神経組織と初代細胞は学習、行動、神経変性疾患に関与するタンパク質を研究するため、神経科学研究によく使われます。Thermo Scientific N-PER Neuronal Protein Extraction Reagentは、ダウンストリームアッセイ向けタンパク質機能を維持しながら神経組織由来の総タンパク質を抽出するキットです。N-PER*試薬は、タンパク質抽出によく使用されている試薬より一般的にタンパク質収量と抽出効率を上げます。

ニューロンは独自の形態と脂質含量を持ち、他の細胞種より総タンパク抽出が困難です。樹状突起はニューロン細胞体近くで分枝し、シグナルセンサーとして作用します。軸索は細胞体から伸び、シナプスへのシグナルを変換します。軸索と樹状突起は構造および機能で異なり、突起に存在するタンパク質の単離は困難なことがあります。さらに、軸索は糖脂質、スフィンゴミエリン、コレステロールを豊富に含むミエリン鞘に包まれ、この構造からのタンパク質抽出を更に難しくしています。トータル神経タンパク質抽出の穏やかな方法は効果がないことがしばしばあります。界面活性剤はトータル神経タンパク質抽出を行いやすくしますが、そのように激しい条件ではタンパク質の機能が損なわれてしまいます。

N-PER試薬はニューロン組織または初代培養細胞からの膜タンパク質も含め総タンパク質単離を可能にし、タンパク質の機能を損なうことはありません。総タンパク質収量を定量することおよびウェスタンブロットでニューロン由来のタンパク質を解析することにより、抽出を評価しました。また、ニューロンタンパク質機能に関連した数種のダウンストリーム活性アッセイと試薬との適合性も評価しました。

結果と考察

一般の界面活性剤ベースの他バッファーに比較して組織1 mgあたりおよそ25~50%以上多い総タンパク質がN-PER試薬を使用して抽出でき、リン酸バッファー抽出方法より3倍になりました(PBS、図1)。新鮮なマウス脳半球1個からの平均収量は総タンパク質で18.3 mgで、100万個の初代ニューロン細胞からの平均収量は総タンパク質で0.35 mg(表1)でした。また、タンパク質は膜も含め複数の細胞内コンパートメントから抽出されました。N-PER試薬は、他の試薬に比較して内在性膜タンパク質(例:N-メチル-D-アスパラギン酸受容体タイプ2B)および膜結合タンパク質(例:フロチリン-1およびシナプスデンシティープロテイン95)の抽出に効果的です(図2)。興味深いことにN-PER試薬で調製したライセートは、アストロサイトのタンパク質マーカーであるGFAPの抽出量が他の試薬より少なく、N-PER試薬がニューロン細胞由来のタンパク質を選択的に抽出することを示唆しています(図2)。

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図1 Thermo Scientific N-PER試薬は他の試薬よりマウス脳組織由来のタンパク質を抽出する。 組織はダウンス型ホモジナイザーで処理し、タンパク質はThermo Scientific Pierce BCAタンパク質アッセイ(品番23225)で定量した。

表1. ニューロン組織および初代細胞由来の平均総タンパク質収量
ソースサンプルサイズ試薬†容量平均総タンパク質タンパク質の濃縮
新鮮なマウス脳1個の脳半球2 mL18.3±0.4 mg9.31±0.2 mg/mL
初代ニューロン細胞106個の細胞0.5 mL0.35±0.01 mg0.69±0.02 mg/mL
†Thermo Scientific N-PER Neuronal Protein Extraction Reagent
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図2. 特定のニューロンタンパク質の抽出。 ライセート(10 mL/レーン)をSDS-PAGEで分離し、ニトロセルロース膜にトランスファーし、膜結合タンパク質(NMDAR2B、AMPA、PSD-95、シナプトフィジン、フロチリン-1)、細胞質タンパク質(チロシンヒドロキシラーゼ、MAPK)、アストロサイトのマーカーであるGFAPなどの特定のニューロンタンパク質を検出した。  レーン1:N-PER試薬、レーン2:T-PER試薬、レーン3:リン酸バッファー、レーン4:0.1% Triton* X-100含有リン酸バッファー

N-PER試薬抽出後のタンパク質機能を評価するには、ニューロン機能に関連した活性アッセイをいくつか行いました。Rho、Rac、Cdc42を含むRho GTPアーゼは、Rac1促進神経突起形成および阻害剤として働くRhoとともにアクチンおよび微小管動態を調節します。両方のGTPアーゼが細胞体にあります。N-PER試薬が新鮮なマウス脳由来のネイティブRhoおよびRac GTPアーゼを抽出する能力を評価しました。ライセートに5 mM MgCl2および10 mM GTPgsまたは10 mM GDPのいずれかを加え、ネイティブRhoまたはRacタンパク質をそれぞれ活性型、非活性型に保つようにしました。活性型RhoまたはRacは処理したライセートからThermo Scientific Active Rho Pull-down and Detection Kit(品番16116)またはActive Rac Pull-down and Detection Kit(品番16118)を使用して分離しました。両方のタンパク質がGTPySまたはGDPそれぞれのヌクレオチド結合部位に結合でき、GTP結合型はダウンストリームエフェクターとプルダウンアッセイでの相互作用が可能であり(図3)、これによってRhoおよびRac1の機能が保持されていることが示されています。

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図3. ニューロン組織中のGTPアーゼ活性は溶解および抽出後も保持されます。 5 mM MgCl2を添加しGTPγSまたはGDPで処理した脳組織ライセート(1 mg)を、指定のGST-PBDおよびグルタチオンレジンとインキュベートしました。 溶出ボリュームの半分はウェスタンブロットにより解析し、低分子GTPアーゼ特異的抗体で検出しました。

タンパク質ホスファターゼがN-PER試薬を用いた抽出後に活性を維持するかどうかを決定するため、タンパク質ホスファターゼでリン酸が切断されて蛍光を発する物質である、二リン酸フルオレセイン(FDP)の蛍光を測定しました。脳内分子のリン酸化は神経伝達物質放出、長期増強、ニューロン分化に重要です。特に、チロシンホスファターゼ(PTP1B、SHP-2、PTEN、LAR)およびセリン/スレオニンホスファターゼ(PP1およびPP2A)が細胞シグナルに関与しており、治療薬開発および阻害剤スクリーニングアッセイの標的によくなります。酵素活性はN-PER試薬およびThermo Scientific T-PER Tissue Protein Extraction Reagentで調製したサンプルで同じように保存されました(図4)。また、ATPアーゼ/キナーゼ活性は保持され(図5)、N-PER試薬がキナーゼ活性に影響する低分子スクリーニングに使用できる可能性を示しています。

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図4. タンパク質ホスファターゼ活性は溶解および抽出の後も保持されます。 脳組織ライセート(10 mg)を蛍光発生ホスファターゼ基質と37°Cで1時間インキュベートしました。基質のホスファターゼによる加水分解が蛍光を増強します。

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図5. キナーゼ/ATPアーゼは溶解および抽出の後に活性を保持します。 ATPアーゼ活性はルシフェラーゼ化学発光の機能として測定しました。 活性キナーゼ/ATPアーゼはATPを加水分解し、ルシフェラーゼの発光を減少させます。

疾患モデルに関与する酵素標的の活性保存も評価しました。膜貫通プロテアーゼであるβ-セクレターゼ(BACE1)は、β-アミロイドペプチド不溶性凝集体の生成増加を介し、アルツハイマー病の進行に重要です。β-セクレターゼはβ-アミロイドペプチドのアップストリームにあり、アミロイド前駆体タンパク質(APP)切断に関与します。FRETベースのシステムを用い、ライセート中のβ-セクレターゼ酵素活性保存を評価しました。N-PER試薬は膜からのβ-セクレターゼを溶解し、活性も保持します(図6)。N-PER試薬で処理した脳組織は、アルツハイマー病を研究するため動物モデルを扱う、タンパク質機能を保存したい研究者に有用かもしれません。

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図6. β-セクレターゼはThermo Scientific N-PER試薬で調製したニューロン細胞ライセートで活性を保持します。 活性はFRETベースのアッセイシステム(EMD Millipore)を使用して評価した。 脳組織ライセートの濃度を上げて蛍光発生ペプチドが入ったウェルに加え、37°Cで1時間インキュベートした。蛍光はSafire* Plate Reader(Tecan Ltd.)を使用して測定した。
結論

N-PER Neuronal Protein Extraction Reagentはニューロン組織からタンパク質を他の抽出試薬より効率的に抽出します。N-PER試薬はニューロン組織および初代細胞由来のタンパク質抽出に最適化されています。N-PER Neuronal Protein Extraction Reagentを使用して調製した抽出物は他の試薬よりタンパク質の収量が高く、ダウンストリームアプリケーション向けのタンパク質機能を保持していました。

方法

ニューロン組織からタンパク質を抽出:脳は8~10週齢のC57/BL6マウスから収集しました。脳を半分に切り、重量を量り、組織1 g当たり10倍量のプロテアーゼ阻害剤を含むバッファーに懸濁させました。組織はダウンス型ホモジナイザー(7 mlガラスダウンス型ホモジナイザー)を用いて破壊し、氷上で10分間インキュベートしました。ライセートは10,000 x gで10分間遠心分離にかけて除去し、上清のタンパク質濃度はPierce BCAタンパク質アッセイキット(品番23225)で測定しました。

初代ニューロン細胞培養および溶解:胎児マウス(17日齢)由来の脳組織を切断し、酵素を用いて分離しました。細胞は106細胞/ウェルとして6ウェルプレート上で3週間培養しました。回収前に培地を吸引し、細胞を氷冷したPBSで洗浄しました。N-PER試薬を各ウェルに加え(0.5 mL/ウェル)細胞を氷上で5分間インキュベーションさせました。細胞をスクレープし、1.5 mLチューブに移し、10,000 x gで10分間遠心分離にかけました。タンパク質濃度はPierce BCAタンパク質アッセイキットで決定しました。

ウェスタンブロット:脳組織ライセート(10 µL)はSDS-PAGEで分離し、ニトロセルロースメンブレンにトランスファーして1時間ブロックしました。1:1000に希釈した一次抗体(抗NMDAR2B、抗AMPA、抗チロシンヒドロキシラーゼ、抗MAPK、Cell Signal Technology社の抗GFAP、Sigma Aldrich社の抗シナプトフィジン、Abcam社の抗PSD95、BD Bioscience社の抗フロチリン-1)と一晩インキュベートし、TBS-Tween*-20(品番28360)で洗浄し、1:20,000に希釈したヤギ抗マウスHRP(品番32430)またはヤギ抗ウサギHRP(品番32460)二次抗体とインキュベートしました。検出はThermo Scientific SuperSignal West Pico Substrate(品番34080)を用いて、CCDカメラで10秒の露出でイメージングしました。

活性型Rho/Racプルダウン:ライセートは前述の通り5 mM MgCl2を含むN-PER試薬で調製しました。ライセート(1 mg)はGTPアーゼを活性化するため10 mM GTPyS、またはGTPアーゼを非活性化するには10 mM GDPと15分間37℃でインキュベートし、EDTAおよびMgCl2でクエンチしました。活性型RhoまたはRacは指示に従ってActive Rho Pull-down and Detection Kit(品番16116)およびActive Rac Pull-down and Detection Kit(品番16118)を使用して分離しました。

タンパク質ホスファターゼ活性アッセイ:蛍光タンパク質ホスファターゼアッセイ(Anaspec)をタンパク質ホスファターゼ活性の評価に使用しました。10 µgの総タンパク質をアッセイバッファー中FDP基質と1時間インキュベートしました。基質加水分解からの蛍光の変化は、Thermo Scientific Varioskan Flashマルチモードプレートリーダーを使用して測定しました(励起/蛍光:485/520 nm)。

ATPアーゼ/キナーゼ活性アッセイ:ATP加水分解はATPlite Luminescence Assay Kit(Perkin Elmer)と修正プロトコルを用いて、ルシフェラーゼの発光機能として測定しました。脳組織ライセート(10 µg)を最終溶液5 mM ATPに添加しました。キットの指示に従い、ライセートの一部をネガティブコントロールとして非活性化しました。ライセートを同量の反応ミックスに加え、発光はVarioskan Flashマルチモードプレートリーダーにて5分間隔で1時間測定しました。値は初期発光値に標準化しました。

β-セクレターゼアッセイ:β-セクレターゼ活性をFRETベースアッセイシステム(EMD Millipore)で評価しました。脳組織ライセートの濃度を上げて蛍光発生ペプチド基質が入ったウェルに加え、37°Cで1時間インキュベートしました。蛍光はSafire Plate Reader(Tecan Ltd.)を使用して測定しました(励起/蛍光:345/495 nm)。

参考文献

Saito, N. and Shirai, Y. (2002).Protein kinase C gamma (PKC gamma): Function of neuron specific isotype.J Biochem 132(5):683-7.

Want, C., et al.(2009).Protein phosphatase 2a regulates self-renewal of Drosophila neural stem cells.Development 136(13):2287-96.

Yan, R., et al.(1999).Membrane-anchored aspartyl protease with Alzheimer’s disease beta-secretase activity.Nature 402:533-7



    Neuronal Protein Extraction Reagent

    Thermo Scientific N-PER Neuronal Protein Extraction Reagentは独自の細胞溶解試薬で、ニューロン組織および初代培養ニューロンの細胞内コンパートメントすべてからタンパク質の効果的な抽出を行うことに最適化されています。

    N-PER Neuronal Protein Extraction Reagentの特長:

    • 最適化—膜タンパク質を含む脳組織または初代培養ニューロンから全タンパク質の効果的な抽出
    • 穏やか—収率を損なわずにタンパク質の機能を残す
    • 多用途—プロテアーゼ阻害剤、還元剤、キレート剤、必要な補助因子に添加できる
    • 適合性—抽出物は全タンパク、酵素アッセイ、免疫アッセイ、タンパク質精製法に使用できる

    Thermo Scientific N-PER Neuronal Protein Extraction Reagentについて詳しく知る

    For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.