慶應義塾大学医学部
耳鼻咽喉科学教室

座間 猛 先生

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「先生はノンコーディングRNAに着目したがん研究を進められています。
その成果からどのようなこと(応用)が期待されているのでしょうか?」

がんの発症・進展におけるRNAレギュローム(regulome)の解明を行っています。現在、ゲノム上のほとんど(おそらくは全て)が転写(pervasive transcription)されていると考えられていますが、その転写産物であるノンコーディングRNAは、各々独立して機能するというよりは、互いに協調して遺伝子発現制御を行うRNAレギュロームの一部である可能性があります。このレギュロームを見渡すことにより、これまで個々に目を向けることができなかった機能未知のsmall RNAを含むノンコーディングRNAの協調的な遺伝子発現制御を明らかにし、他疾患への理解にも繋がると考えています。また、この解析によって見出されたものをマーカーとして利用することで、臨床応用への可能性が期待されます。

「次世代シーケンサを研究に応用した最大の理由はなんでしょうか?」
RNAレギュロームの理解には、既知のノンコーディングRNAのみならず、未知のノンコーディングRNAの協調的な遺伝子発現制御を明らかにする必要があります。しかしながら、現在一般的に用いられているマイクロアレイやリアルタイムPCR等の解析手法では、対象とするRNAの塩基配列情報があらかじめ必要であるなど、その原理的な制限から未知のノンコーディングRNAにおける情報を得ることができません。また、既知のノンコーディング RNAに関しても、上記の解析手法に用いる配列情報が特定の組織あるいは疾患に由来することから、たとえこれらに発現変動がなくとも、そのアイソフォームが対象とするがんにおいて異なる挙動を示す可能性を否定できません。そこで、これらの解析を可能にする非常に高感度なdigital expression 解析法に注目し、次世代シーケンサを利用しました。

「どのような事が明らかになったのでしょうか?」
発現レベルが非常に低く、通常の方法では検出できないsmall RNAであっても、それらの疾患特異的な発現変化を捉えることができました。そして、これらの解析結果をもとに設計したプローブを用いて、対象としたsmall RNAの定量発現解析を行いましたが、この結果は次世代シーケンサの解析から明らかとなった発現傾向と一致していました。また、miRNAのデータベースとして英国のSanger Centreが公開しているmiRBaseが知られていますが、ここに登録されている既知のmiRNAに関しても、主として発現しているものを含めその5’側塩基配列の多様性が疾患間で異なりました。これらの結果は疾患ごとに主に標的とするmRNAが異なる可能性を示唆し、今後、定量発現解析に用いるプローブの塩基配列を考慮する必要もあるかと思います。

「次世代シーケンサを利用するにあたって苦労したことはありますか?」
SOLiD解析へのライブラリ作成において、質・量ともに十分なsmall RNAを得るために、検体からそれらの分画を抽出し場合によっては濃縮する必要がありますが、ごく微量の貴重な臨床検体を扱っていたので、採取時から非常に注意を払いました。

「次世代シーケンサSOLiD™ システムを用いた一番の恩恵はなんでしょうか?」
RNAは、相補的配列に対する親和性がDNAと比較して強く、20-30塩基程度のsmall RNAにおいては、標的とするRNAとの分子間結合がその機能を果たす上で非常に重要となります。つまり、これらRNAの一次配列上の変異は、認識する配列との相互作用を変化させ、結果としてその生理機能を変え得ます。そこで、配列の解読にあたっては、ミスリーディングか多型かを明らかにしておく必要がありましたが、SOLiD™ システムの特徴である2ベースエンコーディング法により塩基配列解読の正確性が飛躍的に向上していることは、非常に助かりました。

「今後次世代シーケンサの導入を検討されているお客様にアドバイスはございますか?」
解析にあたっては、ライブラリ作成が非常に重要になるので、特に臨床検体においては、その取り扱い時から細心の注意を払う必要があると思います。次世代シーケンサによって、ただ単に未知の分子を求めるだけでなく、サンプル間での発現変動をある程度捉えることを目的とするならば、このライブラリ作成過程は非常に重要でした。また、出てくる情報量が予想していた以上に膨大であるので、あらかじめ解析対象を絞り込み、必要なものを抽出することを念頭に置かないと、情報解析にのみ追われて目的からずれていく可能性があります。いずれにせよ、これらの解析情報の利用の仕方によって、これまでの手法では明らかにすることのできなかった領域にも踏み込める機会を与えてくれると思います。

先生貴重なご意見をありがとうございました。
(インタビュアー:バイオインフォマティクスサイエンティスト 戸崎 浩和)

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