージをつかむため、アニメーションをご紹介します。
Thermo Scientific Accucore HPLC Columns
HPLCの測定濃度範囲
HPLCにおける測定濃度の範囲は検出器に大きく依存します。検出器はその測定原理により、分析種に対する応答の特異性やダイナミックレンジが異なります。試料の性状や分析種の存在量、狙いとする検出範囲に応じて選定が必要となります。また、検出器での応答性を増大させるために、HPLCに試料を注入する前に分析種の誘導体化や濃縮・希釈、夾雑成分の除去操作を行う「試料前処理」とよばれる操作も一般的によく用いられます。
測定可能な濃度範囲はカラムによっても決定されます。カラム充填剤の種類、粒子径、カラムのサイズにより、分離に最適な試料注入量が大きく異なります。目的の分析結果を得るためにはカラムも十分に検討し選択しましょう。
HPLCで測定できる試料
HPLCは主に液体試料(溶液)の分析に用いますので、固体試料についてはHPLCでの分析の前に試料の溶液化を行うための試料前処理が必要になります。固体試料の溶液化には抽出、溶解、分解などが一般的ですが、最終的に得られる試料溶液はHPLCに用いる移動相にも溶解する溶媒・溶質でなければなりませんので、前処理の段階で移動相との混和性を確認する必要があります。
HPLCの測定時間
分析時間については一般的に数分~1時間程度が通例です。しかし、分析者の目的や必要とする分析感度、精度、分析種の数などにより大きく変化します。昨今ではHPLCよりもさらに高耐圧・高性能な超高速液体クロマトグラフィー(Ultra High Performance Liquid Chromatography:UHPLC)も普及し、分析時間が数分以下となる分析事例も数多く報告されています。
まとめ
HPLCは分析値の精度や検出感度、汎用性、スループットなど数多くのアドバンテージを有する分析手法です。あらゆる科学分野において科学者を支える基盤となる技術で、装置だけでなくカラムやその活用方法なども日々アップデートされ続けています。
HPLCを上手に使うためには、分析種が十分に分析できるようなHPLCの分析条件を検討するだけでなく、分析のスループットを向上させ、生産性を高めることも重要です。特に、カラムの選定は重要ですので、次回以降ではカラムや分析条件の最適化についても説明をしていきたいと思います。
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