ダイレクトシーケンシングによる痛風関連遺伝子のSNP解析

ご所属:防衛医科大学校 分子生体制御学講座
ユーザー:松尾 洋孝 先生、 岡田 千沙 先生

松尾 洋孝 先生

痛風は、高尿酸血症の持続による尿酸ナトリウム塩の結晶が組織に蓄積することによって引き起こされる生活習慣病の一つと言われています。その発症には、環境要因のみならず、遺伝的要因があると考えられてきました。
疾患関連遺伝子の特定において重要なのは、対照群と疾患群の遺伝子配列を詳細に比較することです。そのために我々は候補遺伝子の一塩基多型を比較検討する手法の一つとして、ダイレクトシーケンシング法を用いています。これは、抽出されたゲノムDNAに対し、PCR法で目的領域を増幅し、それをキャピラリシーケンサで直接DNAシーケンシングする手法で、多くの遺伝子解析を行う研究室で利用されています。
これまで、我々は多数例の遺伝子解析と分子機能解析を実施し、ABCG2の機能低下を来す遺伝子変異が8割の痛風患者に認められ、3倍以上の発症リスクを認めること見いだしました。そして、この遺伝子が痛風の主要な病原遺伝子であると結論付けました。(参考文献:Matsuo H, Takada T, Ichida K, et al : Sci Transl Med 1, 5ra11, 2009)
尿酸トランスポーターに関連する多くの遺伝子について更なる解析を進めるためには、多くの検体を用い、複数の遺伝子をシーケンシングする必要があります。今回、シーケンシング解析の作業効率化を図る目的として、ダイレクトシーケンシング専用試薬として開発されたBigDye® Direct Cycle Sequencing Kit(以下BDDキット)を試す機会を得ました。
BDDには、PCR試薬とシーケンシング試薬の両方が含まれています。本キットを使用すると、PCR後の精製を省くことができ、また、サンプルの分注を必要とせず、1チューブでPCRからシーケンシング反応まで行うことができます。
その結果、PCR後に行うシーケンシング試薬調製のハンズオン時間が大幅に短くなり、これまでの解析時間をおよそ20%短縮することが可能でした。また、単に反応時間が短くなるだけでなく、サンプルの取り違えのリスクを軽減し、さらにデータのクオリティがアップするなど、複数の恩恵を得ることができました。次に、実際に得られたいくつかのデータを紹介したいと思います。

プライマー量に関しては、これまでの使用量(フォワードとリバースを合わせて8 pmol使用)と標準プロトコルの使用量(Total 1.2 pmol)に差があったので、条件検討を行いました。我々の研究では、ゲノムDNAが貴重なため、テンプレート量は増やさずにプライマー量のみを調整しています。
その結果、これまでと同じプライマー量では、副産物の生成が認められました。それに対し、プロトコルに沿った1.2pmolでは、副産物もなく、きれいな単一バンドとなりました。わずかなプライマー量でも十分な増幅が得られるため、以後の実験では、プライマーミックスを1.2pmol使用することとしました。しかしながら、増幅効率は、プライマー配列に依存するため、プライマーによっては、量を増やす必要があると考えられます。

 

【泳動結果】
【図1】BigDye® Direct Cycle Sequencing Kitを用いたPCR(反応系:10 μL)に用いるプライマー量の検討結果

 

実際にこのサンプルをシーケンスしたところ、既存のキットであるBigDye® Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kitと同様のデータを得ることができました。
これまでほとんど読めなかったサンプルに関しては、やはり解読することが不可能でした。このシーケンスデータを確認すると、プライマー直後から複数の波形が混在する状態になっておりました。これは、PCRの段階で副産物が増えているため、プライマーを再デザインする必要があると考えられます。BDDキットは解読が困難なサンプルを読むキットというより、解読をスマートに行うキットであると感じました。

また、解析プログラムを検証したところ、BDDキット専用のモビリティファイルでは、、M13プライマー直後から正しく解読することが可能になりました。【図2】。

【図2】左:BDDキットのデータをBDv3.1用モビリティファイルで解析
右:BDDキットのデータをBDDキット用モビリティファイルで再解析

 

従来は、プライマー直後が20bpほど読めなかったため、目的領域の数十bp上流にプライマーをデザインしなければなりませんでしたが、BDDキットを使用すると、プライマー直後から解析できるため、プライマーを自由にデザインできます。
今回の試みでは、ノイズが多く発生したプライマーについても、M13テイルを付加し、新たに実験を行いました。その結果、プロトコルに従って解析をしたところ、図3のようにノイズが多かったシーケンスデータが、ほとんどノイズのないクリアなデータになりました。一塩基多型を解析するには、よりベースラインのノイズが少ないデータが望ましく、BDDキットはこの点においても優れた結果を示しました。
【図3】左: BDv3.1キットでダイレクトシーケンシングを実施
右:BDDキットでダイレクトシーケンシングを実施

 

BDDキットでは、PCRプライマーにM13の配列を付加したテイルドプライマーを利用します。ターゲット領域が異なるPCR産物も共通のM13プライマーでシーケンシングできるようになるため、シーケンシングマスターミックスの調製がわずか2チューブで済みました。これまではターゲットが増えるたびにマスターミックスの用意が煩雑になっていましたが、BDDキットでは、まるで1つしかPCR産物がないかのように扱え、多検体処理にも煩わしさを一切感じさせませんでした。
また、シーケンシングマスターミックスはPCR済みのチューブにそのままダイレクトに添加することから、サンプルを取り違える可能性が取り払われました。多くの臨床検体を扱う場合には、移し替えが不要なことは大変役立ちます。
今後、新たにプライマーを合成する際は、常にM13配列を付加し、目的に応じてBDDキットと既存のBigDye® Terminator Cycle Sequencing Kitを併用し、研究に役立てていきたいと思います。

本製品は研究用にのみ使用できます。診断目的および手続き上での使用はできません。
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