主にセリン、スレオニンまたはチロシン残基上でのタンパク質の可逆的リン酸化は、翻訳後修飾の中でも非常に重要性が高く、詳細に研究されています。リン酸化は細胞周期、増殖、アポトーシス、シグナル伝達経路といった様々な細胞プロセスの調節において重要な役割を果たしています。

リン酸化は、タンパク質機能の調節や細胞全体のシグナル伝達において主要なメカニズムを担っています。細菌タンパク質におけるリン酸化の観察が進められてきましたが、リン酸化は真核細胞においてより普遍的に行われます。ヒトのプロテオーム中のタンパク質の三分の一は、ある時点でリン酸化された基質であると推定されています(1)。実際ホスホプロテオミクスは、リン酸化タンパク質の同定および特性評価のみに焦点を当てたプロテオミクスから分岐して確立されました。



リン酸化のメカニズム

リン酸化はタンパク質機能調節のための一般的な翻訳後修飾(PTM)法ですが、真核細胞中の 3つのアミノ酸、セリン、スレオニン、チロシンなどの側鎖以外では発生しません。これらのアミノ酸は一般的なホスホリルドナーであるアデノシン三リン酸(ATP)の末端リン酸基(γ-PO32-)を攻撃する求核性(–OH)基をもつため、リン酸基がアミノ酸側鎖へ転移します。マグネシウム(Mg2+)によりこの転移が促進されるため、γ-およびβ-リン酸基がキレート化されて求核(–OH)基へのリン酸転移の閾値が低下します。ATP中のリン酸の放出時に大量のエネルギーが消費され、アデノシン二リン酸(ADP)を形成することから、これは一方向性反応と言えます。

Serine Phosphorylationセリンのリン酸化を表した図。セリン上の(–OH)基から酵素触媒プロトンが転移するとATP上のγ-リン酸基の求核攻撃が起こり、リン酸基がセリンへ転移してホスホセリンとADPが形成されます。 (—B:)はプロトン転移を開始させる酵素の塩基配列を示しています。

大規模なタンパク質サブセットの場合、リン酸化はタンパク質の活性と密接に関連し、タンパク質の機能調節において重要な役割を果たします。リン酸化は、リン酸化タンパク質の立体構造を変化させることにより、タンパク質機能と細胞シグナル伝達の調節を行います。立体構造が変化すると、タンパク質は2通りに影響を受けます。一つ目は、立体構造変化によって、タンパク質の触媒活性が調節されます。したがってリン酸化によって、タンパク質の活性化あるいは不活性化いずれも起こり得ます。二つ目は、リン酸化タンパク質によって、リン酸化モチーフを認識、結合する構造的に保存されたドメインを持つ隣接タンパク質がリクルートされます。各ドメインは、種々のアミノ酸に対して特異性を示します。例えばSrcホモロジー2 (SH2)ドメインおよびホスホチロシン結合(PTB)ドメインは、リン酸化チロシン(pY)への特異性を示しますが、この二つの構造はそれぞれ異なるため各ドメインは別々のリン酸化チロシンモチーフに対する特異性を有しています(2)。ホスホセリン(pS)認識ドメインにはMH2ドメインとWWドメインが含まれます。一方ホスホトレオニン(pT)は、フォークヘッド関連(FHA)ドメインによって認識されます。下流エフェクタータンパク質をリン酸化シグナル伝達タンパク質へリクルートするようなシグナル伝達には、リン酸化タンパク質が他のタンパク質をリクルートする能力が必須です。

タンパク質リン酸化は、キナーゼとホスファターゼによる可逆的なPTMです。基質は、キナーゼによりリン酸化され、またホスファターゼにより脱リン酸化されます。これら2つの酵素ファミリーにより、細胞内のリン酸化タンパク質の動的性質が促進されます。実際は、細胞内のキナーゼとホスファターゼの各濃度の時間的・空間的なバランスや、特定リン酸化部位の触媒効率に応じて、細胞内のリン酸化プロテオームのサイズが異なってきます。

Phosphorylation Dephosphorylationリン酸化は、タンパク質機能を調節する可逆的なPTMです。左図:プロテインキナーゼはセリン、スレオニンおよびチロシンの側鎖でリン酸化を媒介します。ホスファターゼはリン酸基を加水分解することによって、タンパク質を脱リン酸化します。右図:リン酸化によってタンパク質の立体構造が変化し、タンパク質機能が活性化(上)または不活性化(下)されます。

プロテインキナーゼ

キナーゼは、リン酸基を基質へ転移させる酵素です。ヒトプロテオーム中には500以上のキナーゼが存在すると予測されてきました;このタンパク質サブセットにはヒトキノームが含まれています(3)。キナーゼ活性に用いる基質としては、脂質、炭水化物、ヌクレオチド、タンパク質などを筆頭に多様に挙げられます。

ATPはあらゆるタンパク質キナーゼの補基質ですが、グアノシン三リン酸が使用されるキナーゼも少数存在します。ATPの構造によって、以下の基の各転移が行えます;α-基のヌクレオチジル転移、β-基のピロホスホリル転移、γ-リン酸のホスホリル転移(4)。各キナーゼの基質特異性はそれぞれ異なりますが、一般にATP結合部位は保存されます(5)。

プロテインキナーゼは、個々の触媒ドメインに特異性を示すサブファミリー(チロシンキナーゼ、またはセリン/スレオニンキナーゼなど)に分類されます。哺乳動物キノームの約80%はセリン/スレオニンキナーゼであり、リンプロテオームの>90%はpSとpTから構成されています。細胞内のpS:pT:pYの相対存在比は1800:200:1であることが研究により実証されています(6)。pYはpSやpTほど一般的ではありませんが、受容体チロシンキナーゼの異常調節(RTK)とヒト疾患との関連性から、チロシンリン酸化は生物医学研究の最先端にあります。

プロテインキナーゼの基質特異性は、標的アミノ酸だけでなく、標的アミノ酸の隣接コンセンサス配列にも基づいています(7)。これらのコンセンサス配列の効果によって、単一タンパク質をリン酸化させるキナーゼ、あるいは複数の基質(>300)をリン酸化させるキナーゼなどが存在します(5)。また、キナーゼ特異的コンセンサス配列があれば、キナーゼによって各タンパク質上アミノ酸(単一または複数いずれも可)をリン酸化させることが可能です

キナーゼは活性化ドメインまたは自己抑制ドメインとして機能する調節サブユニットを有しており、様々な調節基質を備えています。キナーゼ活性を調節するには、一般にこのようなサブユニットのリン酸化が行われます(8)。一般的なプロテインキナーゼは、基底状態で脱リン酸化・不活性化され、リン酸化により活性化されます。恒常的に活性状態であり、リン酸化時に不活性化される性質のキナーゼはわずかです。Srcなど一部のキナーゼは、活性化にリン酸化および脱リン酸化の両方が必要であり、癌原遺伝子の高調節性が示唆されます。また足場タンパク質やアダプタータンパク質が、キナーゼ-上流調節因子-下流基質間の空間的関係の調節によって、キナーゼ活性へ影響する可能性もあります。


シグナル伝達カスケード

タンパク質リン酸化の可逆性故にこの種のPTMはシグナル伝達に理想的であり、細胞は細胞内外の刺激に対して瞬時に応答します。シグナル伝達カスケードは、1つ以上のタンパク質の物理的外部刺激によって特徴づけられます。リガンドの結合や切断あるいは何らかの応答いずれかを介して、第2メッセンジャーとシグナル伝達酵素へとシグナルを中継します。リン酸化反応の場合、これらの受容体により下流キナーゼが活性化され、さらに下流の基質がリン酸化および活性化され、特異的応答の発生に繋がります。シグナル伝達カスケードは直線的に進行し得ます。キナーゼAによりキナーゼBが活性化され、さらにそのキナーゼBによりキナーゼCが活性化されるといったプロセスで進行します。またシグナル伝達経路は第一シグナルを増幅させることが分かっています;キナーゼAによって複数のキナーゼが活性化され、その活性キナーゼにより追加キナーゼが順々に活性化されていきます。この種のシグナル伝達で成長因子などの分子が、増殖などの細胞プログラム全体を活性化させることが可能です(9)。

Signal Transduction Pathwaysシグナル伝達カスケードにより、出力シグナルが増幅されます。内外の刺激により、一連の二次メッセンジャーと酵素を介した細胞応答が広範に発生します。リニアなシグナル伝達経路によって、多数の各下流エフェクターが連続的に活性化されます。また他の刺激に誘発されたシグナルカスケードによって、初期刺激が増幅されて大規模もしくは全体的な細胞応答が起きます。

タンパク質ホスファターゼ

リン酸化を介したシグナル伝達の強度や持続時間については、以下3つのメカニズムによって調節されます(5):

  • 活性化リガンドの除去
  • キナーゼまたは基質の分解
  • ホスファターゼによる脱リン酸化

ヒトプロテオームは、pS/pT残基やpY残基に特異的なタンパク質ホスファターゼを約150個含有していると推定されています(10,11)。これら2つのホスファターゼグループは最終的に脱リン酸化させますが、このメカニズムはそれぞれ異なります。セリン/スレオニンホスファターゼによって、2種の金属(鉄/亜鉛)を用いてリン酸基のリン原子が直接的に加水分解されます。またチロシンホスファターゼにより教習結合性のチオホスホリル中間体が形成され、チロシン残基が除去しやすくなります。


検出方法

一般に生物学的プロセスはリン酸化に影響されることから、ヒト疾患関連のタンパク質リン酸化の生物学的役割について解明することが極めて重要視されています。少数のタンパク質活性の研究には小規模なタンパク質リン酸化が行われますが、全タンパク質ファミリーのリン酸化の全体的なダイナミクスをホスホプロテオミクスによって解明するケースが増えています。現在のタンパク質リン酸化の研究法としては、免疫検出法、リン酸化タンパク質/リン酸化ペプチドの濃縮、キナーゼ活性アッセイ、質量分析法などが挙げられます。ホスファターゼはリン酸化タンパク質の検出に影響を与える可能性があるため、多くのリン酸化検出の実験で、ホスファターゼ阻害剤を細胞溶解物へ添加します。

詳細情報


免疫検出

部位特異的なタンパク質リン酸化の研究には、標的タンパク質特異的なリン酸化エピトープに対して結合するリン酸化特異的抗体が主要なツールとなります。広範囲なリン酸化の研究用として、特定アミノ酸(pS、pT、pY)のリン酸化を検出できる抗体が開発されています。リン酸特異的抗体は、以下の用途に使用できます;従来方式のウェスタンブロッティング、免疫沈降(IP)、免疫組織化学(IHC)、ELISA、フローサイトメトリーなど。また近年では固体支持体アレイ上への固定化の用途。リン酸特異的抗体は研究業界に普及していますが、標的高特異性の抗体はごく一部のみであり、大半の抗体には低感度性の問題が伴います。

対象製品


濃縮

タンパク質リン酸化が起こるタンパク質は全体としては存在量が低いため、プロテオーム解析前に濃縮を行う必要があります。濃縮には、酸化金属アフィニティークロマトグラフィー(MOAC)や固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(IMAC)を実行します。これにより、金属-リガンド複合体を用いてpS、pT、pY上のリン酸基を捕捉します (12)。一般にMOAC法により、TiO2キレート樹脂を用いてリン酸との錯体を形成させます。またIMAC法では、鉄キレート支持体を用いてリン酸との錯体複合体を形成させます。またリン酸タンパク質の濃縮用として、独自のリン酸結合配列を備えたキットも販売されています。

また、強い塩基性条件下で不安定リン酸基を除去する(β脱離)濃縮戦略を取ることも可能です。リン酸基がビオチン部分に置換された後、タンパク質/ペプチドがアビジン支持体上で濃縮されます。この濃縮法の主要な欠点は、チロシン残基のリン酸基をβ脱離できないことです。

またキナーゼ(ATPアーゼ)やGTPアーゼの濃縮も可能ですが、この濃縮法ではこれらの酵素に修飾されるタンパク質についての情報が得られません。この濃縮で使用するヌクレオチド誘導体は、(使用する誘導体に応じて)キナーゼまたはGTPアーゼいずれかの活性部位に結合し、修飾ビオチン(デスチオビオチン)の共有結合を媒介します。デスチオビオチンはストレプトアビジンに対して可逆的結合を提示するため、標識されたキナーゼやGTPアーゼをサンプルから濃縮できます。

特定の酵素については、下流のプローブタンパク質のコンセンサス配列を用いた濃縮が行えます。この方法は、GTPアーゼの選択的濃縮において一般的な方法であり、特定のGTPアーゼのタンパク質結合ドメインがGSTに融合されて行われます。

対象製品


キナーゼ活性アッセイ

特定のキナーゼ活性は、そのキナーゼやATPの基質との免疫沈降により測定が行えます。このタイプのアッセイ用キットを利用すれば、比色定量、放射測定または蛍光定量による検出が可能です。このタイプのアッセイではキナーゼ濃縮時と同様に特定のキナーゼ活性が示されますが、 キナーゼの修飾するタンパク質や内因性ホスファターゼ活性に関する情報を得ることはできません。


定量的質量分析

細胞培養液中アミノ酸による安定同位体標識法(SILAC)や、タンデム質量タグによるペプチドのin vitro標識法を活用した近年の質量分析は、リン酸化変化の相対的測定法の先駆けとなってきました。

また、同位体的に「重い」ペプチド標準物質を用いた絶対定量を行うことも可能です。こうした方法により、種々の刺激や疾患状態に応答したリン酸プロテオミクス全体的な変化についての把握ができます。


参考文献
  1. Cohen P. (2000) The regulation of protein function by multisite phosphorylation--a 25 year update.Trends Biochem Sci.25, 596-601.
  2. Yaffe M. B. (2002) Phosphotyrosine-binding domains in signal transduction.Nat Rev Mol Cell Biol.3, 177-86.
  3. Manning G. et al.(2002) The protein kinase complement of the human genome.Science.298, 1912-34.
  4. Walsh C. (1979) Enzymatic reaction mechanisms.San Francisco: W. H. Freeman. xv, 978 p.
  5. Walsh C. (2006) Posttranslational modification of proteins : Expanding nature's inventory.Englewood, Colo.: Roberts and Co. Publishers. xxi, 490 p.
  6. Mann M. et al.(2002) Analysis of protein phosphorylation using mass spectrometry: Deciphering the phosphoproteome.Trends Biotechnol.20, 261-8.
  7. Pawson T. and Nash P. (2003) Assembly of cell regulatory systems through protein interaction domains.Science.300, 445-52.
  8. Johnson L. N. and Lewis R. J. (2001) Structural basis for control by phosphorylation.Chem Rev. 101, 2209-42.
  9. Johnson G. L. and Lapadat R. (2002) Mitogen-activated protein kinase pathways mediated by ERK, JNK, and p38 protein kinases.Science.298, 1911-2.
  10. Kennelly P. J. (2001) Protein phosphatases--a phylogenetic perspective.Chem Rev. 101, 2291-312.
  11. Jackson M. D. and Denu J. M. (2001) Molecular reactions of protein phosphatases--insights from structure and chemistry.Chem Rev. 101, 2313-40.
  12. Ham B. M. (2012) Proteomics of biological systems : Protein phosphorylation using mass spectrometry techniques.Hoboken, N.J.: John Wiley & Sons.

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.