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「細胞から眺める生命らしさ –細胞社会、細胞創り、地球外生命探査」
【パネルディスカッション前半】
第2部の4人の講演者をパネリストに、パネルディスカッションを開催しました。ファシリテーションは、ライフテクノロジーズの橋本裕子(サイエンスコミュニケーター)が担当。前半は「研究から見えてくる生命、生命らしさ」、後半は「地球外生命探査」をテーマに参加者ともにディスカッションを展開しました。
パネリスト:
橋本:最初にご自身の研究から見えてくる「生命らしさ」について一言ずつお願いします。
笹井氏:講演では、多細胞生物の自己組織化について話しました。もちろん単細胞生物も環境変化でコロニーの形が変わったり、グローバルにみると生態系が変わったり、かなり特殊なパターンを作りだします。それらも遺伝子にプログラムされており、いくつかのオプションからできてきます。また講演の中で雪の結晶とも比較しました。雪の結晶には同じ形はなく、結晶は、3か6の倍数で枝分かれしながら成長していきます。それは水分子の結合角はほぼ120度という、物理学的なルールに基づいているからです。これに対して細胞の自己組織化は、相互作用がとても複雑。数式では表せません。そんなところに生物らしさを感じますね。
木賀氏:笹井先生がおっしゃる通り、物質はパラメーターを変えられません。しかし生物は細胞という単位を要素にして社会を構築し、経時的に変化していきます。一世代では、パラメーター変換の幅はあまり大きくありませんが、進化と生体高分子という2つの軸を考慮すると、話は違ってきます。例えばRNAとかタンパク質という生体高分子に小さな変異を入れると、微妙な変化が加わります。単細胞でも様々なパラメーターを変化させることができ、その変化を世代を越えて伝えていくのが生物だと感じています。
笹井氏:確かにパラメーターの組み合わせやバリエーションの豊かさは生物らしさに繋がりますね。でもそれだけだと組み合わせ爆発を起こしそうです。例えば目の構造は非常に複雑なので、すぐに組み合わせ爆発を起こすかもしれません。でも実際は、きちんと眼ができてくる。そこには内的な秩序をフィードバックさせるシステムがあり、それが生物を何億年も継続させてきた秘密に通じるのかもしれませんね。
橋本:生物の複雑な構造を様々な手法で観察している、宮脇先生はいかがですか?
宮脇氏:細胞を観察していると、たとえ同じ条件で分裂しても、異なる細胞が生まれてくる可能性が大きいようです。この多様性を生み出すところに、生物の一つの特徴を感じます。今日、私は細胞のエンドレプリケーションを紹介しました。この時、細胞は分裂しないまま、核のDNA量だけが増えていきます。私たちの体にもそういう細胞が2種類ほどあります。しかし無脊椎動物や植物に範囲を広げるといくらでも見られます。私たちは、細胞をユニットとして捉え、階層性を考えがちですが、実は細胞らしくない細胞はいくらでもあるんです。例えば藻類の中にカサノリ※という生物があります。一見すると多細胞生物の様ですが、実は一つの細胞でできています。生物と言うと私たちは、自分たちと同じく多細胞生物を想像しがちですが、それだけではありません。逆に進化の系統樹では、ヒトや魚やマウスは、ほんの一部。生物は本当に多様性に富んでいます。そういうところから振り返ってみると、生命は多様性を生み出しながら、進化の過程でどんどんと失っていったものがたくさんあったのではないかと感じています。木賀先生は、講演の中で4と20のルールを話しましたが、もしかすると、それ以外の生物もいたかもしれません。しかも途中でいなくなった生物の方が、賢いシステムを持っていた可能性だってありますよね。生物を研究するには、いろいろなイマジネーションを持っている方が面白いと思っています。そういうことが私の生命に対する感触ですね。 (※カサノリ:約1cmの円錐状のかさと、長さが最大10㎝になる柄をもつ巨大な単細胞性の緑藻類)
橋本:話は生物の多様性にまで広がってきましたが、井田先生は地球外生命について、どういう想像をしていますか?
井田氏:天文をやってる人たちは、生命そのものを見ようとしているのではなく、常に状況証拠を観察しようとしています。例えば、1000個の地球型惑星の観測の中で、何個に酸素分子が見つかるのか、何個に植物らしいレッドエッジ※があるのか、そしてバイオマーカーが見つかれば、海と陸の比率を調べたり、地球との共通点があるのか、軌道がちょっと歪んでいる方が良いのか、そういう科学的性質を調べていきます。それらは惑星一つひとつに対しては限られた情報ですが、銀河系に地球型惑星は無数に存在するので、多数のサンプルに対するデータが得られます。そこから統計学的に生命とは何か、生命らしさに切り込んでいきたいと考えています。たとえばバイオマーカーが見つからなければ、生命誕生は非常にレアなことだということがわかるかもしれません。このようなアプローチは、ゲノムやバイオ系の研究とは異なっています。あくまでも統計データを基礎にして、生命はこうあるものだという先入観はない方が良いと思っています。 (※レッドエッジ:地球の植物にあるクロロフィルの吸収スペクトルの特徴。これが検出されれば、系外惑星に地球の植物と同じ光合成反応をおこなう生命が存在する可能性がある。)
橋本:異なるアプローチで生命に対する研究が、どこかで合致すれば見つかれば面白い展開になりそうです。ここで一つ、事前アンケートからの質問です。「地球生命とは異なり、15種類以下のアミノ酸を構成成分とするタンパク質でできた生物は存在可能だと思いますか?」木賀先生どうでしょうか?
木賀氏:存在しても全く不思議ではないと思います。私を含めて何人かの研究者が、遺伝暗号を改変して、天然のアミノ酸の種類よりも少ないタンパク質を作りだしているからです。ところでタンパク質合成では、3つの塩基が1種類のアミノ酸をコードしています。学校では、コドンが塩基2つだと16種類のアミノ酸しか対応できないから、3コドンだと習いますが、ちょっと変だと思いませんか?そもそも生物は、単純なものから複雑になっていったはず。最初から遺伝暗号が17個以上だったというのはとても不思議です。アミノ酸の種類とともに、3コドンである必要性も考えてみたいですね。
橋本:ほかに会場から質問はありませんか。 質問1:自己組織化について笹井先生に伺いたい。多細胞と単細胞の中間的な、カツオノエボシ※のように群体を作る生物も自己組織化をしているのでしょうか? (※カツノエボシ:別名電気クラゲとも呼ばれるが、ヒドロ虫の仲間。多くのヒドロ虫が集まって群体を作る。触手、ポリプ、刺胞嚢など、一つひとつに役割がある。)
笹井氏:自己組織化は、生物のいろいろなレベルで起きています。例えば、ウイルスはタンパク質とDNAをバラバラにしても、再凝集させると元通りになります。またほ乳類の細胞が分裂するとき、核膜は一旦なくなりますが、自己組織化で再度構築されます。大腸菌や藻類にもいろいろな自己組織化があります。このように、もともとないパターンが新たに出てくる、という現象はいろいろな場面で見られます。それはたぶん、生物は安定的なフィードバックの形をいくつ持っていて、木賀さんが言うように、表面的に違うものを使っていても、あるいは分子が違っていたり、分子の代わりに遺伝子を使ったり、細胞を使ったり、やり方は違っていても、ある形を作り上げることができる。いわゆる「同型性」というものを何重にも持っています。だから生物は何十億年も継続できたんだと思いますね。このように自己組織化はいろいろなレベルで起きているんです。
質問2:私は、がんの研究をしています。がん、つまり腫瘍は、組織構築という点では、逸脱していますが、生存と言う点では通常の細胞が生存できない劣悪な環境でも生き続けます。生命と言う観点から言えば、腫瘍はどう捉えるのでしょうか。
宮脇氏:専門外ですが、がん細胞はとてもロバストであり、どこででも増え続けることができます。一方、個体としての多細胞生物を考えると、生物は秩序の中で生きています。ですから個体の中で共存できるかどうか、ということが非常に重要です。しかしがん細胞を研究すると、ゆっくり増えていく細胞もあり、多面性があることがわかります。がん細胞と正常細胞の間にいろいろなものがあり、中間体もありそうですね。
橋本:笹井先生は、細胞社会からみてどう思いますか?
笹井氏;宮脇先生がおっしゃったことにつきると思います。つまり、秩序ですね。がん細胞は、周りの空気が読めないやつ。つまり秩序に従わない細胞とも言えます。本来は上皮細胞として、基底膜の上に大人しく乗っているはず。ところががん化すると、そこから離れても生きていけるようになります。ただ、がんはすべての秩序をすべて失っているかというと、そうでもありません。病理医は、細胞診でがん細胞をどこのがんか判断できるのです。それはある程度、秩序が残っているからです。
質問3:木賀先生に質問です。細胞がアルゴリズムで生命を構築しているとすれば、そこには階層性があると思いますが、それは直列的なのか並列的なのかが気になります。細胞の中では、様々な代謝反応が同時に進行しているのに、何か起きても恒常性を保つロバストネスを持っているように思えます。コンピュータ的にアルゴリズムがあるとすれば、どうやって解決しているのでしょうか?
木賀氏:細胞の中にはいろいろな分子があり、それぞれがてんでばらばらに反応しているので、並列だと思います。ただし細胞は完璧にはロバストではないようです。大腸菌でも、バクテリアでも、個体を見ていてもそう思います。例えばバクテリアでは、すぐに違うサイズや形ができてきます。それらを見ていると、生物はいろいろなことをだいたいうまくいくように作り、エネルギー消費を抑えているのかもしれないと思います。これに対してコンピュータは、多くのエネルギーを使って、ゼロイチの状態を固め、きっちりと計算する。宮脇先生は、細胞分裂で異なる細胞ができてくる話をしましたが、分裂の時、遺伝子の発現に関与する制御系のタンパク質の数は非常に少ないのです。それらは分裂で二項分布するので、細胞ごとに濃度が偏り、細胞に個性が出てきます。つまり数揺らぎですね。生物が、正確を求めて制御系のタンパク質を増やしていれば、細胞はパンパンになってしまいます。それよりも、たまに失敗したとしても、少ないタンパク質でどうにかしようとする。そんなふうにして数を増やしていくのが、生物の戦略ではないと思えるのです。
橋本:いろいろとお話しありがとうございます。このあたりで二つ目のテーマ、「地球外生命探査」にも話題を広げていきたいと思います。事前アンケートでは、地球以外に生命が存在すると思う方は8割で、分からないという方が2割。存在しないと思う方は2名だけでした。会場でも手を上げていただくと、ほとんどの方が地球外生命の存在を信じているようです。井田先生、この結果についてどう思いますか?
井田氏:いろいろなところで講演をしてきましたが、コミュニティティによって、反応は全然違っていました。宇宙好きのコミュニティ、例えば物理や天文学の専門家、また一般でも宇宙好きの方は、この宇宙には遍在的に生命がいると、大多数の方が信じています。しかし生命科学分野の方は、生物という現物を詳細に観察しているので、こんなにも複雑なものが他の惑星にいるとは思えない、地球以外に存在するはずがないという反応が多いという印象でした。今回のアンケートで、8割の方が地球外生命の存在を信じるという結果はとても意外でしたね。
橋本:宮脇先生はどう思っていますか?
宮脇氏:日によって変わりますね。現時点で別の惑星にいるかどうかは分かりませんが、過去を含めて考えると、いると答えますね。また、先ほど井田先生の話を聞いていて、私たちの日常的スケールとは全く違うと感じていました。ビックバンも含めて、何十億年というスケールで考えていくためには、頭の中を変えないと思いました。もしいるとすれば、水に依存せず、地球とは異なる温度帯域や、物理的環境下で生存する生物がいると良いですね。それらは生物学では検証できないので、シミュレーションしてもらえないかと思いました。例えば、もしこういう環境であれば、こういう物質が優位で、それらを組み立てていけばこういうものができてくる、というように。私たちの世代では検証できないから、すきなだけ自由に想像を膨らませることができる、そんな分野が生まれても良いなっと思いました。
橋本:それでは、もし生物がいると仮定すれば、どういう生命なのでしょうか。事前アンケートでは、「思念だけで、目には見えないもの」という回答や、「地球と同じくウイルスや微生物」という回答や、「生物の基本骨格はやはり炭素ではないか」というコメントもありました。木賀先生は、「ありえた生命」の可能性をどこまで広げて考えていらっしゃいますか?
木賀氏:多細胞生物まで広げるならば、かなり違いが出てくると思います。1000ドルゲノム解読というプロジェクトがありますが、これを1024ドルゲノムと言ってもそれほど大きな違いはありません。なぜ1000ドルかと言うと、それは私たちの指の数が、基本的に5本ずつあり、数を10進数で数えることから来ていると思います。しかし進化の過程で、我々の祖先の両生類には8本指のものもいたそうです。現存する生物だけで考える必要はないと思っています。
橋本:宮脇先生はいかがでしょうか?そろそろ先生の退出されるお時間が迫ってきましたので、最後に一言お願いします。
宮脇氏:今日は数の話が何度かでてきましたね。笹井先生は水の角度から3と6のお話しを、木賀先生からは8本の指の話。私が研究に使うサンゴに関して言うと、六放サンゴと八放サンゴという種類があり、この名前は触手の数からからきていいます。六放サンゴは6、12、24など、6の倍数の触手を持っています。ところが八放サンゴは、8本だけ。どうしてこうなったのか、個人的には、とても興味があります。かつては八放サンゴにも、16とか24本のサンゴがいたけど、最終的に8本に落ち着いたのか。それとも最初から8本だけだったのか。また6といえば、コブルストーン状の上皮細胞など、六角形で安定になります。数という観点からもエボデボ(進化発生学)を議論すると非常に面白いと思いました。(宮脇氏は、所用のためここで退場されました)
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