「アクチビン」発見者が語る生物の奥深さ、美しさ。

浅島 誠 氏(日本学術振興会理事、産業技術総合研究所名誉フェロー、東京大学名誉教授)

1924年、ハンス・シュペーマンらが、鮮やかな実験手法で示した生物の発生におけるオーガナイザー(形成体)の存在。
多くの研究者の心をわしづかみにし、その実体となる誘導物質探索が大きなブームを引き起こします。 しかしその後50年経っても、誘導物質は同定されず、誰もが研究から手を引き始めます。 浅島氏は、大学院進学を前にシュペーマンの本と出会い、誘導物質研究の魅力にとり憑かれます。 しかし当時、日本でこのテーマに取り組む研究者はほぼ皆無。誘導物質自体の存在を疑問視する声も出ていました。 そんな風潮をものともせず、「こんなに面白いテーマはない。たとえ自分の代で見つけられなくても、見つかるまで諦めない」と断言。 ほぼ20年後、誘導物質の正体を突き止めます。それは、TGFファミリーに属する「アクチビン」。 様々な臓器発生に関わり、今やiPS細胞と並んで、再生医療の発展には欠かせない存在となっています。

捉えられないものが見つかる訳がない
「電場や磁場の様な場の力じゃないの?と言われたこともあります」と振り返る浅島氏。大学院では、教授の配慮から「学位を取る」ために別テーマに取り組み、生物実験の基盤技術を学びます。しかし博士号修得後は、数千報の論文を読み込み、世界で唯一、本格的な誘導物質探索を行っていたドイツのベルリン自由大学のティーデマン博士の元に留学します。イモリの受精後の胞胚期の一部で未分化細胞の塊であるアニマルキャップをアッセイ系に、ニワトリ胚の抽出液を加えて筋肉等への分化を指標に日夜研究に明け暮れます。しかし著名な研究者らが何十年取り組んでもうまくいかない研究です。はっきりとした成果は出せぬまま、2年半後には日本に戻り、一人で研究を続けることになります。「卒論生はいましたが、経験を積んだ大学院生やスタッフがいませんでした。予算も少なく、中古の冷蔵庫を貰い受けたり、天井からビニールを垂らしてクリーンルームを自作して実験しました」と浅島氏。「研究費がなくても、創意工夫と努力で乗り切れば、研究への情熱は全く冷めることはありませんでしたよ」と懐かしそうに話します。

国家的プロジェクトを相手に一人で立ち向かう
「もちろん多くの方のサポートや励ましもありました。でもその頃、一番厳しく僕にあたる先生が、本当はこの研究の一番の理解者だったことを後から知りました」とも語ります。当時、浅島氏はわずかな活性を追い求めて、カエルの皮膚やフナの浮き袋を材料に誘導物質を探そうとしていました。しかし学会発表では、「フナの因子でイモリの細胞を分化させてなんの意味があるの?」と真正面から厳しいコメントが押し寄せてきます。それでも徐々に、ある物質が脊索や筋肉など形態的に分化させる様子を示すことができるようになっていきました。一方、1985年にはアメリカ科学アカデミーが、誘導物質の研究者を集めた会議を開催し、ノーベル賞受賞者と共に徹底的に議論します。続けてイギリスやオランダでも国家レベルでプロジェクトを立ち上げていきます。「非常に焦りましたね。時代は悠長に待ってくれない。そこで活性にムラがある生物個体由来の試料ではなく、安定供給可能な培養細胞の大量な上清溶液から精製することに決めました」。そして1989年、浅島氏は、ヒト白血病細胞の培養上清から誘導物質であるアクチビンを精製し、世界に先駆けて論文を発表します。

生物の形作りを再現したい
「ちょうど分子生物学研究の勃興期とも重なり、遺伝子解析の研究者がこの分野に大挙して参入してきました。もちろん私も分子生物学的研究をしましたが、それよりも誘導物質がどういう機序で臓器作りに関わるのか、生物の発生に濃度勾配がどのように作用するのか、もともと自分が知りかった生物への興味を起点に研究を進めました」と浅島氏。「すると驚いたことに、低濃度では血球や体腔内皮が、中濃度では筋肉が、そして高濃度では、『形づくりのセンター』である脊索ができてくることがわかったのです。アクチビンという、たった一つの物質が、中胚葉のすべての部位を誘導したんです。さらにアクチビンは生物間でも相同性が高く、学会で何度も指摘された『種が違うのになぜ効くのか』という問題にも答えがでました」。これらの研究から、アクチビンの発生に対する柔軟な役割と、種を越えて生物の体作りの源となる重要性が分かったのです。「生物は私たちが考えるよりも、はるかに奥深く、調和能力を持ち、美しい。私たちはまだまだ自然に学ぶことがあるはず」。その後、浅島氏らはアクチビンと共にレチノイン酸を加えることで未分化細胞から腎臓の一部である尿細管(のちに腎臓の単位であるネフロンまで)や膵臓まで、試験管内で作り上げていきます(動画1、2)。

 

  • 動画1
    アニマルキャップから筋肉への分化5ng/mLのアクチビンを添加後、筋肉ができていく様子。先端には神経との接合部もできています。
  • 動画2
    アニマルキャップから心臓への分化100ng/mLのアクチビンを添加後、心臓ができていく様子。
  • 動画3
    ES細胞から心筋細胞への分化ES細胞から分化した拍動する心筋細胞
動画は、デジタルブックでご覧いただけます。

 

再生医療を見据えて
現在、iPSやES細胞、さらには体性幹細胞から、機能と立体構造を有する様々な臓器を作る研究が進んでいます。そういう時もアクチビンは、重要な因子として存在感を示しています。浅島氏らは、アクチビンによる臓器形成の研究から、臓器ごとに発生に必要な遺伝子群を同定し、「臓器を作りだすための制御遺伝子設計図」の研究も進めています。これらの遺伝子を標的に、遺伝子ライブラリーや低分子化合物ライブラリーを駆使し、細胞を特異的に目的細胞へ分化させる条件を探しだそうとしています。また幹細胞の分化制御遺伝子の機能解析や臓器特異的分化細胞の作製法の構築のために、ES細胞やiPS細胞、さらには大人の骨髄や脂肪組織に含まれる間葉系幹細胞から、組織を再生させるために必要となる機能性細胞を作りだす研究にも取り組んでいます(動画3)。アクチビン発見から再生医療研究へ浅島氏の挑戦は 続いています。。

若い研究者へのメッセージ
「リスクの大きな研究を、チャレンジ精神を持ってやってほしい。すでにできあがった土台の上で展開するのではなく、自分が一番面白いと思うことにこだわり続けてほしい。そして徹底して一人で科学や生き物と向き合う時間も大切にしてほしい。それには、私たちの世代がサポートする必要があることも自覚しています」。浅島氏自身が「熱情」とも呼ぶ、研究への一途な思い、そして他の研究者との関わりが、大きな科学を育てていくのかもしれません。「さらに多様な生物が歩んできたそれぞれの道、つまりナチュラル・ヒストリーを知ってもらいたい。ヒトだけを対象にしていては見えなかったものが、他の生物を扱うことによって、はっきりと見えてくることが多いのです。自然や他の生物に学ぶ面白い現象や不思議さを知り、感動と好奇心を持ち続けて欲しい」。浅島氏は、研究者の原点をこう締めくくります。

 

 

浅島 誠(あさしま まこと)氏
1972年 東京大学理学系大学院博士課程 修了(理学博士)、ドイツ・ベルリン自由大学分子生物学研究所 研究員、横浜市立大学文理学部助教授、教授を経て1993年 東京大学教養学部 教授、1996年 東京大学大学院総合文化研究科 教授、2003年 東京大学大学院総合文化研究科長・教養学部長、2005年 日本学術会議・副会長、2007年東京大学理事・副学長(2008年3月まで)。日本学術振興会理事、東京大学名誉教授、産業技術総合研究所名誉フェロー、文化功労者。