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「細胞から眺める生命らしさ –細胞社会、細胞創り、地球外生命探査」
【パネルディスカッション・後半】
パネリスト:
笹井氏:ここで、会場の皆さんにお聞きしたいと思います。生命とは何かと考える時に、井田先生がおっしゃったように、地球外で何かに初めて出会った時、これを「生命」と呼ぶかどうかについて、どう切り分けをしますか?私は「生命とは何か」を考える場合、二つ標準を考える必要があると思っています。1つは「生命かどうか」、もう一つは「地球型生命かどうか」ということです。その上で、それらに含まれないものを探してみる。例えば、鉄腕アトムやアシモなど、自律型ロボットが、自分で自分を作ることを覚えたとしたら、どうでしょうか?材料は工場にいくらでもあり、どんどん自己複製できるとします。これを生命と呼べると思いますか?手を上げてもらえますか?
橋本:会場では「思う」という人よりも、「思わない」方が倍くらい多いようですね。
笹井氏:この判断は、「自己複製」を生命のとても重要な条件だと思うかどうかにかかっています。これをいろいろなケースで考えてみると、生命のテリトリーがどこにあるか、いろいろな答えがでてきます。例えば、私たち地球型生命は30億年以上続いてきました。でも10分くらいで、ぱぱっと現れ、複製して消えて、また海の中から出てきて酸素を出してまた消える。そんな「モノ」がいたとしたら、これを生命と呼ぶのか?これを地球型生命だと思うかどうか?そんなことも考えてみることもできます。
井田氏:ちょっと質問させてください。ウイルスは生命と呼ぶのでしょうか?
木賀氏:教科書の定義では生命とは呼びませんが、法律的には生命と呼びます(笑い)。つまり、遺伝子組換の法律上では、ウイルスを定義上、生物として扱います。バクテリアや私たちを含め、ありとあらゆる生物は環境に依存して生きています。ウイルスが感染する細胞を環境と考えれば、ウイルスは生命と言えるかもしれません。
笹井氏:まさにこの話が、自律型ロボットが自分で自分を作るということに通じます。このようなロボットを生命だと思う人は、ウイルスを生命と思うのではないでしょうか。一方、地球型生命を自律型生存ができる生命と定義すれば、ウイルスは自律生存できないから生命とは呼ばない。また宮脇先生が話したように、水に依存的で情報伝達や自己複製に水素結合を必要とすることを地球型生命の特徴としたり、他の細胞を環境と考えることを前提にするなら、ウイルスは生命と言えます。
橋本:生命の定義についても話が発展してきましたが、生命の探し方についてどのように考えていますか?
井田氏:先ほど宮脇先生は「生命の存在には水がなくても良いのではないか。地球上では観察できないので、天文学者にシミュレーションしてほしい」というコメントされました。逆に観察できないからこそ、ライフサイエンス系の方々にシミュレーションしてもらえないかと私たちは思っています。そうすれば、僕たちはそれを探しに行きますよ。例えばメタンの海で生命の可能性をシミュレーションし、生物が生まれるのであれば、タイタンに探しに行くこともできます。どんどんやってほしいですね。
木賀氏:一つコメントです。実験進化や進化分子工学で著名な研究者が、有機溶剤の試験管内進化でアプタマーを作っているそうです。まだ論文にはなっていませんが、実験的にはメタンの中でも生体高分子は働きそうです。生体高分子がアミノ酸やRNAのバックボーンだけで良いのかという問題は残りますが、太陽系だとそれらは手に入りますよね。そのような物質が繋がっていったときに、地球とは全く異なる環境でも働く生体高分子になるかもしれません。さらに、それらを複数組み合わせることができれば、連続的な生体反応系を組むこともできそうです。10年くらいあればできるのではないでしょうか。これが合成アプローチの面白味なんです。現在、いろいろな生体高分子をかなり自由に作ることができるようになってきました。それに進化工学のテクニックを組み合わせ、ある特殊な環境下で活性のある分子を探しだし、それらを組み合わせることができれば、今までにはなかった生物の存在も見えてきそうな気がします。完全な組み合わせはシミュレーションかもしませんが。
笹井氏:確かに連結化学反応というのは、生命らしさの一つですね。実際に、相当複雑な化学反応も人為的に組み立てられますよね。また水依存的な水素結合以外も作れるかもしれません。ここでもう一つ、地球型生命を考える時の古典的議論として、「シュレディンガー型」かそうでないかを考えてみてはどうでしょうか。シュレディンガー*は「生命とは何か」という有名な本の中で、「生命は負のエントロピーを食っている」という修辞的な表現を使っています。今の連結化学反応は、「食っていない」と言えるのではないでしょうか。それはなぜか?ここがポイントです。シュレディンガーは、系を外と中に分けている。内的な系ではエントロピーは減っていく、もしくは維持される。それは外の空間のエントロピーを食べているからだ、と考えます。内的な系と外的な系を分けて、内的な系の生命らしさを考えていくことがシュレディンガー的。そして、ここでは中と外を分けるので、ボーダーを作る必要がでてきます。地球型生命は水に依存的で、外と中も水系ですから、脂質でボーダーができました。もし水以外の物質に依存するとすれば、例えばメタンとか、カーボンを使わないシリコンかもしれませんが、シュレディンガー的に中と外を二つに分ける物があると思いますか?あるとすれば、地球的な生命が存在しそうです。 *著名な理論物理学者。1944年「生命とは何か」という本を執筆し、分子生物学への道を開いた。
木賀氏:難しいですね。有機化学に詳しくないので思いつきません。タンパク質も膜構造を作ることができますが、それでは答えにはなりませんし・・。
笹井氏:そうですね、タンパク質の膜ではないので、二つの系を分ける不透膜や半透膜を作る必要があります。
木賀氏:確かにその通りです。もっと調べてみたいですね。それからもう一つ、負のエントロピーを食べている意味合いについてコメントしたいと思います。何かを混ぜて連続反応系を作る場合、生物でなければ、最初に入れたNTPのエネルギーがなくなると反応は終わります。つまり誰かが常にエネルギーを加える必要あるんです。では、地球型生命はどうしているか?私たち人類や地表の生物は、太陽のエネルギーを食べています。光合成生物がいなかった時代の生物は、地球化学的なエネルギーを食べていました。ですから系外惑星で生命探査を行うのであれば、それぞれの惑星の成立過程で、どういったエネルギーを生体高分子に供給可能か、天文学者から提示していただけると、研究がすごく楽しくなりそうです。エネルギーがどこから流れてくるのか、どんな種類のエネルギーがあるのか、そしてどういった種類の生体高分子がどういったエネルギーを取りこめるのか、それが分かれば研究が本当に楽しくなりそうですね。
井田氏:エネルギーとしては、中心星光によるエネルギーがあります。惑星ができた時は温度が高いので、地熱もエネルギー源になります。講演で紹介した大型の地球型惑星では、長周期の放射性元素も重要な熱源となります。ウランとかトリウムやカリウムなどですね。それらは超新星爆発で作られたので、銀河系にはある程度の量が供給されています。現在の地球の地熱も、地球が最初にできた時の熱でなく、かなりの部分が放射性元素からきています。エネルギー源は、このようにいくつもあります。ただし天文学者は、何を観察すれば生命が存在すると言えるかを、すごく悩んでいます。講演でも話したように、今のところ、非平衡な大気組成、つまりほっとけば普通の化学反応では平衡になるはずだけど、それからずれている場合を観察できたら、生命と呼ぼうという考えがあります。そこから逆に生命とは何かを考えようとしています。
笹井氏:先ほどの話しを別の言い方で言えば、たぶん地球型生命は細胞型生命。中と外を細胞膜で分け、その中で外では起きにくい酸素の安定化などを行うという特徴を持っています。それからもう一つ、細胞が使うエネルギーの観点から言えば、使っているエネルギーは高エネルギー結合です。基本的に、炭素とリン、あるいはリンとリン、あるいは炭素とイオウ。今日ぼくが「目から鱗」だったのは、この3つの元素番号は全部4の倍数だったことです。この高エネルギー結合を使って、普通では起きにくい反応を反転させるようなシステム、生物であればATPを使うような反応系が起きてもおかしくないと思いました。
橋本:会場からもコメントや質問を受けたいと思いますが、いかがでしょうか。 質問3:面白い話をありがとうございました。さっきのロボットの話に戻りますが、私は「生命」と「生命体」は違うと思っています。ヒトは「生命体」だから死ぬ。ロボットは「生命」かもしれないが、「生命体」ではない。ウイルスも同じく。さらに宇宙そのものも永遠に存在するから、「生命」と言えそうな気がします。そこで「死ぬ」ということについて、何かコメントやサジェスッションをお願いできないでしょうか?
笹井氏:大腸菌は進化しますが、今ここにいる大腸菌は一度も死んではいません。生命らしさを考える時、背反するところに生命を強く感じるのかもしれませんね。生命はロバストであり、永続性がある一方、コロっと死んでしまうというように。その奥にある何かに、生命らしさを感じているのかもしれませんね
木賀氏:しばらく前までは、DNA分子で生命は繋がっていたと言えますが、今ではコンピュータの情報からでも微生物を作ることができます。それも外見上は区別できず、それを生命と呼ぶしかないと思っています。DNAにさえ、依存しなくなったのかもしれません
笹井氏:しかしそれを作ったのは人間なので、人間はDNAを持っている。この議論は両面性を持っているかもしれませんね。
井田氏:確かに大腸菌は物理的につぶさない限り、死なないと聞いていました。自分で死ぬ様になるのは、生物進化どのレベルからでしょうか?原核生物は物理的につぶさないと死なないが、どこまで進化した生物が自分で死ぬようになるのか、疑問になってきました。
笹井氏:それは非常に重要なポイントです。何を死と定義するのかにもよりますよね。教科書的な表現では、生殖細胞系と体細胞系に分けて考える。生殖細胞から自分を遡っていくと、母親や父親の精子や卵子からできていて、その上にはおじいちゃんやおばあちゃんが繋がっている。でも体細胞は死にます。大腸菌や酵母では、生殖細胞と体細胞が分かれていないので、生殖細胞系列が続くのと同じように生命が続いていくという考え方もできます。ではそのふたつは、どこで別れるのか?原核生物でも分かれているものがあるし、真核生物にもあります。例えば細胞性粘菌は、種になる部分とそれを支える部分に最後は分かれます。進化の中で何回もいろいろなやり方を試しているのかもしれません。
橋本:「生命」を巡る話をいろいろな側面から考えてきましたが、そろそろ終了の時間が迫って参りました。たぶん、このテーマには答えがなく、お一人お一人が持ち帰り、さらに考えを深めていただくことになりそうです。最後にパネリストの方に一言ずつ、今日の感想をお願いします。
木賀氏:参加者からの質問やパネリストの方々と議論を通して、自分の研究の難しさを再確認しました。私は翻訳系が専門なので、アミノ酸、もしくはアミノ酸類似物やタンパク質の様な生体高分子を持つものを生命だと考えていたかったのですが、あえてもう一度、考え直してみようと思いました。参加者の皆さんありがとうございました。
笹井氏:フロアの皆さんを含めた、最後の「生命らしさ」の討論の中で、生命には多面性があるということが一つ議論になったと思います。この会場には、高校生、大学生、大学院生もいるし、若手研究者などいろいろな方がいますが、その中で特に研究を志ざそうとする方に一言伝えたいことがあります。それは、これからの生物学において、自分が一番解きたい生命らしさとは何か?一人ひとり、つぼにはまるところが違うはずです。先ほどの方の様に、ころっと死ぬところが気になる人もいれば、空気が読めないがん細胞や細胞の秩序に興味を持つ人もいると思う。あるいは複製が何十億年も繋がっていることをすごいと思う人もいるかもしれない。そこを自分なりに、なぜ面白いかのか、そこを突き詰めていって欲しい。するとそこには、実は解けていない問題がいっぱいあることがわかるんだと、僕は思います。生物にはまだまだたくさん解けていないことがあるから面白い。ですからぜひそういう研究をしてくれる人が増えることを望みますし、社会はそれを温かく見守ってほしい。すぐに成果が出ることばかりでないから、多くの方から温かく見守ってほしいと思うのです。
井田氏:最後の方の議論で話した、「生命らしさとは何か」ということは、リモートセンシングの天文観測で、何かを見つけようとするときに本質的な議論になるところです。今日、生命科学の本質的な議論と、これからの天文学の観測が、実は強く結びついていると、改めて強く感じました。一方で木賀先生の話のように、何らかの生命システムを作ろうと思えば作れるという話や、なぜ地球の生命が今こうなったのかという話は、地球の始まりがどうだったかという話につながってきます。生物の進化も、地球のこれまでの環境と強く関係しているようです。そう考えれば、今や生命科学と地球科学は非常に強く関係していると思いました。しかもその繋がりは、コンピュータやスパコンの進化、DNAシーケンサの高速化にも連動し、本当に面白い時代になってきたんと思いました。これからが楽しみです。
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