S-ニトロシル化は、細胞増殖、アポトーシス、平滑筋弛緩、神経伝達物質放出および分化といった多数の過程を調節する翻訳後修飾(PTM)です(参考文献1)。S-ニトロシル化を通じ、一酸化窒素ラジカルが遊離のシステインチオールと反応して、タンパク質活性を変えるS-NO付加体が生成されます。リン酸化およびアセチル化などの他のPTMとは異なり、S-ニトロシル化においては、S-ニトロシル化シグナル伝達に関わるタンパク質を予測できる明確なコンセンサス部位やモチーフを有するとは考えられません。さらに、S-NO付加結合が非常に不安定であるため、従来の抗体ベースの手法を用いてS-ニトロシル化タンパク質を検出し、精密に定量化することは困難です。

1998年、Jaffrey等は、S-ニトロシル化タンパク質を検出するのにHPDPビオチン(品番21341)を使用するビオチンスイッチアッセイについて論文発表しました(参考文献2)。このアッセイは、遊離のスルフヒドリルを化学的にブロックする一方で、ストレプトアビジンベースの濃縮および検出用にニトロシル化システインを選択的に還元してビオチン化させます。しかし、本手法に用いるビオチン標識化学反応は可逆的であるため、タンパク質S-ニトロシル化部位を質量分析法(MS)で同定するのは困難です。

Thermo Scientific Iodoacetyl Tandem Mass Tag™ (iodoTMT™) Reagents are a set of isobaric compounds that enable multiplexed quantitation of cysteine-containing proteins using tandem mass spectrometry. The iodoTMT reagents can be used to label up to six different sample conditions which can be combined into a single MS analysis. Unlike pyridyldithiol (HPDP) reagents, iodoTMT Reagents irreversibly label free thiols which allows for labeling under reducing conditions. In this study, we used iodoTMT reagents instead of HPDP-biotin for classic S-nitrosylation switch labeling to identify protein S-nitrosylation sites and quantify changes in S-nitrosylation PTMs by mass spectrometry.

結果と考察

LC-MSによるマルチプレックス定量用に、システイン含有ペプチドのスルフヒドリルを不可逆的に標識するiodoacetyl TMT™(iodoTMT)試薬を開発しました。iodoTMT試薬は、同じ質量および化学構造を有するアイソバリック化合物(同位体異性体)のセットで、システイン反応性ヨードアセチル基、スペーサーアームおよび質量レポーターからなります(図1)。本試薬セットは、細胞または組織から調製した最大6つまでの異なるタンパク質サンプルを並行して標識し、次いで、酵素消化、濃縮およびLC-MS分析用に1つにまとめることができます。MS/MSスペクトルの低質量領域内における独自のレポーター質量(126~131 Da)を用いて、ペプチド断片化およびタンデム質量分析の間に、各サンプルの相対的なタンパク質発現量を測定します(図2、参考文献3)。

A13n11-Fig1図1. iodoTMT試薬および標識反応。パネルA:システイン含有タンパク質またはペプチドを標識するiodoTMT試薬標識反応の機構。パネルB:システイン標識、濃縮およびアイソバリックMS定量用iodoTMTsixplex試薬の構造。
A13n11-Fig2-600px図2. iodoTMTsixplex試薬ワークフローの概略図。iodoTMT試薬標識用に条件の異なるサンプルを準備(最大6サンプルまで可能)。iodoTMT標識タンパク質を1つにまとめた後、抗TMT抗体固相化樹脂を用いてiodoTMTペプチドを濃縮し、続いてアイソバリックレポーターイオンのLC-MS/MS分析を実施します。

iodoTMT試薬は、HPDPビオチンまたはcysTMT試薬(参考文献4)などのピリジルジチオールベースの試薬と比べて、不可逆的なチオエステル結合を介してタンパク質およびペプチドを標識します。これにより、還元条件下で還元剤の除去を必要とせずにサンプルを標識することができるため、簡潔なサンプル調製ワークフローが可能となります。標識反応液中のiodoTMT試薬の最適な濃度を見極めるため、還元剤の存在下でタグの量を増やしてウシ血清アルブミン(BSA)を処理しました。図3に示すように、5 mM以上のiodoTMT試薬を含有する反応液は、すべてのBSAシステインを完全に標識しました。非標的(非システイン)の標識は、iodoTMT試薬の濃度を過剰(10 mM)にしても5%未満でした。このことは、iodoTMT試薬の反応性および特異性が、MS分析用にシステインをブロックするのによく使用されるヨードアセトアミドに類似していることを明示しています。

A13n11-Fig3図3. iodoTMT試薬による標識の有効性および特異性。パネルA:iodoTMT試薬の濃度を増加させて還元型BSA(100 μg)を標識しました。iodoTMT試薬による標識の有効性は、修飾型システインのペプチドシグナル(XIC)とシステイン含有ペプチドの総シグナルを比較することで評価しました。パネルB:還元型BSA(100 μg)を、10 mM iodoTMT試薬で標識しました。iodoTMT試薬による標識の特異性は、様々なアミノ酸について修飾型ペプチドシグナルと総ペプチドシグナルを比較することで評価しました。標識の有効性および特異性は、ペプチドスペクトル計数による評価も行い、同様の結果を得ました(データ未掲載)。

システインは、最も量の少ないアミノ酸の1つであり、ヒトプロテオームのアミノ酸のわずか2.3%を占めるに過ぎません。トリプシンペプチド配列のシステイン含量は比較的低いため、標識されたペプチドを同定および定量化するには、MS分析する前にシステイン含有ペプチドを濃縮する必要があります(参考文献5)。当社は以前、TMT標識されたタンパク質およびペプチド捕捉用の抗TMT抗体固相化樹脂(品番90076)、およびペプチド溶出用の酸性バッファーを開発しました。抗TMT樹脂がTMT標識されたペプチドに高い特異性を有するにも関わらず、その樹脂に非特異的に結合する少量の標識されていないペプチドも、酸性溶出バッファーによって溶出されてしまいます。TMT標識されたペプチドを競合的に溶出させるため、当社は最近、改良型のTMT溶出バッファー(品番90104)を開発しました(図4)。競合的溶出の利点は、濃縮サンプルに非特異的なペプチドのコンタミネーションを抑えることができるという点です。

A13n11-Fig4図4. TMT濃縮および競合的溶出の概略図。iodoTMT標識されたペプチドは、抗TMT抗体固相化樹脂に選択的に結合し、標識されていないペプチドを除去する目的で洗浄された後、酸性バッファーを用いて溶出するか、またはTMT溶出バッファーを用いた競合的置換により溶出します。

システイン含有タンパク質を分析用に濃縮する利点を、データを使って図5に示します。iodoTMT標識されたペプチド濃縮がない場合、A549細胞ライセート消化物由来のiodoTMTタグで修飾されたペプチドはわずか23%でした(図3で示したように、ほぼすべてのシステイン含有ペプチドが標識されますが、システインを含むのは、ペプチド全体の一部分に過ぎないことが推測されます)。これに対して、抗TMTペプチド濃縮および溶出後、同定されたペプチドの95%がiodoTMT修飾型システインを有していました(図5A)。濃縮後、同定されたペプチドの総量がより少ない(4916対1709)にも関わらず、同定されたタンパク質の数はほぼ同等(973対814)でした(図5B)。最も重要なことは、抗TMT樹脂およびTMT溶出バッファーを用いた濃縮の前後に同定されたタンパク質の組成における重複は50%未満でした(図5C)。これは存在量の少ないシステインペプチドを示しており、濃縮後のMS分析で同定される単一のタンパク質に相当します。

A13n11-Fig5図5. iodoTMT標識されたペプチドの抗TMT濃縮。パネルA:酸性溶出バッファーおよびTMT溶出バッファーを用いて濃縮前後に同定された、A549細胞ライセートタンパク質に由来するiodoTMT標識ペプチド修飾の割合。パネルB:抗TMT抗体樹脂による濃縮の前後に同定された独自のペプチドおよびタンパク質の総数の比較。パネルC:抗TMT抗体樹脂による濃縮の前後に同定された単一のタンパク質のベン図。

さらに、プロテオーム内で最も量の少ないアミノ酸の1つであるシステインは、ジスルフィド架橋、パルミトイル化およびS-ニトロシル化など様々な翻訳後修飾(PTM)を可能にする独自の生化学的な特性を有しています。S-二トロ基を化学的なタグで置換するスイッチアッセイは、タンパク質S-ニトロシル化を検出および測定する1つの手法です。改良したスイッチアッセイを用いて、S-二トロ基をiodoTMTタグで置換しました(参考文献6)。本アッセイでは、遊離のスルフヒドリルがMMTSで化学的にブロックされたのに対し、ニトロシル化システインはアスコルビン酸塩で選択的に還元され、iodoTMT標識される新たな遊離チオールが生成されました(図6A)。一酸化窒素供与体であるS-ニトロソグルタチオンを用いて生成されたS-ニトロシル化タンパク質のiodoTMT標識は、抗TMT抗体を使用したウェスタンブロットが示すように、非常に特異的でした(図6B)。抗TMT濃縮およびTMT溶出バッファーを用いた競合的溶出後、iodoTMTスイッチ標識されたペプチドをMS分析した結果、371の独自のS-ニトロシル化ペプチドが同定されました。この数は、酸性溶出による濃縮で回収したS-ニトロシル化ペプチドの数(248)を50%上回っています(図6C)。

A13n11-Fig6図6. iodoTMT試薬によるS-ニトロシル化タンパク質の標識。パネルA:改良型スイッチアッセイでiodoTMT試薬を用いたS-ニトロシル化タンパク質の選択的標識反応の概略図。パネルB:500 mM二トロ-グルタチオン(NO)処理およびアスコルビン酸塩の存在下または非存在下でのiodoTMT試薬による標識前に、A549細胞ライセートをMMTSでブロックしました。タンパク質はSDS-PAGEで分離し、抗TMT抗体ウェスタンブロットで解析しました。パネルC:抗TMT濃縮後に酸性バッファーまたはTMT溶出バッファーを用いてiodoTMTスイッチアッセイ後に同定された、NO処理済みのBV-2神経膠腫細胞ライセートタンパク質に由来する未標識およびiodoTMT標識(S-ニトロシル化)ペプチドの割合。

iodoTMT試薬は、少量のシステイン含有ペプチドおよびS-二トロPTMの部位特異的な局在の同定数量を増やせることに加えて、6つの異なるサンプルまたは処理物における相対的な変化を定量化するのに使用できます。このことを証明するため、2 x 3の条件下で以下の実験を実施しました。BV-2神経膠腫細胞を未処理、またはリポ多糖(LPS)もしくはS-ニトロソシステイン(SNOC)で20時間処理してS-ニトロシル化を誘発させました。各条件下の2組のサンプルは、改良したS-ニトロシル化スイッチアッセイにてiodoTMT6plex試薬で選択的に標識し、1つにまとめた後、消化、濃縮およびMS分析を行いました。全体として、6つのすべての条件下で測定された合計97のS-ニトロシル化タンパク質に対し、174のiodoTMT標識されたペプチドから139のペプチドを定量しました。LPSおよびSNOCでの刺激時にS-ニトロシル化の増加を示したタンパク質の1つは、ホスホグリセリン酸キナーゼ1(図7)でした。このタンパク質は、同定されたS-ニトロシル化ペプチドが3つのシステインを有するにも関わらず、1つのシステイン(赤色の矢印)のみがiodoTMTにより修飾されていました。これは、試薬を含む様々なS-ニトロシル化の処理を施された複数のシステインを有するペプチドのS-ニトロシル化部位を同定し、割り当て、定量化するのに有用な、iodoTMT試薬の検出能力を示す良い例となっています。

A13n11-Fig7図7. ホスホグリセリン酸キナーゼ1ペプチド中の測定されたS-ニトロシル化の誘導BV-2神経膠腫細胞は未処理、またはリポ多糖(LPS)もしくはS-ニトロソシステイン(SNOC)で20時間処理してS-ニトロシル化を誘発させ、S-ニトロシル化スイッチアッセイにてiodoTMT6plex試薬で選択的に標識しました。MSスペクトルには、iodoTMT修飾システイン(赤色で示してあります)の位置を示すホスホグリセリン酸キナーゼ1ペプチド(挿入図のGcITIIGGGDTATccAK)などがあります。挿入したグラフは、S-ニトロシル化を誘発する試薬であるリポ多糖(LPS、127および130)およびS-ニトロソシステイン(SNOC、129および131)を2組のサンプル中のTMTレポーターイオンの比較定量により測定し、これらに応答したホスホグリセリン酸キナーゼ1ペプチドのS-ニトロシル化が増加したことを示しています。
結論

Iodoacetyl Tandem Mass Tag(iodoTMT)は、システイン含有ペプチドのマルチプレックス定量用にシステイン残基を特異的かつ不可逆的に標識する新しい試薬です。少量のS-ニトロシル化修飾部位の同定および定量は、iodoTMT試薬標識と、S-ニトロシル化スイッチ化学、選択的な抗TMT濃縮および競合的TMTペプチド溶出を組み合わせることで達成することができます。

方法

iodoTMT標識されたタンパク質の調製

タンパク質および細胞ライセートを50 mM HEPES(pH 8.0)、0.1%SDSで溶解して2 mg/mLとし、5 mM TCEP(品番77720)を用いて50°Cで1時間かけて還元しました。還元されたタンパク質は、5~10 mM iodoTMT試薬(品番90100または90101)を用いて遮光条件下において37°Cで1時間かけて標識しました。過剰なiodoTMT試薬は、-20°Cで4~20時間かけてサンプルをアセトン沈殿することで除去しました。タンパク質は、トリプシン(品番90057)を用いて37°Cで4時間かけて消化し、C18スピンチップ(品番84850)を用いて脱塩後に、液体クロマトグラフィー(LC)-MS/MS分析しました。

Selective labeling of S-nitrosylated proteins

Cell lysates were solubilized at 2mg/mL in modified HENS buffer (Part No. 90106). Samples were equally mixed before enrichment of iodoTMT-labeled peptides and LC-MS analysis. Free sulfhydryls were blocked with methyl methane thiosufate (MMTS, Part No. 23011) for 20 min at room temperature and desalted to remove excess blocking reagent. S-nitrosylated cysteine sulfhydryls were selectively labeled using 0.4mM iodoTMT reagent in the presence of 20mM sodium ascorbate. Excess iodoTMT reagent was removed by acetone precipitation of samples at -20°C for 4-20 hrs. Unlabeled cysteines were reduced and alkylated with 20mM iodoacetamide (Part No. 90034). Proteins were digested at 37°C for 4 hrs using trypsin (Part No.90057) and desalted using C18 spin tips (Part No. 84850) before LC-MS/MS analysis or enrichment.

Enrichment of iodoTMT-labeled peptides

Labeled peptides (25-100μg) were resuspended in TBS at 0.5μg/μL and incubated with 20-100μL immobilized anti-TMT antibody resin (Part No. 90076) overnight with end-over-end shaking at 4°C. After collection of the unbound sample, the resin was washed 4X with 4M Urea/TBS, 4X with TBS, and 4X with water. Peptides were eluted 3X with 50% acetonitrile/0.4% TFA or TMT Elution Buffer (Part No. 90104), frozen, and then dried under vacuum before LC-MS/MS analysis.

LC-MS/MS analysis

A nanoflow high-pressure liquid chromatography system with a Thermo Scientific PepMap C18 column (75 µm ID x 20 cm) was used to separate peptides using a 5%-40% gradient (A: water, 0.1% formic acid; B: acetonitrile, 0.1% formic acid) at 300nL/min over 60 min. A Thermo Scientific LTQ Orbitrap XL ETD linear ion trap mass spectrometer was used to detect peptides using a top-3 CID, -3 HCD experiment for peptide identification and reporter ion quantitation.

Data analysis

MS spectra were searched using Thermo Scientific Proteome Discoverer software v1.4 with SEQUEST™ and Mascot™ programs against a mammalian Swiss-Prot™ database. Modifications included carbamidomethyl, iodoTMTzero (324.42 Da) and iodoTMTsixplex reagent (329.38 Da) for cysteines and oxidation for methionine.

引用文献
  1. Hess, D.T. and Stamler, J.S.(2012).Regulation by S-nitrosylation of protein post-translational modification.J. Biol.Chem.287(7):4411-8.
  2. Jaffrey, S.R. and Snyder, S.H. (2001). The biotin switch method for the detection of S-nitrosylated proteins. Sci STKE (86)1-9.
  3. Thompson, A., et al. (2003). Tandem mass tags: a novel quantification strategy for comparative analysis of complex protein mixtures by MS/MS. Anal. Chem. 75:1895-904.
  4. Murray, C.I, et al. (2012). Identification and quantification of S-nitrosylation by cysteine reactive tandem mass tag switch assay. Mol. Cell. Proteomics11(2): M111.013441.
  5. Gygi, S.P., et al. (1999). Quantitative analysis of complex protein mixtures using isotopecoded affinity tags. Nat. Biotech.17:994-9.
  6. Forrester, M.T., et al. (2009). Detection of protein S-nitrosylation with the biotin technique. Free Radic. Biol. Med. 46(2):119-26.
編集者注

本記事のデータは、以前、2012年米国質量分析学会年次総会で発表したものであり、ポスターの標題は『Iodoacetyl tandem mass tags for cysteine peptide modification, enrichment and quantitation.』でした。



    For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.