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大場雄介 氏(北海道大学大学院 医学研究科生理学講座細胞生理学分野 教授)
生物学にとって欠かせない技術となった蛍光バイオイメージング。北海道大学の大場雄介氏は、分子標的医薬品の薬効評価法の開発等にこの技術を応用しています。具体的には、細胞内のシグナル伝達をモニターするFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)バイオセンサーを細胞内に発現させ、生きた細胞で薬効を評価したり、細胞の機能解析を進めています。
FRETバイオセンサーでキナーゼ活性をモニター
慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia, CML)の原因タンパク質であるBCR-ABLはチロシンキナーゼ活性を有し、細胞内で異常なシグナル伝達を引き起こします。大場氏らは、2010年にFRETを利用してBCR-ABLの活性を測定するバイオセンサー「Pickles」を開発しました。Picklesは、基質となるCrkLの両端に2つの蛍光タンパク質CFPとYFPを結合させたもの。CrkLがリン酸化されるとPicklesの構造が変化し、両端のCFPとYEPが近接して、CFPからYFPへエネルギー遷移が起き、検出される波長が変化します。大場氏は、PicklesでBCR-ABLのキナーゼ活性をモニターすることで分子医薬品の薬効を迅速に評価できることを示しました。さらに、非小細胞性肺がん細胞に対するチロシンキナーゼ阻害薬の薬効評価に適用できないか研究を発展させています。
非小細胞性肺がん細胞へ効率よくトランスフェクション
しかし非小細胞性肺がん細胞は、遺伝子の導入効率が低いことで知られていました。大場氏によると、「様々なトランスフェクション試薬を試してみましたが、他社製品での導入効率は2~3%、Lipofectamine® 2000でも10%程度でした。しかも遺伝子が導入できても細胞の生存率が低く、計画した実験をすべて行うことが難しい状況でした」。フローサイトメトリーで生きたままの細胞を回収し、各種解析を行う大場氏にとって、導入効率と生存率は実験効率を左右する重要な要因。そこで、新しいLipofectamine® 3000を試すことに。3種類の非小細胞性肺がん細胞で、導入効率・生存率がそれぞれ向上しました(図参照)。「フローサイトメーターで分離後も、細胞が元気なのでいろいろな解析ができます。また遺伝子導入時の条件検討が要らない点も良かったです。これまでの試薬では細胞ごとに5~6種類の条件検討を行っていましたが、Lipofectamine® 3000は示されたプロトコールで十分に高い導入効率が得られました。複数の細胞で比較するときも楽ですね」と大場氏。トランスフェクションが困難な細胞を扱う研究に向いているとコメントします。
FRETバイオセンサーのさらなる発展に向けて
「今後は、FRETバイオセンサー技術を他のがんへの薬効評価法として拡げるとともに、薬剤耐性の細胞を単離し、基礎科学の観点からもその機序解明に取り組みたい。将来的には、治療前から個々の患者さんに対する薬の有効性を判定したり、治療中に薬剤耐性細胞の有無を検出することで、効果的な治療を効率的に行う医療へとつなげていきたい」と大場氏。FRETを活用した新技術が、個別化医療の実現や新たな治療法開発の一翼を担いそうです。
[実験メモ]
細胞種:ヒト肺がん細胞
細胞コンフルエンシー:60-70%
プロトコル:マニュアル通り
目的:FRETバイオセンサータンパク質の発現
2種類のLipofectamine® 試薬でトランスフェクション後、フローサイトメーターで生細胞を分取し(上段、黒枠ゲート内部分)、それぞれのトランスフェクションにおける蛍光強度(FL1)を測定しました(下段、赤)。下段青はコントロール。Lipofectamine® 3000(右)は、Lipofectamine® 2000(左)に比べ生存率が高く(15%から21%に増加)、導入効率も向上(5.7%から21%に増加)しました。