「一つひとつの発見が新たな科学を作り出す」

水島 昇氏 (東京大学大学院医学系研究科教授)

「生物の体の中では多くの合成系が盛んに働き、いろいろなものがどんどん増えていくのに、なぜ体はそれほど大きくならないのか。できたものがなくなる仕組みはどうなっているんだろう」。そんな学部生時代からの疑問に水島氏が向き合ったのは1997年、内科医として大学病院で臨床と研究に取り組んでいた頃です。生化学雑誌で読んだ論文をきっかけに、基礎生物学研究所の大隅良典氏の下で、細胞内の大規模な分解機構「オートファジー(自食作用)」研究を開始します。そして酵母において分解するものを包み込み液胞に運ぶ膜(オートファゴソーム)に関する分子モデルを提唱しつつ、哺乳類へも研究の幅を広げて多くのオートファジー遺伝子を同定しました。さらに全身のオートファゴソームが蛍光標識されたトランスジェニックマウスやオートファジー機能欠損マウスの作製を通して、その生理的・病態生理的意義を世界に先駆けて報告し続けています。オートファジーという現象を軸に分野横断的研究を展開し、このシステムのさらに詳細な仕組みや病気との関連の解析を進める水島氏にお話を伺いました。

オートファジー研究の広がり
オートファジーは細胞内の分解機構の一つであり、タンパク質やオルガネラをも分解することで、常に細胞の新鮮さを保つ役割を担っています。例えば神経細胞では、オートファジーが細胞内に異常タンパク質の蓄積を防ぎ、神経変性を抑制していると考えられています。 水島氏らは、遺伝子改変マウスなどを使い、オートファジーが新生児期に代表される飢餓適応、着床前の初期胚発生、細胞内浄化、神経変性抑止、腫瘍発生抑制に重要であることを明らかにしました。さらに共同研究によって、オートファジーが細胞内侵入細菌の除去や抗原提示などのさまざまな免疫機能に関わることを明らかにしました。 2013年には共同研究で、神経変性疾患SENDAの原因遺伝子としてWDR45 が同定されます。この遺伝子は、オートファジーの必須分子である酵母Atg18のヒトホモログのひとつWIPI4タンパク質をコードしています。 SENDAは、オートファジー遺伝子の変異によって明らかなオートファジー機能低下を示す初めてのヒト疾患であり、オートファジーの異常と神経変性疾患の関連性を強く裏付けるものと考えられます。

オートファジーとの出会い
「研究を始めた頃、オートファジーに関わる遺伝子の機能はまだ分からないことばかりでした。しかし一つの細胞の中で完結することをやってみたいと思い、出芽酵母で実験を開始したんです」と水島氏。1963年にリソソーム研究の過程で発見されたオートファジーは、1980年後半、大隅氏が酵母の液胞の中で観察したことをきっかけに研究が再稼働します。 大隅氏の研究室では、変異株を取得してゲノム情報と照らし合わせながら、このシステムに不可欠な遺伝子を次々と同定し、分子生物学的研究の道を拓いていきます。それでも当時、研究者の関心は低く水島氏は次のように語ります。 「関連する論文を読む必要もなく、教科書に載っていないので勉強することもなく、すべての真実を自分たちで見つけに行く必要がありました。時には不安になりますが、同時にものすごく楽しむこともできました。なぜなら自分たちが出す一つひとつの結果が、そのまま新しい科学になっていくから」。

その後水島氏を中心に哺乳類で研究が進むに従い、オートファジーが多くの生物に共通のシステムであるという認識が広がっていきます。そして2006年前後を偏極点にオートファジー研究は華やかな研究の表舞台に立つのです。 今では毎週100報近くの論文を数える研究にまで成長しました。「研究を始めた頃は予想もしませんでしたね。多くの論文を読まなければならない今の大学院生が気の毒です」と水島氏は笑いながらコメントします。そんな彼にとって、オートファジーの魅力は「大らかで、大雑把なところ。結構適当なところ」だそうです。もう一つの細胞質分解システムであるユビキチン・プロテアソーム系が不要になったタンパク質に目印をつけて厳密に選択的に分解するのに対し、オートファジーは、約1μmの領域を基本的にランダムに包み込んでリソソームに運びます。「オートファジーにも選択性があることが最近わかってきていますが、それでも『非選択性』にこそ、種を超えて保存されているオートファジーの基本的な秘密があると考えています」と水島氏。


ミトコンドリアを取り囲もうとしているオートファゴソームの電子顕微鏡像(撮影・岸千絵子)

GFP-LC3マウス(全身のオートファゴソームが緑色蛍光タンパク質で標識されているマウス)の肝臓。24時間絶食後。白い輝点がオートファゴソームを示す。

もうしばらく、どこを目指すかを決めずにいたい
「私の研究はプロジェクト型ではなくボトムアップ型であり、どこを目指すかは決めない方が良い気がしています。 こんなふうに言うと反対する人もいますが、目標を決めると対象を狭めてしまいそうな気がします」と水島氏。「オートファジーがどんな分野とつながるかは、本当に予測できませんでした。研究を進める過程で、神経や免疫や発生など、思いもかけない分野とのつながりが出てきたのです。もうしばらくは領域を絞らず、逆に分野横断的な横軸の広がりを大事にしていきたいと思っています。ふらふらとやっていきたいですね」。 特別な生体反応や限局した時期や場所ではなく、オートファジーは生命現象の根幹となる幅広い役割を担っている様です。

自分にとって解くべき課題をゆっくりと見つけてほしい
これからの科学を担う研究者への水島氏からのコメントを最後に紹介します。「やりたい分野を早く決めない方が良いと思います。なぜなら若いうちは知らないことが多いので、あまり早く決めてしまうと、後から本当にやるべき分野が出てきたときに移りにくいから。私自身も、24、5才と30才の頃では物の見方が違っていました。30才までに科学的な考え方や、問題点や課題の見つけ方を学び、そして自分の残りの35年に何をやるのかを決めるのがベストチョイスでは?」とアドバイスします。水島氏が若い頃の直感でオートファジー研究と出会ったのは、ちょうど30才の頃。限られた外からの情報だけで選ばず、自分の中からやりたいことが湧きでてくるまでじっくり待つことも大事だと語ります。 そうすれば誰も手を付つけていない、科学の常識がまだ確立される前の未知の世界へ飛び込むことが、自然にできるのかもしれません。

水島 昇(みずしま のぼる) 氏
1991年東京医科歯科大学医学部卒業、1996年同大学大学院博士課程修了、岡崎国立共同研究機構基礎生物学研究所助手、東京都臨床医学総合研究所室長などを経て、2006年東京医科歯科大学教授、2012年より現職。日本学術振興会賞(2008年)やトムソン・ロイター「引用栄誉賞」(2013年)など多くの受賞歴。


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