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阿形清和 氏 (京都大学大学院理学研究科 教授)
「まさか全ゲノム情報がこんなに簡単に手に入る時代が来るとは思っていませんでした。次世代シーケンサの登場で時代が変わり、生物学や生命科学が大きく進展したと思ったら、今度はゲノム編集。生物種を限らず、誰もが遺伝子改変を試せる、そんな時代が来てしまいました。そして次はゲノムデザインの時代になるのでしょうか。そうなると、人工染色体の研究進展も見逃せませんね」。京都大学の阿形清和氏は、革新的な技術をバネに跳躍するゲノム研究の世界に目を輝かせて語ります。阿形氏は、分子生物学の黎明期、1970年代に「発生」研究にあこがれて大学生活をスタート。一つの遺伝子のクローニングに苦労した時代を経て、幹細胞から三次元の器官や体がどのように構築されていくのか、体の極性や、位置情報を司る仕組みを理解し、生物の再生能力と進化の謎に迫ろうとしています。
再生する生き物としない生き物
「プラナリアというと、再生能力が高い生き物だと思われがちですが、プラナリアの中にも再生能力の高い種と低い種がいます。前者は我々が研究に汎用する『ナミウズムシ』、後者は『コガタウズムシ』です。我々は、この二つのプラナリアの違いを明らかにし、再生できない『コガタウズムシ』を『ナミウズムシ』と同じように再生できるようにすることに成功しました。この再生能力の違いを比較ゲノムでゲノム配列の違いとして明らかにしたいと考えています。そして、今は、変態後に四肢の再生能力を失うカエルと、変態後も再生能力を維持しているイモリとの比較ゲノムとゲノム編集で、カエルに再生能を付加しようと試みています」と阿形氏は語ります。
分子生物学の黎明期に
阿形氏は、高校生の時に京都大学を訪れ、岡田節人先生と出会います。そして京都大学へ入学。「入学直後から岡田先生の研究室に出入りしていました。研究室ではイモリの眼のレンズ再生を研究していました。でも僕の修士課程での研究テーマは、レンズのクリスタリン遺伝子の構造解析だったんです」。クリスタリンは水晶体の重量の20~60%を占めるタンパク質。阿形氏は、再生研究を遺伝子研究から始めました。「遺伝子の研究といっても、最初はゲノムDNAを電子顕微鏡で観察するんです。mRNAと1本鎖に変性したゲノムDNAとを会合させたヘテロ会合分子を電子顕微鏡で観察してエクソンやイントロンを見分け、その長さを測ったりしていました。当時は数10kbもあるゲノム配列の決定は大変だったので、電子顕微鏡で直接観察してエクソン・イントロン構造を明らかにしていたんです」。阿形氏は、今とは比べ物にならない1979年当時の研究環境を語り、「たった一つの遺伝子の研究さえも、本当に大変な時代だった」と振り返ります。
ゲノムの進化は行き当たりばったり?
阿形氏は、再生研究にゲノムの構造解析から入ったわけですが、ニワトリのδクリスタリンが、アルギニンや尿素の合成を行なう酵素の一つであるアルギニノコハク酸リアーゼのアミノ酸配列よく似ている(64%同じ)という報告に驚きます。尿素サイクルの合成酵素遺伝子が、両生類から爬虫類や鳥類へ進化する頃に遺伝子重複で2つになり、その片方が水晶体で強く発現する能力を獲得して水晶体構造タンパク質の遺伝子になっていたのです。つまりニワトリの水晶体特異的なδクリスタリン遺伝子はすでにあった酵素遺伝子を流用してつくられたのです。「それを知って、ゲノムの進化は行き当たりばったりというか、都合の良いものを使い回していることを思い知らされました。生物は状況に応じて一番良さそうなものを使い回してるだけで、系統立って進化しているわけじゃない。場当たり的にランダムにいろんな選択を繰り返しながら、都合のいい遺伝子を組み合わせているというイメージを抱いたんです。だからゲノムを調べても大変なだけで、系統的な解析ができるとは思ってもみませんでした」と振り返ります。
ゲノムの中の神聖な領域
「そんな思いの時に、僕ら発生学者が最も衝撃を受ける研究発表がありました。1983年のホメオボックスの発見です。形をつくる遺伝子というものがあり、しかも6億年の歴史の中ですべての動物が同じように十数個の遺伝子を同じ順番で保存しているということが分かったのです。本当にショックでした。頭の先からしっぽの先までの形を決める遺伝子、番地をつくる遺伝子、位置情報をつくる遺伝子が、ゲノムの特定の場所に整然と並んでいる。突然、ゲノムの神様が舞い降りたように感じた瞬間でした。遺伝子はみなランダムに進化するもんだと思い込んでいたのに、ゲノムの進化の中には絶対に崩せないものがあるんだということを思い知ったんです」。一見ランダムに並んだ様に見えていたゲノムの中に、突如現れた高度な規則性と共通性を内包する領域。阿形氏のゲノムに対する意識は大きく変化します。
比較ゲノムとゲノム編集で恐竜がよみがえる?
阿形氏は、その後プラナリアで網羅的な遺伝子解析を進め、脳形成の位置決定に重要な遺伝子「nou-darake」を同定します。そして今、ゲノム編集を利用してプラナリアの再生能力を制御する実験に取り組んでいます。さらに動物種を超え、イモリとカエルにも似たような実験が適用できないか、斬新なアイデアを温めています。それらの研究は、次世代の再生医療を見据えた「失った指をはやす」といった挑戦的な器官や組織の再生研究計画にもつながっています。最後に阿形氏に生物進化について訊ねました。「比較ゲノムで遺伝子の違いがわかれば、恐竜の子孫といわれる鳥類でゲノム編集を行い、恐竜をよみがえらせることも夢ではないと思っています。もしその実験をやるとすれば、鳥類で卵と殻を入れ替える実験をひたすらやっていた私が適任者かもしれません」と阿形氏は笑顔で応えます。様々な生物の再生原理を精力的に解明し、比較ゲノムやゲノム編集によって実証実験を繰り広げる阿形氏。阿形氏であれば、タイムマシンに乗り込んで、サッカーで培ったエネルギーを動力源に、進化の時を遡ることができるかもしれません。阿形清和(あがたきよかず): 1954年生まれ。1983年京都大学大学院理学研究科卒業。1983年より基礎生物学研究所・助手。1991年より姫路工業大学(現・兵庫県立大学)生命科学科・助教授。2000年より岡山大学理学部・教授。2002年より理化学研究所発生再生科学総合研究センター・グループディレクター。2005年より京都大学大学院理学研究科・生物物理学教室・教授。矢野スポーツクラブ・サッカー監督
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