フローサイトメーターの流路系

フローサイトメーターの流路系の役割は、サンプルチューブからフローセルへとサンプル液を送り出すことです。 フローセル(およびレーザーと検出器)を通過したサンプルは廃液タンクへ送られます。

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サンプル流を絞り込むことの重要性(ハイドロダイナミックフォーカシング)

サンプルの細胞や粒子は、フローセル(フローチャンバーともいう) に入る前は、浮遊液の中でランダムに移動します(図 1A)。 流路において同一サイズのサンプルの動きをマッピングすると、一部の細胞はより速く、一部はより遅く移動します(図 1B) また、どの時点においても、細胞が縦一列で流れるとは限りません。 この二つの現象の結果、(1)細胞が異なる速度で流れ、データにばらつきが発生(2)細胞が接近しすぎた場合、同時イベント(二つの細胞が別々にではなく同時に解析されること)として検出されてしまいます(図 2A)。 高精度のデータを得るためには、サンプル中のすべての細胞や粒子がばらばらになっていること、さらにインテロゲーションポイントに到達する前に一列に整列した細胞や粒子が同じ速度で流れていることが重要です。

流路の中の粒子の動き

図 1: 流路の中の粒子の動き (A)フォーカスされていない個々の粒子は不規則に動きます。 (B)円柱の流路を流れる同様の粒子の方向をプロットすると、全体的に双曲線型の速度をもつように見えます(一部の細胞はより速く、一部はより遅く動きます)。 

フローサイトメーターの流路系は、ハイドロダイナミックフォーカシングを活用してこれらの課題を解決しています。 つまり、液体(水力)を使って、細胞が同じ速度で、かつ個々の細胞として流れるようにします。ハイドロダイナミックフォーカシングでは(図 2B)細胞や粒子が流れる層流をより狭いコアストリーム(ハイドロダイナミックコアともいう)へ送り込むために、シース液(リン酸生理食塩水等)の層流をサンプルの層流より速く流します。その結果、すべての粒子が同じ軸上をおよそ同じ速度で流れます。コアストリームは、層流を形成することで維持されます。すなわち、シース液の層流とサンプルの層流は混ざり合うことなく、平行に流れます。 より狭いコアストリームに絞り込まれると、サンプルはインテロゲーションポイントを通過し、廃液タンクへ運ばれるか(アナライザーの場合)、あるいはソーティングされます(セルソーターの場合)。

ハイドロダイナミックフォーカシング

図 2. ハイドロダイナミックフォーカシング  (A)ハイドロダイナミックフォーカシングが作用する前は、細胞はランダムかつ異なる速度で移動します。そのため、細胞間の距離が不均一な状態でインテロゲーションポイントを通過する場合があります。 細胞間の距離が近接すると、複数の細胞が同時にインテロゲーションポイントへ到達し、同時に複数のイベントが検出されてしまいます(同時イベントともいう)。 (B)シース液の層流によって細胞がコアストリームへ送り込まれることで、細胞が同じ速度で流れ、一列に整列した状態でインテロゲーションポイントに到達します。 その結果、同時イベントの検出を最小限に抑えることができます。

層流の圧力を変えることの影響

シース液の圧力によってシステムの速度が設定されます。イベントレート、つまり一定の時間にインテロゲーションポイントを通過する細胞または粒子の数を変えたい場合は、サンプルの層流とシース液の層流の圧力差を調整します。 イベントレートを上げ、より迅速にデータを取得するために、圧力差を大きく設定したくなるかもしれませんが、そうするといくつかの問題が起こる可能性があります。 図 3Aに示されているとおり、圧力差が小さいと、細胞はより狭いコアストリームを流れるので、1個ずつインテロゲーションポイントを通過します。 一方で圧力差を大きくすると(図 3B)、コアストリームが広くなり、短時間でより多くの細胞を流すことが可能になりますが、 2つ以上の細胞が同時にインテロゲーションポイントを通過する状況が発生します。 こうした同時イベントによって、データのばらつきが大きくなります。例えば図 3C は、 異なるタイムポイントで圧力差を大きくした場合の前方散乱光をプロットしたデータです。圧力差を大きくすることでより多くのイベントが同時に検出されることになり、データが分散します。 

層流の圧力を変えることの影響

図 3. 層流の圧力を変えることの影響(A)圧力差が低い場合、細胞は一度に1つずつインテロゲーションポイントを通過します。 (B)圧力差を大きくすると、コアストリームが広くなり、インテロゲーションポイントを通過する細胞の速度が速くなります。 それによって一度に2つ以上の細胞がレーザーを通過し、同時イベントが検出されます。 (C)この例では、最初は小さい圧力差で粒子を流し、その後圧力差を中程度から最終的には大きくしました。 圧力差が大きくなるにつれ、前方散乱光イベント数が増加し、大きい圧力差ではより多くの細胞が検出されていることを示しています。 また、同時にデータがより分散し、大きい圧力差ではシグナル検出でのばらつきが増えていることを示しています。

もっとも正確なデータを取得する最良の方法は、低いサンプル濃度で、細胞をできる限りゆっくりした速度で流すことです。 低速にすることで狭いコアストリームが維持され、同時イベントやデータの分散を最小限に抑え、高精度のデータを得ることができます。 この方法は、レアイベント解析や DNA 細胞周期解析など、とりわけ高感度測定を行うときに特に重要となります。 実験の目的が、例えばトランスフェクションやエンリッチメントが成功したかどうかなど、Yes か No の答えを素早く求めることで、同時イベントやデータの分散などが懸念事項でない場合は、速い流速で流すことができます。 また、いくつかのサンプルの結果を比較したい場合は、すべてを同じ流速にすることが重要です。 チューブ間の流速を変更すると、データの分散度合いの違いによって、正しくない結論を導く可能性があるため、流速を変えてはいけません。

アコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシング

アコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシングは、サイトメトリーの分野で最近登場した新しい手法で、流速を上げるために大きな圧力差で流してもデータの精度に与える影響を最小限に抑えることができます。 この技術では、細胞を整列させるために、流体力学と音波を発生させるデバイスの組み合わせによって細胞が絞り込まれます。 これによって、流速が上げても細胞は狭い範囲に整列した状態を維持することができ、データフィデリティが高まります。従来のサイトメーターで課題となっていた流速を上げるとデータの精度が低下する問題を解決しました(図4)

Invitrogen™ Attune™ NxT Flow Cytometer は、アコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシング技術を用いた唯一のフローサイトメーターです。 低流速(10-20 μL/min)において、Attune NxT フローサイトメーターは、従来のフローサイトメーターと同様にハイドロダイナミックフォーカシングを用いて細胞を整列させます。 一方、高流速(100-1,000 μL/min)においては、音波を用いて細胞を一列に整列させます(図4)。 下記の動画は、音波が適用されたときに、細胞が一列に整列する様子を示しています(図 5)

従来のハイドロダイナミックフォーカシングとアコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシングの比較

図 4. 従来のハイドロダイナミックフォーカシングとアコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシングの比較 (A)従来のハイドロダイナミックフォーカシングでは、流速(および圧力)を高めることによって、一度に2つ以上の細胞がインテロゲーションポイントを通過してしまいます。 (B)アコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシングでは、音波によって細胞を整列した状態に保ち、インテロゲーションポイントを一度に1つずつ通過します。

A

B

View of the end of the capillary with cells run at 500 µL/min

図 5:  Principle of acoustic-assisted hydrodynamic focusing. (A)この動画は、アコースティックフォーカシングが作用したときに起こる細胞の整列を示しています。  (B)500 µL/min の流速で流れる細胞をキャピラリの端から見た様子

 

差圧方式 v.s. 蠕動ポンプ方式

フローサイトメトリーの流路系は、通常2つのデザインに大別されます。 ひとつは、ポンプと制御システムを用いて圧力を生み出すものです(時として差圧式と呼ばれます)。 差圧式の標準的なレイアウトを図 6 に示します。 差圧は可変のレギュレーターで設定され、これがサンプルチューブに圧力を加え、サンプル液とシース液をフローサイトメーターに押し出します。 さまざまな理由から、こうした機器の送液量制御は絶対ではありません。 つまり、同じ機器においては、注入されるサンプル量は毎回一定していますが、注入された正確なサンプル量あるいはサンプル絶対量はわかりません。 しかし、細胞濃度は下記の式で求められるので、解析するサンプルの絶対濃度を決定したい場合を除き問題ではありません。

細胞濃度 =((細胞数)/(サンプル量))

フローサイトメーターでサンプルに含まれる細胞の絶対数を計測する場合は、既知濃度で校正済みの細胞カウントビーズをサンプルに添加して算出します。 

差圧式の流路系

図 6. 差圧式の流路系 2つのレギュレーターでシース液とサンプル液の圧力を制御し、サンプルの流速を調整します。

 

新しいサイトメーターの中には、蠕動、あるいはシリンジポンプを用いてサンプル液を押し出すシステムを採用しているものがあります。 このタイプの標準的なレイアウトを図 7 に示します。 こうしたポンプは、差圧式のシステムよりも送液量を精密にコントロールできるので、細胞の絶対数の計測を確実に行うことができ、サンプルにおける特定の細胞種の濃度を導き出すことが可能です。

 蠕動、シリンジポンプ式の流路系の概略図

図 7. 蠕動、シリンジポンプ式の流路系の概略図

 

まとめ

流路系は、フローサイトメーターの生命線です。 コアストリーム内で細胞を一列に整列させ、インテグレーションポイントを通過する細胞の様々なデータを収集します。 サンプル液を安定して送り込み、細胞を整列させることができなければ、データのばらつきが大きくなり、データの信頼性が低くなってしまいます。 フローサイトメーターで高精度なデータを得るためには、ハイドロダイナミックフォーカシング、あるいはアコースティックを活用したハイドロダイナミックフォーカシングを用いて、インテグレーションポイントを通過する細胞の流れをコントロールする必要があります。

 

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For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.