Expi293™ Expression Systemで抗体タンパク質を高発現へ

杉山 暁 氏( 東京大学アイソトープ総合センターRI防護・環境保全部門助教)

人体でより効果的に働く低分子抗体scFvの分子設計を目指して
最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の一つ「がんの再発・転移を治療する多機能な分子設計抗体の実用化(中心研究者・児玉龍彦)」として推進されてきた、がんに対する抗体医薬開発。進行したがんは手術しても再発しやすく、また全身に転移すると手術もできなくなりますが、抗体医薬を使えば副作用を抑え、進行がんを治療できると期待されています。東京大学先端科学技術研究センターの杉山暁氏らのグループは、FIRSTで得られた研究成果をもとに、ヒト化抗体や抗原への親和性を高めた低分子抗体scFvの作製を通して抗体医薬への貢献を目指しています。「私たちは、大腸がんの幹細胞に発現している抗原へ特異的に結合するscFvを目印として、抗がん剤をがん幹細胞に適切に届けるために、ストレプトアビジン(SA)とビオチンの強固な結合を利用する方法を検討しています。SAをscFvに付加した状態で体内に投与後、抗がん剤を付加したビオチンを投与することでがん細胞を集中的に攻撃しようというものです」。SAは放線菌由来のタンパク質であるため、体内で抗体が産生されますが、昨年杉山氏らは、低免疫原性化したSAの開発に成功しました。また体内にわずかに存在するビオチンとは反応しないSAの改変も進めています。

Expi293™ Expression Systemを使い、振とう培養でタンパク質を発現中の細胞。培養フラスコに直接8%CO2 を吸入している。
Expi293™ Expression Systemで大量かつ効率的な発現が可能に
親和性や安定性が向上する抗体の候補は、共同研究先からのスーパーコンピューターのシミュレーション結果からも上がってきます。いくつもの候補を検証するため抗体発現系の構築は研究の進行に大きく影響します。そこで採用したのが哺乳類細胞での一過性タンパク質の高発現システムExpi293™ ExpressionSystem。「他社の安定株発現系も試してみましたが、ライセンス料が高く、安定株を得るまでに時間や手間がかかりました。Expi293™は簡単に使え、数日で多量のタンパク質が得られる点がいいですね。従来製品のFreeStyle™と比べても、細胞の生存率や抗体の発現量が大きく向上しています」。杉山氏がこれまで発現させた抗原や抗体は約30種類。培地30mlあたりで10mgほどの抗体が分泌され、200mlあれば結晶化解析に必要な量が得られるそうです。現在テクニシャンと二人で研究を進めている杉山氏。「発現ベクターの構築には、便利なGeneArt® 人工遺伝子合成サービスも利用していますよ」。作業を最大限効率化させ最適な抗体を絞り込んでいます。

結晶化解析とコンピューターシミュレーションの併せ技で挑む
発現した抗体タンパク質と抗原との親和性を確認するとともに、抗体を精製し結晶解析で抗原との反応を分子レベルで確認することで、さらに新たな変異候補が出てくることもあります。「スーパーコンピューターによるシミュレーションで分子を設計するアプローチと、私のように実際に抗体タンパク質を発現させて結晶構造を解析するという両方のアプローチで、分子レベルでの抗体医薬の設計はより確実になるはずです」と杉山氏。副作用が少なく治療効果の高い抗体の分子設計に向けて、着々と研究が進められています。