ヒト幹細胞の基礎研究を、より効率的に応用研究へつなげたい!
関根圭輔 氏(横浜市立大学 大学院医学研究科 臓器再生医学助教)

武部貴則 氏(横浜市立大学 大学院医学研究科 臓器再生医学助手)

横浜市立大学の臓器再生医学研究グループ(教授:谷口英樹氏)は、世界で初めてヒトiPS細胞から血管構造を持つ機能的なヒト臓器を創り出すことに成功しました。*世界中の多くの再生医学研究者が、iPS細胞を組織の主要な機能を有する実質細胞に分化させることを競う中、研究グループは、iPS由来細胞を含む未成熟な複数の細胞を共培養し、臓器そのものから創り始めます。そしてその臓器の原基(臓器の種)を生体内に移植し、自律的に三次元構造を有する臓器に誘導するという画期的なアイデアで臓器再生に挑みました。

* Vascularized and functional human liver from an iPSC-derived organ bud transplant Takebe T, Sekine K, et al. Nature 2013 Jul 3. doi: 10.1038/nature12271

臓器の原基が胎内で形成される過程を模倣する
発生初期段階の肝臓の原基は、単純なシート構造の内胚葉細胞(Hepaticendoderm)の集団より形成されています。これらが任意のタイミングで隣接する血管や間葉系の細胞と混ざり合いながら、3次元的な組織構造を持つ原基を形成します。研究グループは血管や間葉系細胞との相互作用を人為的に再現することで、試験管内でも内胚葉細胞から立体的な肝臓の原基を誘導できるという仮説を立て、検証しました。


図 iPS細胞からヒト肝臓の原基(臓器の種)を誘導
(横浜市立大学プレスリリース資料より)
iPS細胞からヒト肝臓の原基を誘導
彼らは、iPS細胞を分化させた肝臓の内胚葉細胞、血管内皮細胞、間葉系細胞という3種類の細胞を特殊な状況下で培養して、48時間後には立体的な肝臓の原基「肝芽」が自律的に形成(右図上)することを観察しました。この過程でiPS細胞由来の内胚葉細胞が効率的に肝臓の前駆細胞へと分化誘導されるとともに、血管の細胞はネットワーク様の構造を形成することを確認しています(右図下)。

ヒトiPS細胞由来肝原基移植による効果
この肝臓の原基である「肝芽」をマウスへ移植すると、48時間という早期に血流を持つヒト血管網を再構成し、最終的にタンパク質の合成や薬物の代謝などヒトの肝臓に特徴的な機能を持つ組織へと成熟しました。さらに薬剤により肝不全を発症する免疫不全マウスへ移植したところ、非移植群のマウスと比較して有意に生存率が改善されました。生体内で分化誘導されたヒト肝細胞が肝臓の総合的な機能を発揮し、治療効果を高めることが示唆されました。

今回の研究を担当した武部氏(写真右)は、「驚きだったのは、移植すると即座に血管が流入して成熟化のプロセスがはじまること。生体内でも同じように肝臓の基は血管ができる前にできており、その後血液が流入して成熟した肝臓になっていきます。私たちの系では、そのシステムを試験管内と生体内に切り分けて模倣できた」と語ります。さらに「この分化の過程を可視化、追跡するためにヒトiPS細胞にGeneArt®Precision TALs*のゲノム編集でGFPをノックインしました。レトロウイルスによる導入法では、分化や時間経過に伴いGFPが消失する問題がありましたが、ノックインだと肝臓の前駆細胞が分化し、形態が肝細胞へと変化していく過程を、試験管内だけでなく移植後のマウス生体内でも追跡できたんです」と続けます。共同研究者の関根氏(写真左)は「将来的には、患者に移植できるレベルにもっていくため、iPS細胞の安全性や品質管理など、今回開発した培養技術の精度を高めていきたい」と語ります。「細胞の分化誘導」という従来の開発概念から脱却し、異なった細胞種の時空間的な相互作用を活用した「臓器の再構成に基づく分化誘導」を実現する革新的な3次元培養技術。その発展に大きな期待が寄せられます。

*脚注:GeneArt® Precision TALsは、ゲノム編集用のDNAを合成するライフテクノロジーズのサービスです。DNA結合部位はTALエフェクターをベースに合成し、機能ドメインは4種類から選択できます。詳しくはNEXT No.19とNo.20のテクニカルレビュー、もしくはこちらから


関連リンク