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逆転写酵素は、RNA をテンプレートとする相補的 DNA (cDNA) の合成に欠かせません。従って、これらの酵素の特性と逆転写における意味合いを深く理解しておくことは、分子生物学実験を成功させるために極めて重要です。
逆転写酵素は、異なる生化学的活性を持つ複数のドメインから成る酵素です。逆転写酵素の主要な機能は、RNA 依存性 DNA ポリメラーゼ活性と RNase H 活性と言えます。しかながら、由来する生物種によって多様性があり、DNA 依存性 DNA ポリメラーゼ活性持った逆転写酵素などが存在します。図1 に示すように、逆転写反応のプロセスは通常、幾つかのステップから成ります。
上記のように、逆転写酵素に本来備わっている性質の 1 つが RNase H 活性です。この活性は RNA をテンプレートとして cDNA を合成さる際に生成される RNA:cDNA ハイブリッドの RNA テンプレートのみを分解する働きを有します[1] (図 2)。RNase H 活性は、逆転写反応の途中で RNA テンプレートも分解してしまうことがあるため、長鎖のcDNA 合成には望ましくありません。また RNase H 活性は、逆転写酵素の活性と競合するため、逆転写効率を下げてしまうことがあります。
cDNA 合成効率を改善するため、逆転写酵素中の RNase ドメインに変異を導入し、本体持つ RNase H の活性を抑制または欠失するように構築されたものもあります。このような変異導入による RNase H 活性の抑制・欠失により、より高収量で長鎖の cDNA の合成が可能になりました (図 3) [2]。
図 3.cDNA 合成における RNase H 活性の影響RNase H 活性を有する逆転写酵素と欠失させた逆転写酵素を用い、それぞれ 9.5 kb、7.5 kb、5.2 kb のサイズの mRNA を逆転写しました。なお反応は反復 (n=2) で行いました。この結果では、RNase 活性を欠失させた RNase H–の逆転写酵素の方が、より効率良く完全長 cDNA を合成できることを示しています。M = マーカー
逆転写酵素の耐熱性は、cDNA 合成における重要なポイントです。高温下で逆転写反応を行うことができれば、RNA テンプレートの中の強固な 2 次構造の形成や高 GC 含量領域の構造を緩和できるため、逆転写酵素の伸長を助けることができます。つまり、逆転写反応をより高温下で行うことができれば、完全長の cDNA を高収量で合成できるため、本来の RNA のプロファイルに近い cDNA を合成することが可能となります。
野生型の AMV 逆転写酵素は、野生型の MMLV 逆転写酵素よりも高い耐熱性を有しています。野生型 MMLV の最適な反応温度が37℃に対し、野生型 AMV は 42~48℃ です。改変型 MMLV 逆転写酵素の中には、逆転写効率にほとんど影響を与えることなく、55°C まで耐性を持つように改良されているものもあります (図 4)。このような高耐熱性の逆転写酵素は、特に GC 含量の高い RNA テンプレートからの cDNA 合成に適しています。
図 4.高温での逆転写反応耐熱性の高い改変型 MMLV 逆転写酵素を用い、様々な鎖長の RNA をミックスしたものをテンプレートとして、反応後、RNA テンプレートを NaOH 処理により除去し、cDNA を変性アガロースゲル電気泳動によって分離後、Invitrogen™ SYBR™ Gold Nucleic Acid Gel Stainにより染色した。結果、酵素は 56.4°C においても 100% の活性を示し、耐熱性を有することを示しています。
ワンステップの RT-PCR において、遺伝子特異的プライマーを用いる場合、高温での逆転写反応はプライマーのターゲットへの結合特異性を高めます。この方法は、PCR における収量を上げ、バックグラウンドを抑えるため (図 5)、耐熱性の高い逆転写酵素を cDNA 合成に使用することは好ましいと言えます。
図 5.高温での逆転写反応は PCR の特異性を高めます。オリゴ (dT) 20 (12.3 kb の mRNA) あるいは遺伝子特異的プライマー (9.3 kb, 7 kb, そして5.5 kb の mRNA) を用いて、4 種の異なる遺伝子の mRNA を、異なる温度で逆転写した結果。55°C における逆転写反応は、RT-PCR においてターゲットに対する高い特異性を示しています。
逆転写酵素の Processivity は、酵素の結合1回あたりに組み込まれるヌクレオチドの数で定義されます。そのため、Processivity の高い逆転写酵素は、短い時間で、より長い cDNA を合成できます (図 6)。改変型 MMLV 逆転写酵素の中には、1 回あたりの結合で 1500 ほどのヌクレオチドを組み込むことができます。これは野生型のものと比べて約 65 倍 の Processivity になります [5]。
酵素の Processivity は、酵素のテンプレートへの親和性にも関与しています。そのため、Processivity の高い逆転写酵素は、RNA サンプルから持ち込まれる阻害物質に対して抵抗性を示します。逆転写酵素の阻害剤の例としては、血液や便に由来するヘパリンや胆汁酸塩、土壌や植物に由来するフミン酸やポリフェノール、そしてホルマリン固定やパラフィン包埋 (FFPE) 試料に由来するホルマリンやパラフィンといったものが挙げられます。これらの阻害剤はしばしば、RNA に結合した状態で存在し、酵素の伸長活性を阻害します [6]。Processivity の高い逆転写酵素はこうした阻害物質の影響に対して耐性を持ります (図 7)。
Processivity の高い逆転写酵素はまた、クオリティの低い RNA サンプルや微量な RNA サンプルにも適しています [7]。Processivity の高い逆転写酵素の特性として、処理工程または RNase 活性の高い環境に置かれ分解が進んでしまった植物や動物組織、臨床サンプル由来の RNA に非常に適しているという点が挙げられます。同様に、微量サンプルにも理想的な酵素です。
逆転写酵素のフィデリティとは、RNA から DNA を合成する際、DNA がテンプレート RNA の配列に対して正確に合成されることを意味します。フィデリティは逆転写反応のエラー率と逆相関します。MMLV ベースの逆転写反応のエラー率は、合成されたヌクレオチド全体の約 1 / 15,000 ~ 1 / 27,000 であると報告されています。また AMV 逆転写酵素では、MMLV より高いエラー率を示すことが報告されています [8-10]。
逆転写酵素のフィデリティは、正確さが重要となる RNA シーケンシングのようなアプリケーションでは重要なポイントとなります。ただ多くの cDNA のアプリケーションでは、逆転写反応中に生じる取り込みエラーはほとんど影響がないと認識されています。その理由として、大部分の発現遺伝子 (RNA) は 10 kb 以下のサイズである点と、逆転写反応の工程で生じる cDNA 中のエラーは増幅されない点が挙げられます。
逆転写酵素には、Terminal nucleotidyl transferase (TdT) 活性を有するものもあり、この活性により合成された DNA の 3′ 末端に、テンプレート非依存的にヌクレオチドを付加されます。TdT 活性は逆転写酵素が RN Aテンプレートの 5′ 末端まで到達された場合にのみ生じる活性で、1~3 個の余分のヌクレオチドを cDNA の末端に付加します。また、2本鎖の核酸基質 (例えば、first-strand cDNA 合成における DNA:RNA 鎖や、second-strand cDNA 合成における DNA:DNA 鎖) に対して特異性を示します。付加されたヌクレオチドはテンプレートに対応していないため、この内因性の活性は一般的には望ましくないものです。テンプレート非依存的なヌクレオチドの付加は、一般的に、A>G≥C>T という順番での選択性で生じます [9,11]。
逆転写酵素の種類によって、内因性 TdT 活性のレベルも様々です。野生型の MMLV および AMV 逆転写酵素の場合、合成された DNA 鎖の 25~90% が 3′ 末端に余分なヌクレオチドを含んでいます。一方、改変型 MMLV 逆転写酵素では、内因性 TdT 活性は抑制されている傾向があります。ヌクレオチド付加されるレベルは、逆転写酵素の選択に加えて、RNA と酵素の比率、酵素量、インキュベーション時間、反応温度、などの条件にも依存します [9]。
完全長cDNAクローニングや、RACE法(rapid amplification of cDNA ends )、RNAシーケンシング(RNA-Seq)などのアプリケーションでは、cDNAの3′末端に連続したCを付加するために意図的にTdT活性を有する酵素を選択する場合もあります。このようなタイプの TdT 活性は、高濃度のマグネシウムやマグネシウムイオン存在下で、cDNA 合成中、あるいは反応後半に誘導されます [12,13]。3′ 末端に連続した G を持つように設計した DNA オリゴ (テンプレートスイッチングオリゴと呼ばれます) と組み合わせれば、TdT 活性によって cDNA の 3′ 末端、および RNA の 5′ 末端を特異的に修飾することができます (図 8)。このような TdT 活性を利用した修飾は、以後の cDNA クローニングステップのための特定配列の付加や、RNA シーケンシングステップのためのアダプターの付加などに利用されています [14-16]。
本稿で紹介した逆転写酵素の内因性の性質は、cDNA 実験で目的に合わせて利用したり、コントロールをすることができます。遺伝的多様性やレトロウイルスによるレプリケーションのような、酵素の本来の役割を探る研究を開拓することも重要ですが、逆転写酵素は遺伝子発現解析や cDNA シーケンシングのような様々なアプリケーションに役立つ、分子生物学者のための重要なツールであることを紹介しました。
For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.