細胞の分化に関する研究には、シグナル伝達経路や形態における表現型の微妙な変化を検出する高感度なツールが必要です。本研究では、ルシフェラーゼアッセイとハイコンテント免疫蛍光細胞イメージングを使用し、レチノイン酸に誘導される神経前駆細胞系統の分化についてその表現型の変化をモニタリングしました。

レチノイン酸(RA)はビタミンAの生物活性型であり、数多くの前駆細胞系統の分化を引き起こすことが広く知られています。RAは核内レセプターに結合し特定の標的遺伝子の転写を誘導することで機能します。神経細胞が分化するには、幹細胞に特異的な遺伝子のダウンレギュレーションおよび系列特異的な遺伝子のアップレギュレーションが必要です(図1)。一度レチノイドとRAR/RXRヘテロ二量体が結合すると、レチノイドの転写が活性化されます、その後、プロテアソームにより分解されます。活性化ドメイン1(AF1)のリン酸化と活性化ドメイン2(AF2)によりレセプターはユビキチン化を受けます。さらに、RARとRXRとのヘテロ二量体がレセプターの分解を促進します。zeste12サプレッサー(SUZ12)タンパク質は転写抑制因子のPolycomb群(PcG)ファミリーの一員です。SUZ12タンパク質は系列特異的な遺伝子を抑制する働きがあり、幹細胞の多能性を維持しています。これまでの研究によりSUZ 12mRNAは系列特異的な分化の際に幹細胞集団で減少することが示されており、SUZ12が転写レベルで初期調節を受けていることが示唆されています。こうした理由から、このプロモーターが細胞分化の優れたマーカーになるとの仮説を立てました。

A13n02-Fig1図1. 神経細胞分化の生物学。神経細胞が分化するには、幹細胞に特異的な遺伝子のダウンレギュレーションや系列特異的な遺伝子のアップレギュレーションが必要となる。

レチノイン酸に誘導される細胞分化システムを検証するため、免疫蛍光イメージングを利用し、3つの細胞タイプにおいて系列特異的なマーカーとなっているSSEA1、MAP2、およびβ-IIIチューブリンに加え、SUZ12、Nanog、Sox-2、SSEA-3といった幹細胞特異的マーカーの変化をモニタリングしました。

分化時のzeste12サプレッサー(SUZ12)における転写抑制を調べるため、マルチプレックスルシフェラーゼアッセイを用いてSUZ12プロモーターの活性とレチノイン酸に対する細胞の応答を測定しました。また、SUZ12の転写を調節することで主要転写因子レベルを下げるため、細胞をsiRNAで処理しました。SUZ12遺伝子のプロモーター活性の変化を測定するため、ヒトSUZ12遺伝子のゲノミックプロモーター領域-0.5 kbをウミホタルルシフェラーゼの上流にクローニングしました。ウミホタルルシフェラーゼ活性はRAに誘導された細胞分化に応答して低下するとの仮説を立られます。、siRNAを介したノックダウンを利用して、RA非存在下におけるSUZ12プロモーター活性の低下を再現しようと試みました。レチノイン酸に対する細胞の応答をモニタリングするため、レチノイン酸応答配列(RARE)をガウシアルシフェラーゼの上流にクローニングしマルチプレックスルシフェラーゼアッセイに利用しました。

結果と考察

本研究結果(図2~7)は、細胞分化やsiRNAを介したタンパク質ノックダウンの効果に関する初期モニタリングに、マルチプレックスルシフェラーゼアッセイが利用可能であることを示しています。また、幹細胞マーカーNanogおよびSox-2のダウンレギュレーションおよび分化特異的マーカーSSEA1およびβ-IIIチューブリンのアップレギュレーションを免疫蛍光イメージングにより観察しました。

A13n02-Fig2図2. NCCITおよびSH-SY5Y細胞における、RAによる分化誘導を免疫蛍光(IF)イメージングを用いて検証。RAで処理したNCCIT細胞では、幹細胞マーカーNanog、SSEA-3およびTRA-1-60の減少が見られた(左パネル)。また、SOX2の減少および体細胞マーカーSSEA-1と神経細胞マーカーβ-IIIチューブリンの増加が観察された(データ未掲載)。RA処理を行ったSH-SY5Y細胞では幹細胞特異的タンパク質SUZ12が減少し、神経細胞マーカーであるβ-IIIチューブリンおよびMAP2は増加した(右パネル)。抗体は緑色、F-アクチンは赤色、核は青色で染色している。
A13n02-Fig3図3. NCCITおよびSH-SY5Y細胞におけるIFデータの定量的分析結果。SUZ12を発現している細胞集団は、Ra処理なし(no RA)に比べ、RA処理を行った場合に(RA)有意に減少している。
A13n02-Fig4図4. ヒト(-0.5 kb hSUZ12)およびマウス(-0.5 kb mSUZ12)におけるSUZ12の近位プロモーター配列。DNAレベルで96%を超える相同性がある。さらに、赤色で示した進化的に保存された転写因子結合部位は、幹細胞を維持する上で重要な転写因子が結合する場所であり、転写因子がSUZ12遺伝子の転写を調節していることを示唆している。
A13n02-Fig5図5. ルシフェラーゼアッセイに用いる3つのレポーターのデザイン。ウミホタルのシグナルは、ウミホタルルシフェラーゼフラッシュアッセイキットを用いて細胞培地中で測定した。ガウシアおよび赤色発光ホタルのシグナルはガウシア-ホタルルシフェラーゼデュアルアッセイキットを用いて細胞ライセート中で測定した。また、ウミホタルおよびガウシアのシグナルは、ウミホタルルシフェラーゼフラッシュアッセイキットまたはガウシアルシフェラーゼフラッシュアッセイキットを用いて細胞培地中で測定した。赤色発光ホタルのシグナルは、ホタルルシフェラーゼフラッシュアッセイキットを用いて細胞ライセート中で測定した。
A13n02-Fig6図6. レチノイン酸(RA)処理に応答し、予想通りSUZ12プロモーター活性は低下し、RARの活性は増加している。NCCIT、SH-SY5YまたはNeuroscreen-1細胞は、SUZ12-ウミホタル、RAR-ガウシアおよびCMV-赤色発光ホタルプラスミドのコトランスフェクションを行った。24時間後、細胞をRAで72時間処理した。ルシフェラーゼアッセイはそれぞれ対応するルシフェラーゼで行い、ウミホタルとガウシアのシグナルは赤色発光ホタルのシグナルに対してノーマライズしている。結果は未処理条件(no RA)に対する発光量比または発光抑制量比として表示している。
A13n02-Fig7図7. SUZ12-ウミホタルルシフェラーゼの発現は、RA未処理でsiRNAによる転写因子のノックダウンを行った後に減少している。SH-SY5Y細胞には、記載のsiRNA 100 nM、SUZ12-ウミホタルとCMV-赤色発光ホタルプラスミド各50 ngをコトランスフェクションした。ルシフェラーゼフラッシュアッセイはそれぞれ対応するルシフェラーゼで行い、ウミホタルのシグナルは赤色発光ホタルのシグナルに対してノーマライズしている。結果はネガティブコントロールsiRNA(NTC)に対する発光量比または発光抑制量比として表示している。スター付きのバーはp値&lt;0.05。< 0.05.
結論
  • RA処理を行ったNCCITおよびSH-SY5Y細胞の免疫蛍光イメージングは、分化特異的マーカーのNanogおよびSox-2が減少し、体細胞マーカーのSSEA1と神経細胞マーカーのβ-IIIチューブリンは増加することを示しています。
  • NCCIT、SH-SY5YおよびNS-1細胞をRA処理すると、転写抑制メカニズムを通して幹細胞特異的マーカーSUZ12が減少する可能性が示唆されます。
  • siRNAを介したGATA-1、MZF1およびEP300のノックダウンではSUZ12プロモーターに対するRAの影響を再現しています。
  • SUZ12プロモーターには、GATA-1MZF1およびEP300に対する結合部位が含まれており、RA処理は、これらの転写因子レベルに影響を与える可能性があります。
  • マルチプレックスルシフェラーゼアッセイは、細胞分化とsiRNAを介したタンパク質ノックダウンの影響について初期モニタリングを行う際の優れた方法です。
方法

プラスミドの設計:RARE-ガウシアルシフェラーゼレポータープラスミドは、レチノイン酸応答配列3コピーと最小プロモーターをThermo Scientific Pierce pMCS-ガウシアルシフェラーゼレポータープラスミド(品番16146)にクローニングして作製しました。-0.5 kbのSUZ12-ウミホタルルシフェラーゼプラスミドは、転写開始配列の5′領域をPCR増幅した-0.5 kbのSUZ12プロモーターをThermo Scientific Pierce pMCS-ウミホタルルシフェラーゼプラスミド(品番16149)にクローニングして作製しました。The Thermo Scientific Pierce pCMV-赤色発光ホタルルシフェラーゼプラスミド(品番16156)はノーマライズコントロールとして使用しました。

細胞培養:株化細胞は37°C、5%二酸化炭素の加湿した細胞培養インキュベーターで管理しました。NCCIT(ATCC Cat# CRL-2073)細胞は、ウシ胎児血清(compete)10%のATCC-formulated RPMI-1640培地で培養しました。細胞は2日ごとに継代し、50~70%コンフルエントな状態を維持しました。SH-SY5Y(ATCC Cat# CRL-2266)細胞は、ウシ胎児血清10%、L-グルタミン2 nM、炭酸水素ナトリウム0.15%、ピルビン酸ナトリウム1 nMおよび非必須アミノ酸100 nMを添加した、DMEMとHams F12 Nutrient Mediumの混合培地(1:1)で維持しました。PC-12のサブクローンであるNeuroscreen-1(Thermo Scientific)細胞は、ウシ胎児血清5%、ウマ血清10%を添加したRPMI 1640培地で維持し、Collagen Type-I Rat Tail coated flaskに播種しました。株化細胞の融解および継代はメーカー推奨の手順に従い行いました。

トランスフェクション:維持培地でのトランスフェクションを行う前日、NCCIT細胞を96ウェル組織培養プレートに1ウェル当たり10,000細胞で播種しました。無血清培地10 μLで前述のプラスミド3種(50/50/50 ng)を希釈しました。Thermo Scientific TurboFectトランスフェクション試薬0.3 μL(品番R0533)を希釈したDNAに加えピペッティングで混合しました。この混合物を、各ウェルに添加しました。細胞は処理前に37°C、5% CO2のインキュベーターで24時間インキュベートしました。SH-SY5YおよびNeuroscreen-1細胞は維持培地でのトランスフェクションを行う前日、96ウェル組織培養プレートに1ウェル当たり20,000細胞で播種しました。Neuroscreen-1細胞にはcollagen-Iコーティングプレートを使用しました。siRNAおよびプラスミドの同時導入はDharmaFECT Duoトランスフェクション試薬で行いました。ルシフェラーゼ用コンストラクション3つはsiRNAとともにコトランスフェクションしました。メーカーのプロトコルに従い、トランスフェクション試薬、siRNAおよびDNAは細胞を加える前にMEM-RS培地で20分間インキュベーションしました。トランスフェクションは、1ウェル当たりSH-SY5Y細胞はDharmFECT Duo 0.3 µLと共に、Neuroscreen-1(NS-1)細胞はDharmFECT Duo 0.4 µLと共に行いました。全てのトランスフェクションは、最終濃度がsiRNA 100 nM、各プラスミド50 ngとなるように行いました。 細胞に対するアッセイは、siRNA処理はトランスフェクションの72時間後に、レチノイン酸処理はトランスフェクションの24時間後に処理を行い、処理72時間後にアッセイを行いました。

処理およびサンプルの回収:濃度10 µMでDMSOに溶解したオールトランスレチノイン酸(ATRA; Sigma Cat #R2625)を含む(処理)または含まない(コントロール)コンプリート培地に培地を交換しました。その後72時間インキュベートし、活性測定のため培地を回収しました。細胞はThermo Scientific Pierceルシフェラーゼ細胞溶解バッファー(品番16189)100 μLで溶解し、回収した培地またはライセートをルシフェラーゼ活性測定に用いました。

ルシフェラーゼレポーターアッセイ:NCCIT細胞は、Thermo Scientific Pierceガウシアルシフェラーゼフラッシュアッセイキット(品番16158)を用いてガウシア活性を測定しました。ウミホタルと赤色発光ホタルの活性は、Thermo Scientific Pierceウミホタル-ホタルルシフェラーゼデュアルアッセイキット(品番16184)を用いて測定しました。生物発光シグナル(RLU)は、試薬インジェクターを備えたThermo Scientific Varioskan Flash Luminometer(シグナル積分時間 = 1秒)で検出しました。ガウシアウミホタルのシグナルは赤色発光ホタルシグナルに対してノーマライズを行いました。SH-SY5YおよびNS-1細胞はトランスフェクションの72時間後(siRNA実験)または96時間後(レチノイン酸処理実験)にアッセイを行いました。EnVision* Multilabel Readeによるルシフェラーゼ発現量の測定には、Thermo Scientific Pierceルシフェラーゼフラッシュアッセイキットを用いました。細胞プレートからThermo Scientific Nunc plates(Fisher Scientific Cat# 136102)に培地20 µLを移し、メーカーのプロトコルに従いガウシア(品番16159)およびウミホタル(品番16169)のフラッシュルシフェラーゼアッセイを行いました。細胞をDPBSで洗浄し細胞溶解バッファー70 µLで溶解しました。細胞ライセート20 µLをNuncプレートに移し、ホタルルシフェラーゼフラッシュアッセイ(品番16175)を同じくプロトコルに従い行いました。ホタルルシフェラーゼの発現量は、トランスフェクションにおけるウミホタルガウシアの発現量のノーマライズに使用しました。ネガティブコントロール

免疫蛍光イメージング:細胞を培地の入った96ウェルプレートに1ウェル当たり10,000個または20,000個で播種しました。翌日、レチノイン酸を細胞に添加し、72時間後に4%パラホルムアルデヒドで固定、0.1% Triton X-100を含むTBSを10分間、室温にて浸透させ、1% Blocker BSA(品番37525)で15分間、室温にてブロッキングしました。その後、1:50~1:100希釈のMAP2(Cat# 1861751)、β-IIIチューブリン(Cat# 1860254)、Nanog(Ab No. PA1-097)、SSEA-3(Ab No. MA1-020)、TRA-1-60(Ab No. MA1-023)、SSEA-1(Ab No. MA1-022)、SOX-2(Ab No. PA1-094)、およびSUZ12(Cell Signaling Technology, Cat# 3737S)抗体を用いて少なくとも1時間、室温で標識しました。緑色で示しています。その後、PBSで細胞を洗浄し、1:400希釈のDyLight 488ヤギ抗マウスIgG(品番35502)、ヤギ抗ウサギIgG(品番35503)または蛍光標識IgGの二次抗体と共に30分間、室温でインキュベートしました。F-アクチン(赤)をDyLight 554ファロイジン(品番21834)で、核(青)をHoechst 33342 dye(品番62249)で染色しました。画像の取得はThermo Scientific ArrayScanまたはToxInsight Imagerを用い、倍率20倍で行いました。

定量的画像分析:定量的な分析はThermo Scientific Cellomics vHCSソフトウェア、細胞区画および神経細胞分析に適切なアッセイパラメーターを用いて行いました。SH-SY5YおよびNCCIT細胞集団については、処理および未処理における典型的なウェルのシグナル強度を平均し分析しました。Hoechst dye(品番62249)で染色した核は、細胞同定および定量化の分析に用いました。

参考文献
  • Nakajima, Y., et al.(2004). cDNA Cloning and characterization of a secreted luciferase from the luminous Japanese ostracod, Cypridina noctiluca.Biosci.Biotechnol.Biochem.68(3):565-570.
  • Pasini D., et al.(2007).The Polycomb Group Protein Suz12 Is Required for Embryonic Stem Cell Differentiation.Mol Cell Biol.27(10): 3769–3779.
  • Rohwedel J, Guan K, Wobus AM.(1999).Induction of cellular differentiation by retinoic acid in vitro.Cells Tissues Organs.165(3-4):190-202.
  • Shimomura, O. (2006).Bioluminescence: Chemical Principles and Methods.World Scientific Publishing Co. Pte. Ltd, Hakensack , NJ.
  • Szent-Gyorgyi, C., et al.(1999).Cloning and characterization of new bioluminescent proteins.Part of the SPIE Conference on Molecular Imaging: Reporters, Dyes, Markers, and Instrumentation.San Jose, CA.Proc.SPIE 3600:4-11.
  • Tannous, B. A., et al.(2005).Codon-optimized Gaussia luciferase cDNA for mammalian gene expression in culture and in vivo.Molecular Therapy 11:435-443.
編集者注

これらのデータは下記ポスターで発表されたものです。

Hughes, D., et al.(2012).Characterization of early phenotypic changes in differentiating NCCIT cells using multiplexed luciferase reporters and immunofluorescence imaging.Poster #633.25.Presented Tuesday, October 16, 2012.Society for Neuroscience Annual Meeting.New Orleans, LA.



    For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.