「いつ行く? どうする? 海外留学 Vol.7」
杉本亜砂子 氏 (東北大学大学院 生命科学研究科生命機能科学専攻 発生ダイナミクス分野 教授)

線虫C.elegansの胚発生をモデル系に、細胞極性、紡錘体形成を解析し、細胞分裂のダイナミズムを鮮やかに描き出すライブイメージング技術も開発する杉本亜砂子氏(東北大学大学院生命科学研究科教授)。大学院では酵母を研究し、その後新しいモデル生物として注目されだした線虫に興味をもち、卒業後は線虫研究のメッカである米国ウィスコンシン大学へ留学しました。ユニークな留学体験や線虫研究の魅力について伺います。

酵母から線虫へ
栄養源が豊富な時は分裂で増え、枯渇すると減数分裂で有性生殖する酵母。このような分裂様式の切り替えは、多細胞生物では、体細胞での分裂と生殖細胞での減数分裂の違いに見られます。「酵母を研究するうちに、この分裂の切り替えが生じるしくみを、多細胞生物で研究したいと思い始めました」という杉本氏。1個の受精卵から細胞の運命が変わっていく現象を、半透明の身体で丸ごと研究できる線虫は、酵母の変異体作製や遺伝子解析の技術を生かせる実験系としても魅力的だったといいます。

「留学=大御所ラボ」とは限らない
電子メールが一般的でない時代、杉本氏は、欧米の線虫研究者にエアメールを何通も出しました。第一希望は、優秀な線虫研究者の集まる米国ウィスコンシン大学の大御所教授。残念ながら最終選考で落ちますが、その時、隣のビルに新しく入る若手PIのジョエル・ロスマン(Joel Rothman)博士を紹介され、線虫のアポトーシスをテーマに留学を決めた。「大御所のラボで箔を付けるのが王道なのに大丈夫? と周囲からは心配されましたが、逆に良かった。ジョエルにとって私は最初のポスドクなので、彼の知識を全て、直接教えてくれた。ラボの立ち上げを一緒にやった経験は、自分が日本で独立する時のシミュレーションにもなりました」(杉本氏)。

後列左から3人目がJoel Rothman氏、前列右から2人目が杉本氏。2011年6月、UCLAで開催された国際線虫集会(International C.elegans Meeting)にて。

線虫コミュニティの一員に
留学していた1990年代は、線虫のゲノム配列の決定、ライブイメージング、RNAi技術が確立された時期。「研究はエキサイティング。線虫研究者は、未発表データを積極的に共有し、みんなで技術を開発しようという勢いもありました。これは、線虫コミュニティで私が気に入っているところです」(杉本氏)。ここで培ったネットワークは、帰国後に始めた線虫全遺伝子の網羅的機能解析(RNAi)にも役立ったと話します。

生活してわかる文化の違い
米国の大学では、年齢、性別、国籍に関係なく、斬新なアイデアを出す若手が技術をもつ経験者にアドバイスするなど、フラットでお互いを尊重する環境がありました。「東北大学の私のラボでも、上級生だから、先生だから偉い、ということはありません」と杉本氏。「日本は研究者に“女性”とつける時点で遅れているのではないでしょうか。米国では私が女性だからと特別扱いされた意識は全くもちませんでした」とも指摘します。

好きなことを中心に世界は広がる!
若者には、「研究に対するアプローチも国や文化によって違う。頭が柔軟な若いうちに、身をもって経験してほしい」と海外留学をすすめます。大学院時代にこれだ! と決めたテーマを続けるために、必要な技術を身につけ自ら開発してきた杉本氏。次に注目するのはゲノム編集技術だといいます。「C.elegansの近縁種をつかった進化的な研究もやってみたい。自分が好きで興味をもったテーマを基点に、世界は広がっていくのです」(杉本氏)。

杉本亜砂子 氏
1992年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了、理学博士。1992年-1996年 米国ウィスコンシン大学マジソン校博士研究員、1996年東京大学大学院理学系研究科生物化 学専攻助手、2001年理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター チームリーダー、2010 年4月より現職。