「いつ行く? どうする? 海外留学 Vol.11」
谷内江 望 氏 (東京大学先端科学技術研究センター 准教授)

「新しい合成生物学とデータマイニング技術を既存のテクノロジーと統合し、分子・細胞・細胞分化計測のための新しい実験やテクノロジーを創出すること」をミッションに、昨年研究室を立ち上げた谷内江氏。留学のきっかけは、ある晩湧き出た「地球って大きいよな」という思い。そして「日本よりずっと大きな世界」で勝負するため、民間企業の内定を断り、ハーバード大学のFritz Roth研究室への留学を決意します。留学先では、博士課程で取り組んだバイオインフォマティクス中心の研究から一変、実験を伴う合成生物学研究へ。留学体験を活かすために「海外日本人研究者ネットワーク」も立ち上げ、多くの仲間と留学生の支援にも積極的に取り組んでいます。

大志をたずさえアメリカへ
博士号をとり、これから進むべき道を考えていた谷内江氏。当時読みふけっていた本は "A Short History of Nearly Everything"(Bill Bryson著、邦題「人類が知っていることすべての短い歴史」)。恐竜の発見など科学者が成し遂げた歴史的な功績を読み進めるうちに「生まれてきたからには自分も何か大きなことをやりたい」との思いが強まります。留学先に選んだのは、システム生物学を研究するHarvard大学のFritz Roth研究室。留学早々、彼に「俺はアメリカでラボを持つつもりだ」と宣言します。

慣れない実験、言語の壁
しかしRoth研究室で初めてピペットを手にした谷内江氏。周りにいるポスドクは、誰もが自分のラボを持つことを目指す競争的な環境。実験のやり方を丁寧に教えてもらえる時間もなかなかありません。「最初の一年は『留学は失敗だったかな』と思ったり、トイレの個室に駆け込んで悔しがったことも」と振り返ります。英語での議論にも苦労する毎日。それでも「後2~3年この研究室で生き残り、英語ができるようになり、友達ができれば、楽しくなるはず」と常に前向きに考えていたそうです。


留学中に参加した国際システムバイオロジーの学会で友人と

現在立ち上げ中の研究室のメンバーと

インタラクトーム解析技術を開発
少しずつ研究成果が出始めると、周囲も興味をもってくれます。当時取り組んだのは、酵母におけるタンパク質間相互作用のハイスループットスクリーニング技術の開発。各遺伝子とDNAバーコードをつないだプラスミドを、ツーハイブリッド法に適用しました。スクリーニングされた酵母には、2つの遺伝子にそれぞれ対応するDNAバーコードが存在します。それらを細胞内でCre-loxPシステムによりフュージョンし、次世代シーケンサで網羅的に読み取ります。「データが出始めて、3年目になるとテクニシャンが2人つくようになりました。ボスも『お前がラボを持つなんて無理だと思っていたが、最近はいけるんじゃないかと思うようになった』と打ち明けてくれました」と当時を笑いながら思い出します。

日米での経験がラボ立ち上げの原点
ラボを率いる今、日本と海外での両方の経験が活かされていると話す谷内江氏。「恩師の慶應義塾大学の冨田勝教授からは『サイエンスは楽しくなければならない』ということを叩きこまれました。一方、留学中は、プレッシャーに負けずに優れた業績を上げていくゲームの中にいるようで、『ビジネスとしてのサイエンス』について学びました」。今はその両方のバランスを大事にし、リスクを恐れない個性的な研究者達との共同研究を進めしています。

留学して広がったネットワーク
「留学によって、さまざまなカルチャーをもつ友人やネットワークができた」と谷内江氏は話します。その中で日本人同士のつながりも大事にしたいと、留学情報の提供や情報交換を目的とした「海外日本人研究者ネットワーク」を仲間たちと立ち上げます。「留学して自分の幅は圧倒的に広がった。たとえ失敗しても、3年くらいの損になるだけ。20代前半から30代半ばまでの3年間って、いくらでも取り返せる。迷うくらいなら留学した方がいい」とアドバイスします。

 

谷内江 望(やちえ のぞむ) 氏
2009年慶應義塾大学政策・メディア研究科先端生命研究プログラム博士課程修了。学術博士。2010年よりHarvard大学、Toronto大学Fritz Roth研究室で博士研究員。2014年より現職。東京大学 先端科学技術研究センター 合成生物学分野 谷内江研究室海外日本人研究者ネットワーク

 


関連リンク