東京大学大学院
農学生命科学研究科

今川 和彦 先生

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「先生は獣医学的な見地から先進的なご研究をなさっておりますが、具体的なご研究内容について教えてください。」
哺乳類の胎盤の形は多種多様ですが、形態がどれだけ異なっていても機能は変わりません。
私は、ヒトも含めた哺乳類の胎盤形成に関して、ウシやウマの胎盤のトロホブラスト(子官壁に卵子を付着させて栄養を供給するための組織)に着目した研究を行っています。ゲノム上の内在性レトロウイルスの遺伝子の中にはまだ機能を有する遺伝子があり、胎盤形成に必要な遺伝子発現に関与しているのではないかと考えています。その遺伝子をウシで強制発現あるいはノックアウトさせることにより、妊娠の亢進を図る遺伝子を特定し、将来的な応用利用を考えています。

「次世代シーケンサーを研究に応用した理由はなんでしょうか?」
今までのように、1つまたは数種類の遺伝子を特定しその機能を解明していく方法では、世界の研究スピードに勝てないことがあげられます。また大きな研究費を利用している研究者の責任として、単に日本国内だけでなく世界を見て競っていかなければいけないと感じています。私は18年間アメリカの最先端技術に触れて研究していたので、世界で勝つためには最先端技術である次世代シーケンサーを利用しなければいけないということを切実に感じています。次世代シーケンサーを使えば網羅的な発現情報を得ることができ、この情報と今までに知られている遺伝子の発現情報を照らし合わせながら新しい現象を見つけていきます。これは大量かつ正確なデータを簡単に得られる次世代シーケンサーでなくてはできないことです。

「先生はこの研究を通してどのようなことを成し遂げられたいと考えていますか?」
一つは、農水省関連の大型予算で研究を進めている点で、畜産の現場で功績を上げられる研究成果につなげたいと考えています。私はもともと研究以外にも稲作と肉牛の生産に携わっていた経歴があるので、その思いがひと際強いです。もう一点は、この20年クローンも含めて色々な生殖技術が開発され、日本でもそれらの技術が有効利用されているにも関わらず、日本の畜産、特に牛の繁殖率がコンスタントに減り続け、50%を切ってしまっている現実に焦燥し、国内の畜産業を盛り返したいと思ったからです。これは着床・妊娠成立に問題があると考えられ、その原因を解明したいと考えています。このような観点から大阪大学と進めている共同研究でノックアウトマウスの製作を進めて遺伝子の機能解明を進めていますが、どんなにマウス等で解析しても、遺伝子改変だけでは分からないことがあるのも事実で、今までと異なるアプローチで目的の遺伝子を見つけたいと思っています。

「次世代を使って良かった点や気づいた点を教えてください。」
今まで考えもしなかった遺伝子などが実際見つかってきたのは大きな成果です。そしてデータを解析していく中で気づいたのですが、ウシのゲノム配列は他の大型動物と異なり比較的詳細に調べられているということでした。これはリファレンス配列がデータ解析で必要な次世代シーケンサでは重要で、こういう基盤情報の整備にはその他の応用研究のためにもぜひ手間をかけてほしいです。それと得られたRNAの発現データをチェックするにあたっては、実際に機能遺伝子として登録されているRNAで確実に発現しているかを一つ一つ見極めています。そうして膨大なデータから丁寧に絞り込みを行い、今までのマウスのノックアウトでも見つからなかったような注目すべき遺伝子が見つかったのです。

「これから次世代シーケンサーの導入を検討している人へ、研究を進めるためにはどのような体制を組めばいいかアドバイスをお願いします。」
自分には国立遺伝学研究所のバイオインフォマティシャンの方のご助力が不可欠でした。自分ではできないようなデータ解析の細かい部分を行っていただきました。それでも2次解析後のデータの絞り込みなどを完了するまでに半年程度の時間がかかったのですが、こうしたデータ解析を行う手段やノウハウを持っていない研究者の人には特にこの部分を行うようなプログラムやサポートが必要だと感じました。大学、民間問わず、そうした体制が早急に立ち上がってもらえると嬉しいですね。

先生貴重なご意見をありがとうございました。
(インタビュアー:バイオインフォマティクスサイエンティスト 戸崎 浩和)

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