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斎藤通紀 氏 (京都大学大学院医学系研究科生体構造医学講座 教授)
「iPS細胞でマウス誕生。世界初、精子のもとを作る。」約一年前の2011年8月、ちょっと刺激的な表現で研究の成果が一般紙やテレビを騒がせました。話題になったこの研究を進めたのは、京都大学医学部教授の斎藤通紀氏。当時、研究者やジャーナリストだけでなく、海外の不妊に悩む人たちからもたくさんの問い合わせのメールが届いたそうです。「この成果は純粋な基礎研究であり、ヒトへの応用にはまだ長い道のりが必要であることを丁寧に説明しました」と当時を振り返ります。そして「また、この成果は、私たちが取り組んできた研究をさらに一歩前進させたものでした。それまでの研究で、胚体外胚葉(エピブラスト)と呼ばれるマウスの初期胚から始原生殖細胞を作り、精子形成を確認していたんですよ」と一連の研究の流れを説明します。斎藤氏の研究目標は、「エピゲノム制御の本質を理解し、細胞の分化・増殖・機能を自由に制御すること」。一代限りの体細胞とは異なり、次世代へ受け継がれる生殖細胞。そのゲノムに織り込まれる制御システムを解明することで、多様な形と多彩な機能を発揮する細胞の個性の源を探ろうとしています。(インタビュアー:ライフテクノロジーズサイエンスコミュニケーター 橋本 裕子)
実験成功への道は、生体内の細胞系譜をたどること
iPS細胞から、どうやってマウスは誕生したのでしょうか? iPS細胞やES細胞は、生殖細胞を含むさまざまな細胞に分化できる能力があるとされています。しかし実際に体外培養で精子を作る始原生殖細胞の作成に成功した例はありませんでした。「私たちの体の中では、始原生殖細胞の出現に先立ち、エピブラストと呼ばれる細胞集団が形成されます。このエピブラストにBMP4という因子が作用することで始原生殖細胞が誘導されます。以前の研究では、iPS細胞やES細胞をエピブラストへ分化させる条件の検討が不十分でした。私たちはiPS細胞から、まずエピブラストを誘導し、次に始原生殖細胞を誘導したんです」と今回の成功に至る重要なポイントを指摘します。斎藤氏 らは、iPS細胞からエピブラスト様細胞を誘導、次に始原生殖細胞様細胞を誘導・単離して、生殖細胞を持たない変異マウスの精巣に移植しました。そして移植後約10週間後に精子を確認、採取し、卵子と体外受精させて得た受精卵を仮親の雌マウスに移植した結果、健常なマウスを得ました。しかもこれらのマウスは正常に発達し、雌雄ともに生殖能力があることが確認されています(1)。それまでの研究成果に基づき論理的に行った実験だったものの、実際にiPS細胞から精子ができたのを確認した時、斎藤氏の驚きと嬉しさは非常に大きかったと語ります。
過去と未来をつなぐ
生殖細胞研究に取り組む
京都大学医学部で学生生活を送った斎藤氏。大学の頃から、海外の研究室へ短期留学をしたりしながら、研究テーマを模索してきたそうです。「そのころ先生方から、研究テーマについて言われたことがあります。それは、競争の激しい分野ではなく、本質的だがまだ誰も手をつけていない、しかもその重要性を誰もが見逃しているような、そんな研究分野を自ら切り拓いていきなさい、ということ。」その言葉を胸に、大学院で細胞の構造と機能について研究した斎藤氏は、留学先として英国ケンブリッジ大学のアジム・スラニー教授の研究室を希望します。スラニー氏は、マウスの受精卵で雌雄の前核の組み合わせと発生の関係性を研究し、ゲノムインプリンティングという現象を発見した研究者です。斎藤氏は、そこで生殖細胞の形成機構を分子レベルで解明することに没頭します。さらに日本に戻ってからも、単一細胞に発現する全遺伝子を定量的に解析する技術開発などを行い、生殖細胞形成過程に関与する全遺伝子の発現動態とその制御機構を解明していきます(2)。過去から蓄積されてきた生物の情報をゲノムという形で保ちつつ、次世代の個体を作り出す生殖細胞。新たな個体を作り出すために、生殖細胞は発生の一時期、ゲノムに施された修飾をすべて取り払い、「まっさら」な状態になる必要があると言います。その時、生殖細胞は、どのような分子機構を駆使して過去と未来をつなぐ作業を行うのでしょうか。斎藤氏は非常に本質的だけれど、これまで見過ごされてきた重要なテーマに取り組むことにします。
これからの研究へ向けて
「ES細胞やiPS細胞を用いて生殖細胞をつくる研究は、モデル動物のマウスでようやくある程度論理的に始原生殖細胞を誘導できる段階となったところです。ヒト細胞を用いた研究は未熟な段階にあり、今後、霊長類など、よりヒトに近い動物種でも研究の必要性があります」と、斎藤氏はこれからの研究の方向性を考えています。ヒト細胞に関する研究は、倫理的な問題が大きいことから、文部科学省で適切な指針が随時検討され、定められています。現時点では、基礎的研究を目的としたES細胞等からの生殖細胞の作成は容認されていますが、当該生殖細胞からのヒト胚の作成は行わないことになっています。それでもこの研究は大きな可能性を秘めています。生殖細胞の研究は、ヒトの体内で進行する精子、卵子の成熟・分化機構や、生殖細胞に起因した不妊症や先天性の疾患・治療方法の確立につながることが期待されているからです。
ライフテクノロジーズに一言
iPS細胞からエピブラストへの誘導には、Activin、bFGFとともにGibcoRのKSR(KnockOut™SR)を使用しました。ロット間の差が大きく、成分が不明なFBSを使わずに済んだので、安定した結果が得られましたよ。また単一細胞で生殖細胞と体細胞の遺伝子発現を比較する実験では、スーパースクリプト逆転写酵素(invitrogen™)やリアルタイムPCRシステム(AppliedBiosystemsR)にお世話になりました。これからもよろしく。
斎藤通紀: 1999年 京都大学 大学院医学研究科 博士課程修了(医学博士)後、英国・Wellcome Trust Travelling Research Fellow、SeniorResearch Associateを経て、2003年 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター チームリーダー。 2009年 京都大学 大学院医学研究科教授に就任現在に至る。2011年8月よりJST 戦略的創造研究推進事業 ERATO研究 研究総括を務める。
参考文献
関連リンク