組織内部の細胞も染色するDNA複製検出用Click-iT® EdUアッセイキットを活用

松永幸大 氏( 東京理科大学理工学部応用生物科学科准教授)


松永氏(左)と実験を担当した大学院生の林耕磨氏(右)。

世界初、“境界細胞”の検出に成功

「植物では、分裂する細胞は根と茎の先端に集中しています。それ以外の細胞では、複製でゲノムが増えても分裂せず、体積を増やして伸長するだけ。もしこの分裂と伸長のバランスをコントロールできれば、自在に植物をデザインできるはず。ですから、その『境界』を見極め、移行する機構を明らかにすることを世界中が注目しています」。こう語るのは、東京理科大学の松永幸大氏。概念として提唱されてきた「境界細胞」を実体として捉えるために、松永氏が注目したのは、細胞中のDNA量と複製のタイミング。活発に分裂する細胞では、ゲノムを2セット持つ2Cから4セット持つ4Cの間を行き来し、一方「境界細胞」は4Cから8Cへ移ったばかりのはずです。この仮説のもと、DNAを染色するSYBR® Greenと複製中のDNAを検出するClick-iT® EdUアッセイキットでシロイヌナズナの根を組織ごと染色。その結果、暗視野の中に鮮やかに二重染色の細胞が浮かび上がりました(図1)。その染色の対比から、世界で初めて「境界細胞」を捉えた瞬間です*。この発見に世界中の研究者から問い合わせが相次いだそうです。
*The boundary of the meristematic and elongation zones in roots: endoreduplication precedes rapid cell expansion. Hayashi, K. et al. Sci. Rep., 3, 2723. (2013)


図1
図1 シロイヌナズナの境界細胞シロイヌナズナの根に1 時間EdUを取り込ませてClick-iT® によりDNA複製部位を検出(赤)。先端部分の分裂領域(体細胞分裂を行う部位で細胞核DNA量は2Cか4C)から伸長領域(核内倍加を行い細胞体積が増加する部位で細胞核DNA量は4C以上)に変換する境界を、SYBR® Green(DNAを緑に染色)との対比染色によりコンフォーカル顕微鏡で観察した。境界には、細胞核DNA量が4C以上になるDNA複製を進行中の境界細胞(白い矢尻、右下の拡大図)が存在することを発見した。白い点線は根の外形、スケールバーは50μm(左)と3μm(右)。

新しい検出法がもたらすもの

新しい検出法がもたらすものDNA複製の可視化には、これまでBrdUが広く使われてきましたが、この方法では組織内部の情報を得るのは困難でした。なぜならサンプルは固定後、塩酸で変性させて抗BrdU抗体で検出しますが、分子量の大きな抗体は内部に浸透できなかったからです。Click-iT® EdUアッセイキットの利点は、BrdUのかわりに同じく核酸アナログのEdUを取り込ませ、検出薬としてアジ化した小さな蛍光物質を用いる点。「植物は細胞壁も厚く、少し心配しましたが、EdU水溶液に植物の根を浸すだけで、組織の内部で起きているDNA複製を簡単に検出できました」と松永氏。「しかも定量性に優れているので、DNA複製中の細胞数を正確に測定でき、細胞周期の長さも測定できます(図2)。わざわざ事前に細胞周期のモニター遺伝子を導入する必要もなくて楽でした。原理は同じですから、動物細胞への応用も期待できますね」と効率よく進めた研究内容について説明します。


図2
図2 シロイヌナズナの根のDNA複製シロイヌナズナの根に3 時間EdUを取り込ませてClick-iT®によりDNA複製部位を検出した。取り込ませる時間と取り込む細胞数は比例関係にあることから、全細胞がEdUを取り込む時間を予測できる。全細胞にEdUが取り込まれた時間から、組織の細胞周期長を計算できる。スケールバーは50μm。

 

夢は“デジタルルーツ” の開発

細胞の分裂と伸長のバランスを制御するしくみを解明したその先に、松永氏が思い描くのは「デジタルルーツ」。根の伸長速度や長さをシミュレーションするシステムです。植物体全体のシミュレーションが可能になれば、薬剤や肥料が与える影響や、品種改良の結果を予想でき、将来的には気候変動がバイオマスに与える影響を判断するツールとなるかもしれません。「可視化したい標的は山ほど」。壮大な目標の前に、可視化システムの技術革新へ大きな期待を寄せています。