タンパク質のパズルを解く

「最初の手がかりを入れてみてパズルが一つになりはじめる瞬間が、一番わくわくします」

Noah Dephoure 博士の紹介

ヒトの細胞はおしゃべりな集団です。ほとんどの場合、それは良い結果をもたらします。たとえば、メッセージの伝達によって、招かれざる細菌に対する免疫反応を起こすことができるからです。しかし、場合によっては、細胞間のコミュニケーションで誤ったメッセージが生成され、がんなどの疾患につながる可能性のある病理学的変化が起きることもあります。研究により、そうしたコミュニケーションプロセスの多くの側面が解明されていますが、そうしたシグナル伝達の全体像の把握は、未完成のパズルとして残されています。

そうした中、研究室でもプライベートでもそのパズルの解明に人生を捧げている生化学者の Noah Elias Dephoure 博士は、どのように細胞シグナル伝達を利用してがんと闘うかという謎の解明に注力しています。ニューヨークにある Weill Cornell Medical College の研究室で、Dephoure 博士は、タンパク質を修飾し、その機能や配置を変化させる酵素であるプロテインキナーゼを専門に研究しています。

「プロテインキナーゼはいろいろなことができるだけではなく、一つに結合して大きな複合体を形成することもできるんですよ」と驚きを語る Dephoure 博士ですが、土曜日には、幼い息子と遊ぶ以外に、難しいことで悪名高いニューヨークタイムズのクロスワードを巧みに解いていきます。暗号のような手がかりを解読し、隠された意味を明らかにするのです。「そうした意味では、タンパク質は言葉のようなものです。26 文字しかありませんが、それをあれこれ組み合わせることによってどれほど多くの言葉ができるか、想像してみてください」

「タンパク質は言葉のようなものです。26 文字しかありませんが、それをあれこれ組み合わせることによってどれほど多くの言葉ができるか、想像してみてください」

実は、こうした時間が日々の研究の助けにもなっています。Dephoure 博士にとって、クロスワードパズルの謎解きをしながらのんびり午後を過ごしたり、自転車でニューヨークの街を探索したりする時間は、研究室で長らく探し求めていた答えを見つけたときと同じ喜びと達成感をもたらすものです。「すべてのヒントを読んでも、どれも答えには直結しない場合があります。試しにいくつかの答えを鉛筆で書き込んでみたら、全体が一つになりはじめる瞬間が、一番わくわくします」と Dephoure 博士は打ち明けます。「これは、研究室で何日も何ヶ月も、ときには何年も調べていたことが解明されはじめたときの感覚に似ています」

Dephoure 博士が最初にプロテインキナーゼと出会ったのは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の Erin O’Shea 氏の研究室に所属していた大学院生時代のことです。その研究室では、4,200 種類を超える酵母菌株のライブラリ作成に参加しました。最終的に共著者として完成させた論文の被引用回数は 1,000 回を超えるものとなっています。

その研究により、Dephoure 博士のイノベーターとしての評価は確固たるものになりました。これは研究者としての大きな成果でしたが、ある意味では、博士個人にとって人生の巻き返しでもありました。そのわずか数年前、博士は大学を中退し、生活費を稼ぐために、事務のパートを始めました。そうしたパートの仕事の一つが、当時 MIT で研究していたノーベル賞受賞者 David Baltimore 博士の事務アシスタントでした。若かった Dephoure 博士は、Baltimore 博士の研究に毎日のように接して触発され、免疫学の夏期講習に登録しました。この決断は、Dephoure 博士が UCSF に、そしてのちに Weill Cornell Medical College に進むきっかけとなりました。

「このとき、研究こそが私に理解できるもの、そして洞察を得られるかもしれないものだと気づかされました」と Dephoure 博士は懐かしく回想しています。「研究室での作業は、本質的に繰り返しになることもありますが、その平凡なタスクでさえ楽しんでいました。なぜなら、それは諦めずに努力すること、解明していることを意味しているからです」

「研究室での作業は、本質的に繰り返しになることもありますが、その平凡なタスクでさえ楽しんでいました。なぜなら、それは諦めずに努力すること、解明していることを意味しているからです」

プロテインキナーゼの可能性を掘り下げるときも、ニューヨークタイムズのクロスワードパズルを解いているときも、キッチンでパン焼きの科学に思いを巡らせるときも、その粘り強さは Dephoure 博士の原動力となり続ける重要な要素です。幸いにも、年月を重ねる中で、研究室で使うツールによって研究の複雑さがほんの少しだけ軽減されました。

「昔は、サンプル中に存在しているタンパク質の種類を知りたい場合、そのうちの一つを同定するためだけに、本当に手間をかけて特別なツールを作らなければなりませんでした」と Dephoure 博士は言います。「今では、すべてを分解して質量分析計に投入するだけで、一度に数千のタンパク質を同定し、定量できるようになりました」

Dephoure 博士は Thermo Scientific Tandem Mass Tag(TMT)試薬を使って、質量分析によりタンパク質を同定と定量を行っています。「私たちは、データの品質と精度に大きく向上させるために、改良を常に続ける必要があります。それを可能にしているのが、サーモフィッシャーサイエンティフィックのツールです。かつては一度に 500 ペプチドだったものが、今や数万ペプチドを調べることができるようになりました」と Dephoure 博士は語っています。

Dephoure 博士の究極の目標は、基礎細胞生物学およびヒト疾患研究の基となるシグナル伝達事象を解明することです。「私たちはまだ、生物学的理解の表面を引っ掻いているにすぎません。ヒトゲノムには 500 を超えるプロテインキナーゼがコードされていますが、現在わかっているのは、おそらくそのうちの 100 ほどの役割だけです。このパズルを解けば、免疫系を模倣することによりがんを攻撃するというがん治療の突破口が開かれるかもしれません」


さらに多くの革新者との語らい

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.