PCRサイクリングのパラメーター

DNAインプットの適切な量およびPCR構成要素を決定したら、効率的な増幅になるように、PCRサイクリングおよびパラメーターを設定しなければなりません。DNAポリメラーゼの特性、PCR緩衝液の種類、およびテンプレートDNAの複雑性は、これら反応条件のセットアップにすべて影響を与えます。本セクションでは、PCRプロセスの重要なステップの図解とともに、PCRサイクリングパラメーターの一般的考察について論じます(図1)

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Illustration of the main steps in PCR

図1. テンプレートDNAから標的配列を増幅するPCRの主要ステップ─変性、アニーリング、伸張─の図解。
 

テンプレートDNA変性の評価

初回の変性ステップは、PCRの初めに実行され、2本鎖テンプレートDNAを1本鎖に分離します。これにより、プライマーが標的領域と結合して伸長を開始できるようになります。インプットしたDNAが完全に変性すれば、初回増幅サイクルから標的配列が効率的に増幅できるようになります。さらに、本ステップでの高い温度(94~98°C)は、試料中に存在する可能性のあるプロテアーゼまたはヌクレアーゼを失活させやすくする一方、熱に安定なDNAポリメラーゼに与える影響はごくわずかです。ホットスタートDNAポリメラーゼを使用した場合、本ステップは酵素を活性化するのにも役立ちますが、酵素の販売メーカーは別の活性化ステップを推奨する可能性があります。

初回の変性ステップは、通常、94~98°Cで1~3分間実施します。本ステップの時間および温度は、テンプレートDNAの性質および緩衝液の塩濃度に依存して変わります。例えば、哺乳動物のゲノムDNAは、DNAの複雑性やサイズに応じて、プラスミドやPCR産物よりも長いインキュベーション時間が必要な場合があります。同様に、GC含量の高い(例:65%超)DNAは、多くの場合、変性のためにより長いインキュベーションまたはより高い温度を必要とします(図2)。いくつかのDNAポリメラーゼは塩濃度の高い緩衝液が必要ですが、この場合は2本鎖DNAを分離するのに、一般により高い変性温度(例:98°C)が必要です(図3)。

初回の変性反応時間を長くすると、PCRが改善されます

 


図2. 初回の変性反応時間を長くすると、ヒトgDNAから増幅したGCに富む0.7 kb断片のPCR収率が改善されます。
初回の変性ステップは、それぞれ0、0.5、1、3および5分間に設定しました。

Taq DNAポリメラーゼのようないくつかのDNAポリメラーゼは、95°C超でのインキュベーション時間を長くすると、容易に変性してしまいます。このシナリオでの活性低下を補うためには、初回の変性ステップ後により多くの酵素を追加するか、または推奨量よりも多いDNAポリメラーゼを最初に加えます。古細菌由来の酵素など熱安定性の高い酵素は、より長い時間での高温に耐えることができ、PCRの全体を通じて活性を維持します(詳細はDNAポリメラーゼ特性を参照してください)。

DNA変性における注意点

初回の変性ステップ後、94~98°Cで0.5~2分間の別個の変性ステップで、その後のPCRサイクルが開始します。初回のテンプレートDNA変性ステップのように、時間および温度は、テンプレートDNA、DNAポリメラーゼおよび緩衝液成分の性質に応じて最適化しなければなりません。例えば、長鎖やGCに富むDNA標的の場合、より長い時間および/またはより高い温度での変性で、ベネフィットが得られます(図2、3)。グリセロール、DMSO、ホルムアミドおよびベタインといった添加剤を加えると、変性ステップ中に2本鎖DNAが1本鎖に分離しやすくなり、特異性を促進することができ、より長いインキュベーションまたはより高い温度にする必要がなくなります(反応構成要素の注意点を参照)。

PCR results from varying temperatures of the denaturation step

図3. 変性ステップの温度を変えたPCRの結果。 推奨される変性温度よりも低い(例:90°Cおよび92°C)と、これらの実験でラムダgDNAから得られた5 kb断片の増幅が不十分な結果になります。

プライマーアニーリングの最適化

本ステップでは、温度を低くすることで、標的DNAにプライマーが結合しやすくなります。多くの場合、0.5~2分間のインキュベーション時間は、プライマーをアニーリングさせるのに十分な長さです。アニーリング温度は、PCR増幅用に選択したプライマーの融解温度(Tm)を算出することで決定します。一般的な目安は、プライマーの最も低いTmよりも3~5°C低いアニーリング温度で開始することです。

Tmはプライマーおよびその相補配列の50%が2本鎖を形成する温度と定義されており、様々な方法で算出することができます。プライマーTmを推定するうえで最も単純な方法は、DNAオリゴに存在するヌクレオチドの数によるもので、次式を使用します:

Tm = 4 (G + C) + 2 (A + T)

反応液の塩濃度(Na)がプライマーのアニーリングに影響を与えるため、Tmは次式でより正確に算出します:

Tm = 81.5 + 16.6(log[Na+]) + 0.41(%GC) – 675/プライマー鎖長

Tmは、塩類およびプライマーの濃度とともにオリゴのあらゆる隣接するジヌクレオチド対の熱力学的安定性を用いて、最近傍法(Nearest Neighbor法)と呼ばれる手法で算出することもできます[1,2]。本手法は、プライマーのアニーリング温度を決定する当社オンラインツールのベースでもあります。

Tmを計算するうえで1つの重要な注意点は、PCR添加剤、補助溶剤および改変したヌクレオチドの使用です。これらの試薬が存在すると、プライマー-テンプレート複合体のTmが低下します。例えば、10% DMSOはアニーリング温度を5.5~6.0°C低下させます[3]。同様に、PCRにおいてdGTPを7-deaza-dGTPで置換した場合も、Tmは低下します。こうした場合、アニーリング温度は、適宜調整しなければなりません。

なお、算出したTm値は、プライマーアニーリング温度の目安に過ぎない、ということに注意する必要があります。アニーリング温度は、増幅結果に応じてさらなる最適化を必要とする場合があります。例えば、結果が増幅なしまたは少ない増幅量である場合、アニーリング温度は、最適化のため2~3°C低下させることも考えられます。一方で、非特異的なPCR産物が生じた場合、アニーリング温度は2~3°C(伸長温度まで)上昇させることで、特異性が高まる可能性があります(図4)。

PCR amplification results associated with different annealing temperatures

図4. 異なるアニーリング温度でのPCR増幅結果。 本実験のプライマーセットから算出されたアニーリング温度は54°Cです。

アニーリング温度の最適化をする場合、グラジエント機能のあるサーマルサイクラーブロックは定評のある選択肢です。ブロック全体にわたり温度勾配を設定することで、異なる温度での反応を一度に評価することができます。ただ実際のところ、ウェルの温度調節が真に正確なグラジエントを得るのは難しいため、PCR最適化の正確な温度調節には、別個の加熱/冷却ユニットを備えた「グラジエントよりも優れた」ブロックを推奨します(図5)。

図5. 「グラジエントよりも優れた技術」と標準的なグラジエント機能のサーマルサイクラーのブロック温度の比較
 

プライマー伸長における注意点

プライマーアニーリングの次のステップは、プライマーの3′末端を伸長し、テンプレートに相補的なDNA鎖を合成することです。本ステップでは、DNAポリメラーゼの5′→3′ポリメラーゼ活性でdNTPを取り込み、娘鎖を合成します。反応温度は、酵素の最大活性となる最適温度まで上げます。熱安定性DNAポリメラーゼの場合、通常70~75°Cです。プライマーアニーリング温度が伸長温度の3°C以内である場合、従来の3ステップPCR法の代わりに、アニーリング温度と伸長温度を1つに合わせることで、2ステップPCR法を行うことができます。2ステップPCR法は、アニーリングと伸長との間の温度の切り替えおよび安定化をする必要がないため、PCRプロセスにかかる時間を短縮します。

PCRの伸長時間は、DNAポリメラーゼの合成速度および標的DNAの鎖長に左右されます。Taq DNAポリメラーゼの典型的な伸長時間は1 min/kbであるのに対し、Pfu DNAポリメラーゼの伸長時間は2 min/kbです。そのため、「緩徐(slow)」な酵素は、対抗する「高速(fast)」の酵素と比べて、同等の収率を得るのにより多くの増幅時間を必要とします(図6)。同様に、長鎖DNAアンプリコンは、短鎖DNAと比べて、完全長の複製により長い伸長時間を必要とします。長鎖標的(例:10 kb超)の場合、増幅に要する伸長時間が短鎖の場合よりも長くかかるだけでなく、その長時間のサイクリング中にプライマー結合や酵素活性の持続を確実なものにするため、PCRステップの温度を下げることが必要になることもあります。

PCR results from various extension times

図6. 様々な伸長時間で得られたPCR結果。 「高速」および「緩徐」なDNAポリメラーゼを用いた1.5 kb DNAの増幅では、収率および効率の面で、伸長時間を最適化することのベネフィットが示されました。

PCRサイクル数の決定

変性、アニーリングおよび伸長のPCRステップを何回も反復(サイクリング)させることで、標的DNAを増幅します。サイクル数は通常25~35回実行しますが、DNAインプット量および望ましいPCR産物の収率次第で変わります。DNAインプット量が10コピー未満の場合、十分な収率を得るには、最大40サイクルが必要となります。サイクル数の増加につれて非特異的なバンドが現れ始めるため、45を超えるサイクルは推奨しません。また、副産物の蓄積および反応構成要素の枯渇は、PCR効率を大幅に低下させ、PCR増幅曲線に特徴的なプラトー(Plateau)期となります(図7)。逆に、少ないサイクル数は、偏りのない(バイアスの小さい)増幅、および標的DNAの正確な複製をもたらすという点で、それぞれ次世代シーケンシングやクローニングの際に望ましいと言えます。

PCR増幅曲線

図7. サイクル数毎の産物の蓄積を示すPCR増幅曲線。

最終伸長評価

最終伸張ステップは、最後のPCRサイクルが完了した後に続きます。本ステップでは、PCR反応液を伸長温度(通常72°C)で最終的に5~15分間インキュベートします。この最終ステップの長さもアンプリコンの鎖長および構成によって異なるため、最適化して標的DNAの完全長合成および良好な収率を確実なものにしなければなりません(図8)。Taq DNAポリメラーゼのような末端デオキシヌクレオチドトランスフェラーゼ活性(TdT)を有するDNAポリメラーゼは、不完全な末端を2本鎖にするほか、本ステップでPCR産物の3′末端に余分なヌクレオチドを付加します。そのため、PCRアンプリコンをTAベクターにクローニングする場合は、最終伸張ステップを30分間にすることで、適切な3′-dAテーリングおよび効率的なPCRクローニングを確実にすることを推奨します(詳細はTAクローニングを参照してください)。

PCR results from optimizing the final extension step

図8. 最終伸張ステップの最適化により得られたPCR結果。 これらの実験では、最終伸長時間を長くすることで、完全長複製およびヒトgDNA由来の0.7 kb、GCに富むPCR断片の収率が向上しました。 最終伸長0分では目的とするバンドの下のスメアが見られ、DNAポリメラーゼによるPCRアンプリコンの伸長が不完全であることを示唆しています。

参考文献

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.