神経細胞の分化は、細胞骨格の大規模な再構築だけでなく、細胞外マトリックスに応答するシグナル伝達経路を必要とします。こうしたプロセスの実行には、GTPaseが不可欠です。Ras GTPaseファミリーは、膜関連シグナルトランスデューサーとして機能します;Rho GTPaseファミリーは、アクチンや微小管のダイナミクスの調節を担います。GTPaseや各エフェクター結合タンパク質の細胞内の位置によって、細胞分化が影響を受けます。本調査では、Thermo Scientific Active GTPase Pull-down and Detection Kitsの構成品を利用して、Rho/Ras GTPaseの活性および細胞内局在についてアッセイしました。上記キットをプルダウンアッセイに使用するだけでなく、GTPase抗体およびGSTタグエフェクター結合ドメインを使用して免疫蛍光の局在化を行いました。NS-1細胞(PC-12の神経細胞株の誘導体)を神経成長因子(NGF)で刺激すると、試験対象のGTPase標的は時間/位置依存的な活性化を示しました。これらの結果は初代ラット皮質ニューロンの染色パターンに相関し得ます。本キットを使用することにより、神経細胞の活性型GTPase活性を検出でき、また活性型GTPaseの細胞内局在を効果的に調べることができました。

分化した細胞は、タンパク質相互作用のカスケードに導かれる非常に特殊な機能を果たします。これらのカスケードでは、低分子量GTPaseによって以下のプロセスが促進されます:アクチン細胞骨格への細胞表面受容体の結合;他の細胞や細胞外マトリックスとの相互作用の先導;脂質やタンパク質の送達/内在化。神経発生において、細胞形状の初期破壊や神経突起の成長/拡張のための芽形成には、細胞骨格の再配列や微小管の組織化が不可欠です。神経細胞の in vitro伸長を研究するため、未分化の神経細胞株を神経成長因子(NGF)で刺激し、一定期間モニタリングします。チロシンキナーゼ受容体(TrkA)を介してNGFシグナル伝達が発生することによって、Ras GTPaseが膜で活性化されます。PI3キナーゼを介したRasシグナルの伝達後さらにRas/Rho GTPaseを活性化させると、Rap1/RalA/Rho GTPが活性化されます。Ras/Rap1/RalAの各GTPaseは、上流のシグナルトランスデューサーとして機能します;しかし、Rho GTPase (Rac1/Cdc42/RhoA)は拮抗的に作用し、アクチンの骨格や微小管・転写活性・膜輸送に影響を及ぼします。Rac1およびCdc42により神経突起の形成が促進され、RhoAにより神経分化が阻害されます。GTPaseの複雑な調節によって、神経細胞の分化の運命が決定付けられます(図1)。1-3

GTPase-Research-Fig1

図1. 神経発生におけるGTPaseの機能。 相互作用する各シグナル伝達経路の複雑なバランスによって、神経細胞の分化が制御されます。 緑の矢印:細胞形態の変化の促進;赤線:細胞形態の変化の阻害。

各エフェクター結合タンパク質の状況に応じて、神経分化の調節は、シグナル伝達カスケードおよびGTPaseの空間的位置のいずれにも依存します。NGFの刺激後、Rac1は膜にリクルートされ、 ラッフル膜を形成します。その後、Rac1は分化時に神経突起抹消から半分の位置に局在化します。Cdc42は、先端部から突出した微小突起中に存在します。Rac1およびCdc42によって、PAK1キナーゼを介して神経分化が誘導されます。RhoAが活性化されると、RhoAは細胞周囲に厚いリング状構造を形成し、細胞膜へのRac1のリクルートが抑止され、 神経突起の退縮が起こります。3 RhoAによる神経突起延長の負の調節は、Rhoキナーゼ(ROCK)に依存しています。分化を誘導する初期シグナル伝達事象の後、各GTPaseによって神経突起成長や軸索シグナル伝達の正負調節が誘導されます(図2)。これによって、細胞の流動性が高まり、極性化・延長・誘導・再分化時におけるシグナル伝達や調節の機能が得られます。

GTPase-Research-Fig2

図2. 神経発達の各段階。 各段階の下部に、本研究でアッセイしたGTPaseを記載しています。 緑:正;赤:負。

神経細胞NS-1をNGFで刺激し、Active GTPase Pull-down and Detection Kitsを使用してRho/RasファミリーGTPase活性について研究を行いました。機能的プルダウンアッセイで下流エフェクタータンパク質のGST融合物(GTPaseの活性形態にのみ結合)を用いて、活性型GTPaseの活性度を評価しました。GST-PBDタンパク質および抗GTPase抗体を用いた免疫蛍光染色法により、活性型GTPaseの空間分布を測定しました。

結果と考察

機能的プルダウンアッセイの結果、GTPaseの継時的制御が確認されました。Ras活性のピークは1日目と2日目であり、Rac1/Rho活性は初期時点に提示され、その後経時的に減少します。RalAの活性については、大幅な変化が見られませんでした(図3)。免疫蛍光染色によって、Rac1は膜ラッフルに存在し、神経突起の延長により拡張されることが判明しました。神経突起の周辺/内部でPak1が共局在することから、この領域でRac1は「活性状態」であることが示唆されます(図4)。一次分化ラット皮質ニューロンから、Rac1/Pak1 PBDはそれぞれ類似した染色パターンが得られました(図5)。上記結果は、先行の研究報告の結果におおよそ相関します。1-3 しかしRhoは、細胞体周囲や核周辺領域に厚いリング状で局在します。刺激後、ロテキンとの共局在は核周辺領域において発生し、神経突起の延長に伴い共局在が拡張されることはありません(先行研究でも同一の結果)。またRasも核周辺領域や細胞周囲に存在し、膜から核への細胞シグナル伝達の機能が一致しています。エフェクター結合ドメインRaf1との共局在によって、細胞体中だけでなく神経突起拡張のノード中に活性型Rasの存在することが示唆されます(図4)。

GTPase-Research-Fig3b
図3. 活性型GTPase活性度の機能的プルダウンアッセイ。 NGF刺激性NS-1細胞中で、活性型GTPaseが検出されました(「手法」の項に記載)。 各スキャンブロット上で局所濃度を測定し、スケールにノーマライズしました。 上のグラフに、4日間にわたるRas/Rac1/Rho/RalAの導入結果をまとめました。
GTPase-Research-Fig4
図4. 抗体の代わりにGTPase結合ドメインを使用して、分化神経細胞中でGTPase活性を局在化します。 NS-1細胞を増殖させ、NGFを用いて処理しました(「手法」の項に記載)。 二日目の分化細胞のGTPaseおよびGTPase結合ドメイン(BD)染色はモノクロ画像で示しています。 非処理(対照)細胞と二日目の分化細胞の各画像をマージして、カラー画像で示しています。 DyLight 549標識二次抗体を用いて、GTPaseを検出しました。 DyLight 488標識抗GST抗体を用いて、GTPaseエフェクター結合タンパク質を検出しました。 画像中の矢印(白)は、共局在領域を示しています。
GTPase-Research-Fig5

図5. Rac1およびPak1は、ラット初代皮質ニューロンで同様の局在パターンを示します。 E18 Sprague-Dawleyラット(BrainBits, Springfield, IL)由来の新鮮な皮質組織を用いて、ポリ-D-リジン被覆の12ウェルスライド中で一次ニューロンを培養しました。 細胞をRac1およびPak1と共染色しました(「手法」の項に記載)。

結論

Active GTPase Pull-down and Detection Kitsを使用すれば、分化過程やGTPase細胞局在時のGTPase活性を可視化することができます。GSTタグ付きGTPaseエフェクター結合ドメインの本来の役割は、「活性型GTPase」の染色に限定されていますが、エフェクターの一部が複数のタンパク質やGTPaseに結合する場合があります。つまりGTPase抗体と各結合ドメインの共局在により、「活性型」GTPaseの細胞内局在が示唆されます。共局在の研究によって、分化時の空間的活性に関する解明が進みました;ただし、特異性をさらに高めバックグラウンドを低下させるには、エフェクター結合ドメインをさらに最適化する必要があります。

手法

細胞培養

以下の各溶液中でNS-1細胞を培養しました:15% FBS含有のRPMI培養液;ペニシリン/ストレプトマイシン;コラーゲンIV被覆プレート上あるいは細胞培養処理のされた8ウェルチャンバースライド(BD Biosciences)上に配したHEPESバッファ。培養密度80%以下で、50 ng/mLのNGF(EMD Biosciences)を用いて細胞を刺激しました。また、一部の細胞については一切処理を施しませんでした。機能的プルダウンアッセイのため、キット付属のlysisバッファを用いて (処理の1時間後、また各1~4日後に)細胞を回収しました。キットマニュアルに従って、活性型GTPaseを新鮮な細胞ライセート(総タンパク質量1 mg)からウェスタンブロットで検出しました。免疫蛍光染色のため、培養液を穏やかに除去して4%パラホルムアルデヒド(37℃で20〜30分間加温)と置換することによって、神経細胞構造を保持させました。染色が完了するまで、スライドを4℃で保存しました。

免疫蛍光染色

固定後、0.05% Triton* X-100を用いて、細胞をphosphate-buffered saline (PBS)中で15分間透過処理し、 5%ウシ胎児血清(FBS)入りPBS中で30分間ブロックしました。50~200 μg/mLのGST-エフェクター結合ドメイン融合タンパク質(Raf1/ロテキン/Pak1)と共に、細胞を1時間インキュベートしました。その後細胞を洗浄して、抗ATPアーゼ抗体(各Raf1/ロテキン/Pak1に対して、それぞれRas/pan-Rho/Rac1を適用)を用いて室温で1時間染色しました(希釈率1:250~1:500)。細胞を洗浄した後、以下をそれぞれ用いて室温で30分間染色しました:ヤギ抗マウス/ヤギ抗ウサギIgGに結合したThermo Scientific DyLight 549 Dye(1:500希釈);抗GST抗体に結合したDyLight 488 Dye(1:500希釈);Hoechst 33342 (DNA染色)。細胞を洗浄し、70、80、90、100の各エタノールシリーズを用いて脱水しました。VECTASHIELD* Mounting Mediaを用いて、カバーガラスをマウントしました。また、Axio Observer (Carl Zeiss社) 倒立顕微鏡(63X対物レンズ)およびAxioVision Software Moduleを用いて、画像を取得しました。

引用文献

  1. Hall, A., and Lalli, G. (2010).Rho and Ras GTPases in axon growth, guidance, and branching.Cold Spring Harb Perspect Biol 2:a001818.
  2. Polleux, F. and Snider, W. (2010).Initiating and growing an axon.Cold Spring Harb Perspect Biol2:a001925.
  3. Govek, E-E., et al. (2005).The role of the Rho GTPases in neuronal development.Genes and Dev19:1-49.


    Active Rac1 Pull-Down and Detection Kit

    Thermo Scientific Active Rac1 Pull-Down and Detection Kitは、Pak1タンパク質結合ドメインとタンパク質の特異的相互作用を介して、 GTP結合Rac1 GTPaseを選択的に濃縮/検出することができます。

    Active Rac1 Pull-Down and Detection Kitには以下が付属します:精製済みのGST-Pak1タンパク質結合ドメイン(PBD);グルタチオンアガロース樹脂;陽性コントロール(GTPγS)および陰性コントロール(GDP);lysis/binding/wash buffer;抗Rac1一次抗体;SDSサンプルバッファ;スピンカラム;収集用チューブ。本キットは、以下を用いて検証済みです:NIH3T3細胞由来のライセート;強力なRac1活性を有することの知られる細胞株。

    For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.