哺乳類の脳では、シナプス機能がタンパク質ータンパク質、タンパク質ー脂質、脂質ー脂質相互作用で結合した複合体によって決定されています。シナプスタンパク質の相互作用は学習、記憶、感覚統合、運動調整、情動反応の機能を制御します。様々なシナプスタンパク質の機能喪失または調節異常が神経変性疾患に関連するというエビデンスがあります。1タンパク質組成およびシナプスでの機能における分子変化を単離し観察する能力は、こうした疾患の機序を理解するのに重要です。

神経組織ホモジナイズ(図1)で作られ、単離された神経終末(つまりシナプトソーム)からシナプスタンパク質の濃縮された分画が得られます。シナプトソームはミトコンドリアおよびシナプス小胞などの完全なシナプス前終末、シナプス後膜、シナプス後肥厚を含みます。シナプトソームは一般にシナプス機能を研究するため使用されており、それはシナプトソームが機能性イオンチャネル、レセプター、酵素とタンパク質など、神経伝達物質の放出・取り込みと貯蔵に関わる完全な分子機構を含んでいるからです。シグナル伝達はシナプスでのニューロンタンパク質を一過性にリン酸化することで高度に調節されており、2シナプトソーム調製の際のこのタンパク質修飾を保存することは重要です。

A12n03-Fig1-87793-Syn-PER図1機械的ホモジナイズで分離した神経終末およびシナプス後膜の一部から形成されたシナプトソームの概略図

本研究では、Thermo Scientific社製 Syn-PER Synaptic Protein Isolation Reagentがニューロン組織由来の活性シナプスタンパク質を含む機能性シナプトソームの単離に有効であることを示します。加えて、Syn-PER試薬は不安定または一過性のニューロンタンパク質リン酸化イベントの研究を、組織破壊の際に修飾を安定化させたり保存したりすることで簡単にします。

結果と考察

シナプスタンパク質の抽出と濃縮

抽出プロセスの効率を決定するため、Syn-PER試薬または標準自家製バッファーを用いて、新鮮なマウス脳組織用の一般的なダウンス型抽出プロトコルを使用して調製した全シナプスタンパク質収量を比較しました(図2)。Syn-PER試薬を使用して得られたシナプスタンパク質サンプルの収量は自家製試薬で調製したサンプルに比較して3倍高くなっていました(図3)。Syn-PER試薬調製で回収した全タンパク質は脳組織の9.7±1.0 µg/mgでした。自家製試薬を用いると、脳組織の3.4±0.8 µg/mgが得られました。

A12n03-Fig2-87793-Syn-PER図2マウス脳からシナプトソームを単離するプロトコル手順は組織のホモジナイズからシナプトソームの分画回集までおよそ1時間かかります。
A12n03-Fig3-87793-Syn-PER図3自家製試薬よりThermo Scientific社製 Syn-PER Synaptic Protein Extraction Reagentを使用することでより多い全タンパク収量が得られた。新鮮なマウス脳(200 mg)由来シナプトソーム懸濁液中のタンパク質収量をThermo Scientific社製 Pierce BCA Protein Assay Kit(品番23225)を使用して定量した。全タンパク質収量は代表的な自家製試薬と比較して、Syn-PER試薬では3倍多かった。

シナプトソーム抽出手順の特異性を決定するため、N-メチル-D-アスパラギン酸受容体2Bサブユニット(NMDAR2B)、PSD95、α-アミノ-3-ヒドロキシ-5-メチル-4-イソキサゾールプロピオン酸(AMPA)受容体のGluR2/3/4、およびシナプトフィジンの個々のシナプスタンパク質を検出するためウェスタンブロット解析を行いました(図4)。Syn-PER試薬で調製したサンプルで、ホモジネートよりシナプトソーム懸濁液で各シナプスタンパク質のシグナルは強くなっています。しかし、自家製試薬で調製したサンプルでは、シナプトソーム懸濁液のシグナルはホモジネートと類似しており、濃縮が最小か全くないことを示しています。シナプトソーム懸濁液の純度は、細胞質タンパク質であるカルシニューリンおよびCDK5、核マーカータンパク質HDAC2を精査して更に確認しました。カルシニューリンおよびCDK5はシナプトソーム分画で検出されましたが、シグナルはホモジネートに類似していました。それに対して、このタンパク質のバンドは細胞質分画で強くなっていました。予想したとおり、HDAC2はシナプトソームサンプルで検出されず、それは核がこの分画から効率的に除外されていたからです。

A12n03-Fig4-87793-Syn-PER1図4自家製試薬よりThermo Scientific社製 Syn-PER試薬を使用したサンプルの方が、シナプスタンパク質をより濃縮することが達成できた。マウス脳組織ホモジネート(H)、細胞質(C)分画、シナプトソーム懸濁液(Syn)からの総タンパク(10 µg)をウェスタンブロット法で定量した。評価したシナプス前またはシナプス後タンパク質マーカーにはシナプトフィジン、シナプス後肥厚部タンパク質95(PSD95)、NMDAレセプター2Bサブユニット、AMPA受容体(GluR2/3/4)がある。カルシニューリン、Cdk5、HDAC2は純度コントロールとして、β-アクチンはローディングコントロールとして用いた。

機能性シナプトソーム単離

シナプス伝達は、シナプス小胞のエキソサイトーシスを介した神経伝達物質放出による刺激と、その後のシナプス小胞のエンドサイトーシスによる回収によって起こります。Syn-PER試薬で調製したシナプトソームに機能性があるかを決定するためには、シナプス小胞エンドサイトーシスおよびエキソサイトーシスを親油性スチリル蛍光色素であるFM* 2-10 Dyeの取り込みと放出をモニターして測定します。3FM 2-10 Dyeは溶液中ではほぼ非蛍光ですが、シナプトソームにインターナライズされると蛍光を発します(Ex506/Em620 nm)。FM 2-10 DyeをSyn-PER試薬で調製したシナプトソーム懸濁液とインキュベートすると、FM 2-10 Dyeはエンドサイトーシス小胞にインターナライズされ、シナプトソームが蛍光を発しました。カルシウム存在下で、KClの刺激は蓄積されたFM 2-10 Dyeを溶液中に放出するよう誘導し、18分間にわたってFM 2-10 Dyeの蛍光がゆっくり減衰する結果となりました。この結果はSyn-PER試薬で調製されたシナプトソーム懸濁液が、FM 2-10 Dyeのエンドサイトーシスによる取り込み、エキソサイトーシスによる放出を行えることを示しています。エンドサイトーシスおよびエキソサイトーシスは様々なシナプスタンパク質に調節された、高度に制御された生物学的プロセスであるため、本アッセイではシナプトソーム懸濁液中のタンパク質に機能性があることを示しました。

A12n03-Fig5-87793-Syn-PER図5機能性シナプトソームが蛍光色素を刺激により放出する。Syn-PER試薬で調製したシナプトソーム懸濁液をスチリル蛍光色素FM 2-10 Dyeでインキュベートした。1.2 mMカルシウム存在下、蛍光(Ex506/Em620 nm)は30 mM KClを添加後18分でゆっくり減衰する。各点は2サンプルの平均値±SDを示す。

リン酸化タンパク質の保存

シナプス伝達はタンパク質のリン酸化で高度に調節されているので、シナプスリン酸化タンパク質の数を保存することがシナプスの機能的動態を理解する上で欠かせません。タンパク質のリン酸化レベルを、Syn-PER試薬で調製したサンプルと他の市販溶解バッファーで調製したサンプルで比較しました。リン酸化ERK(Thr202/Tyr204)、AMPA受容体のリン酸化GluR2(Try869/Tyr873/Try876)、リン酸化PSD95(Tyr236/Tyr240)をそれぞれ特異的に認識する抗体を使用したウェスタンブロット解析は、他の市販溶解バッファーで調製したものよりSyn-PER試薬で調製した脳ホモジネート中およびシナプトソーム懸濁液中で各リン酸化タンパク質が著しく高いシグナルになるという結果になりました(図6)。全ERKシグナルは一定で、ERKタンパク質はいずれの調製方法でも同量で存在することを示しています。これらのデータからタンパク質リン酸化は、他のバッファーに比較してSyn-PER試薬を用いたサンプルでよく保存されることが分かりました。

A12n03-Fig6-87793-Syn-PER図6Thermo Scientific社製 Syn-PER試薬は他の市販溶解バッファーよりもタンパク質リン酸化を保存する。リン酸化タンパク質p-PSD95、AMPA受容体のp-GluR2、p-ERK1/2のウェスタンブロット解析をマウス脳ホモジネート(H)、細胞質分画(C)、シナプトソーム懸濁液(Syn)について行った。
結論

Syn-PER試薬は新鮮なニューロン組織由来の機能性シナプトソーム調製に使用できます。Syn-PER試薬はリン酸化タンパク質のホモジナイズおよび単離プロセス中の分解を防ぎ、不安定または一過性のニューロンタンパク質リン酸化イベントを更に正確に評価することを容易にします。

方法

シナプトソーム調製:全脳または脳半球1個を小脳を除いて(約200~400 mg)、10倍量のSyn-PER試薬または自家製試薬4(プロテアーゼ阻害剤を含む、品番87785)中で、7 mLダウンス型組織グラインダーを上下均等に10回振ってホモジナイズしました。ホモジネートを1200 × gで10分間遠心分離にかけて細胞片を除去し、上清を15,000 × gで20分間遠心分離にかけました。シナプトソームを含む沈殿をそれぞれの試薬中で穏やかに再懸濁しました。

ウェスタンブロット法:各サンプルのタンパク質濃度はPierce BCA Protein Assay Kit(品番23225)を使用して決定しました。等量の全タンパク質(10~20 μg/レーン)を変性2~10%SDS-ポリアクリルアミドゲルで分離し、ニトロセルロースメンブレンに転写しました。メンブレンは3%ウシ血清アルブミンでブロックし、一次抗体と一晩4℃でインキュベートしました。ブロットは西洋ワサビ由来ペルオキシダーゼ標識したヤギ抗ウサギまたはヤギ抗マウス二次抗体(品番31430)(品番31460)と1時間室温でインキュベートし、その後洗浄しました。バンドはThermo Scientific社製 SuperSignal West Pico Chemiluminescent Substrate(品番34080)で視覚化し、フィルムに露出しました。

FM 2-10 Dyeの取り込みおよび放出アッセイ:新鮮に調製したシナプトソーム懸濁液(500 mL Ca含有HBSS溶液中に600 µg)を100 µM FM 2-10 Dye(Sigma-Aldrich Co.)と室温でインキュベートしました。色素の取り込みを刺激するため、シナプトソームを30 mM KClでインキュベートしました。10~15分間の色素取り込みの後、シナプトソームを15,000 × gで5分間遠心分離にかけてペレット化し、HBSS溶液で2回洗浄して余分な色素を除去しました。シナプトソームをHBSS溶液に、1.2 mM CaCl2存在下または非存在下で再懸濁しました。色素放出は30 mM KClで誘導し、Ex506/Em620 nmでモニターしました。

動物実験:Charles River社より入手し、イリノイ大学医学部ロックフォード動物施設で飼育されたC57BL/J6マウス(8~12週、雄雌混合)が脳組織の調製に使用されました。実験はロックフォードのイリノイ大学医学部動物実験委員会に承認された方法で行い、国立衛生研究所の「実験動物の管理と使用に関する指針」に従って実施しています。

引用文献
  1. Wishart, T.M., et al. (2006). Synaptic vulnerability in neurodegenerative disease. J Neuropathol Exp Neurol 65:733-9.
  2. Salter M.W., et al(2009).Regulation of NMDA recrptors by kinases and phosphatases.Biology of the NMDA receptor. pp. 123-48.
  3. Baldwin, M.L., et al.(2003).Two modes of exocytosis from synaptosomes are differentially regulated by protein phosphatase types 2A and 2B.J Neurochem 85:1190-9.
  4. Villasana, L.E., et al.(2006).Rapid isolation of synaptoneurosomes and postsynaptic densities from adult mouse hippocampus.J Neurosci Methods158(1):30-6.


    For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.