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高井 研 氏 (海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究分野分野長)
海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高井研氏は、世界に名の知れた「極限微生物ハンター」。これまでの数十回を超える深海への潜航で、世界20カ所の熱水噴出孔を探査してきました。生命の息吹をほとんど感じさせない暗黒の深海底をしばらく行くと、突如現れる噴出孔。そこでは、海底の割れ目から重金属や水素、硫化水素やメタンを含む熱水がもくもくと噴き昇り、ゴエモンコシオリエビ、チューブワーム、スケーリーフットといった異形の生物が群生しています。地球生命誕生の地と目されるその場所で高井氏が注目するのは、微生物が支える生態系。地球最古の生命はどんな環境で、どんな経緯で誕生したのか?地球物理学や化学、さらには宇宙物理学の知を総動員し、真理にむかって突き進む研究の最前線を伺いました。
自分の世界観を表現したい
「やっぱりいた。俺の考えは正しかった!」高井氏の心がもっとも震えた瞬間。それは2002年1月、インド洋中央海嶺フィールドの船上で、採取した熱水噴出孔の一片を打ちこんだ微生物培養試験管を翌朝覗き込んだ瞬間と言います。日本近辺ではどの海底でも出会えずにいたメタン菌が、目の前の試験管を真っ白く濁らせていました。光や酸素のない深海底には、熱水活動のエネルギーのみに依存する微生物生態系があるはず、それは最古の生態系の原型を留めているはず、という信念のもと、その裏付けを探していました。念願叶い、自分の仮説を新たな世界観として世の中に送り出す喜びにうち震えた瞬間でした。高校時代からの信条は、「生まれたからにはなにかを成し遂げる」。利根川進氏のノーベル賞受賞や、生命科学分野に進んでいた姉からの影響を受け、最先端の分子生物学を極めるべく京都大学農学部で微生物学を専攻。アメリカ留学を経て複数の論文を執筆する中で、科学者として生きていくイメージが固まります。「研究論文の執筆は、唯一無二の自己表現だと思いました。もちろんルールはありますが、自分の思い描いた世界観を、プロデュースから演出、主役を演じるところまですべて自分の責任で表現できます。しかも、世界中の誰もが、100年後でも自由に読める。文筆家でも、ここまで自己表現できないでしょう。人生を賭けるに値する仕事と思いました」。そして容易には解けない奥深さに惹かれ、「生命の起源」をテーマに選びます。
生命が誕生した環境を捉えたい
生命誕生時の生態系に似た環境を求め、世界中の熱水噴出孔に赴く中で、生態系を化学反応や物理法則の視点から説明する妥当性に衝撃を受けます。「母岩となる地殻の岩石の組成や熱水の流路などの環境条件がわかれば、熱水の性質が決まる。熱水の性質がわかると物理化学法則に基づいて、その場のエネルギー代謝反応の組成が決まり、そこに生息する微生物の生態系が決まってくる。昔から物理化学者が予想してはいましたが、生物の機能の多様性やゆらぎ、そんな個性の豊かさに向き合ってきた微生物学者としては、そこまで理論通りにいくはずがないと思っていました。しかし、実際に自分の手で調べてみると、予想と現実がピタッと一致する。つまり、生命の営みを、個体レベルから少しスケールを大きく捉えると、とりまく環境との物質のやりとりの視点から化学的に説明でき、時空間的にスケールを広げると物理法則で説明できることに納得しました。生物学の面白さは、ローカルな記述学とスケールの大きな物理化学的な共通法則、その両方から真理に迫れるところではないでしょうか」。エネルギー代謝反応を捉えて生態系を理解すべく、高井氏が力を注ぐのは現場実験力の強化。「掘削した海底サンプルを陸上で解析していては遅すぎる。その場で物質の機能や流れを知り、次の手を打つためには、現場計測、現場実験が肝です。だから船に乗ったら、すごい実験量でめちゃめちゃ忙しい。ただ、誰にも邪魔されず、実験に没頭するその数週間がとても楽しい」。常に15度ほど揺れながら進む船の上に、精密機器に必要な水平面は存在せず、最先端の研究装置をそのまま設置するのは困難。目の前の器具を組み合わせ、いかに求める技術を作り出せるか。その力が、1つのサンプルから得られる成果の大きさに直結します。「これからの研究に必要なのは、メタゲノムに加え、メタトランスクリプトームやメタボロームのオミックス技術。存在する生物の名を積み上げるのではなく、その場の生物群が作り出すRNAの増減や代謝物の丸ごとの変化から、現場で起こっている物質のフローを把握し、生態系の全体像を描きたい」と高井氏。
偶然か、必然か?
現在、議論されている生命誕生の仮説は二つ。一つはランダムの中から生命が生まれたという説。宇宙、あるいは地球内部由来の多様な有機物の集合体から複数のシステムがランダムに生じ、環境圧によって自然選択されてきたという説で、高井氏も以前はその可能性が高いと考えていました。最近は、生命誕生の過程は必然という、もう一つの説に傾いているとのこと。限られたリソースを有効活用できる方向へ、各ステップが順序良く組みあげられない限り、生命は生まれないのではないか。そう考え始めているそうです。高井氏のアプローチは、生物がもつ2000を超える代謝経路の各ステップの進化過程を想定し、熱力学や動力学、地球科学などさまざまな分野の知を結集して、もっとも可能性が高い過程を考察する方法。想定される各過程が、エネルギー的に起こりうるか、生物の時間軸に沿う速さで起きうるか、これまでの地球にそれを支える環境が存在したか。「解くべき課題は山ほどありますが、このアプローチが真理に近づく最良の方法と信じています。これからは、何かに精通した上で分野の枠を躊躇なく超えていける人材が、科学を牽引すると思います」。
地球生命誕生の謎を解く鍵は、宇宙にある
「地球の生命の起源を知る一番の近道は、宇宙に生命を見つけること。地球での生命誕生や進化は1回しか起きていない『結果』です。その1回について議論を繰り返しても、答えは出ません。しかし例えば土星の衛星であるエンセラダスや木星の衛星のエウロパの地球外海洋で生命が見つかり、そのシステムを解明できれば、はるかに真理に近づけるはず。もし、地球生命とほとんど同じシステムをもっていたら、生命誕生の過程は必然。特定の過程でしか生命は生まれないと言えます。一方、まったく違う生命が繁栄していれば、生命はランダムの中から生まれ、その惑星ごとに選択されたという、偶然の一つの証拠になります」。生命の起源に迫る研究の舞台は、深海から宇宙へとさらに大きな広がりを見せ始めています。
高井研(たかいけん)氏
1969年生まれ。超好熱菌の微生物学、極限環境の微生物生態学、深海・地殻内生命圏における地球微生物学を経て、現在は地球における生命の起源・初期進化における地球微生物学および太陽系内地球外生命探査にむけた宇宙生物学を研究。1997年京都大学大学院農学研究科水産学専攻博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、科学技術振興事業団科学技術特別研究員、米国パシフィックノースウェスト国立研究所博士研究員を経て、2000年海洋研究開発機構(旧海洋科学技術センター)に入所。2014より現職。第8回日本学術振興会賞(2012年)、第8回日本学士院学術奨励賞(2012年)などを受賞。