qPCR 結果において、サンプルまたはコントロールにおける遺伝子発現レベルが非常に低いことが時々あります。これが予期しない結果である場合、この結果が正確なのか、実験デザインに問題はないのか、あるいはサンプルの完全性に妥協はないのか考えることになります。

その際の一つの選択肢は再度実験を行うことです。一方で、National Center for Biotechnology Information(NCBI)データベースなどのオンラインリソースを用いて、特定の組織タイプの遺伝子発現結果が他の研究者の結果と一致しているかについて確認することができます。NCBI データベースでの検索は迅速かつ簡単で、時間と労力を要する文献検索を回避することができます。データベース情報にアクセスすることは、結果により信頼性を与えたり、実験や実験デザインを最適化することにつながります。この参考資料は、目的の実験で検証済みの適切なコントロール組織を選択するのにも役立ちます。いくつかの事例をお読みになり、これらのリソースが有益であることを認識し、信頼して使用する方法を見つけてください。

遺伝子発現情報のオンラインデータベースを調べることでベネフィットが得られるいくつかの例を挙げます。

シナリオ 1:研究者は、VEGFA 遺伝子発現を増加させることで知られる薬剤で処理したヒトリンパ組織細胞における血管内皮細胞増殖因子 A(VEGFA)遺伝子発現について調べました。この qPCR 実験では、処理細胞および未処理のコントロール細胞における VEGFA 発現がいずれも無視できる程度であることが示されました。

このわずかな発現は本当の生命現象なのでしょうか? それとも、qPCR 実験上の問題によって生じたものでしょうか?この問題を解決するために、研究者は NCBI データベースを使用して、ヒトリンパ組織において予測される VEGFA 遺伝子発現量を確認しました。

結果:データベースの情報に従って、ヒトリンパ組織における VEGFA 発現量は極めて低いのか、または無視できるのかについて考察が行われます。これは、研究者による qPCR 実験結果が正確であった可能性が高いことをを意味します。このことを確認するために、研究者は オンラインデータベースを再度使用して、VEGFA がより高く発現していることが予測される組織を検索し、ヒトリンパ組織を特定しました。

この qPCR 実験を検証するために、ポジティブコントロールとしてヒトリンパ組織由来の細胞を使用しました。リンパ組織サンプルにおいて有意な VEGFA 発現が認められたため、リンパ組織サンプルにおけるわずかな発現量に再度着目しました。これが確認されたことで、この qPCR 実験は予測通りに実施され、その結果は正確であったことが確認されました。

シナリオ 2:研究者は、血管新生促進剤で処理したマウス腎組織におけるエフリン B2(Efnb2)遺伝子発現について解析しました。処理した腎組織サンプルと対応するコントロールサンプルを用いて qPCR 実験を実施したところ、処理マウスおよび未処理コントロールマウス由来のサンプルにおいてわずかな Efnb2 発現が確認されました。その後、NCBI データベースを検索し、マウス腎組織において予測される Efnb2 発現量を確認しました。

結果:オンラインデータベースを用いて、マウス腎組織で Efnb2 は発現しているが、他のマウス組織よりも相対的に低レベルでの発現と予測されることがわかりました。データベースを用いて、Efnb2 発現レベルの高いマウス組織を検索し、関節組織を特定しました。マウス関節組織由来の細胞をポジティブコントロールとして用い、この qPCR 実験で Efnb2 発現を検出できることが確認されました。腎臓サンプルにおける Efnb2 発現レベルが低いことが検出を困難にしていると推測されました。

研究者は、低レベルの Efnb2 遺伝子発現を感度よく検出できるように qPCR 実験の最適化を行いました。qPCR 反応における相補的 DNA(cDNA)量を増加させ、マウス腎組織で通常低レベルで発現している異なるハウスキーピング遺伝子が選択されました。これらの変更により、マウス腎臓サンプルにおいて Efnb2 発現を良好に検出するのに成功し、薬剤処理サンプルにおける Efnb2 発現の有意な増加が確認されました。

上述のシナリオでは、いずれの研究チームも、qPCR 実験で予測しない結果が得られた後に予測される遺伝子発現レベルを検索しました。特に、特異的な細胞または組織ソースを用いる場合や、初めて調べる特異的な遺伝子の場合、実験前に NCBI データベースで調べておくことも有用でしょう。これにより、適切なコントロール組織を選択することも、選択した組織において予測される遺伝子発現レベルを前もって知っておくこともできます。このことは、より正確に結果を予想したり、遺伝子発現レベルが非常に高かったり低かったりする場合に先んじて実験手順を最適化する助けになるでしょう。

これらの二つのシナリオを念頭に置いて、これらのオンラインリソースの使い方を学びましょう。シナリオ 1 のヒトリンパ組織における VEGFA 遺伝子発現について、ステップバイステップの例を示します。

  1. オンラインの NCBI Gene Database にアクセスします。これは、一般的に公開されている、マイクロアレイ実験などの遺伝子発現データのオンラインデータベースです。これらの遺伝子発現データは、主として生物種や組織ソースごと、データによっては腫瘍サンプルなどの疾患組織ごとにリスト表示されます。

  2. 遺伝子名「VEGFA」をテキストボックスに入力し、「Search」をクリックします。

  3. 遺伝子レコードのリストが現れます。一番上にヒト遺伝子が「vascular endothelial growth factor A [Homo sapiens (human)]」の遺伝子名とともに表示されます。その他のレコードは、他の生物種における VEGFA 遺伝子が表示されます。「ヒト遺伝子」のエントリをクリックします。

  4. VEGFA の遺伝子レコードのページが表示されます。スクロールダウンすると、多くの情報を閲覧できます。今、関心があるのは、さまざまな組織において予測される発現レベルです。種々の組織における相対的な発現レベルを閲覧するためには、「Table of Contents」セクションのページの右側の「Expression」リンクをクリックします。遺伝子レコードの関連する部分が表示されます。VEGFA 遺伝子に関しては、さまざまなヒト組織の相対的な遺伝子発現データがグラフに表示されます。この遺伝子レコードのデータは、95 名のヒトボランティア由来の 27 種類のヒト組織のハイスループット RNA シーケンシングに基づいています。このグラフは、予測される遺伝子発現レベルを最初に素早く確認するのに理想的です。このデータセットには、関心の対象である特定の組織(「リンパ組織」)は含まれませんが、他の組織に比べて発現量の非常に低い「リンパ節」は含まれます。そうは言っても、関心の対象である「リンパ組織」をどこかで確認する必要があります。

  5. 遺伝子レコードの右側の「Unigene」リンクをクリックします。そうすると、VEGFA Unigene レコードにリンクします。レコードをクリックしてアクセスし (それはリスト表示の1 つである必要があります)、「Gene Expression」セクションまでスクロールダウンして、「EST Profile」リンクをクリックし、VEGFA の「EST Profile」にアクセスします。Expressed Sequence Tag(EST)とは、200 ~ 500 塩基の短鎖ヌクレオチド配列で、遺伝子のごく一部分に当たります。研究者は、EST を見つけたら、その組織名とともに EST データを NCBI データベースに提出することができます。遺伝子の EST プロファイルには、特定の組織の所定の遺伝子において見つけられた関連する EST 番号の表およびグラフ形式の表示が含まれます。これにより、おおよその相対発現レベルが提供されます。

  6. VEGFA EST Profile は、さまざまなヒト組織について EST カウント数を提供します。各組織の行に記載されている分数表示は、特定の遺伝子に関する EST 数をそのグループにおける EST 数で割ったものです。このデータベースは、百万あたりの転写産物において標準化された発現値も提供しますので、組織間の発現レベルを簡単に比較することができます。VEGFA EST プロファイルのリスト中の「リンパ組織」を検索すると、登録済みのリンパサンプルでは EST が検出されていないことが確認できるでしょう。VEGFA 発現量の高いコントロール組織を特定するためにリストに目を通すと、百万あたり 343 転写産物で VEGFA が発現していることが予測されるリンパ組織を含むいくつかの候補を見つけることができます。そのため、リンパ組織サンプルは、VEGFA 発現の qPCR 解析用のポジティブコントロールに適している可能性があります。

Unigene EST データベースを用いることは有用で便利なことですが、このデータベースは特定の組織において予測される発現量を見積もるだけで、高度に正確で包括的な遺伝子発現レベルに関するガイドではありません。cDNA ライブラリを作製する組織または細胞サンプルは厳密に定義されていません。これは、このデータベースが予測される遺伝子発現レベルについて非常に大雑把な評価指標を提供することを意味します。そうは言っても、このデータベースは、予期しない qPCR 結果が得られた際のトラブル解決に有用なツールとしてまず最初に利用されます。また、有望なコントロール組織サンプルを特定し、実験を計画するのに役立てる助けになります。

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.