株式会社ニコン マイクロスコープ・ソリューション事業部 高塚 賢二氏

1)はじめに
これまでに様々な顕微鏡が開発され、生物学分野において標本の観察から病態の解明、新薬スクリーニング、再生医療の実現に向けて技術革新が行われてきた。
また、今では生物学にとって欠かせない技術となった蛍光イメージングや生きた細胞を観察するライブセルイメージングなどを用いて、細胞の形態だけでなく細胞の機能を観察し解析する手法が多く用いられるようになっている。
細胞の機能を解析するためには、細胞内小器官の時間空間的な変化や細胞内でのタンパク質の局在変化、挙動を観察する必要があるが、従来の光学顕微鏡では約200nmが分解能(隣り合う2点を2点として分離観察できる最短の距離)の限界であった。一方、電子顕微鏡を使えばpm(ピコメートル)オーダーの分解能が実現できるが、観察には高い真空状態が必要とされる、高いエネルギーを持つ電子線を照射しなければいけない、などの理由で生きた細胞の観察は不可能である。さらに、免疫染色を応用した免疫電顕による観察ではより確定的な情報が得られるものの、試料作製をはじめとしてその観察には高い熟練が必要である。
近年、従来の光学顕微鏡の分解能の壁を越える超解像顕微鏡技術が開発され、これらの技術を用いて各社から超解像顕微鏡が発売されており、これが生物学分野のブレイクスルーとなっている。本稿では、構造化照明(Structured Illumination)により従来の光学顕微鏡の分解能を約2倍に向上させた超解像顕微鏡N-SIMを用いて、新しい封入剤ProLong® Diamond、SlowFade® Diamondで封入した標本を観察したので紹介する。

2)N-SIMの原理「構造化照明」とは
構造化照明とはある一定の周期構造を持つ縞を標本に与えることである。一定の周期構造すなわち縞状の照明(構造化照明)と、標本の微細構造の間でモアレと呼ばれる現象が発生する。モアレとは規則的なパターンを複数重ねあわせたときに、元のパターンとは異なったパターンが観察される現象(図1)であり、このモアレ現象を顕微鏡に応用したのが構造化照明顕微鏡である。一般にモアレの空間周波数は重なり合ったパターンの空間周波数の差となり、その周期は元のパターンより粗くなる。つまり、従来の光学顕微鏡では微細すぎて捉える(解像する)ことのできなかった細かい構造が、構造化照明によって元の模様よりも粗くなることで従来の光学顕微鏡で解像することができるようになるため、得た画像をもとに、性質が分かっている構造化照明の縞の要素をコンピューターで演算し元の細かい構造に戻す画像処理をすることで、オリジナルである標本の微細構造を観察する。


図1 モアレの例
この例では、重なり合ったパターンによって生じた6本の粗いパターン(モアレ)が観察できる。

3)なぜ分解能は2倍に向上するのか?
では、なぜ構造化照明を用いた超解像顕微鏡SIMでは分解能が2倍に向上するのであろうか。
顕微鏡でさまざまな周期の縞の像を観察すると、周期が細かくなるにつれてコントラストが下がり、ついにはコントラストが0となり解像できなくなる。この時の周波数(周期の逆数)をカットオフ周波数と呼び、解像限界の周波数である(従来の光学顕微鏡のカットオフ周波数は約5000本/mm)。構造化照明は対物レンズを通して標本に与えられるため、その周波数の限界(形成できる縞の細かさ)はほぼ対物レンズの解像限界の周波数(カットオフ周波数)となる。また、発生したモアレも対物レンズを通して観察するため、同様にカットオフ周波数が取得できるモアレの最大周波数となる。
ここで、モアレ現象から発生するモアレ縞の周波数は「モアレの周波数=標本の周波数-構造化照明の周波数」と表される。この式から、観察対象である標本の周波数はモアレの周波数と構造化照明の周波数の足し算となり、それぞれはカットオフ周波数が最大の周波数であるから、標本の周波数は「カットオフ周波数の2倍」が最大となる。こうして従来の顕微鏡が約200nmの分解能であるのに対して、構造化照明を用いることで約100nmの分解能を実現できる。より詳しくは参考文献を参照されたい(1, 2)
なお、対物レンズのNAが高いほど高い分解能が得られるが、N-SIMではNA=1.49を実現したCFI SR Apo TIRF 100xH対物レンズ (図2)を採用し、より細かい構造を見ることができる。超解像顕微鏡N-SIMはニコンならではのTIRF-SIMモードを搭載するため、全反射照明に対応するCFI SR Apo TIRF 100xH対物レンズを用いて標本の厚さに影響されない鮮明な画像が得られる。また、生きた状態でSIM画像を取得するためには、水浸対物レンズCFI SR Plan Apo IR 60x WI(図2)およびインキュベータを用いることで、細胞を培養条件に保ちながら高分解能のライブイメージングが可能である。


図2 超解像技術を支えるニコンの対物レンズ
(左)CFI SR Plan Apo IR 60x WI 、(右)CFI SR Apo TIRF 100xH

4)新しい封入剤の検討
[目的]
標本を作製・顕微鏡観察する際には各ステップにおいて様々な注意点が必要であるが、封入剤については研究室で従来から用いられてきた封入剤が超解像顕微鏡観察にも用いられることが多く、固定条件や染色条件などの他の条件に比べ十分な比較検討が行われないまま観察に用いられる傾向にあった。本検討では封入剤に注目し、新しい封入剤が超解像顕微鏡による観察に与える効果について検討した。 染色には、一般的に顕微鏡観察に使用される蛍光色素 (Alexa® Fluor dye)をコンジュゲートした2次抗体を用い、ProLong® Diamond、SlowFade® Diamond、および従来の封入剤で封入した標本を超解像顕微鏡N-SIMで観察、比較した。

[実験方法]
細胞培養条件
オートクレーブ済みNo.1S カバーガラス(18mm x 18mm、松浪硝子工業株式会社)を60mmディッシュに3枚置き、HeLa細胞を播種した。10% Fetal Bovine Serumを含むDMEM high glucoseにて70%コンフルエントになるまで培養した。細胞は3% Paraformaldehyde, 0.1% Glutaraldehydeで10分間室温で固定しImmunocytochemistryに供した。染色に用いた1次抗体および2次抗体は以下の通り。ラット抗Tubulin抗体 (ab6160, abcam: 100倍希釈)、ウサギ抗Mitochondrial outer membrane protein Tom20抗体(sc11415, Santa Cruz: 50倍希釈)、Goat anti-Rat IgG (H+L) Secondary Antibody, Alexa Fluor® 488 conjugate, (A-11006, lifetechnologies: 1000倍希釈)、Goat anti-Rabbit IgG (H+L) Secondary Antibody, Alexa Fluor® 568 conjugate (A-11011, lifetechnologies: 1000倍希釈)。2次抗体反応後にすべてのカバーガラスをDAPI/PBS(4',6-diamidino-2-phenylindole: 終濃度2µg/ml)に浸漬し核染色を行い、PBSにて3回 washを行った。Washの後、PBSを十分に除き各封入剤を用いて封入した。封入に用いた封入剤は以下の通り。ProLong® Diamond、SlowFade® Diamond、他社封入剤(硬化タイプ)、他社封入剤(非硬化タイプ)。SlowFade® DiamondおよびA社封入剤(非硬化タイプ)は封入後に余分な封入剤を除去しマニキュアで密封した。封入した各サンプルは暗所にて96時間保存後、N-SIMにて観察した。

[結果]
ProLong® Diamond,およびSlowFade® Diamondでは、チューブリンの構造を繊維状に解像することができた(図3 AおよびB)。一方、一般的なimmunohistochemistryおよびimmunocytochemistryに封入剤として用いられる他社封入剤では、チューブリンの繊維様構造が粒状に連なった形状で観察された(図3 CおよびD)。


図3 各封入剤を用いて封入した標本のSIM画像
A) ProLong® Diamond、B) SlowFade® Diamond、C) 他社封入剤(硬化タイプ)、D) 他社封入剤(非硬化タイプ)。それぞれ枠内は各細胞の一部を拡大し表示。ProLong® Diamond、SlowFade® Diamond封入サンプルでは、いずれもチューブリンが繊維状に広がる構造が認められる。スケールバーは全て2µm。

次にProLong® DiamondおよびSlowFade® Diamondを用いて封入した標本について、細胞接着面-細胞最肥厚部間の距離を顕微鏡のステージ駆動を用いて、そのzステップ送り量を計測、比較したところ、硬化性を持つProLong® Diamondよりも非硬化性のSlowFade® Diamondを用いた標本のほうがPBSで保存した染色細胞に近い数値が観察された (図4および表1)。また、SlowFade® Diamondではおよそ10µmの厚みを持つ細胞も観察することができた。(図4 A, B)


図4 封入標本のzスタックにおけるx-z, y-z表示
ProLong® Diamond(A)およびSlowFade® Diamond(B)で封入した標本をそれぞれzスタックにおけるx-z, y-z表示で表示した(Representative data)。SlowFade® Diamondで封入したサンプルは細胞がz方向に10µmを超えてドーム状に観察できる。スケールバーはいずれも5µm。


表1 細胞接着面と細胞最肥厚部の間の顕微鏡zステップ送り量の比較
SlowFade® DiamondおよびProLong® Diamondを用いた時の、細胞接着面と細胞最肥厚部の間の顕微鏡zステップ送り量を比較した。コントロールとして、同じ条件で染色した細胞をPBS中で観察。いずれもn=10で計測。エラーバーはs.d.を示す。

[考察]
今回観察に供した標本では、チューブリン、ミトコンドリア、核について各スライドを同時に染色し、封入剤のみを変更して封入した。ProLong® DiamondおよびSlowFade® Diamondを用いたN-SIM観察では、他の封入剤に比べてチューブリンの微細な構造を粒状感無く解像することができた。 細胞の厚みについては、ProLong® Diamondでは硬化する性質により封入剤の容積が減少し、標本が封入された状態でのz方向の収縮をもたらしたと考えられる。一方、SlowFade® Diamondは非硬化性のため、よりintactに近い状態の細胞状態が観察できると考えられる。またProLong® Diamondは屈折率1.47 (3)と、高倍率の油浸対物レンズ(CFI SR ApoTIRF100xHなど)を用いた蛍光イメージングに適したオイルの屈折率(1.51)に近い屈折率を示すが、ProLong® Diamondの屈折率は封入後の時間経過に伴って変化する点には注意が必要である。本検討では封入後に暗所にて96時間経過したのち撮影を行ったため、屈折率はおよそ1.45となる(4)

5)おわりに
今回検討に用いたProLong® DiamondおよびSlowFade® Diamondは本検討の結果から構造化照明を用いた超解像顕微鏡N-SIMの観察に適した封入剤であると言える。またProLong® DiamondおよびSlowFade® Diamondは、従来品と比較して高い退色防止効果を持つ(3)。一般的な蛍光イメージングにおいても、退色防止剤による高いシグナル、および高いシグナルによって得られる高S/N(シグナル対バックグラウンド)比は重要なファクターであり、これらはSIMによる画像撮影でより良い超解像画像を得る際も同様にキーファクターとなる。今後、超解像顕微鏡で観察を行う際には封入剤のチョイスにも十分に留意されたい。

6)参考文献
(1) 大内由美子 光アライアンス 23(4), 5-9, 2012
(2) 及川義朗 顕微鏡 47(4), 238-240, 2012
(3) Scott Sweeney, Lifetechnologies情報誌 NEXT No.26, 16-17, 2014
(4) Prolong® Diamond / Prolong® Goldマニュアル(日本語) Revision B.0