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byBabu Antharavally, Ph.D.; Xiaoyue Jiang, Ph.D.1; Robert Cunningham, Ph.D.; Ryan Bomgarden, Ph.D.; Yi Zhang, Ph.D.1; Rosa Viner, Ph.D.1; John C. Rogers, Ph.D. - 06/04/13
タンパク質の同定、特性評価、および定量化に関する生物学的研究において、質量分析(MS)は主要な技法となりました(参考文献1)。一般的に利用される戦略のショットガンプロテオミクスでは、質量分析で分離と同定が可能なペプチドへ、特定アミノ酸でタンパク質を消化することによって、複合混合物中のタンパク質を同定します(参考文献2)。複合溶解液から膨大なタンパク質を同定するには、タンパク質の抽出、還元、アルキル化、消化、および洗浄におけるサンプル調製法が堅固なものでなければなりません。質量分析(MS)にかかる時間や費用、そして分析結果の信頼性と精度は、サンプル調製のクオリティーと堅牢性によって左右されます。研究や臨床の現場で常用される検出技術として、質量分析ベースのプロテオミクスを最大限に有効活用する上では、質量分析前のサンプル調製工程ごとの可変性に対処しなければなりません。数多くの文献で種々のMSサンプル調製法が紹介されていながらも、いまだに標準的手法が確立されていないため、MSサンプル調製技術は、未経験者にとって複雑であるばかりか、熟練者の間でさえ質量分析の結果に大きなばらつきが見られます。
サンプル調製を適切に行うには、以下を実行する必要があります:タンパク質を効果的に抽出する;ジスルフィド結合を完全に還元する;アミノ酸への非特異的修飾を伴わずにシステインを選択的にアルキル化させる;再現性高くタンパク質を分解する;質量分析前に界面活性剤、脂質、および塩などの妨害物質を完全に除去する。
以下では、質量分析用のクリーンかつ再現性の高いペプチド混合物の生成に向けて、シンプルで堅牢かつ汎用性の高いプロトコルについて記載します(図1)。こちらのプロトコル対応キットとして、培養細胞用のThermo Scientific Pierce Mass Spec Sample Prep Kit(品番:84840)がご購入頂けます。こちらのPierce手順では、 LysCおよびトリプシンプロテアーゼによる二段階の酵素消化を実行します。また、本手法では、サンプル調製の実験効率の監視と比較を行う目的で、Digestion Indicator (品番:84841)という内部コントロールタンパク質を利用します。
図1. 開発されたプロトコル 本手順用の試薬と説明書は、Thermo Scientific Pierce Mass Spec Sample Prep Kit for Cultured Cells (品番:84840)としてご購入頂けます。
以下3つの一般的なMSサンプル調整法を対照として、Pierceプロトコルのパフォーマンスの比較を行いました:フィルタアシストによるサンプル調製(FASP)(参考文献3)、重炭酸アンモニウム(AmBic)/ SDS(参考文献4)、および尿素抽出(表1)。最適化されたPierceプロトコルは、下流工程に対する一貫性、拡張性、および互換性が高く、組織サンプルの処理に対応するほど汎用性に優れています。
文献に記載されたプロテオミクスサンプル調製法の実例は数多くあります(参考文献2~4)。またこれらの調製法は、同一研究所または他研究所のメンバーにより後から修正されることも珍しくありません。このため、質量分析が未経験のユーザーにとって、最適なプロトコルの見極めや一貫性の高い結果を得ることが非常に困難になります。これらの一般的プロトコルには、それぞれ次の短所があります;FASPでは時間のかかる遠心分離工程がたくさん必要になります;SDSベースの方法はスケーラブルでない(拡張性に欠ける)ことがあり、ペプチドから界面活性剤を除去する必要があります;尿素は新鮮な状態で生成しなければならず、リジン残基がカルバミル化することがあります。サンプル調製は、MSベースのプロテオーム解析において最も問題の発生しやすい領域であるため、 MSラボの経験を問わず採用しやすい、 堅牢かつ再現性の高い手法をとることが重要です。
本研究で評価した3種類の標準的プロテオミクスサンプル調製法に対して、最適化Pierceキットによるサンプル調製プロトコルの概要について、下表をご覧ください。
Pierce Kit | FASP | AmBic SDS | 尿素 |
---|---|---|---|
溶解バッファー、加熱により抽出 | 4%SDS、DTT、加熱により抽出 | AmBic、0.1%SDS、加熱により抽出 | 8M尿素 により抽出 |
超音波処理 | 超音波処理 | 超音波処理 | 超音波処理 |
消化インジケータの添加後、還元させる | 尿素洗浄とスピンコンセントレータによりSDSを除去 | 還元 | 還元 |
アルキル化 | アルキル化 | アルキル化 | アルキル化 |
アセトン沈殿 | スピンコンセントレータにより尿素とIAMを除去 | – | – |
LysC消化 | – | – | – |
トリプシン消化 | トリプシン消化 | トリプシン消化 | トリプシン消化 |
– | NaCl洗浄とスピンコンセントレータによりペプチドを回収 | – | – |
– | C18脱塩 | C18脱塩 | C18脱塩 |
LC-MS | LC-MS | LC-MS | LC-MS |
時間: | 時間: | 時間: | 時間: |
実行時間:4.5時間 | 実行時間:7時間 | 実行時間:5.5時間 | 実行時間:5時間 |
Pierceプロトコルの開発にあたり、得られた溶解液から最大限にタンパク質を抽出および回収できるように、まずは段階的アプローチをとりながら細胞溶解法を最適化しました。加熱処理と超音波処理ならびに弊社独自の溶解バッファに基づいた本プロトコル(図1)では、FASP、AmBic/ SDSおよび尿素法(図2)よりも細胞タンパク質の抽出量を飛躍的に増大させられます。HeLa細胞と同等の結果が、Jurkat細胞およびNIH 3T3細胞からも得られました(データ提示無し)。
次に、以下について評価を行いました:ジスルフィド還元の完全性;システイン残基におけるアルキル化の選択性;単一消化(トリプシン)および二重消化(LysCトリプシン)の手順における消化効率。初期段階の研究において、Thermo Scientific Velos ProおよびThermo Scientific Orbitrap XL機器を用いたLC-MS/ MS分析により、細胞溶解物タンパク質のトリプシン消化条件を最適化しました。本分析では未切断率<10%を示しました。しかし、Thermo Scientific Q Exactive or Orbitrap Elite機器による同サンプルの分析では、未切断率20~25%が観測されています。これらの高解像度機器の迅速な処理により、 未切断の長い高荷電ペプチドを数多く同定することが、多数の実験で相次いで明らかになっています。こうしたペプチドは、低解像度で処理速度の遅い質量分析計では検出されません。従って、一貫して切断欠損率10%未満に達するまで、Thermo Scientific Q Exactive and Orbitrap Elite機器により二重消化LysCトリプシンプロトコルの開発と最適化を行いました。非選択的なアルキル化や不完全消化を最小限に抑えるため、高解像度の質量分析計へ反応バッファとプロトコルを入念に最適化させました。最終的な試薬製剤とプロトコル全体により、再現性およびペプチドとタンパク質の同定数が、既存法よりも飛躍的に向上しました(表2および3)。
HeLa細胞の単一供給源の培養物から、各手法により3組みのペレット(各2×10^6個の細胞)を調製し溶解しました。続いて、100µgの各複製溶解液をそれぞれのプロトコルに従い処理しました。最後に、Thermo Scientific Orbitrap Elite mass spectrometer を用いたLC-FT MS/ IT MS2 CIDによって、500ngのサンプルを分析しました。
特性 | Pierce キット | FASP | AmBic SDS | 尿素 |
---|---|---|---|---|
タンパク質数 | 3964 ± 22 | 3894 ± 13 | 3716 ± 79 | 3756 ± 91 |
固有ペプチド数 | 19902 ± 190 | 18738 ± 128 | 17401 ± 587 | 19398 ± 689 |
未切断率(%) | 7.3 ± 0.1 | 13.9 ± 1.2 | 17.5 ± 1.3 | 9.8 ± 1.0 |
ジスルフィド結合還元(%) | 100 | 100 | 100 | 100 |
メチオニン酸化(%) | 3.0 ± 0.1 | 11.3 ± 1.5 | 2.6 ± 0.1 | 5.3 ± 0.5 |
システインアルキル化(%) | 99.8 ± 0.4 | 99.8 ± 0.3 | 100.0 ± 0.0 | 100.0 ± 0.0 |
過剰アルキル化(%) | 0.7 ± 0.2 | 0.1 ± 0.1 | 0.8 ± 0.6 | 2.4 ± 0.4 |
Pierceプロトコルにより、HeLa細胞の単一供給源の培養物から3組みのペレット(各2×10^6個の細胞)を調製し溶解させました。これにより得られた溶解物サンプル(溶解バッファ200μL中200μg)を、2μgの分離インジケータでスパイクして、Pierceプロトコルの後続工程で処理しました。最後に、Thermo Scientific Q Exactive mass spectrometer を用いて、LC-MS/MSにより500ngのサンプルを分析しました。
特性 | サンプル1 | サンプル2 | サンプル3 |
---|---|---|---|
タンパク質数 | 3382 | 3228 | 3376 |
固有ペプチド数 | 16333 | 15939 | 17048 |
未切断率(%) | <10 | <10 | <10 |
ジスルフィド結合還元(%) | 100 | 100 | 100 |
システインアルキル化(%) | 100 | 100 | 100 |
過剰アルキル化(%) | 0.1 | 0.3 | 0.9 |
分離インジケータのシーケンス領域(%) | 62.50 | 62.93 | 65.09 |
本キットに付属する弊社開発の分離インジケータDigestion Indicator (品番:84841)では、プロトコル条件と実験をスムーズにテストおよび比較が行えます。非哺乳類タンパク質である分離インジケータは、溶解物中へスパイク(図1をご参照ください)させて、サンプル調整処理を施すことができます。これにより、5種類の定量可能なペプチドが産出されます。
例えば、弊社の最適メソッドの再現性に関して検証するために、PierceプロトコルによりHeLa細胞培養物のサンプル4組を処理・分析し、最初の工程で溶解(表3と同一方法)させた各溶解物へ分離インジケータをスパイクしました。そして、Thermo Scientific Velos Pro ion trap mass spectrometerを用いて、LC-MS/MSによってこれらのサンプルを分析しました。Thermo Scientific Pinpoint 1.2 softwareを用いて、分離インジケータペプチドを定量化しました。なお本ソフトウェアは、定量化を行う分離インジケータペプチドおよびMS2 変異に関する情報が予めプログラムされています(図3)。5種類のペプチド複製の変動係数(CV)は、5~16%で、変動係数の全体平均値は10%となりました(表4)。最適化されたプロトコルを活用するとサンプル処理の再現性が高まることが、今回の定量分析でさらに実証されました。
分離インジケータから得られたペプチド5種類のシーケンス、およびPierceプロトコル(品番:84840)による3種類のサンプル処理時の変動係数(CV)。
分離インジケータペプチドシーケンス | 質量/荷電の測定値 | 変動係数(CV) |
---|---|---|
ITGTLNGVEFELVGGGEGTPEQGR | 1209.1010 | 16 |
VMGTGFPEDSVIFTDK | 871.9189 | 13 |
DGGYYSSVVDSHMHFK | 610.2701 | 6 |
SAIHPSILQNGGPMFAFR | 648.3367 | 13 |
VEEDHSNTELGIVEYQHAFK | 587.0315 | 13 |
平均:10 (強度・加重) |
サンプル調製プロトコルで還元、アルキル化、分離の各工程のスケーラビリティを評価するには、この手法により5種類の各分量(10、50、100、200および5000µg)のHeLa細胞溶解物を処理しました。同一クロマトグラムが得られたLC-MS / MSによる等量ペプチドサンプルの解析により、本プロトコルではダイナミックレンジ500倍以上のスケーラビリティが実証されました(図4)。
図4. MSサンプル調整キットプロトコルのスケーラビリティ。 Pierceプロトコル(品番:84840)に従って、Hela溶解物サンプル(10μg~5mg)を調製しました。 Thermo Scientific Velos Pro ion trap mass spectrometerを用いたLC-MS/ MSにより、サンプル(500ng)を分析しました。
最後に、脳組織を用いたプロトコルを試験した結果、再現可能かつ高品質なペプチドサンプル調製が得られたことにより、様々な細胞や組織サンプルタイプに対して本手法は広く対応することが実証されました(図5)。
図5. 組織サンプルの調製ワークフローの評価 組織断裂化により2つのマウス脳組織サンプル(0.25 g)をホモジナイズし、Thermo Scientific Pierce Mass Spec Sample Prep Kit for Cultured Cells(品番:84840)を用いてタンパク質を抽出しました。 そして、キット手順に従って溶解物100μgを処理し、Thermo Scientific Velos Pro ion trap mass spectrometerを用いたLC-MS/ MSにより、サンプル500ngを分析しました。
弊社は、質量分析用ペプチドサンプルの調製法を標準化する、最適化プロトコルおよび試薬キットを開発しました(図1)。効率的かつ選択的にタンパク質の抽出、還元、アルキル化、および分離を行う結果、本プロトコルでは、高品質なペプチドサンプルが再現性高く得られ、タンパク質同定率の高いLC-MS/MS分析が実現します(表3)。本手法には次の特性があります:培養細胞から得られるタンパク質溶解液が増量する;再現性が非常に高い;スケーラビリティ範囲は10µg~5mg;FASPよりも簡便かつ迅速に処理できる;尿素によるカルバミル化のリスクが無い;「標準」とみなされている一般的サンプル調製法よりもタンパク質同定率が高い(図2および表2)。また、本プロトコルは独自の非哺乳動物の内部消化制御標準タンパク質(分離インジケータ)を組み込んでいるため、プロトコルにおける堅牢なパフォーマンスを実現すると同時に、サンプル調製処理とサンプル全体の分離効率の定量化が可能になります。
培養細胞用のPierce Mass Spec Sample Prep Kit完全版のコンテンツ:溶解バッファ、分離インジケータ、反応バッファ、プロテアーゼ、およびサンプル処理(最大20個)方法のインストラクション。本プロトコルはシンプルで扱いやすいため、MS分析に不慣れな方にも簡単に使用していただけます。特にプロテオミクスコアラボラトリーのお客様には最適です。MS分析や様々な下流用途(ペプチド分画、質量タグラベル、リン酸化ペプチド濃縮など)に、最終調製の施されたサンプルをそのまま使用できます。
以下の各メソッドによる溶解バッファ中に、2組または3組のHeLa S3細胞ペレット(各2×10^6個の細胞を含有)を懸濁しました:
95℃で5分間サンプルをインキュベートしました。ただし、 尿素サンプルのみ室温で30分間インキュベートしました。Misonix™ 3000 Sonicatorを用いて、各細胞懸濁液を氷上で20秒間超音波処理しました(パルス時間:5秒、オフパルス時間:5秒、出力レベル:2)。16,000×gで遠心分離を10分間行い、細胞破片を除去しました。そして、Thermo Scientific Pierce BCA Protein Assay (品番:23225) またはThermo Scientific Pierce BCA Protein Assay Kit-Reducing Agent Compatible (品番:23252)。
Pierceプロトコルでは、分離インジケータ(1%, w/w)によるHeLa細胞溶解液(100μg)を50℃で45分間10mMのDTTで還元し、暗所の室温で20分間 50mMのヨードアセトアミドでアルキル化させました。-20℃で1時間アセトン沈殿させて、余剰なヨードアセトアミドと汚染物質を除去しました。タンパク質を分離バッファ液中へ再懸濁させ、37℃下で2時間Lys-C(酵素:基質=1:100)で分離させた後、 37℃下で一晩トリプシン(酵素:基質=1:50)により分離させました。また、標準的な尿素、FASP1、およびAmBic/ SDS2の各手法に従って、ペプチドサンプルを調製しました。
Thermo Scientific EasySpray Column (25cm x 75μm内径、PepMap C18)と共に、Thermo Scientific EASY-nLC 1000 HPLCシステムおよびThermo Scientific EASYSpray Sourceを用いて、流速300nL /分で100~140分間以上、0.1%ギ酸中においてアセトニトリル勾配30%を有するペプチド(500ng)の分離処理を行いました。Thermo Scientific Velos Pro、Q Exactive hybrid quadrupole-OrbitrapまたはOrbitrap Elite mass spectrometersを用いて、サンプルを分析しました。データ分析には、Thermo Scientific Proteome Discovererソフトウェア(バージョン1.4)を用いています。偽発見率1%を達成するSEQUEST™検索エンジンにより、UniProtヒトデータベースに対するMS/ MSスペクトルを検索しました。静的修正にはカルバミドメチル化(C)が伴い、また動的修正には酸化(M)が伴います。プレビューソフトウェア(タンパク質測定法)によってデータセットをスクリーニングして、サンプル調製の品質評価を行いました。タンパク質データベースへ分離インジケータのタンパク質シーケンスを組み込んで、分離効率の評価を行いました。LC-MS/ MSの未加工データの抽出イオンクロマトグラムにより、5つの分離インジケータペプチドを手動で定量化しました。あるいは、Thermo Scientific Pinpoint 1.2ソフトウェアを用いて、同ペプチドを自動定量化しました。
本記事中のデータは、2013 American Society for Mass Spectrometry年次総会にて発表済みです。年次総会タイトル:「A Versatile Sample Preparation Procedure for Shotgun Proteomic Analyses of Complex Samples by Mass Spectrometry」。
Thermo Scientific Pierce Mass Spec Sample Prep Kitは、取り扱いやすいキットとなっており、質量分析(MS)用の培養細胞からクリーンなペプチド混合物を調製することができます。
Mass Spec Sample Prep Kitの特性:
For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.