逆転写 (RT) はリアルタイム PCR において大変重要なステップです。いくつかの RT キット製品が販売されていますが、製品間の違いは主に使用している酵素が細菌 (rTth) あるいはウィルス由来 (例:M-MuLV または AMV) 、および RT に用いられているアプローチの種類 (ランダムヘキサマー、oligo-dTまたは特異的なリバースプライマー) にあります。ウィルス由来の酵素は、細菌由来の酵素 (60-72 °C) よりも低い温度 (35–50°C) で作用し、細菌由来の酵素は、GC リッチのテンプレートや特に複雑な二次構造をもつテンプレートにおいてよりよく作用します。選択したキット/方法によって、逆転写および PCR増幅を同一チューブ内で行うワンステップ操作、あるいは逆転写と PCR 増幅を別々に行うツーステップ操作を用いることができます。

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逆転写がうまくいかない理由として考えられるのは:

逆転写反応の効率を左右する要因:

開始テンプレートの品質

遺伝子発現ワークフローにおいて、RNase による RNA の分解を防ぐためには、RNA を安定化することが非常に重要ですが、高収量・高純度の核酸を確実に得ることができ、PCR 阻害物質を完全に除去できる抽出法を選択することも同じく重要です。抽出法を選択する際は、出発材料 (血液、組織、生検サンプルなど) だけでなく、相対的な RNase 活性および核酸含有量も考慮する必要があります。Applied Biosystems の Ambion RNA Isolation キットは、RNA の回収において最大の収量と効率、PCR 阻害物質の完全な除去を実現します。

開始 RNA の定量

過剰な開始テンプレート量による、 逆転写 ステップにおける効率の低下を防ぐため、逆転写反応を行う開始テンプレート (RNA) を正確に定量することは基本です。定量は、スペクトロメトリー、蛍光定量法などで行うことができます。しかしこれらで可能なのは、260nm での吸光度の測定による RNA 定量、および 吸光度比 A260/A280 および A260/A230 の測定によるタンパク質および塩混入の有無を判断することのみです。RNA 品質の評価は、RIN インデックス (RNA Integrity Number) を測定することで行います。

逆転写酵素およびプライミングの種類

自家製や市販のキットによって、用いられている方法は異なります (ランダムヘキサマー、oligo-dTまたは特異的なリバースプライマー) 。逆転写反応の効率を最大化するためには、ウィルス由来の酵素 (M-MuLV)、ランダムヘキサマーあるいはランダムヘキサマーと oligo-dTs をミックスしたプライマーで逆転写反応を行う市販のキットを使用します。Applied Biosystems High Capacity cDNA Reverse Transcription キットは、テンプレートのインプット量の増加とともに、多くの異なるターゲットにわたり優れたリニアリティを示し、キャパシティ、効率において高い性能を提供します。

逆転写のケミストリの評価・選択方法の詳細は、「Guide to Performing Relative Quantitation of Gene Expression using Quantitative Real Time PCR」 の20ページをご参照ください。

RNA インプット量が、RT 反応液の量に対して至適ではない

逆転写反応液に添加する適切な RNA 量とは?

適切な RNAインプット濃度の範囲に影響を与える要因には、サンプル品質 (これはサンプルの由来/種類および使用された RNA 単離プロトコルに影響されます) 、実験においてアッセイの対象となる遺伝子の発現量および逆転写キットなどがあります。

すべての逆転写キットは、もっとも高い RNA 濃度を推奨しています。そのようなガイドラインは、良い出発点にはなりますが、定量実験においては必ずしも完全に信頼できるガイドラインではありません。特定のサンプル種および/または RNA 単離プロトコルにおいては、上限はより低いことがあります。また、高発現遺伝子- 特に 18S のような正規子遺伝子 (内在性コントロール) は、逆転写反応における RNA 濃度の上限を上げる余地がより少なくなります。

逆転写効率が下がることによる結果のひとつが、RNA から cDNA への低い変換効率で、これはサンプルを無駄にすることにつながります。場合によっては、RNA 濃度が低くても、RNA 濃度が高いときと同様に (より最適とまではいかなくても) 最適な場合があります。

下図では、リアルタイム PCR を実施する前に、RNA の希釈系列をそれぞれ逆転写反応で cDNA に変換しました。すべての反応はトリプリケートで行われました。

linear revere transcription

開始 RNA 濃度がより低い4つのケースについては、リニアな逆転写反応が確認できます。しかし、もっとも高い RNA 濃度については、逆転写反応液の容量を超える RNA インプット量の影響が見られます。この場合、逆転写反応効率の低下は、両方の遺伝子において同等であることが見てとれます。

RNA に逆転写反応阻害物質が存在する

濃度の高い RNA サンプルには、逆転写反応を阻害する化合物がかなり含まれています。この阻害を防ぐためには、サンプルを (阻害物質とともに) 希釈します。ターゲットおよびコントロール遺伝子とも、同じ割合で逆転写反応が抑制されていると考えられます。そのため、唯一の好ましくない結果としては、より濃度の高いRNA から抽出される cDNAが少なくなることです。しかしながら、倍数変化の計算に影響を及ぼす可能性は低いといえます。

下図で示されているとおり、より大きな問題は、RNA 濃度がより高くなると、正規化遺伝子の逆転写反応効率が次第に低くなることです。一方で、より発現量の低いターゲット遺伝子の逆転写反応効率は変わりません。

リニアな逆転写反応。 RNA 濃度がより低い4つのケースについては、リニアな逆転写反応効率が確認できます。しかしながら、RNA 濃度がもっとも高いケースにおいては、正規化遺伝子の逆転写反応はターゲット遺伝子よりも大幅に大きな影響を受けています。

このような差が発生すると、最終的なサンプル間の遺伝子発現データは必然的に不正確になります。これは、逆転写反応効率の差が発生した結果、増幅されるコントロールおよびターゲット cDNA の相対量がサンプル間で異なってくるためです。つまり、最終的な倍数変化のデータが信頼できない可能性があるということです。一番の問題は、TaqMan®アレイの増幅曲線は完全に正常に見えるため、このような問題が起こっていることに気付かない可能性があることです。

ソリューション:

  1. 過剰量の RNA を使用しないこと- RNA 希釈曲線を用いて、使用する適切な RNA 量を判断しましょう。
  2. RNA 希釈曲線のサンプルのひとつを使用すること- 他のすべてのサンプルと一貫性のある方法で単離されたサンプルを使用することが重要です。
  3. サンプル調整方法、対象の遺伝子および使用する逆転写キットを考慮して、最適な RNA インプット量の範囲を判断します。バリデーションを行う最善の方法は、まず代表的 RNA を準備し、ヌクレアーゼフリー水で段階的に希釈します。
  4. RNA の希釈系列を、それぞれ逆転写反応で、同じ反応液量を用いて cDNA に変換します (下図参照)。

    RNA の希釈系列を cDNA に変換。代表的 RNA サンプルの希釈系列を作製します。次に、それぞれの希釈系列を、同じ逆転写反応液量を用いて cDNA に変換します。       

  5. cDNA を増幅して作成された曲線を評価し、そこから RNA インプット量のすべての範囲における逆転写反応効率の一貫性を判断することができます。
  6. SDS ソフトウェアでの実験の設定は、Relative Quantification(相対定量) (ΔΔCt) テンプレートではなく、Standard Curve(標準曲線) (Absolute Quantification絶対定量) テンプレートを使用 - これで、ソフトウェアによって解析中に遺伝子ごとの希釈曲線が作成され、すべてのアッセイの逆転写反応効率のリニアリティを評価することができます。

 下図は優れたリニアリティの例です:

すべての開始 RNA 濃度においてリニアな逆転写反応

この場合、すべての開始 RNA 濃度において、コントロールおよびターゲット遺伝子がリニアな 逆転写反応効率を示しています。つまり今後は、同じサンプル種やサンプル調整方法を用いて、無希釈サンプルあるいは1:10 および 1:100 希釈に相当する RNA 濃度で、逆転写のプロセスを開始することが可能ということです。

しかしながら、すべての希釈割合において曲線がリニアでない場合は、コントロールおよびターゲット遺伝子がリニアリティを示す範囲内に収まるよう、使用する RNA 量を減らします。

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.