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押村光雄 氏 鳥取大学染色体工学研究センター センター長 鳥取大学大学院医学系研究科 教授
1980年代、正常細胞から染色体を採り出してがん細胞に導入し、がん抑制遺伝子のはたらきを実証した押村氏。単一遺伝子の導入による1遺伝子の機能解析が主流であった時代に、染色体をまるごと無傷で細胞に入れてしまう荒技は、Nature誌に掲載され反響をよびました。その後も染色体というモノにこだわり続け、ついには鳥取大学に染色体工学研究センターを設立します。2000年代に開発した目的遺伝子をカセット方式で搭載できるヒト人工染色体(HAC)ベクターをベースに、新しい抗体医薬、iPS細胞を用いた遺伝子治療と、押村氏の提唱する「染色体医工学」がゲノム研究に与え続けるインパクトをお聞きしました。
研究をはじめたきっかけは?
理科教員になるつもりが就職難もあり、染色体をテーマに研究生活に入りました。カメムシからエゾジカ、さらに人工流産胎児まで、様々な種の染色体を観察し、転座や消失などの染色体異常と発生や発がんとの関係を研究。24才の時に、ニューヨーク州のがん研究所に留学するチャンスに巡り合い、異国でサイエンスの面白さに目覚めました。帰国後、染色体研究者としての職を得たのですが、ひたすら観察をするより、魅力的な仮説をたててそれを実証していくサイエンスの王道で勝負したいという気持ちが高まり、米国立環境保健科学研究所(NIH)へと、二度目の留学を決意。そこで染色体の導入技術を確立し、がん抑制遺伝子に関する研究成果をNature誌に発表しました。その後、縁あって帰国し、生まれ故郷の鳥取に研究拠点を構えてからも、染色体が研究の軸になっています。
ヒト人工染色体はどう役立つのですか?
出芽酵母・大腸菌を宿主とするYAC, BACと同じく遺伝子機能を探るツールとして役立つだけでなく、ほかにはないメリットがあります。独立した染色体としてふるまうので、細胞分裂時に複製・分配され、宿主細胞のゲノムを傷つけることなく発現量を制御できます。もちろん大きな遺伝子を搭載できるのも特徴です。例えば1Mbに及ぶヒト抗体遺伝子を従来型のベクターで導入するのは困難ですが、ヒト人工染色体とES細胞を融合させて、完全なヒト抗体を産生するマウスを作製しました。これは製薬会社との共同開発ですが、抗体医薬の開発に役立ち、遺伝子治療にも応用できます。また現在取り組んでいるテーマの一つは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに関連する2.4Mbの正常遺伝子をヒト人工染色体に組み込みiPS細胞に導入して治療に役立てることです。マウスでは筋細胞への分化と機能改善に成功しています。また、10数年前、ヒトゲノム計画の頃には、私たちが開発したヒト単一染色体ライブラリが利用され、がん抑制遺伝子の研究や、薬の毒性試験に使えるヒト型遺伝子マウスの開発へもつながっています。
30年後の未来をどう予測しますか?
ヒト人工染色体による筋ジストロフィーの遺伝子治療や多くの遺伝病の治療が実現していることを願います。その頃には私たちの技術が世界のスタンダードとなり、生命現象の解明、創薬、遺伝子治療などで活用されているでしょう。そのために今は、誰でも使いやすいよう操作技術の改良に励んでいます。
研究への情熱はどこからくるのですか?
私は楽観的。学生には、何かに迷ったら、自分がワクワクする方向に進むようにと助言します。そして他の研究者が欲しがるモノと技術力。自分オリジナルなモノと技術を確立できれば、たとえ地方でも世界と勝負できますよね。そういうモノなら盗まれる心配もないし(笑)。米子市の自然は美しく、交通とネットの便もよいですよ。目下、研究成果を医療と産業応用へのイノベーションにつなげていくことが、私にとって「ワクワクする」目標です。結果的に、鳥取大学発・染色体工学技術と人工染色体が生まれ故郷である鳥取県に役立つことをと願っています。
押村光雄(おしむらみつお)1971年島根大学文理学部理学科卒業後、北海道大学理学部附属動物染色体研究施設、ニュ-ヨ-ク州立ロズウェルパ-ク癌研究所研究員、東京医科歯科大学難治疾患研究所助手、米国立環境保健科学研究所特別研究員、神奈川県立がんセンター臨床研究所主任研究員を経て、1990年に鳥取大学医学部医学科教授。2009年より現職。
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