考慮すべき6つの重要な構成要素

PCRの成功にはいくつかの因子が関与し、反応液成分が増幅に重要な役割を果たします。反応をセットアップする際の主な考慮点には以下のようなものがあり、ここで詳説します。

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テンプレートDNA

複製用のPCRテンプレートとしては、ゲノムDNA(gDNA)、cDNA、プラスミドDNAなどあらゆるDNAソースを用いることができます。しかし、DNAの組成や複雑性の違いによりPCRに必要な最適投入量はそれぞれで異なります。例えば、50µL PCRの開始量としてプラスミドDNAの場合、0.1~1 ngで十分である一方、gDNAの場合、5~50 ng必要です。最適なテンプレート量はまた、使用するDNAポリメラーゼの種類によって大きく異なります。テンプレートへのアフィニティを高めた組換えDNAポリメラーゼを使用すると、DNA投入量は少量で済みます。DNA投入量が多い場合には非特異的増幅のリスクが高まり、一方少ない量では収量が低くなるため、DNA投入量の最適化は重要です(図1)。

プラスミドとヒトgDNAテンプレートのPCR結果比較

 

図1. プラスミドとヒトgDNAテンプレートのPCR結果比較 同じDNAポリメラーゼを使用して、推奨される条件下で様々なDNA投入量で2 kbターゲット配列を増幅した。

特にgDNAを用いる場合など、コピー数を基準としてDNA投入量を決める場合があります。コピー数計算は、添加したDNAに存在する分子数から算出されます。アボガドロ定数(L)およびモル数を用いると、コピー数は次のように計算できます。

コピー数 = L xモル数 = L x(全質量/分子質量)

特定のDNA鎖の分子質量は、鎖のサイズまたは全塩基数(すなわち、長さおよび一本鎖か二本鎖かの情報)で決定されます。オンラインツールを用いて、DNA量から勘弁にコピー数を計算することができます。

理論的には、理想的な条件下ではDNA1コピーまたは1つの細胞からPCRを行えます。しかし実際には、特定のテンプレートの増幅効率は反応成分やパラメーター、およびDNAポリメラーゼの感度の影響を受けます。

gDNA、cDNA、プラスミドDNAの他に、PCR産物を再増幅してターゲットを高収量で得ることが可能です。未精製の産物がテンプレートとして直接使用されることもありますが、プライマー、dNTP、塩類、副生成物などが増幅に悪影響を及ぼすことがあります。そのような阻害を避けるため、一般的には次のPCRの前に水で反応液を希釈することが推奨されます。また、最良の結果を得るためには、PCR産物を精製してください。最適化されたPCR精製キットによるPCRクリーンアップはわずか5分で終了します。

DNAポリメラーゼ

DNAポリメラーゼは標的DNAの増幅に関わる重要な因子です。Taq DNA ポリメラーゼはほぼ間違いなくPCRにおいて最も知られた酵素であり、その発見により、PCRに革命が起きましたTaq DNAポリメラーゼは比較的耐熱性に優れ、95°Cでの半減期はおよそ40分です[1]。70°Cの条件で、60塩基/秒の速度でヌクレオチドを取り込み、約5 kbの長さまで増幅できるので、標準的なPCRに適しています。最近、大幅に性能が改善された次世代DNAポリメラーゼが設計されました。

一般的な50 µLの反応系では、1~2ユニットのDNAポリメラーゼが標的DNA増幅に使用されます。しかし、増幅困難なテンプレートの場合、酵素量の調整が必要になります。例えば、DNAサンプルに阻害物質が含まれる場合、DNAポリメラーゼの量を増やせばPCR収量が増大する場合があります。しかし、非特異的PCR産物は酵素濃度が高くても現れることがあります(図2)。

PCRクローニング、長鎖DNAの増幅、GCリッチPCRなどの特別な用途には、高性能DNAポリメラーゼが適しています。こうした酵素は、高収量かつ阻害剤に対する高い耐性を持ち、エラー率の低いPCR産物を長いテンプレートから短時間で生成することができます(詳細は、「DNAポリメラーゼの特性」を参照)。

DNAポリメラーゼを増量するとPCRの収量が増加することがある

 


図2. DNAポリメラーゼを増量するとPCRの収量が増加することがあるが、非特異的アンプリコンも生成される場合がある。
一番上のバンドが目的のPCRアンプリコンである。

プライマー

PCRプライマーは約15~30塩基の合成オリゴDNAです。PCRプライマーは、テンプレートDNA中の目的領域に隣接する配列に(相補的に)結合するよう設計されています。PCRの間、DNAポリメラーゼはプライマーの3′末端からヌクレオチドを伸長します。よって、目的ターゲットを特異的に増幅するためには、プライマーはターゲットの末端に特異的に結合し、鋳型DNAの他の部分とのホモロジーは可能な限り低くする必要があります。

配列の相同性に加えて、プライマーはPCR増幅の特異性以外点にも留意して、慎重に設計する必要があります。まず、プライマー配列のTm値は55~70°Cの範囲で、2つのプライマーのTm値が5°C以内でなければなりません。同様に重要なことは、プライマー同士の相補性、およびリピート配列を持たないように設計する必要がことです。プライマー同士、特に3’末端に相同性があると、プライマー同士がアニーリングし、プライマーダイマーを増幅する可能性があります。また、リピート配列は、二次構造形成’を促し、ターゲットとのアニーリングを阻害する可能性があります。

さらに、プライマーのGC含量は理想的には40~60%で、CおよびGの分布に偏りが無いことがミスプライミング回避には必要です。同様に、非特異的プライミングを最小化するため、3個以上のGまたはC塩基がプライマーの3'末端に存在しないようにしてください。他方、プライマーの3'末端に1個のCまたはGヌクレオチドがあると、正確なアニーリングおよび伸長には有利です(表1)。最適なプライマー配列をバイオインフォマティクス的に設計、選択するオンラインツールを利用できます。

表1. PCRプライマー設計における一般的な推奨事項。

必須事項禁止事項
  • 15~30 nt
  • Tm 55~70°C (2プライマー間は5°C以内)
  • 40~60% GC(均一分布)
  • 3′末端に1つのCまたはG
  • 二次構造(相補性)
  • ダイレクトリピート
  • 3′末端に3つ以上のGまたはC

長い配列のプライマー(例:50 ntより大きい)および修飾プライマーの場合、しばしば 精製して、短いオリゴや非修飾オリゴを除去する必要があります。プライマーの精製は、配列と長さの完全性が実験成功に欠かせないクローニングや変異導入などのアプリケーションに推奨されます。

PCRクローニング用にプライマーを設計する場合、制限酵素認識部位、組換え配列、プロモーター配列などの非アニーリング配列は5′末端付加されます。こうした付加配列はPCR増幅やダウンストリームアプリケーションへの影響を最小限にするよう、慎重に設計する必要があります(詳細は、「PCRクローニング」を参照)。

PCR用反応液には、0.1~1 μMの範囲で反応にプライマーを加えます。縮重プライマーやロングPCRに使われるプライマーは、0.3~1 μMの濃度が望ましい場合が多くあります。一般的に推奨されるのは、標準的な濃度で試し、その後必要に応じて調整することです。プライマー濃度が高いと、ミスプライミングや非特異的増幅の原因になります。他方、プライマー濃度が低いと、対象ターゲットの増幅が低いかゼロという結果になることがあります(図3)。

PCR amplification of human gDNA with varying concentrations of primers

図3. 様々なプライマー濃度におけるヒトgDNAのPCR増幅  GCリッチ配列を持つ0.7 kbの断片増幅を試みた。 非特異的産物およびプライマーダイマーが高いプライマー濃度で蓄積している。

デオキシヌクレオシド三リン酸(dNTP)

dNTPはdATP、dCTP、dGTP、dTTPのヌクレオチド4つからなり、DNA鎖の基本単位です。この4つのヌクレオチドは一般に等モル量でPCR反応に加えられます。しかし、PCRによるランダム変異導入を行う場合は、dNTP濃度の不均衡をわざと生じさせ、プルーフリーディング活性を持たないDNAポリメラーゼによる高効率な取り込みミスを促進します。

通常のPCRアプリケーションでは、各dNTPの推奨される最終濃度は一般に0.2 mMです。高濃度が有効なケース(特に高濃度のMg2+が存在する場合)もありますが、それはMg2+ がdNTPに結合し、取り込みの有効性を低減するためです。しかし、最適濃度を越えたdNTPはPCRを阻害します。有効なDNAポリメラーゼによる取り込みを実現するには、反応中に遊離dNTPが0.010~0.015 mM(推定Km値)以上の濃度で存在しなければなりません(図4)。プルーフリーディング活性がないDNAポリメラーゼを使用する場合、dNTP濃度を低げ(0.01~0.05 mM)、同時にMg2+を同じ比率で下げることでフィデリティを向上できます。

様々なdNTP濃度における1 kbラムダDNAのPCR増幅

 


図4. 様々なdNTP濃度における1 kbラムダDNAのPCR増幅。
各反応におけるMgCl2の最終濃度は4 mMとした。

アプリケーションによっては、dNTPミックスに特殊なヌクレオチドが含まれることがあります。例えば、dTTPをデオキシウリジン三リン酸(dUTP)で置換したものを使用し、その後ウラシルDNAグリコシラーゼ(UDG)で処理する方法があります。これはPCR汚染のキャリーオーバーを防ぐ方法です[2]。UDGはDNA修復酵素で、ウラシルを含むDNA鎖を切断します。dTTPをdUTPで置換することで、ウラシルを含むPCR産物を生成できます。UDGを含む反応液をPCR開始前にインキュベーションすると、ウラシルを含む汚染されたキャリーオーバーPCRアンプリコンが除去され、キャリーオーバーPCR産物から偽陽性反応を防ぐことができます(図5)。

UDG treatment for prevention of carryover PCR amplicon contamination

図5. PCRアンプリコン汚染のキャリーオーバーを防ぐためのUDG処理。 UDGはDNA断片に含まれるウラシル塩基(赤の棒)を切除する。 脱塩基DNA鎖はPCR条件下で分解しやすく、それに続くPCRで増幅されない。

PCRでdUTPを用いるには、考慮すべき定説がいくつかあります。まず、dUTP置換はPCRの効率と感度を下げる可能性があるというものです。この難問は、dUTPに対してdTTPを最適な割合で混合することで各PCR産物の分子が効率的なUDG処理に十分なウラシル塩基を持つようにし、かつPCR効率を大幅に干渉しないようにして克服できることがあります。2つ目として、Taq DNAポリメラーゼはDNA合成中にdUTPを取り込みますが、Pfu などのプルーフリーディングDNAポリメラーゼは特にウラシルを取り込むよう改良されない限り、dUTP使用できないというものです。この特質はArchaea由来のDNAポリメラーゼは、DNA修復機構の一つとしてウラシル結合ポケットを持つためです[3、4]。

同様に、アミノアリル-dUTP、フルオレセイン-12-dUTP、5-ブロモ-dUTP、ビオチン-11-dUTPなどの修飾dNTPが、後続の実験で必要な標識導入のために汎用使用されます。dUTPと同様に、PCRを成功させるには修飾dNTPをDNAポリメラーゼに取り込ませる必要があります。

マグネシウムイオン(Mg2+

マグネシウムイオン(Mg2+)はdNTPの取り込みを可能にすることで、DNAポリメラーゼ活性の補因子として機能します。酵素活性部位のマグネシウムイオンはプライマーの3′-OHとdNTPのリン酸基の間のホスホジエステル結合形成を触媒します(図6)。加えて、Mg2+はリン酸主鎖の負電荷を安定化させることで、プライマーおよびDNAテンプレート間の複合体形成を促進します(図8)[5]。

DNAポリメラーゼ活性部位におけるマグネシウムイオンの機能


図6. DNAポリメラーゼ活性部位におけるマグネシウムイオンの機能。
Mg2+は、DNAポリメラーゼ反応中に取り込まれるdNTPのリン酸基と、プライマーの3′-OH間の相互作用を助けます。

Mg2+イオンは一般的にPCR反応液にMgCl2溶液を添加することにより供給されます。しかし、Pfu DNA ポリメラーゼ等幾つかのポリメラーゼにはMgSO4が適しており、これは硫黄が、ある条件下ではより強力で再現性のある性能を発揮するからです。マグネシウム濃度はPCR収量を最大化するためにしばしば最適化が必要です。

一般的なPCR中のMg2+ の最終濃度は1~4 mMの範囲で、0.5 mM間隔での最適化が推奨されます。Mg2+濃度が低いとPCR産物が少量または全く得られない結果となりますが、これはポリメラーゼ活性が低下したためです。他方、Mg2+濃度が高いと、プライマー―テンプレート複合体の安定性が高まることで非特異的PCR産物が生成されることが多く、同時にdNTPの取り込みミスによるエラーも増加します(図7)。

様々なMgCl2濃度におけるPCR増幅

 


図7. 様々なMgCl22濃度におけるPCR増幅。
一番上のバンドは、ヒトgDNAで増幅されたターゲット断片(2.8 kb)。

バッファー

PCRはDNAポリメラーゼ活性に適した化学的環境を提供するバッファー中で行います。バッファーpHは通常8.0~9.5で、緩衝剤としてはTris-HClをよく用います。

Taq DNAポリメラーゼの場合、バッファー中の一般的な構成要素はKCl由来のカリウムイオン(K+)で、プライマーアニーリングを促進します。場合によっては、硫酸アンモニウム(NH4)2SO4がバッファー中でKClの代わりとなることがあります。アンモニウムイオン(NH4+)は特にミスマッチなプライマー―テンプレート塩基対間の弱い水素結合を不安定化する効果があり、そのため特異性を高めます(図8)。

Effects of buffer ions on DNA duplex formation

図8. DNA2本鎖形成におけるイオンの影響。 カリウムおよびマグネシウムイオンは(K+およびMg2+)、DNA主鎖のリン酸基(P)に結合して2本鎖形成を安定化し、一方アンモニウムイオン(NH4+)は塩基(N)間の水素結合と相互作用し、2本鎖形成を不安定化します。
 

Mg2+はK+と似た安定効果を持つため、推奨されるMgC2濃度は一般にKClバッファー(1.5±0.25 mM)使用時は少し低くなり、(NH4)2SO4 バッファー(2.0±0.5 mM)使用時は少し高くなります。NH4+およびMg2+の拮抗作用のため、(NH4)2SO4を含むバッファーは幅広いMg2+ 濃度条件下で高いプライマー特異性を提供します(図9)。最適なPCRバッファーは使用されるDNAポリメラーゼに依存して変化するため、酵素メーカーの推奨バッファーを使用することは重要です。

PCR results from varying concentrations of MgCl2 in two different buffer types, illustrating importance of buffer choice for PCR specificity

図9. 異なる2つのバッファー使用時のPCR結果のMgCl2濃度依存性。この結果は、PCRの特異性にバッファーの選択が重要であることを示している。0.95 kbの断片をヒトgDNAから Taq DNAポリメラーゼで増幅した。
 

あるケースでは、ミスプライミングを減らして増幅特異性を向上させるため、あるいは二次構造を除去することで増幅効率を向上させるために、添加剤や共溶媒がバッファーに添加されることがあります(表2)。加えて、DNAポリメラーゼには、DNAポリメラーゼおよびPCRバッファー用に最適化された専用のエンハンサーが添付されているものもあります。このような試薬はGCリッチなテンプレートなど、増幅困難なサンプルによく使用されます。添加物または共溶媒は、プライマーアニーリング、テンプレート変性、Mg2+結合、酵素活性に影響します。また、これらはある種のダウンストリームアプリケーションに干渉することがあります。例えば、マイクロアレイ実験における非イオン性界面活性剤などです。そのため、PCRおよびダウンストリームでの使用を成功させるには、バッファー組成を知ることが重要です。

表2. PCRエンハンサーとして用いられる一般的な添加物や共溶媒、およびその推奨される最終濃度[6]。

試薬一般的な最終濃度
ジメチルスルホキシド(DMSO)1~10%
グリセロール5~20%
ホルムアミド1.25~10%
ウシ血清アルブミン(BSA)10~100 µg/mL
硫酸アンモニウム((NH42SO415~30 mM
ポリエチレングリコール(PEG)5~15%
ゼラチン0.01%
非イオン性界面活性剤(例:Tween 20、Triton X-100)0.05~0.1 %
N,N,N-トリメチルグリシン(ベタイン)1~3 M

参考文献

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.