ライフサイエンスに関わるすべての研究者に新しい出会いの場を提供するNEXT FORUM。
今年のテーマは「想像の歴史から、創造の未来へ」です。
日本を代表してヒトゲノムプロジェクトを率いた榊佳之氏をナビゲーターに、 再生医療、進化工学、脳科学の各分野を切り拓く科学者 - 岡野栄之氏、四方哲也氏、大隅典子氏 - が登壇。
六本木ニコファーレの参加者とオンライン視聴者と共に、次世代のライフサイエンスについて語り合いました。

オープニングスピーチ『メンデルからヒトゲノムへ』
榊 佳之 氏 (豊橋技術科学大学学長)

榊 佳之 氏 (豊橋技術科学大学学長)

ブルー一色のステージに立ち、「スティーブ・ジョブズの気分です」と会場を沸かせた榊佳之氏。紀元前のヒポクラティスに始まり生命科学の歴史を振り返りました。大きな転換をもたらしたメンデル。遺伝の法則を理論化し、サイエンスとしての生物学の基礎を築きました。その後、ショウジョウバエや微生物の遺伝学が発展し、ワトソン・クリックのDNA二重らせん構造発見が続きます。「私が大学院生だった1960年代、細胞の中はまだブラックボックスでした。70年代に遺伝子組換え技術やDNAシーケンス技術が開発され、DNAを直接解析できるようになった。80年代は遺伝子発見のゴールドラッシュ、そして90年代は遺伝子の全体像を捉えるゲノム計画が相次ぎ、一気に分子生物学がブレイクした」と榊氏。ヒトゲノム解読から10年経った今、生命科学の未来には2つの展開があるといいます。1つは、ゲノムを基盤に生命を水平の広がりで見る、つまりヒトや生物種間の多様性と進化の研究。もう1つは、生命そのものを垂直に見る、つまり細胞や発生システムの理解です。このような新しい方向性を切り拓く研究者として、榊氏は次なる3名の登壇者を紹介し、スピーチを締めくくりました。

講演1 『遺伝子改変とiPS細胞技術を用いた脳の進化生物学』
岡野栄之 氏(慶應義塾大学医学部教授)

遺伝子配列の99%が一致するヒトとチンパンジーですが、ヒトは高度な脳機能と3倍の大きさの大脳皮質をもちます。「ヒト特異的に大脳皮質の拡大を促した遺伝子は何か?」「我々はどこまで脳を理解できるのか?」岡野栄之氏の講演は、そんな問いかけから始まりました。着目するのは、ヒトとチンパンジーで大きく構造が異なる遺伝子ASPM、そしてヒト特異的に欠失する配列hCONDEL。これらを強制発現、或いはノックアウトした遺伝子改変動物をマウスやマーモセットで作製し、脳機能の変化を解析中です。2009年に遺伝子改変マーモセットを開発しNature誌に発表するなど、霊長類のノックイン・ノックアウト技術をいち早く確立した岡野氏。マーモセットの発生をMRIで三次元構築し、ヒト胎児脳に特徴的な増殖帯(outer subventricularzone)の存在を確認しました。またチンパンジーからiPS細胞をつくり、脳組織に分化させる研究を進めています。さらに霊長類の脳で疾患関連遺伝子を比較すると、遺伝子の配列だけではなく、メチル化によるエピジェネティックな変化が大きいことにも注目しています。新しい技術を駆使し前人未到の分野を切り拓く岡野氏の勢いに、会場の興奮が高まりました。

岡野栄之 氏(慶應義塾大学医学部教授)

講演2 『人工細胞づくりから眺めた生命の起源』
四方哲也 氏 (大阪大学大学院情報科学研究科教授)

四方哲也 氏 (大阪大学大学院情報科学研究科教授)

「ツッコミを期待しています」と軽やかにプレゼンを始めたのは、四方哲也氏。「原子や分子の集合体から生物がどうやって生まれたのか?」「生物と無生物の世界の違いとは何か?」そんな疑問を持ちつつ、生命の起原に挑む気鋭の研究者です。講演では、人工細胞の構築からNature Communications誌で発表した最近の研究を紹介。マイクロサイズの油中水滴に遺伝子とタンパク質を詰め込んだ人工細胞で再現した進化について紹介します。この系では、RNA遺伝子からつくられた酵素が、元の遺伝子の複製を促進し、一連の化学反応が自律的に進んでいきます。「1回のサイクルを回すのに必要なステップは約5000。化学の専門家だったら、個々の反応を管理したくなりますよね。でも僕らは、わずかな工夫をするだけで、その管理をすべて細胞に任せたのです。すると細胞が複製を繰り返す内に自然に多様性が生まれ、淘汰により複製能力が約100倍も上昇したんです」と四方氏。その過程では、突然変異による複製能の高い寄生体の出現や自然淘汰、遺伝子の数と小さな細胞の利点など、重要な進化のメカニズムを観察できたといいます。「自律的に環境と相互作用し、自己複製する細胞をつくりたい」と、さらなる夢を最後に語りました。

講演3 『遺伝子はどこまで設計図なのか?トランス・エピゲノムという概念の提唱』
大隅典子 氏(東北大学大学院医学系研究科教授)

「アンジェリーナ・ジョリーが予防的な乳房切除術を行いましたね。個別化医療、個別化予防はさらに進むでしょう」と予想する大隅典子氏。東北メディカル・バンク機構でも15万人規模のゲノムコホート研究が始まっています。遺伝子Pax6の変異ラットで神経の発生や発達の研究を進めてきた大隅氏が、いま新たにチャレンジするテーマは、トランス・エピゲノム。大隅氏は、ここ30年で自閉症の患者数が急増した背景に、世代を越えて継承されるエピゲノム現象が関わると見ています。親の高齢化や人工受精(IVF)の増加が子供の世代のエピゲノム変異を誘発するとの仮説を立て、げっ歯類をモデルに実験を進めます。高齢の雄マウスと若い雌マウスと交配させ産まれた仔マウスが、母親から引き離された時に発するピイピイという超音波発声(USV)の回数を解析したデータを紹介しました。USVは自閉症様症状の指標とされます。「12ヶ月以上の高齢の父マウスの仔は、3ヶ月の若い父マウスの仔と比較して、顕著なUSVの減少が見られました。IVFが加わると遺伝的なリスクが加算される様です」と大隅氏。さらに孫の世代への影響はどうかなど、トランス・エピゲノム現象を解明し、精神発達障害のリスクを下げることに役立てたいと、展望を語りました。

大隅典子 氏(東北大学大学院医学系研究科教授)

パネルディスカッション 「次なる科学のマイルストーンへ」

もし学生に戻るなら何の研究をしたい?
生命科学者としては間違いなく、脳の研究だと思います。それ以外なら宇宙ですね。
岡野脳では、ゲノムの基本設計図にあたる配列、つまりニューロンとニューロンのネットワークが全くわかっていません。そこを解明して神経活動の営み、疾患との関わりにつなげる研究は、非常にチャレンジングな分野。ええ、もう一度、脳科学をやりたいですね。
四方いやいや、もう一度学生ですか(笑)。マウスより、もうちょっと重いものを持ち上げる仕事をやってもいいと思いますね。
大隅私は学生の頃は言語学に興味があったのですが、当時は文系の研究というイメージで諦めてしまいました。今なら、言葉の発達や進化をもっと生物学的な手法でチャレンジできると思うので、それをやってみたいです。
時代を変えるテクノロジー・パラダイムとは?
岡野やはりiPS細胞のテクノロジーは大きな意味を持ちます。試験管の中でiPS細胞から様々な神経細胞をつくり、ゲノムとフェノタイプの関係を調べられるようになったからです。しかし、実際に脳の中で何が起きているかを知るためには、iPS細胞の次のテクノロジーが必要です。私が着手している霊長類の遺伝子改変技術はその1つ。霊長類でゲノム情報が脳の機能に現れる様子を解析し、ヒトの疾患解明につなげたいですね。
大隅ゲノムコホート研究で自閉症など精神疾患の解析が進むと、遺伝子だけでは決まらない新しい脳のパラダイムが出てくると考えています。岡野先生は霊長類ですが、私はあえて実験材料としてのネズミの利点を生かして、そこでチャレンジしようと思っています。
四方20年前、僕が生き物をつくりたいと言うと、「あほちゃうか」と誰も話を聞いてくれなかった(笑)。既にDNAの発見や組換え技術は生物を改変する技術として教科書にありましたが、僕が興味を持ったのは、改変ではなく生き物をつくること。未だ思い描いたものはできていませんが、いつか人工生命を自由につくれる時が来たら、時代を変えたテクノロジーだと称されるかもしれません。でも今、当の本人は「とにかく楽しい、細胞ができたらええんちゃう?」くらいの思いでやっています。
サイエンスだけでなく、どんな仕事でも「楽しい」ことは重要ですね。ノーベル賞を授賞した下村先生もクラゲで発光タンパク質を調べる研究が楽しくてしかたがなかったそうです。
次世代を切り拓く若者へのメッセージ
岡野情報がありすぎる時代で何を求めるのか、そういった辛さがあるとは思います。しかし、ある現象と遺伝子との関係を知りたいと思ったとき、30年前と比べると実現可能なツールがはるかにそろっている。いろいろな自然現象を見てヒントにして、新しいクエスチョンを見つけてほしいですね。
大隅生物の研究がビックデータになればなるほど、メタに解析する人が必要だと感じています。理論生物学的な仮説をたてる若い人たちが生物学に参入してほしいですね。
四方研究のロマンを若者に説いて欲しいと榊先生には頼まれましたが、それは難しい。若い学生は他人の話なんか聞かないし、聞かないくらいで丁度良いと私は思うのです。
自分が面白いなと思ったところ、感動したことからやることが研究者としては大切なことではないかなと思います。そこから想像力、創造力など研究開発に必要な大きな力が生まれてくるように思います。私も大学生のころに出会った遺伝学の面白さに感動し、ゲノムの世界に入りました。恋人に会うと理屈なしに頭の中にぱっと新しいイメージが広がる、そんな思いで研究を進めてほしいと思います。世の中が大事だと言っているからやる研究はお勧めしません。自らが素晴らしい、大切だと思う発想が大切です。

榊 佳之 氏
豊橋技術科学大学学長

1942年愛知県生まれ。1971年東京大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。1985年九州大学教授、1992年東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長、2004年理化学研究所ゲノム科学総合研究センター長等を経て、2008年より現職。2002~2005年まで、HUGO(国際ヒトゲノム機構)会長。2005~2011年まで日本学術会議会員、2003年紫綬褒章受賞等。

岡野栄之 氏
慶應義塾大学医学部教授

1983年慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部及び大阪大学蛋白質研究所の助手を経て、1989年米国ジョンス・ホプキンス大学医学部研究員。帰国後、1992年東京大学医科学研究所助手、1994年筑波大学基礎医学系教授、1997年大阪大学医学部教授を歴任し、2001年慶應義塾大学医学部教授に就任、現在に至る。また2007年10月より慶應義塾大学大学院医学研究科・委員長。2009年紫綬褒章受章。

四方哲也 氏
大阪大学大学院情報科学研究科教授

1989年Beckman Research Institute City ofHope研究員、1991年大阪大学醗酵工学専攻・工学博士、大阪大学助手、助教授を経て、2006年より現職。大阪大学生命機能研究科教授を兼任、2009年よりJST ERATO動的微小反応場プロジェクトの総括を兼任。専門分野は進化生物学、生物物理学、生命の複雑なネットワークの進化を研究している。

大隅典子 氏
東北大学大学院医学系研究科教授

東京医科歯科大学歯学部卒。歯学博士。1989年同大学歯学部助手、1996年国立精神・神経センター神経研究所室長を経て、1998年より現職。2005年~日本学術会議第二部会員。2006年東北大学総長特別補佐、「ナイスステップな研究者2006」。2008~2010年東北大学ディスティングイッシュトプロフェッサー。2012年東北大学脳神経科学コアセンター長。2013年より日本分子生物学会理事長。