夢の地図「反応拡散方程式」で生物の形態形成の原理を解く!

近藤滋氏(大阪大学大学院生命機能研究科教授)

シマウマ、キリン、ヒョウ、チータ。動物の皮膚には多様な模様がありますが、面白いことに、模様と内部の構造には何の関係もありません。模様は皮膚の上で、自律的に浮かび上がってくるのです。この模様づくりの制御方法を解き明かせば、生物の形態形成の基本原理に迫まれないか?

大阪大学の近藤滋氏は、学生時代から追い求めてきた体づくりの謎を解く糸口を見い出します。そして1995年、タテジマキンチャクダイの縞模様が成長とともに動くこと、その動きが反応拡散方程式でシミュレーションできることを示し、縞の数が増えつつある魚の写真がNature誌の表紙を飾ります。細胞間のコミュニケーションを化学反応の波のうねりに置き替え、自発的な形態形成の原理を反応拡散方程式で解き明かしつつある近藤氏。自ら探し出した宝の地図を片手に、縦横に実験を組み立て、目指すゴールへ一直線に旅する近藤氏にサイエンスの醍醐味を伺いました。

変化する縞模様と反応拡散方程式

「遺伝子の働きはほとんどの場合、細胞の中を制御することにとどまります。ですから、模様や形態などのマクロ( 大きな)の構造を創るためには遺伝子ではなく、別のロジック(理屈あるいは原理)が必要なはず。しかし私が研究を始めた1980年代は、ホメオティックジーンの発見に沸き立ち、遺伝子研究が過熱する時代。そんな中でも私は自分の考えを変えませんでした」と近藤氏は振り返ります。Natureの表紙には、タテジマキンチャクダイの一本の縞が、ジッパーの様に開いて2本に増えていく写真が掲載されます。それは、模様が「波」である事の、魚類学者でも知らなかった決定的な証拠でした。そしてこの模様の変化は、細胞間の相互作用を摸した反応拡散方程式*で見事にシミュレーションできたのです(図)。
*反応拡散方程式とは、物質の反応と拡散を微分方程式で記述している。わずかな条件の違いから想像もできないような空間的なパターンが生じる。


図: タテジマキンチャクダイ(左)と反応拡散方程式でシミュレーションした画像パターン(右)。 この魚が成長する限り、縞模様はジッパーの様に開いて増えていく。
「最初から位置情報があるわけではなく、何もないところからでも細胞同士のコミュニケーションで自在に模様はできていきます。遺伝子は、個々の細胞における相互作用のパラメーターに影響するだけ。細胞は自分たちで勝手に動いて模様を作ってしまうんです」と説明します。さらに「パラメーターを変えれば、縞模様から水玉まで様々な動物の模様をシミュレーションできます。ゼブラフィッシュで模様に関連する遺伝子を改変し、同じ模様を再現することにも成功しました」と続けます。


チューリングと出会い、宝の地図を手に入れる

高校時代、先進的な先生との出会いから遺伝子の実験を体験した近藤氏。この時、「メンデルから始まった遺伝子研究はすでに完結した。次なるサイエンスのゴールを目指そう」と決意します。そして同じ遺伝子セットを持ちながら、複雑な形態形成を行う「細胞」の研究に照準を合わせます。大学院では研究室のテーマである免疫遺伝子の研究をしながらも、気持ちは動物の形のことばかり。夢は形態形成に関する新しい原理の発見、証明。そんな時に「化学反応が組み合わされると、たがいに干渉して波が発生する。その波が動物の体に位置情報を作る」という、1952年に発表されたアラン・チューリングの論文と出会います。チューリングは、コンピューターの理論的モデルとして「チューリングマシン」を考え、今日のコンピューターのアーキテクチャーの生みの親と言われる科学者。近藤氏は、チューリングの理論に夢中になります。そして生物の体にも反応拡散方程式で規定されるチューリング波が存在することを証明するため、一人で魚の模様の研究に取り組んだのです。「実験は、自宅で熱帯魚を飼育して、来る日も来る日も観察すること。水槽も飼育費も論文投稿の郵便代も自腹でしたよ」と笑います。誰も証明できず、信じる人もほとんどいなかった、亡きチューリングの理論は、近藤氏にとってまさしく宝の地図だったのです。

平面から立体へ、生物の形態形成の原理を探る
「私の研究のゴールは、生物の模様ではなく、生物の複雑な形がどのようにできていくのか、それを制御する原理を明らかにすることです。そのために、現在、立体的な骨の形をモデルにした研究にも取り組んでいます」。平面の模様形成から立体的な生物の形態形成へ、近藤氏の研究はさらに発展中です。「例えばドーナツを大きくするにはどうしますか?周りに生地をくっつけるだけでは、ドーナツは大きくできません。真ん中にサイズに見合った穴が必要だからです。大きくなるためには、合成と破壊という2つ現象が必要です」と研究のポイントを分かりやすく指摘します。「また私たちは、魚の模様の形成に関与する遺伝子の機能が、骨の形に影響する事例を確認しています。立体の形づくりも、チューリング波の原理が活用されないはずがない」と力強く語ります。

自分だけの地図を持つことの素晴らしさ

「今はプロジェクト型の研究が多く、個人研究を進めることが難しい時代かもしれません。しかし研究環境は向上しているので、どうにか工夫して自分だけの宝の地図を探し出して欲しいですね。そしてユニークな研究がどんどん生まれてくることを期待しています。誰もが大事だと思う『宝』は早い者勝ちですが、自分だけが見つけた『宝』は誰にも邪魔されずに掘り出すことができますよ」と近藤氏。「ただし周りに理解者がいなくても、一人で信じきる孤独と戦う必要はありますが」とアドバイスします。生物の形づくりの波を捉まえる宝探しはまだまだ続くようです。

 

 

近藤 滋(こんどう しげる)1959年東京都生まれ。1982年東京大学理学部を卒業し、1988年京都大学大学院医学研究科博士課程修了。2001年理化学研究所発生・再生科学総合研究センター チームリーダー、2003年名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻教授を経て、2008年大阪大学大学院生命機能研究科教授、現在に至る。


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