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「マイクロアレイ」という言葉は本来、ごく小さな物質が整然と並んでいることを指します。「DNAマイクロアレイ」は、その微小物質がDNAである場合の呼び方ですが、マイクロアレイの中でもっとも一般的に使われる技術のため、「DNA」が省略されて単に「マイクロアレイ」と呼ばれることが多いです。このマイクロアレイは、オリゴヌクレオチド、cDNAまたはBACクローンDNAをガラスなどの基板上に高密度に整列固定したツールです。 このマイクロアレイ上に、検体となるRNAやDNAをハイブリダイゼーションすることによって、遺伝子発現量、塩基配列の決定、遺伝子変異・SNP解析、染色体コピー数変動といったRNAやDNAの多様な質的および量的変化を調べます。この技術は、1994~1995年頃に開発されました。
このようなハイブリダイゼーションを使った検出法は、分子生物学分野では古くからサザンブロットやノーザンブロットで使われてきましたが、これらの手法では1回の実験で検出できるターゲットが1つでした。それに対して、マイクロアレイ技術では1回の実験で数万以上のターゲットを同時に検出できるため、ゲノム全体に渡る網羅的な遺伝子発現解析が可能になりました。
ガラス基板上でハイブリダイゼーションを行うマイクロアレイの製造には、二つの方法が開発されました。Affymetrix社の創立者Stephen P.A. Fodorは、半導体製造に用いられるフォトリソグラフフィーとコンビナトリアルケミストリーを組み合わせたガラス基板上で直接ペプチドやDNA合成を行う方法を、1980年代後半に開発しました1)~4)。
Fodorはこの技術を使うことで高密度DNAマイクロアレイ製造の可能性を見出し、1994年に当時所属していたAffymax社から独立してAffymetrix社を設立し、マイクロアレイGeneChipの製造・販売を始めました。
その際、合成効率、配列特異性、コストなどを考慮してガラス基板上で合成するDNA(オリゴヌクレオチドプローブ)の長さを25 merとしました。このガラス基板上に搭載されるオリゴヌクレオチドプローブ数は、技術の進歩により、表1のように改良されています。
Date | um2* | プローブ数 |
---|---|---|
1994 | 100 | 16,000 |
1996 | 50 | 65,000 |
1998 | 24 | 256,000 |
2000 | 20 | 400,000 |
2002 | 18 | 505,000 |
2003 | 11 | 1,354,000 |
2004 | 8 | 2,560,000 |
2005 | 5 | 6,553,000 |
*:1プローブが占める区画の大きさ
一方、ゲノム研究に従事していたStanford大学のPatrick O. Brown は、1995年にロボットアームが付いたスポッターと呼ばれる装置を使って、表面をコーティングしたガラス基板(スライドガラス)上にcDNAをスポットさせてマイクロアレイを作製する方法を開発し、それを用いた遺伝子発現解析法を報告しています5), 6)。そして、1996年にこの作製方法をインターネット上に公開したことで7)、多くの企業がさまざまなマイクロアレイ製造装置を開発し、10,000スポット近く搭載できる装置も登場しました。
これら2つのマイクロアレイ製造方法の概略図を図1に示しました。Fodorが開発した方法はon chip合成型、あるいはAffymetrix型と呼ばれています(図1-a)。一方、Brownが開発した方法はスポッティング型、あるいはStanford型と呼ばれています(図1-b)。
図1. マイクロアレイの製造方法
2つの製造方法の違いについて表2にまとめました。
on chip合成型 (Affymetrix 型) | スポッティング型 (Stanford 型) | |
---|---|---|
開発 | Affymetrix 社 | Stanford大学P. Brown研究室 |
作製法 | フォトリソグラフィーにより基板上でDNA合成 | あらかじめ合成したDNAを基板上に固定化 |
プローブ | 1本鎖oligo DNA あらかじめDNA塩基配列情報が必要 | cDNA(PCR産物) 又は1本鎖oligo DNA cDNAの場合、塩基配列情報は不要 |
集積度 | 高 | 中 |
なお、現在は、on chip合成型でインクジェットプリント技術を応用してDNA合成を行うインクジェット型というマイクロアレイの製造方法もあります。
Affymetrix社のマイクロアレイ製造技術は現在Thermo Fisher Scientific Inc.に引き継がれ、Applied Biosystems™ Clariom™ D、Applied Biosystems Clariom Sでなどの製品が販売されています。最新の遺伝子発現解析用のマイクロアレイであるClariom Dでは、実に600万ものプローブが1枚のアレイ上に搭載できるようになりました。また、このClariom Dから主要なプローブのみをピックアップして開発されたClariom Sは、アノテーション済みの主要な遺伝子を網羅しながらも1アッセイあたり2万~2.5万で解析ができる製品で、一昔前のマイクロアレイの価格を知る方から見ると驚異的な低価格で提供されるようになりました。
マイクロアレイ技術を使った遺伝子発現解析データが公開されると、本当に再現性のあるデータとして取得できているのかと疑問視する声も上がりました。
それを受け、米国FDAが主導となってマイクロアレイの再現性、性能、データ解析法などの品質管理を行うプロジェクト(The MicroArray Quality Control Project、通称MAQC)がスタートして、さまざまな米政府機関、マイクロアレイやRNAサンプル製造企業、研究機関などの51組織が参加してデータ取得を実施しました。その成果は、2006年のNature Biotechnology 9月号に論文としてまとめられ、再現性が得られることや異なるプラットフォームで得られた遺伝子リストもよく一致することが確認されました8)~12)。
マイクロアレイ製造には上述の通り二つの方法がありますが、解析の方法にも1色法と2色法の二種類があります。それぞれの方法について、遺伝子発現解析におけるサンプル調製の流れとともにご紹介します。
1色法でも2色法でも、出発材料のRNAからT7 RNA ポリメラーゼのプロモーター配列が付加されたプライマーと逆転写酵素を使って一本鎖cDNAを合成し、続いてDNA ポリメラーゼ Iを使ってT7 RNA ポリメラーゼのプロモーター配列を含んだ二本鎖cDNAを合成します。そして、二本鎖cDNAを鋳型にしてT7 RNA ポリメラーゼを用いたin vitro transcriptionによる調製方法により、100倍程度の増幅産物が得るのが主流です13)。
1色法では、ターゲットとなる2種類のRNAサンプルを1色の蛍光色素を使って標識する方法で、調製した標識サンプルごとにマイクロアレイにハイブリダイゼーションを行います。その後、スキャンによって画像データを取得し、それぞれのマイクロアレイから得られるシグナル強度を測定して遺伝子発現量を比較します。
これに対して2色法では、別々の蛍光色素を使って2種類のRNAサンプルを標識する方法で、ハイブリダイゼーション前に両方の標識サンプルを混合した後、1枚のマイクロアレイ上で競合ハイブリダイゼーションを行います。その後、スキャンによって画像データを取得し、発現比を測定します(図2)。
図2. 1色法と2色法のサンプル調製方法や解析方法の違い
サンプル中の発現量が多い転写産物はたくさんのプローブと結合するため、蛍光強度が強くなります。逆にサンプル中の発現量が少ない転写産物は、蛍光強度が弱くなります。こうしたプローブごとの蛍光強度の強さを測定することで、サンプル中の各転写産物の発現量を解析します。
なお、1色法による実験では、使用するマイクロアレイ間で比較解析を行うことから、アレイ間で品質にばらつきがないことが必要で、解析の際にはアレイ間補正が必要となります。ただし、一連の実験の中で対照となるコントロールサンプルのデータは一度取得するだけで、その後は比較解析したいサンプルのデータのみを取得することで比較解析が可能です。1色法は、Applied Biosystems GeneChip™やClariomなどのマイクロアレイが代表的です。 2色法による実験では、1枚のマイクロアレイ上での比較になるため、アレイ間補正の代わりにサンプル間で標識する蛍光色素を入れ替えたDye Swap実験などの色素補正が必要です。また、実験の際には対照となるコントロールサンプルの準備が毎回必要となります。
遺伝子発現解析では、取得した画像データからシグナル強度を数値化して発現量の比較解析を行いますが、マイクロアレイによる遺伝子発現解析では大量のデータを処理するため、専用の解析ソフトウェアを用いる必要があります。
解析ソフトウェアには無償ソフトウェアTAC(Applied Biosystems Transcriptome Analysis Console)や、オープンソース・フリーソフトウェアの統計解析向けのプログラミング言語であるRを使ったBioconductorなど無償で提供されているもののほか、Genomics Suite™やGeneSpringのような有償のものがあります。
研究目的と解析を行うレベルによってソフトウェアを選択しますが、TACのような無償ソフトウェアでも図3で示したようなスキャッタープロット(サンプル間の遺伝子発現量を散布図で表示)、階層的クラスタリング(発現パターンが似ている遺伝子群を樹形図で表示)、パスウェイ解析(発現変動した遺伝子群がどのパスウェイに関わっているかを表示)、インタラクショ ンネットワークグラフ(発現変動した遺伝子とmiRNAの相互的関係を表示)のような図が表示でき、ソフトウェアで得られた図がそのまま論文にも使われています。
図3. TACによる解析結果例
マイクロアレイ技術は遺伝子発現解析だけではなく、DNAをターゲットとした場合はDNAの1塩基の違いを区別する実験条件を設定することで、塩基配列解析やジェノタイピングも行うことが出来ます。
表3に、マイクロアレイ技術を使った応用例を示しました。
目的 | 応用例 | |
---|---|---|
遺伝子発現解析 | 状態の異なる細胞間や組織間で遺伝子発現の差をmRNAレベルで比較 | ・生育条件の違いによる植物や微生物の全遺伝子発現比較 ・創薬の標的分子の探索 ・癌の予後や悪性度の指標となるバイオマーカーの探索 |
多型解析 (ジェノタイピング) | ・疾病に関与するゲノム領域の検出 ・多様性に関与する塩基多型の検出 | ・SNPに基づく疾病への罹患性の評価 ・薬理遺伝学に基づく創薬 |
染色体コピー数解析 | ・遺伝性疾患に関与する染色体構造変化の検出 ・癌遺伝子増幅、染色体欠失の検出 | ・染色体検査の1つの検査方法 ・癌の予後や悪性度の指標となるバイオマーカーの探索 |
塩基配列解析 (リシーケンス) | ・特定ゲノム領域の塩基配列決定 ・病原菌の分類 | ・遺伝性疾患の塩基配列変異検出 ・病原菌のサブタイピング |
このようにマイクロアレイ技術は、基礎的研究だけでなく、創薬研究、疾病の診断や予防法の開発、食品や農業、エネルギーや環境問題対策といったさまざまな分野での研究に使われています。
これまでマイクロアレイの歴史や原理などをご紹介してきましたが、ではマイクロアレイの実験を始めるにはどうすればよいでしょうか。
マイクロアレイの解析には、解析を行うための機器が必要になります。共通機器室などに導入されているケースもありますので、お心当たりのある方はご施設に確認してみてください。
しかし、装置をお持ちでなくても、マイクロアレイの受託解析を行っている会社に依頼をすれば、お手元のサンプルのマイクロアレイデータを手に入れることができます。
また、マイクロアレイの受託解析をお考えの方向けに、サーモフィッシャーサイエンティフィックではお試し有償解析サービスも行っています。ご興味がございましたらお問い合せください。
なお、受託解析をお考えの方は、マイクロアレイの記事「受託解析を利用する際に知っておきたいポイント」も、ぜひ一度ご覧ください。