柴田龍弘 氏 (国立がん研究センター がんゲノミクス分野 分野長)

2003年のヒトゲノム解読終了で、ゲノム研究は大きな転換点を迎えました。この時からがんゲノム研究は、遺伝子の個別解析からゲノム全体を解析するゲノム解読型へパラダイムシフトし、更に次世代シークエンス技術がその方向性を決定づけたと、柴田氏は振り返ります。2008年には世界13か国のがん研究機関が共同で、重要な50種類のがんのゲノム情報を解析するという「国際がんゲノムコンソーシアム」が発足。柴田氏はこのプロジェクトにおいて、国立がん研究センターグループのリーダーを務めています。ゲノムの病気である、「がん」。その制圧への道のりを柴田氏にお聞きしました。



がん研究者になったきっかけは何でしょうか?

外科医の父の影響で医学部に進学しました。当時、基礎研究に進む人は少なかったのですが、基礎系に興味を持つ同級生と基礎の研究室を全て訪問し、病理学の発展性や形態学への興味から病理学に進みました。また大学院の頃読んだVogelstein博士の論文に強く影響を受けました。この中でヒト大腸がんの発生には異なる遺伝子が次々と異常をきたした結果として腺腫から進行性のがんへと進むという多段階発がんモデルが提唱され、ゲノムとがんの結びつきが深いことを実感しました。またVogelstein博士が病理学者であることも励みになりました。

臨床と研究の両立は難しくありませんか?

病理には経験が、研究には新たな発見が要求されます。別々の観点が必要な時もありますが、病理学は常に基礎と臨床のインターフェイスに位置する分野だと思います。病理診断では、形態学的診断に加えて、例えばハーセプチンやタルセバを使う治療のために、HER2の増幅やEGFRの変異を調べるような分子診断が行われています。つまり基礎研究から得られた結果を臨床応用する時の出口の1つが病理学なんです。がんはゲノムの病気なので、形態を含めてがん細胞が正常細胞と異なる性質を示す原因はゲノムの異常に帰着すると考えられます。そういった点ではゲノム情報を解読することは病理診断にとても密接に関連しているんです。

国際がんコンソーシアムで日本の役割と課題は?

日本は「肝臓がん」を担当しています。ウイルス肝炎の罹患率が高く、薬害肝炎の問題もある日本は、肝臓がんの原因をきちんと解明する必要があると思います。しかも肝臓がんは、これまで標的分子もみつからず遺伝子の変化などもまだまだ十分にわかっていません。早期病変から進行症例まで様々な病態を示す多検体のゲノム解析を行えば、肝臓がんの全体像をつかめるはずです。私たちは、2011年に世界で初めて肝臓がんの全ゲノム解読を発表しました。現在、症例数を増やし、詳細な解析を進めています。中でも膨大なデータを処理する情報解析の重要性を痛感しており、この分野の研究者のネットワークを強化して、世界で負けない研究を進めていく必要があると考えています。

30年後の未来をどう予測しますか?

約30年前にがん遺伝子が発見され、それが今では治療に活かされています。今後数年以内に、臨床の現場では高速シーケンサーが設置され、がんゲノムのデータを元に適切な診断や治療が進んでいくはずです。そして30年後には、完治はできないかもしれませんが、がんは制御できる病気になっているのではないでしょうか。また研究の点では、ゲノムの約90%を占める未解明の非コード領域の解析が、一つのチャレンジになると思っています。30年後には全く新しいがんゲノム像が語られているかもしれません。

柴田龍弘(しばたたつひろ)1990年東京大学医学部卒業後、1992年国立がんセンター研究所病理部リサーチレジデントを経て、1995年米国カリフォルニア大学にて博士研究員。1998年がんセンターに戻り、研究所病理部室長、ゲノム構造解析プロジェクトリーダーを経て、2010年より現職。


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