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大西伸幸氏(慶應義塾大学 医学部先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門 特任助教)
現在も効果的な治療が確立されていない悪性脳腫瘍。これまでの研究はヒトがん細胞株をマウス脳に移植する手法で行われてきました。それに対し、慶應義塾大学医学部の大西伸幸氏らは、より正常に近い細胞を移植し、脳内でのがん化プロセスを調べるマウス脳腫瘍モデルの開発を進めています。新しい研究アプローチでこの難病に挑む大西氏(写真左)にお話を伺いました。
脳腫瘍モデルの構築
近年大西氏らのグループはヒト悪性脳腫瘍において高頻度に異常がみられるInk4a/Arf 遺伝子欠損マウスの神経幹細胞にH-RasV12 遺伝子を導入し、マウス脳内に移植することでマウス脳腫瘍モデルを構築しました。「現在様々ながん遺伝子を導入した神経幹細胞を作製中です。例えばMycは学部生の松田紘典さん(写真右)が進めています。また単一の遺伝子を誘導的に発現させることでがん化を引き起こすものも含まれています。このようながん遺伝子を導入した細胞を私たちは人工がん幹細胞(induced CancerStem Cells; iCSCs)と呼んでいます」と大西氏。「様々な遺伝子を導入したiCSCsによって脳内で細胞がどのようにがん化していくか、その仕組みを明らかにしたい」と語ります。
トランスポゾンへの導入とLipofactamine® 3000の使用で研究を加速
これまで遺伝子導入効率が高いレトロウイルスを使い、正常細胞にがん遺伝子を導入してきた大西氏。しかし導入時の細胞へのダメージが避けられず、別の方法を試すことに。「レトロウイルス作製細胞の培養時に使用する血清は神経幹細胞を分化させてしまうので、ウィルス感染時に残存血清を極力減らす努力をしてきました。しかしトランスポゾンへ直接導入すれば血清の混入を排除でき、細胞樹立の時間も短縮できると考えました。しかし問題は導入試薬。最初に使った試薬は導入効率が低く使えませんでしたが、Lipofectamine® 3000を試したところ、導入効率も細胞あたりの発現量も向上しました(図1、2)。さらにこの発現細胞を選択マーカーで濃縮後、レトロウイルス作製細胞と比較すると、驚いたことに今回の導入法の方が細胞あたりの発現量も高かったんです(図3)」。さらに実際にマウスへ移植したところ、「レトロウイルスを使用した場合は腫瘍ができるまで2か月弱ほどかかり、死亡する日数にもばらつきがありましたが、今回の導入法では2週間ほどで同じ日に5頭中5頭すべてのマウスが発症し、死亡するという結果を最初の実験で得ました」と大きく加速した研究について話します。
脳内のがん化に関わる責任分子の特定を目指して
「がん遺伝子を導入したiCSCは、培養時は正常な細胞という認識です。この細胞を脳に移植すると、周囲の細胞との相互作用でがん化が起こると考えています。今後はヒトiCSCをヌードマウス脳内に移植し、がんの発症に関わる遺伝子やシグナル伝達の変化を解析していけば、この仕組みが詳細に分かってくるはずです」と大西氏。正常細胞が脳内でがん化していく瞬間を、現行犯でとらえられる日も近いかもしれません。
[Lipofectamine® 3000 実験メモ]
細胞種: 神経幹細胞
細胞コンフルエンシー: 60-70%
プロトコル: マニュアル通り
目的: タンパク質発現と移植後のがん化
図1. 導入効率の比較
24時間後の導入効率をクサビラオレンジの発色で比較。左は他社製品F、右はLipofectamine®3000の結果。
図2. 遺伝子発現量の比較
遺伝子導入6日後の細胞あたりの発現量を蛍光量で比較。
測定は、Attune® Acoustic Focusing Cytometerで行った。
図3. 遺伝子発現量の比較
レトロウイルスによる導入(オレンジ)とLipofectamin®3000を用いたトランスポゾン直接導入法(他社PiggyBac使用)
(赤)の比較。測定は図2と同じシステム。