▼もくじ
はじめに
イオンクロマトグラフィーとは、水溶液中でイオンとして存在している物質を分離定量する方法です。水質分析などの環境測定や、工業、医薬品、食品分野の品質検査など幅広い用途で使われています。
今回は、これまでイオンクロマトグラフィーに全く接する機会がなかった方にもわかりやすく、イオンクロマトグラフィーの基礎をご紹介します。
イオンクロマトグラフィーの特長
- 1回の分析で複数のイオン成分を同時に分析することが可能です。
- ppt〜ppmレベルのイオン成分の分析ができます。
- NO2–、NO3–のような酸化状態の異なるイオン成分を別々に定量することができます。
- Fe2+、Fe3+のような価数の異なるイオン成分を別々に定量できます。
- オートサンプラーを使用することで、さらなる分析の自動化が可能です。
- 測定結果に個人差がなく、再現性に優れています。
イオンクロマトグラフィーで測定できる成分
イオンクロマトグラフィーでは、主に無機の陰イオンと陽イオンの測定を行うことができます。また、一部の有機酸やアミンの測定も可能です。
解離乗数が7以下で、価数が1、2のイオンが主な測定対象です。図1にイオンクロマトグラフィーで測定できる成分を記載します。色が付いている成分はイオンクロマトグラフィーにより測定できるものです。このほかにも低級脂肪酸、有機系スルホン酸、金属錯イオン、アミン類、アルコール類、アミノ酸、糖・糖アルコールなどの測定が可能です。
一般的な測定ではイオン交換カラムと電気伝導度検出器を使用しますが、測定項目によっては異なる種類のカラムや検出器を使うことがあります。
陰イオンと陽イオンはそれぞれ分析条件が異なるため、1台の装置で同時に分析することはできませんが、同じ電荷の成分であれば同時に分析できる場合が多くあります。
イオンクロマトグラフの構成
図2にイオンクロマトグラフの基本的な構成図を示します。一般的にイオンクロマトグラフは、溶離液を送るためのポンプ、インジェクションバルブ、カラム、サプレッサー、電気伝導度検出器、ワークステーションから構成されています。
溶離液、カラム、サプレッサーの種類を変えることによりさまざまなイオン成分の測定を行うことが可能です。測定目的成分によっては検出器を変えることもあります。試料注入にオートサンプラーを使用することで分析を自動化できます。
イオンクロマトグラフィーを用いた定性・定量
イオンクロマトグラフィーでは標準物質と実試料を測定し、標準物質のピークと実試料のピークを比較して定性・定量を行います。
一定の分析条件のもとでは、特定の成分のピークは標準試料、実試料にかかわらず同じ時間に現れるため、ピークの溶出時間が同じであれば同じ成分であると見なして定性を行います。
図3に陰イオン標準液と実試料である水道水のクロマトグラムを示します。ピークの面積や高さは成分濃度に対して定量的に変化するため、標準液のピーク面積、高さと実試料のピーク面積、または高さを比較して定量を行います。
イオンクロマトグラフィーを用いて定性・定量を行う場合は、測定目的成分が明確であることとその目的成分の標準物質が入手できることが前提です。未知成分の定性には適していませんが、イオンクロマトグラフィーの検出器として質量分析計を用いることで未知成分の定性ができる場合もあります。
イオンクロマトグラフィーの測定濃度範囲
イオンクロマトグラフィーではppt〜ppmの定量が可能ですが、一般的な測定濃度範囲は数ppm〜数十ppmのレベルです。これより濃度が極端に高い場合は試料を純水で希釈してから測定します。濃度が低い場合は装置に注入する試料量を増やして対応します。濃縮分析の手法を用いることによりpptレベルの定量も可能です。
測定目的成分以外の成分の濃度が高い試料の場合は、測定目的成分の定量を妨害することがあるため、希釈を行ったり、前処理で妨害成分を除去してから測定します。定量下限値は成分の種類や分析条件によって異なります。
イオンクロマトグラフィーで測定できる試料
イオンクロマトグラフィーで測定できる試料は、純水に溶解するものが基本です。酸やアルカリで溶解できるものやアルコールなどの有機溶媒で溶解できる試料も一部対象です。しかし、測定目的成分以外の物質が大量に試料に入っていると、分析精度が著しく低下したり、測定目的成分が妨害を受けて測定できないことがあります。
純水に溶解しない油脂、有機溶媒、タンパク質などは故障の原因となるため、これらを含む試料に対しては前処理を行い、除去する必要があります。また、純水に溶解するものでも、界面活性剤や強い酸化能・還元能を持つ成分も故障の原因となります。
試料が気体の場合は、液体に吸収してから吸収液中のイオンを測定します。
樹脂のような水に溶解しない固体の試料の場合は、燃焼させた後に発生したガスを吸収液に捕集して吸収液中のイオンを測定する方法もあります。
イオンクロマトグラフィーの測定時間
イオンクロマトグラフィーでは、一般的に複数の成分を1回の試料注入で同時に測定することが多いため、1検体の測定は10〜30分程度かかります。測定の内容によっては数分で終了する場合や1時間以上かかる場合もあります。図4にカラムによる測定時間の違いを示します。
イオンクロマトグラフィーの測定原理
イオンクロマトグラフィーでは、イオン成分の分離はイオン交換樹脂が充てんされたカラムで行われます。試料注入部から注入された試料は、溶離液によってカラムに運ばれます。
試料中のイオンは、一旦、カラム内のイオン交換樹脂に保持されますが、溶離液によって流されカラム内を移動していきます。
イオンの価数、イオン半径、疎水性などの性質の違いによりカラム内を移動する速度が異なるため、カラムを通過する間にイオン成分が分離されていきます。図5にカラム内での分離のイメージを示します。
カラムから溶出したイオン成分と溶離液はサプレッサーに入ります。サプレッサーは測定イオン成分の感度を高め、溶離液のバックグラウンドを低下させて測定感度を向上させます。イオン成分はサプレッサーを通過した後、検出器で検出されます。
イオンクロマトグラフィーでもっとも多く使用されている検出器は電気伝導度検出器です。電気伝導度検出器では、検出器セル内の電極間を通過する液中でイオン化している成分のみを検出します。電気伝導度は抵抗の逆数で、単位はS/mで表されます。電気伝導度のシグナルの強さは成分の種類とその解離状態に依存します。
電気伝導度検出器は、イオン成分のみを検出するためイオン分析には非常に適した検出器ですが、測定目的成分だけでなく溶離液自体も解離しているため、溶離液が高い電気伝導度を示します。溶離液のバックグラウンド電気伝導度が高いとノイズが高くなり、高感度分析が難しくなりますが、電気伝導度検出器の前にサプレッサーを取り付けて溶離液の解離を抑制することで、溶離液のバックグラウンド電気伝導度を低下させることができます。
この検出器で検出される電気伝導度とは、検出器のセルを通過する溶液中の陰イオンと陽イオンの伝導率の和なので、陰イオンを測定する場合でも、その対となる陽イオンの伝導率が高ければ陰イオンの測定感度が上がります。表1にイオン成分のモル伝導率を示します。
陰イオン分析の場合は、サプレッサー内で「陽イオン→水素イオン」の交換が起こります。表1からわかるように水素イオンは伝導率が高いため、測定目的陰イオン成分の対イオンが水素イオンになることで陰イオン成分の感度が上がります。
陽イオン | λ+ | 陰イオン | λ– |
H+ | 350 | OH– | 198 |
NH4+ | 39 | F– | 55 |
Na+ | 50 | Cl– | 76 |
K+ | 74 | Br– | 78 |
1/2 Mg2+ | 53 | NO3– | 71 |
λ: モル伝導率、単位: Sm2mol-1、総電気伝導度: Σ(λ+)+Σ(λ–)
イオンクロマトグラフィーの使用例
イオンクロマトグラフィーは、環境測定、品質管理、研究開発など多岐にわたる分野で使用されています。JISや上水試験方法など、さまざまな公定法にも採用されています。
下記にイオンクロマトグラフィー法が採用されている公定法の一部とアプリケーションを記載いたします。
【公定法】
日本工業規格(JIS)、上水試験方法、下水試験方法、衛生試験法、食品添加物分析法、土壌標準分析・測定法、塩試験方法、大気汚染物質測定法指針など
【アプリケーション例】
- 水道水中の陰イオン、陽イオン
- 排ガス中の NOx、SOx
- 雨水中の陰イオン ・超純水中の微量イオン
- 工場排水中のフッ化物イオン
- 無電解ニッケルメッキ液中の陰イオン、有機酸
- 化学薬品中の不純物イオン
- バイオ燃料中の陰イオン、有機酸
- 食品中のポリりん酸
- 発電所プロセス水中のアミン
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