遺伝子発現とは?

生物学のセントラルドグマは、遺伝子から取り出された情報がタンパク質の合成に用いられる方式を説明しています。DNA から RNA に転写され、RNA からタンパク質に翻訳されます。このプロセスは遺伝子発現として知られ、すべての生物形態がこれを用いて、遺伝情報からの生物の構成単位を形成しています [1]。

細胞は、どの時点においても遺伝子の選択された部分だけが発現しています。これは、細胞は自身の遺伝子コードをさまざまな方法で解釈できることを意味します。発現される遺伝子をコントロールすることは、大きさ、形および機能のコントロールを可能にすることになります。生物の細胞の自身に含まれる遺伝子の発現のされ方は、生物の表現型(例:マウスの体毛の色や体毛の有無)に影響を与えます[2]。

遺伝子発現プロファイリングとは? これを使用する研究者は?

遺伝子発現プロファイリングは、あらゆる時点においてどの遺伝子が発現されているかを測定します。この手法では、一度に数千もの遺伝子を測定することが可能です。実験によっては、一度にすべてのゲノムを測定できるものもあります [3]。遺伝子発現プロファイリングは、転写レベルでの細胞による遺伝子発現パターンが示されている mRNA レベルを測定します [4]。これは、多くの場合、二つ以上の実験条件において相対的な mRNA 量を測定し、どの条件で特定の遺伝子が発現されるかについて評価することを意味します。

遺伝子発現プロファイリングは、分子生物学者から環境毒性学者まで、さまざまな生物医学研究者に用いられています。この技術は、無数の実験のゴールに向けて、遺伝子発現に関する正確な情報を提供することができます。

遺伝子発現解析にはさまざまな技術が用いられています。これらの技術には、DNA マイクロアレイやシ―ケンシングが含まれます。前者は特定の目的遺伝子の活性の測定、後者は細胞内のすべての活性遺伝子の決定を可能とします [5]。

ゲノムをシ―ケンシングすると、含まれている遺伝子に基づいて、細胞がどのような特性や機能を持っている可能性があるかを知ることができます。しかしながら、ゲノムをシ―ケンシングしても、どの遺伝子が発現しているかや、あらゆる時点において機能やプロセスが働いているかを知ることはできません。これらについて特定するためには、遺伝子発現プロファイルを解析する必要があります。遺伝子が mRNA の生成に使用されている場合は その遺伝子は「on」、遺伝子が mRNA の生成に使用されていない場合は その遺伝子は「off」と考えられます。

遺伝子発現プロファイルでは、特定の時点において、細胞がどのように機能しているかがわかります。なぜなら、細胞遺伝子発現は、細胞が分裂しているかどうか、細胞環境にどの因子が存在しているか、他の細胞から受け取ったシグナルや 1 日の時間帯さえも含めて外的および内的刺激に影響されるためです [6]。

遺伝子発現プロファイリングを使用する理由

遺伝子発現プロファイリングは、細胞を曝露させる環境を変えて、どの遺伝子が発現しているか解析することによって、遺伝子発現に対するさまざまな条件の影響を調べることを可能にします。あるいは、特定の細胞挙動に関与している遺伝子が既知の場合、遺伝子発現プロファイリングは、細胞がこの機能を発揮しているかについて判断するための手助けをします。例えば、ある遺伝子が細胞分裂に関与していることが知られており、細胞においてこれらの遺伝子が活性化されている場合、その細胞が分裂中であるか、あるいは細胞が分化されていることがわかります [7、8]。

遺伝子発現プロファイリングは、仮説の生成によく使用されます。遺伝子が発現される時期と理由についてほとんど不明である場合、今後の実験でテストするための仮設を立てるのにさまざまな条件下の発現プロファイリングが役立ちます。例えば、その細胞を他の細胞に曝露した場合のみに遺伝子 A が発現する場合、この遺伝子は細胞間情報伝達に関与すると考えられます。さらなる実験で、この仮説が合っているかを判断することができます [4]。

遺伝子プロファイリングは、薬物様分子の細胞応答への影響についても調べることができます。薬物代謝の遺伝子マーカーを同定したり、あるいは薬物に曝露した際に有害環境に対する応答への関与が知られている遺伝子を細胞が発現するかどうかを判定することができます [4]。

遺伝子プロファイリングは、診断ツールとしても使用されます。がん性細胞が特定の遺伝子を高レベルで発現していて、これらの遺伝子がタンパク質受容体をコードしている場合、この受容体はがんに関与している可能性があり、その受容体を標的にすることは その疾患を治療することにつながる可能性があります。その場合、遺伝子発現プロファイルは、このがんに罹患した患者の重要な診断ツールになることが考えられます [9]。

さまざまなタイプの遺伝子発現プロファイリング

RNA 発現パターンは、特定のバイオマーカーに基づいてヒトの疾患を予測・分類するための鍵となります。外的刺激、環境変化、および遺伝子損傷に対する細胞応答を理解するには、遺伝子発現の変化を解析することが基本となります [10]。

次世代シ―ケンシングを用いたトランスクリプトームの配列決定は、どの遺伝子が関与しているかの知識を必要せずに発現変動遺伝子を発見することを可能とします [11]。

タンパク質コード RNA は重要な情報ソースですが、非コードタンパク質 RNA も重要です [12]。次世代 RNA シ―ケンシングには、以下のような利点があります。

  • RNA 分子の「デジタル計数」により、高度に定量的で正確な測定が可能
  • 関連ある生物学的変化を十分に捉える幅広いダイナミックレンジ
  • 未知の RNA の発見(新規転写産物、スプライス変異、融合遺伝子)
  • 単一のアッセイで全種類の RNA(poli- A+、長鎖ノンコーディング RNA、融合遺伝子)を解析
  • 全トランスクリプトーム解析から、事前に選択した RNA 配列の解析まで、ターゲットスケールを自由に変更でき、実験コストおよび解析のしやすさと発見の可能性のバランスを取ることが可能

qPCR を用いた mRNA の定量は、Applied Biosystems TaqMan® プローブベースの解析および Applied Biosystems SYBR Green 色素ベースの解析にデジタル PCR(次の項目を参照)を組み合わせて実施することができます [13]。

qPCRは、さまざまな遺伝子発現プロファイルを検証するためのゴールドスタンダード技術で、以下を可能とします。

qPCR は 2 倍程度の遺伝子発現の差異を検出するのに有用ですが、発現量の差が 2 倍もないようなわずかな差異を識別するためには別のアプローチが必要とされます。デジタル PCR(dPCR)は、わずかな遺伝子発現の差異の検出に使用できます。  dPCR は、以下を可能とします。

さらなる考察

細胞において特定の遺伝子が発現していることを知ることにより、細胞がどのように機能しているかについての多くの情報や、特定の細胞挙動に関与する遺伝子(および発現されるタンパク質)についての潜在的な新しい知見が得られます。しかしながら、遺伝子は ただ 一つのタンパク質をコードしているわけではありません [14]。ヒトゲノムには、約 20,000 のタンパク質コード遺伝子が存在し、これらの遺伝子からさらに多くのタンパク質が恐らく 200 万のオーダーで生成します [15]。この理由の一つとしては細胞において翻訳後修飾が生じることで転写-翻訳プロセスによって生成したタンパク質は変化していること、また別の理由としてスプライシングによって同じ遺伝子からさまざまなタンパク質が生成していることが挙げられます [16]。

私たちは、mRNA プロファイルによって細胞機能を確証することだけでなく、さらに多くの情報を必要とします。例えば、プロテオミクス実験を通して、細胞中で生成している数多くのタンパク質を解明することは有用と考えられます [17]。しかしながら、いまだに遺伝子発現プロファイリングは、1 回の実験から細胞の機能を解明するのには最適な方法です。

遺伝子発現プロファイリング研究についてレポートする際は、実験条件下で有意に異なる発現プロファイルを持つ遺伝子をレポートするのが一般的です。以下の理由から、これは限定的です。

  1. 細胞分化は、ベースラインでさまざまな遺伝子が発現していることを意味し、さまざまな構造および機能を与えます。
  2. 多くの遺伝子は、細胞生存においては原型であることが必要とされ、環境条件の影響を受けることもないため変化しません。
  3. mRNA レベル(遺伝子発現プロファイリングの間に測定される)の変化は、細胞が使用する遺伝子を変化させる唯一の方法ではありません。例えば、翻訳後修飾は、同じ遺伝子から生成したタンパク質を変化させます。mRNA レベルの変化は、必ずしもタンパク質レベルの変化と関連付けられる必要はありません [16]。

結論

遺伝子発現プロファイリング実験において収集されたデータの解析は複雑になり得ます。しかしながら、発現プロファイリングからは さまざまな条件下で発現された遺伝子に関する情報が得られ、仮説を立てて検証することを可能にします。データを解析することは学際的な仕事となり、多変量統計解析を行う生物統計学者による鍵となるサポートを受ける必要があるでしょう。


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参考文献

  1. Crick C (1970) Central dogma of molecular biology.Nature 227:561–563.
  2. Papatheodorou I, Oellrich A, Smedley D (2015) Linking gene expression to phenotypes via pathway information.J Biomed Semant 6:17. doi: 10.1186/s13326-015-0013-5.
  3. Metsis A, Andersson U, Bauren G et al.(2004) Whole-genome expression profiling through fragment display and combinatorial gene identification.Nucleic Acids Res 32(16):e127. doi: 10.1093/nar/gnh126.
  4. Fielden MR, Zacharewski TR (2001) Challenges and limitations of gene expression profiling in mechanistic and predictive toxicology.Toxicol Sci 60(1):6–10. doi: 10.1093/toxsci/60.1.6.
  5. Hurd PJ, Nelson CJ (2009) Advantages of next-generation sequencing versus the microarray in epigenetic research.Brief Funct Genomic and Proteomic 8(3):174–183. doi: 10.1093/bfgp/elp013.
  6. Stahlberg A, Kubista M, Aman P (2011) Single-cell gene-expression profiling and its potential diagnostic applications.Expert Rev Mol Diagn 11(7):735–740. doi: 10.1586/erm.11.60.
  7. Underhill GH, George D, Bremer EG et al.(2003) Gene expression profiling reveals a highly specialized genetic program of plasma cells.Blood 101(10):4013–4021. doi: 10.1182/blood-2002-08-2673.
  8. Richard C, Granier C, Inze D et al.(2001) Analysis of cell division parameters and cell cycle gene expression during the cultivation of Arabidpsis thaliana cell suspensions.J Exp Bot.52(361):1625–1633. doi: 10.1093/jxb/52.361.1625.
  9. Bertucci F, Finetti P, Rougemont J et al.(2004) Gene expression profiling for molecular characterization of inflammatory breast cancer and prediction of response to chemotherapy.Cancer Res64(23):8558–8565. doi: 10.1158/0008-5472.CAN-04-2696.
  10. Gracey AY (2007) Interpreting physiological responses to environmental change through gene expression profiling.J Exp Biol.210(9):1584–1592. doi: 10.1242/jeb.004333.
  11. Finotello F, Di Camillo B (2015) Measuring differential gene expression with RNA-seq: Challenges and strategies for data analysis.Brief Funct Genomics 14(2):130–142. doi: 10.1093/bfgp/elu035.
  12. Arrigoni A, Ranzani V, Rossetti G et al.(2016) Analysis RNA-seq and noncoding RNA.Methods Mol Biol 1480:125–135. doi: 10.1007/978-1-4939-6380-5_11.
  13. Bernardo V, Riberio Pinto LF et al.(2013) Gene expression analysis by real-time PCR: Experimental demonstration of PCR detection limits.Anal Biochem 432(2):131–133. doi: 10.1016/j.ab.2012.09.029.
  14. Mouilleron H, Delcourt V, Roucou X (2015) Death of a dogma: Eukaryotic mRNAs can code for more than one protein.Nucleic Acids Res 44(1):14–23. doi: 10.1093/nar/gkv1218.
  15. Ezkurdia I, Juan D, Rodriguez JM et al.(2014) Multiple evidence strands suggest that there may be as few as 19,000 human protein-coding genes.Hum Mol Genet 23(22):5866–5878. doi: 10.1093/hmg/ddu309.
  16. Sheng JJ, Jin JP (2014) Gene regulation, alternative splicing, and posttranslational modification of troponin subunits in cardiac development and adaptation: A focused review.Front Physiol 5:165. doi: 10.3389/fphys.2014.00165.
  17. Chandramouli K, Qian PY (2009) Proteomics: Challenges, techniques and possibilities to overcome biological sample complexity.Hum Genomics Proteomics 1:239204. doi: 10.4061/2009/239204.

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.