代謝メタボローム解析からGlucose-free DMEMを利用

福田恵一 氏( 慶應義塾大学医学部循環器内科教授)

心筋梗塞や拡張型心筋症の治療を目指す心筋再生医療。ES細胞・iPS細胞から心筋細胞をつくるとき問題になるのが、分化誘導の過程で残る未分化幹細胞です。移植後にがん化する危険のある幹細胞を除去し、心筋細胞だけを大量に集めたい。慶應義塾大学の福田恵一氏はこのニーズに応え、2012年Cell Stem Cell誌に、心筋細胞を大量に純化精製する新手法を発表しました。


心筋細胞だけ大量に集めるには?
当初はセルソーターで心筋細胞を選別していた福田氏ですが、大量精製が難しいのがネックでした。そこで、除去したい細胞と集めたい細胞の代謝の違いに注目します。共同研究者の協力を得てメタボローム解析を行ない、両者の代謝産物が大きく異なることを発見したのです。とくに顕著な差が見られたのが、グルコース分解とDNA・アミノ酸合成に関わる代謝経路でした。増殖が盛んなES細胞・iPS細胞は、DNA・アミノ酸の合成が活発なのに対し、分化した心筋細胞では合成は最小限。また、ミトコンドリアが発達していないES細胞・iPS細胞はピルビン酸から嫌気的にATPをつくり代謝産物である乳酸を積極的に細胞外に放出するのに対し、心筋細胞はピルビン酸の大部分をミトコンドリアのTCA回路に取り込み酸化的リン酸化によって効率よくATP をつくっていたのです。「エネルギー代謝が細胞の種類でかくも異なるのかと驚きました。生命現象としても非常に面白い」と福田氏は語ります。


Glucose(-) Lactate(+)培養下での生存率
(Tohyama S,et al. Cell Stem Cell,2012)
参照:“ Distinct Metabolic Flow Enables Large-Scale Purification of Mouse and Human Pluripotent StemCell-Derived Cardiomyocytes”Shugo Tohyama,KeiichiFukuda et.al. Cell Stem Cell, 12, 1-11 2012
代謝の差を利用した画期的な培養法を開発
福田氏は次に、代謝の差を利用してニーズに見合うシーズをつくろうと考えます。「培養液からブドウ糖を除いて乳酸を加えてやったのです。ES細胞・iPS細胞はブドウ糖なしではすぐに死滅するでしょう。しかし心筋細胞には乳酸トランスポーターが多く発現しているので、乳酸を取り込み生き残ると予測しました」。そこでGibco®のGlucose-free DMEMを採用。無グルコース・乳酸添加培養液でES細胞は3~5時間で死滅しますが、心筋細胞は96時間以上も生き続けました(図)。細胞の生死判別にはLIVE/DEAD®Viability/Cytotoxicity Assay Kitを活用しています。こうして純化精製されたヒト心筋細胞は、免疫不全マウスに移植しても奇形腫は発生しませんでした。まさに心筋再生医療の実用化への道を拓く研究です。

次世代を育てる
論文の第一執筆者は当時大学院生だった遠山周吾氏。厳しい競争、一流論文に名を連ねるチャンスのある研究室は、高い臨床能力と研究能力をもつ医師を育てることを目標としているそうです。わずか1滴の末梢血からiPS細胞をつくる技術でも世界の注目を浴びた福田研究室。基礎研究から臨床応用へ、日本のトランスリレーショナルリサーチを牽引していきます。


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