定量的データの質を表す二つの重要なパラメータは、正確度と精度です。
- 正確度とは、理論上変動が存在しないとした実際の値あるいは真の値に測定値がどれだけ近いかを示す尺度です。 正確度の誤差は、測定結果の値が真の量的値から一貫して離れていることを示します。
- 精度とは、複数の測定結果間のランダムな変動の度合を示します。
qPCR 実験における精度が向上することで、核酸のコピー数または倍率変化のより小さい差の識別が可能になります。測定を複数回繰り返すと、再現性を測定し、実験の精度を評価することができます。
精度の重要性
定量にとって精度は重要です。なぜなら、変動は結果の意義に影響を与えるからです。 変動が小さいと、結果の一貫性が高まり、統計検定において遺伝子量の倍率変化を識別する能力が向上します。 変動が大きいと、結果の一貫性が低くなり、統計検定において遺伝子量の倍率変化を識別する能力が低下します。 変動が大きい場合は、コストが増加することになりますが、反復数を増やして識別能力を向上させる必要があります。
精度は、定性試験にも影響を与える可能性があります。 変動が過度に大きい場合は、真の陽性サンプルが陰性として記録される可能性もあれば、その逆もあります。
精度値
変動係数(CV)は、精度の尺度で、標準偏差をレプリケート群の平均測定値で割った値です。 CV は、多くの場合、パーセンテージで表示されます。 システム精度のベンチマークとしての Applied Biosystems ブランドの リアルタイム PCR 装置の装置性能仕様には、最大 11% CV でのカットオフ機能が付いています。 性能検証試験には、多くのテクニカルレプリケートが必要とされることにご留意ください(例:96 ウェルプレートでは 72 レプリケート) 。
標準偏差(SD)とは、正規分布する母集団の一部の領域を示すもので、母集団の平均に相対的な値です。 例えば、正規分布する母集団の平均から ±1SD の間の領域内にデータが含まれる確率は約 68%になります。 SD は、それ自身は精度の尺度ではありませんが、CV を算出する上で非常に重要です。
標準誤差(SE)とは、サンプリングエラーの評価尺度で、測定された平均値が母集団の真の平均値からどれくらい離れている可能性があるかの上限と下限の境界を示します。 SE は、SD を反復数の平方根で割った値です。 SE には、SD との互換性はありません。
レプリケート
リアルタイム PCR において使用される最も一般的な 2 種類のレプリケートは、テクニカルレプリケートと生物学的レプリケートです。
- テクニカルレプリケートとは、同一アッセイで同一サンプルを増幅させる反復実験のことです。 増幅は、同一のテンプレート調製と同一の PCR 試薬が用いられた複数のウェルで実施されます。テクニカルレプリケートを設定することで、例えば一つのウェルで増幅が失敗しても他のウェルで成功している場合、データは保護されます。 テクニカルレプリケートは、システム精度の見積もり、実験変動の改善、潜在的な外れ値の検出・除去を可能にするなど、さらに多くの利点を提供します。 しかしながら、テクニカルレプリケートはコストを増大させ、スループットを低下させるため、最適なテクニカルレプリケートの数を決定してメリットとコストのバランスを取る必要があります。 基礎研究においては、3 反復が一般的に選択される反復数です。
- 生物学的レプリケートとは、同じ集団(群)に属する複数のサンプルを増幅させることです。 増幅には、同一の PCR 試薬と、テンプレート試薬には類似した(しかし同一でない)サンプルが用いられます。生物学的レプリケートは、対象の集団内の変動を考慮に入れます。例えば、薬剤処理がマウス由来 mRNA ターゲットの遺伝子発現レベルに与える影響について調べる場合、母集団におけるターゲットの変動を推定するためのサンプルとして複数のマウスが必要とされます。 この例では、生物学的レプリケート群は同量の薬剤で処理されたマウスの集団になります。
レプリケートを設定することは、コストをより増大させ、サーマルサイクラ―ブロックにおいて より多くのスペースを占め、より多くのサンプルを消費することにつながります。これらのファクターと精度の必要性について比較検討する必要があります。
反復数の精度への影響
リアルタイム PCR においてアッセイされる各サンプルアリコートは、そのサンプルにおける遺伝子ターゲット量の推定値を提供します。 ランダムな変動の影響によって、推定値の真の値からの離れ度合は幾分変化します。 複数のアリコートからの平均値を用いることで、ランダムな変動の影響が低減する傾向があります。 これは、テクニカルレプリケートと生物学的レプリケートの両方に当てはまります。
例えば、装置の性能検証試験で精度値が 5% CV であった場合、より少ないレプリケート群から測定された値は CV 値が 5%より有意に高いか低いかで精度が判定されます。
変動のタイプ
リアルタイム PCR 実験または試験には、3種類の変動タイプが存在します。
- システム変動とは、測定システムに固有の変動です。 リアルタイム PCR システム精度に寄与する要因には、ピペット操作の変動および装置に起因する変動が含まれます。 システム精度は、テクニカルレプリケートと呼ばれる同一サンプルの複数のアリコートをアッセイすることによって推定することができます。
- 生物学的変動とは、同じ集団 (群) に属するサンプル間のターゲットの定量値の真の変動です。 「生物学的」の用語は、リアルタイム PCR 実験において生物学的サンプルとして普及しているため使用されていますが、群レベルの変動のコンセプトは非生物由来と考えられる他のタイプのサンプルにも当てはまります。 生物学的変動(群内変動)は、同一群に属する複数のサンプルをアッセイすることによって理論上考慮されます。
- 実験変動とは、同一群に属するサンプル間で測定される変動です。 実験変動は、生物学的変動または群内変動の推定として使用されます。 システム変動の影響によって、実験変動は生物学的変動と厳密に一致しない可能性があります。
システム変動は、実験変動に実際の生物学的変動よりも大きいまたは小さい影響を与える可能性があります。 システム変動が大きければ大きいほど、実験変動に影響を及ぼす可能性が高くなります。
絶対定量 vs. 相対定量
絶対定量とは、基本となる測定単位を用いてターゲットを定量することです。 リアルタイム PCR の場合、絶対単位は RNA または DNA 分子です。絶対定量は、単一サンプルの結果を意味のあるものにします。 また、絶対定量は、遺伝子間やサンプル間の定量の比較を可能にします。
相対定量とは、非基本的な、すなわち任意の測定単位を用いてターゲットを定量することです。相対定量では、単一サンプルの結果は意味のあるものにならず、遺伝子間の定量的な比較はできませんが、サンプル間の定量的な比較は可能です。
統計検定
多くのリアルタイム定量的 PCR 実験には、コントロール群および処理群などの二つ以上の生物学的グループ間のターゲットの定量の比較が含まれます。 2 群間でターゲットの定量に倍率変化が認められた場合、その倍率変化は実験変動(偶然の変動)によって合理的に説明することが可能なのかということが重要な疑問となります。 その可能性を評価するために、t 検定などの統計検定が実施されます。
統計検定により、非有意または有意な結果という二つの可能性のうち いずれであるかが示されます。
- 非有意な結果は、認められた倍率変化が実験変動によるものであることが合理的に説明可能であることを意味します。 処理によって倍率変化が生じている可能性も考えられますが、統計検定による判断としては十分な信頼性を伴ったものでない可能性があります。
- 有意な結果は、認められた倍率変化が偶然の変動であるとは合理的に説明できないことを意味します。従って、よくコントロールされた実験においては、その変化は試験変数、処理によって生じているというのが最も説得力のある説明になります。
生物学的レプリケートの数を増加させて、変動が減少すると、統計検定でより小さい倍数変化を識別することが可能になります。 また、変動が減少すると、より少ない反復数で同等の識別能力が得られ、実験コストを低減させることにもなります。
生物学的サンプルについて研究している研究者は、生理学的意義についても考察する必要があります。 反復数が十分で変動が小さい場合、小さな倍率変化が統計学的有意差として評価されますが、この倍率変化は細胞代謝を有意に変化させるのに十分大きくはないと考えられます。 例えば、真核生物の遺伝子発現においては、多くの場合、2 倍の倍率変化が生理学的意義について考察すべき最小の変化と考えられます。
精度を向上させる方法
生物または群ベースの変動をコントロールできるかどうかは分からないことでしょう。 例えば、生物学的変動を低減させる一つの方法は コントロールされた条件下で生育した実験動物の近交系を用いることですが、状況によっては この方法が選択肢にならないこともあります。
以下のステップの措置を実施することでシステム精度を改善することができます。これは、実験変動から生物学的変動をより正確に推測するのに役立ちます。
- 確実に最適な機器性能が得られるようにする。 すべての Applied Biosystems ブランドのリアルタイム PCR 機器には、機器の寿命にわたり最適な性能を確実に発揮できるようにするためのメンテナンス手順があります。 この手順には、温度の検証、キャリブレーションおよび性能検証が含まれます。 メンテナンスは、熟練したサービスエンジニアによる定期的なメンテナンス訪問によって実施可能で、多くの場合、サービス契約の一部として提供されます。 着色物質や蛍光物質による汚染は結果に影響する可能性があるため(例:反応プレート上の書き込み跡が光を吸収)、ブロックが清潔であるか定期的に点検します。
- ダイナミックレンジのテスト。 ダイナミックレンジとは、アッセイシステムのプロセスを通して、正確で精密な結果が得られる最低および最大サンプル濃度の範囲(出発物質の濃度の上昇と増幅産物の濃度の上昇が対応する範囲)のことです。 アッセイシステムは、サンプルから結果取得まで、完全なワークフローを提供します。 リアルタイム PCR 機器は、広いダイナミックレンジをサポートします。 例えば、20 mL の容量の PCR では、約 9 桁のダイナミックレンジが得られます。 しかしながら、サンプルの品質、ターゲットの量、逆転写効率などの機器とは無関係の多くの要因によってダイナミックレンジに制限が課せられることが考えられます。 そのため、新しいアッセイシステムのダイナミックレンジは、少量の代表的なサンプルセットを用いて前もってテストしておく必要があります。 このようなテストを実施しなくても、リスクサンプルはダイナミックレンジの外に存在することで、結果の正確度と精度は損なわれないものと考えられます。
- テクニカルレプリケート。 テクニカルレプリケートの数が増加すると、システム変動の影響は減少する傾向があります。 また、テクニカルレプリケートの変動はモニターする必要があります。 通常、大きな変動は問題を示唆していると考えられます。
- 生物学的レプリケート。 生物学的レプリケートの数が増加すると、システム変動の影響は減少する傾向があります。 システム変動は、実験変動を増加および減少させる可能性があります。 システム変動の影響によって実験変動が異常に小さくなった場合、偽陽性の統計的結果が生じている可能性があります。 生物学的レプリケート群の変動が異常に小さくないかについてはモニターする必要があり、それが認められた場合は 実験の一部を繰り返すか廃棄する必要があります。
- マルチプレキシング。 マルチプレキシングとは、同一ウェルで複数の遺伝子ターゲットを増幅し検出することです。 マルチプレックス中にデータを標準化するために使用されるアッセイが存在していると、同一ウェルの標準化データでターゲットデータを標準化することで精度を補正し、精度を改善することができます。
- パッシブリファレンス色素。 パッシブリファレンス色素とは、リアルタイム PCR 反応に添加される、増幅反応に参加しないため濃度が不変の色素で、レポーター色素シグナルの標準化に使用されます。 パッシブリファレンス色素は、アッセイマスターミックスの量の変動の補正や光学的な異常の補正などの多くの点で精度を向上させます。
- 適切なピペッティング技術。 確実に各ピペットが正常に機能するようにし、チップをきちんとフィットさせ、最小容量を含めて製造元の推奨に従ってピペットを操作するようにします。 マルチチャンネルピペットについては、すべてのチップにわたり容量レベルが一定であることを確認します。 著しく粘稠な液体や界面活性剤を含む溶液をピペッティングする際は特別な注意を払います。
- 20%ルール。 サンプル容量が PCR 反応液量の 20%を超える場合、「光混合」と呼ばれる光学的異常が生じることが考えられ、これにより精度が損なわれる可能性があります。 光混合は、シールしたプレートを 2~3 秒ボルテックスすることによって防ぐことができます。
- 適切なプレートローディング技術。 試薬やサンプルをプレートに分注する際は、添加量が一定であることを視覚で確認します。 プレートをシール後、プレートを遠心してすべての液体をウェルの底に集め、ウェル底部に気泡があったとしても表面に移動させることができます。
- 適切な解析技術。 リアルタイム PCR データの解析方法(例:適切な色素の選定、ベースラインの設定、閾値の設定、異常のモニターなど)には精通している必要があります。当社では、リアルタイム PCR 実験のランおよび解析の方法について説明したドキュメントおよびビデオを提供しています。 テクニカルサポートによるリモートおよび出張によるサポート、フィールドアプリケーションスペシャリストによるオンサイトトレーニングもご利用いただけます。 また、トレーニングクラスを当社施設にて提供しています。
- ブロックをクリーンに維持。 96 ウェルプレート、Optical Caps、および Optical Tubes に書き込むことは望ましくありません。qPCR 検出器は、蛍光シグナルを集めるカメラです。PCR プレート表面にインクでラベルを書き込むと、既に集められている蛍光シグナルにインクのシグナルが追加されることになります。 書き込むことはせずに、各ウェルの内容は、96 ウェルの分注パターンが記録される 1 枚のシート、すなわちスプレッドシート上で確認します。 ラボ内には、多くの蛍光検出される化合物(例:プラスチック手袋の内側の滑りをよくするために使用されているパウダー)が存在します。これらの化合物が光学面に接触すると、結果に影響を与える可能性があります。反応プレートおよびキャップに触れるのは必要なときにだけにし、パウダーフリーの手袋を使用することで蛍光汚染の原因物質を取り除くことができます。
- 適切なプラスチック製品。 蛍光性不純物が含まれていないことを確認する特別な試験を実施済みの光学グレードの反応プレート、チューブおよびキャップを使用します。 湾曲したり、折れたり、損傷したプラスチックは、蛍光シグナルの透過に悪影響を与えたり、ウェルを適切に密閉するのを妨げる可能性があります。このことは、内容物が蒸発したり、サンプル量や PCR 試薬が変化することにつながります。サーマルサイクラーに反応プレートをセットする前に損傷がないか目視検査してください。 機器製造元の異なるベンダーから提供されたプラスチック製品を使用する際は、サーマルブロックが適切にフィットせず、温度移行がうまくいかない可能性があるため注意が必要です。
低コピー数の DNA ターゲット
DNA サンプル(ゲノム DNA、プラスミド、cDNA など)を分注する際、ウェル当たりのターゲット分子の平均数がおよそ10 以下である場合は結果の変動が大きいことが予測されます。 この変動は、ポアソン分布に従う必要があります。 例えば、ウェルあたり平均一つのターゲット DNA 分子が分注されている場合、ポアソン分布から、ターゲットコピー数が 0 のウェルが 37%、ターゲットコピー数が 1 のウェルが 37%、ターゲットコピー数が 2 のウェルが 18%、ターゲットコピー数が 3 のウェルが 6% と予測されます。
低コピー数の DNA ターゲットの問題に対する一つのアプローチは、ウェルあたりの分注するターゲット DNA 分子数を 11 以上に増やすことです。 この増加は、分注するサンプル量を増やすか、より濃縮されたサンプルを使用することによって達成可能と考えられます。 もう一つのアプローチは、反復数を増やすことです。これにより、平均化されることで低コピー数の変動の影響が減少します。