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鍵は、技術の使い分けと新たな基盤技術の開発
山本 卓 氏(広島大学大学院理学研究科 数理分子生命理学専攻 生命理学講座 教授)
2013年1月、作成が容易なゲノム編集技術としてCRISPR/Casシステムが登場、ゲノム編集技術の一般化が大きく加速します。広島大学の山本卓氏は、2008年からZFN※1を使ったゲノム編集技術にいち早く取り組み、続く第二世代のTALEN※2の改良を手掛けつつコンソーシアムを立ち上げ、多くの研究者の技術利用を強力にサポートしてきました。ゲノム編集に精通する山本氏に、この技術を使いこなすための重要なポイントや今後の展開を伺いました。
使いやすく、効率の良いゲノム編集技術の開発
2010年、第二世代のゲノム編集技術としてTALENが報告された頃、山本氏の研究室では、ZFNの実験を進めていました。「その時、苦労しながらZFNの実験を進めていた大学院生がTALENの方が格段と使いやすそうだと言うのを聞き、早速試すことにしました。最初はなかなかうまくいきませんでしたが、ZFNで培った経験やアッセイ系を活用し、TALENの系を半年で立ち上げました」と山本氏。時を置かず、TALENのDNA結合モジュールのアミノ酸配列を改変し、培養細胞における活性評価を行うことで高い活性を持つPlatinum TALENを開発、効率的に作製するシステムとしてPlatinum Gatesystemを独自に確立します。そしてカエルやラットにおいて50%以上の高い変異導入効率で遺伝子を改変することを報告しました。「なるべく多くの研究者が使えるように、技術開発に取り組みました。また研究者有志に声をかけて『ゲノム編集コンソーシアム』を立ち上げました。人工ヌクレアーゼ(TALEN)の作製および様々な生物でのゲノム編集利用の支援、情報提供を行うことによって、日本のゲノム編集のレベルアップを図るためです」と山本氏は語ります。
ゲノム編集技術との出会い
長年の研究テーマは、発生に関する遺伝子の転写調節機構。「大量の同調胚を採取できる棘皮動物のウニなどをモデルにして発生という現象を定量的に捉えたい。そのために数理的アプローチで発生過程における遺伝子発現の調節機構を調べたりしていました」と山本氏。「しかし10年くらい前は、発生過程をスナップショット的に解析するのが精いっぱい。進展するイメージング技術を利用し、生きたままの透明のウニ胚の遺伝子発現をリアルタイムに追跡できないか、機能に影響を与えずに標的遺伝子に1コピーだけレポーター遺伝子を入れる方法がないか、と常々考えていました。そんな時、ZFNという技術を知り、これしかないと思い、早速大学院生に試してもらうことにしたのです」。しかし、いざ始めてみると手間と高度な技術が必要なことがわかります。ZFNによる塩基の認識機構は1モジュールで3塩基、しかも複数のモジュールを連結すると干渉しあい、各モジュールの特異性が変化してしまいます。様々な組み合わせを試すために、ジンクフィンガーのランダムライブラリーをゼロから作り上げるなど、大学院生とともに試行錯誤を繰り返したそうです。「2年ほどかかりましたが、その努力が実って2010年にノックアウト、2年後には念願のレポーター遺伝子のノックインを報告しました。個体レベルでZFNを使ったノックインの成功例は、世界的にも数えるほどしかありません」と山本氏は貴重な研究について語ります。
第三世代のゲノム編集技術の衝撃
ZFN、TALENとゲノム編集技術を素早く使いこなし、多くの共同研究を推進してきた山本氏。彼はCRISPR/Casシステムの登場を「これからはPCR法のように、ゲノム編集も多くのラボで日常的に使われる技術になるだろう」と予想します。ZFNやTALENは、DNA結合部位とヌクレアーゼからなる融合タンパク質ですが、CRISPR/CasシステムではRNAが標的配列を認識します。RNA誘導型ヌクレアーゼなので、ガイド役のRNAを作り変えれば標的ごとに融合タンパク質を作る必要がなく、複数の遺伝子を一度に改変することもできます。山本氏の研究室でも7つのガイドRNAを1つのベクターに組み込むシステムを開発しました。「短時間で比較的容易に作成でき、同時に複数の遺伝子破壊もできることから、基礎研究ばかりでなく、網羅的な遺伝子破壊や潜伏中のプロウイルスの不活化など、医学研究への応用も広がっている」とその影響の大きさを語ります。「ただしCRISPR/Casシステムでは、ガイドRNAが認識するのは片方のDNA鎖のみ。オフターゲットのリスクを考慮する必要があるので、ゲノムが未解読だったり、ゲノムサイズが大きな生物の場合は、改変個所を確認できないかもしれず注意が必要です。さらに認識個所付近には3塩基のPAM配列が必要という制約があるので、遺伝子の調節部位を特異的に狙う場合など、細やかなゲノム編集には向かないかもしれません」とアドバイスします。
それぞれの特徴を知り、さらに強力に研究を進める
「これに対してTALENのヌクレアーゼのFok1は、二量体化して始めて二重鎖DNAを切断します。そのためオフターゲットのリスクが低く、ヒトへの応用が期待されるES細胞やiPS細胞でのゲノム編集に適していそうです。特に私が注目しているのは、エピゲノム編集。DNA認識部位であるTALEは、ヌクレアーゼだけでなく、別の機能ドメインとも融合できます。ゲノムを修飾する様々な酵素と融合させればゲノム配列はそのままで、修飾部分のみを自在に変化させることができるはずです。例えば、がんになりにくいエピゲノム修飾を導入することで新しい治療への道も開けるかもしれません。また広い領域へ多数の遺伝子を導入することにも興味があります。例えば人工染色体と組み合わせ、薬物代謝関連遺伝子を一気に導入できれば、創薬にも貢献しそうです。それ以外にも農水産関係や藻類をはじめとするバイオエネルギー開発など、CRISPR/Casシステムと同様、その可能性は計り知れません。これから世界中で様々なチャレンジが始まりますが、やはり大事なのは、ゲノム編集のような基盤技術の開発だと思います」と山本氏は語ります。
若い研究者の方へ
「生命現象の解明には精緻なゲノム改変は必要不可欠で、ゲノム編集はそのための有効な技術になります。ゲノム編集技術の開発は、米国、中国、韓国を中心に進められていて日本は遅れをとっていますが、海外の編集ツールの開発や改変技術開発は、必ずしも現場の研究と直結していないように感じています。国内での技術開発体制を構築し、ライフサイエンス研究に役立つ全く新しいゲノム編集技術を一緒に開発したいですね」と山本氏は若い研究者へエールを送ります。
※1 ZFN:zinc-finger nuclease
※2 TALEN:transcriptional activator-like effecternuclease
山本 卓(やまもと たかし)氏
1989年広島大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、同大大学院理学研究科動物学専攻。博士(理学)。
1992年熊本大学理学部助手、2002年広島大学大学院理学研究科講師、2003年助教授を経て、2004年同大学教授に就任。現在へ至る。