エレクトロポレーションで蛍光標識タンパク質を効率よく細胞へ導入

山城佐和子氏(京都大学生命科学研究科助教)、渡邊直樹氏(同研究科・医学研究科教授)

「例えば京都の祇園祭で、大通りを埋め尽くす観光客の写真を数分ごとに撮っても、その動きの変化を捉えることはむずかしいですよね。しかし数十人に特定の帽子をかぶせて追跡すれば、全体の動きを把握しやすくなります。同じアイデアを基に、細胞内でアクチン線維の動態を解析する『単分子スペックル(SiMS*)法』を開発しました(1)」。こう話すのは、京都大学の渡邊直樹教授(写真右)。2002年、低密度に発現する蛍光アクチンを目印に細胞伸展縁におけるアクチン線維の重合、脱重合のキネティクスを一分子の動きから高精度に測定。そして2014年、同研究室の山城佐和子氏(写真左)は、蛍光標識アクチンをエレクトロポレーションで、直接細胞に導入することで、この技術を誰もが使いやすい方法に改良しました(2,3)。
*SiMS:Single Molecule Speckle

 

SiMS法でアクチン1分子の動きを追跡
「SiMS法による観察から、細胞内で伸展縁のアクチンは、細胞辺縁のみならず、離れた領域でも盛んに重合していること、約3分の1のアクチン線維が重合後10秒以内に脱重合することを明らかにしました」と渡邊氏。論文はScience誌に掲載され、新たな一分子イメージング手法として注目を集めます。「この時に発表した方法は、GFPアクチン遺伝子をプラスミドで導入して発現させていました。ところが低密度にGFPが発現する細胞を選り分ける作業は非常に難しく、経験や科学的なセンスが必要でした」と渡邊氏はその手法の難しさを語ります。

図1 生きたXTC細胞におけるEGFP-actinの局在
細胞伸展縁にアクチン線維に富む発達した葉状突起(lamellipodia)が観察される。この細胞内のアクチンの動きをタイムラプスで追跡する場合、従来法を使うとアクチン線維の伸長が観察できる。ところが、蛍光アクチン(EGFP-actin)の比率を通常の100分の1以下にしてSiMS法で観察すると、アクチン1分子の動きが観察できる(1, 動画)。


左:エレクトロポレーションで導入した蛍光標識アクチン1分子イメージングの例。DyLight 549 標識アクチンをNeon® Transfection Systemで導入したXTC細胞をタイムラプス観察(1分間)した。細胞内アクチンと共重合した分子一つひとつが可視化され、アクチン線維流動とともに求心的に移動し消失(脱重合)する。

右:同一顕微鏡視野のアクチン線維をライフアクト-EGFPで可視化した像。Bar: 10 μm

 

エレクトロポレーションで蛍光標識アクチンを導入
もっと誰もが使える技術にするために思いついたのが、蛍光タンパク質を直接細胞へ導入する方法。「Neon® Transfection Systemは主に遺伝子導入用の装置ですが、タンパク質へも使えるので試してみました。サンプルチャンバーがキュベット型(図2A)ではなく、ピペットチップ型(図2B)なので、わずか10μLでも実験でき、貴重なサンプルを無駄なく使える点も良いですね」と山城氏は語ります。

図2 Neon® Transfection System(左)とサンプルチャンバーの比較(右)
右図A:キュベットタイプ型(他社) 
右図B: ピペットチップ型(Neon® Transfection System)

「しかも改良法では導入効率が均一なので、実験に適した細胞をほぼ100%の効率で回収できます。以前の遺伝子導入法では発現率がばらつき、目的の細胞は全体の数%程度でしたが、今回の方法は効率良く、手技も簡便。しかも高い時空間分離能(数10ミリ秒で±8 nmの誤差)を達成できました。今後誰もが再現性良くこの新しい技術(eSiMS*)を利用できます(2,3)」と山城氏は改良のポイントをわかりやすく説明します。
*eSiMS:easy, efficient and electroporation-based Single Molecule Speckle

様々な研究への応用に向けて
「現在、eSiMSを使い、厚みのある上皮系の細胞でアクチン線維の重合・脱重合過程を三次元的に可視化することに取り組んでいます」と山城氏。見せていただいたタイムラプス映像では、アクチン分子が平面だけでなく、上下にうねるような動きが観察できます。
さらに渡邊氏は、次のように続けます。「今後この研究を発展させつつ、分子標的医薬品など、薬剤に対する細胞の応答をリアルタイムに解析していきたいと思っています。また、今回の研究では蛍光アクチンを取り込ませましたが、他にも用途は広げられそうです。以前、蛍光標識したsiRNAを試しましたが、細胞内への取り込みをリアルタイムで観察できてとても便利でした。アイデア次第で、面白い使い方がありそうです。改良により、安定した実験系が構築できたので、様々な分野の研究者にぜひ活用してほしいですね」。山城氏らにより、生きた細胞内で一分子をリアルタイムに観察する技術が使いやすく改良されたことで、さらに新たな分野への活用が期待されます。

REFERENCES
1. Single-molecule speckle analysis of actin filament turnover in lamellipodia. Watanabe N. and Mitchison T.J.  Science 295: 1083-1086 (2002)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11834838

2. A new single-molecule speckle microscopy reveals modification of the retrograde actin flow by focal adhesions at nanometer scales.  Yamashiro S, Mizuno H, Smith MB, Ryan GL, Kiuchi T, Vavylonis D, Watanabe N. Mol. Biol. Cell (2014) 25:1010-1024.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25190817

3. An easy-to-use single-molecule speckle microscopy enabling nanometer-scale flow and wide-range lifetime measurement of cellular actin filaments.  Yamashiro S, Watanabe N. Methods in Cell Biol. (2014) in press.