はじめに

遺伝子発現解析やメッセンジャー RNA(mRNA)解析は、リアルタイム PCR(qPCR)で最もよく使用されているアプリケーションです。研究者は、RNA の逆転写で得られた cDNA を qPCR のテンプレートとして使用し、遺伝子発現産物を検出および定量します。

遺伝子発現とは?

遺伝子発現とは、遺伝子からの情報が機能遺伝子産物の合成に用いられるプロセスです。このプロセスで得られる産物の多くはタンパク質ですが、rRNA 遺伝子や tRNA 遺伝子などの非タンパク質コード遺伝子の産物は、構造遺伝子やハウスキーピング遺伝子となります。また、短鎖ノンコーディング RNA(miRNA、piRNA)およびさまざまなクラスの長鎖ノンコーディング RNA は、多様な制御機能に関与しています(Taft, R.; Pang, K.C.; Mercer, T.R.; Dinger, M.; and Mattick, J.S.2010)。

リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を使用して遺伝子発現を研究する場合、通常、遺伝子特異的な転写産物の存在量を測定することによって、特定の遺伝子または一連の遺伝子の発現量の変化(増減)を調べます。この研究では、定義された一連の条件下で目的の化合物や薬剤を用いた治療に対する遺伝子の反応をモニターします。遺伝子発現研究は、数種の遺伝子発現のプロファイルやパターンの解析にも必要とされます。発現レベルの変化を定量する場合、全体の発現パターンを解析する場合など、リアルタイム PCR による遺伝子発現は多くの研究者に使用されています。

リアルタイム PCR のコンセプト

リアルタイム PCR は、定量的逆転写 PCR(RT-qPCR)や定量的 PCR(qPCR)としても知られますが、最もパワフルかつ高感度な遺伝子解析技術の一つです。この技術は、定量的遺伝子発現解析、ジェノタイピング、コピー数解析、創薬ターゲット検証、バイオマーカー探索、病原体検出、および RNA 干渉の測定などの幅広いアプリケーションに使用されています。

リアルタイム PCR は、PCR 増幅が起こるそのタイミングから核酸の定量を行います。従来の PCR では、反応終了後の増幅産物量から、核酸の初期濃度を求めます。

すべてのリアルタイム PCR には、PCR 産物の増幅量をモニタリングするために、蛍光レポーター分子—例えば TaqMan® プローブ または SYBR® Green 色素—が反応液に加えられています。標的アンプリコンの量が増えるにつれ、蛍光色素分子から発せられる蛍光量が増加します。

リアルタイム PCR には以下のような利点があります。

  • 正確な定量データの取得が可能
  • 検出のダイナミックレンジが非常に広い
  • PCR後の作業工程が不要
  • 1 コピーから検出可能
  • 2 倍差までの量比を高精度に検出
  • スループットの増大

従来の PCR におけるエンドポイント期での測定

基本的な PCR ランは、次の 3 つのフェーズに分割されます。

指数関数的増幅領域 – PCR 産物はサイクル毎に 2 倍ずつ増幅します(反応効率を 100%と仮定)。すべての反応試薬が最適な条件で揃っているので、増幅産物はほぼ 2 倍ずつ、指数関数的に増幅します。
一次関数的増幅領域 (高い可変性)– 反応が進行し、PCR 産物が増幅するにつれて、試薬は徐々に消費されていきます。反応が減速し始めると、 PCR 産物は各サイクルにおいて倍増しなくなります。
プラトー (エンドポイント: 従来の方法のゲル検出) – 反応が停止すると産物はそれ以上増えません。さらに長時間放置すると、PCR 産物は分解し始めます。サンプル毎に反応速度が異なるため、各チューブや反応系におけるプラトーに達するポイントは異なります。これらの差はプラトー領域に現れます。従来の PCR ではプラトー領域で測定を行います。エンドポイント検出ともいいます。

 

リアルタイム PCR における指数関数的増幅期

リアルタイム PCR は、定量を行うための最も正確なデータをもたらす指数関数的増幅領域に焦点を当てています。指数関数的増幅領域において、リアルタイム PCR 機器は、二つの値を算出します:

  • 閾値 – 反応系中の蛍光強度がバックグランドよりも有意に強くなったと判断できる蛍光値
  • CT 各サンプル毎の蛍光値が閾値に達する PCR サイクル数。CT 値を用いて、絶対定量や相対定量を行います。

リアルタイムPCR を用いた遺伝子発現

実験のセットアップ前に決定すること:

 

  • 使用するリアルタイム PCR ケミストリーのタイプの決定(TaqMan® または SYBR®)
  • 逆転写法の選択
  • アッセイの選択または設計
  • 定量法の選択

リアルタイム PCR を用いて遺伝子発現を行うためのワークフローです:

次のトピック「検出ケミストリーの選択」では、2 種類のリアルタイム PCR ケミストリー、TaqMan プローブおよび SYBR Green I 色素の概要、ならびにケミストリーを選択するためのガイドラインを提供します。

検出ケミストリーの選択

リアルタイム PCR 機器を用いる遺伝子発現研究用に2種類のケミストリーが開発されています:

  • TaqMan ケミストリー(「蛍光 5´ ヌクレアーゼケミストリー」としても知られています)
  • SYBR Green I 色素ケミストリー

TaqMan ケミストリーについて

PCR のリアルタイムシステムは、Taq DNA ポリメラーゼの 5′ ヌクレアーゼ活性を使用した蛍光標識プローブの導入により改善されました。これらの蛍光プローブが利用できるようになったことにより、特異的な増幅産物のみを検出するためのリアルタイム法の開発が可能になりました。

TaqMan プローブについて

TaqMan プローブは、デュアル標識された、加水分解プローブで、リアルタイム PCR アッセイの特異性を向上させます。TaqMan プローブの構成:

  • プローブの 5′ 末端にレポーター色素(例:FAM™ 色素)が結合
  • プローブの 3′ 末端に非蛍光クエンチャー(NFQ)が付加
  • NFQ に MGB 部分が付加

TaqMan MGB プローブは、その3´ 末端にマイナーグルーブバインダー(MGB)を有しています。この MGB 修飾は、プローブの長さを増加させることなく、プライマーの融解温度(Tm)を上昇させるため、より短いプローブの設計が可能です(Afonina et al., 1997; Kutyavin et al., 1997)。

TaqMan リアルタイム ケミストリーの仕組み

リアルタイム ケミストリーの仕組みは以下のとおりです:

  1. オリゴヌクレオチドプローブは、5′ 末端には蛍光レポーター色素が、および 3' 末端にはクエンチャー色素が、それぞれ結合した構造になっています。プローブ分解前は二つの蛍光の距離が違うので、蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)により、レポーター色素が発光する蛍光はクエンチャー色素によって大幅に減少します(Förster, V. T. 1948)。
  2. ターゲット配列が存在する場合、プローブは片側のプライマー部位の下流にアニールします。その後このプライマーからの伸長反応に伴い、Taq DNA ポリメラーゼの 5 ' ヌクレアーゼ活性によってプローブは切断されます。
    • レポーター色素とクエンチャー色素が乖離するので、レポーター色素シグナルが増加します。
    • ターゲット鎖からプローブが離れた後も、鋳型鎖の最後までプライマーからの伸長反応は進みます。従って、プローブが存在しても全体的なPCRプロセスは阻害されません。
    プローブの切断により:
  3. サイクル毎に分解したプローブからのレポーター蛍光分子が増えていくので、アンプリコンの増幅量に比例して蛍光強度は増加します。核酸ターゲットの開始コピー数が多いほど、蛍光の大幅な上昇が早く観察されます。

SYBR Green I 色素ケミストリー

SYBR Green I 色素ケミストリーは、PCR サイクル中に蓄積される二本鎖 DNA に結合する SYBR Green I 色素を使用することにより、PCR 産物を検出します。

SYBR Green I 色素ケミストリーが非特異的な反応産物を含むすべての二本鎖 DNA に結合することは、TaqMan プローブと SYBR Green I 色素ケミストリーの重要な違いです。そのため、正確な結果を得るためには、反応が十分に最適化されていることが必要とされます。

SYBR Green I 色素ケミストリーの仕組み

SYBR Green I 色素ケミストリーは、PCR 中に形成される二本鎖 DNA に結合する SYBR Green I 色素を使用することにより、PCR 産物を検出します。その仕組みは以下のとおりです:

  1. SYBR Green I 色素は、サンプル中に存在する二本鎖 DNA と結合することで蛍光を発します。
  2. PCR 中、taq DNA ポリメラーゼはターゲット配列を増幅し、PCR 産物(アンプリコン)を生成します。
  3. PCR が進むにつれ、より多くのアンプリコンが生成されます。SYBR Green 色素は全二本鎖 DNA に結合するため、その結果、生成される PCR 産物の量に比例して蛍光強度が増加します。

 TaqMan ケミストリーと SYBR Green I 色素ケミストリーの比較

TaqMan と SYBR Green ベース検出のワークフローの比較を以下に示します。

TaqMan ケミストリーと SYBR Green ケミストリーの比較

TaqMan プローブベースのケミストリーと SYBR Green I 色素は、以下に挙げるアッセイタイプに使用できます。

  アッセイタイプ  
ケミストリー    
  定量マルチプレックス PCR
TaqMan プローブ適切適切
SYBR Green I 色素適切推奨しない

それぞれのケミストリーには、利点と制限があります。例えば、TaqMan ケミストリーはマルチプレックス PCR に対応します。高感度が最優先となる場合は、SYBR Green ケミストリーにメリットがあります。これらの 2 種類の試薬タイプを選択するに当たっては、以下の事項に留意してください。

試薬タイプ説明利点制限
TaqMan蛍光プローブを使用して、PCR サイクル中に蓄積する特異的な PCR 産物を検出。特異的な増幅産物のみを検出。
  • 蛍光シグナルの生成に、プローブとターゲット間の特異的ハイブリダイゼーションが必要。これにより、バックグラウンドおよび偽陽性が大きく低減。
  • プローブは異なる識別可能なレポーター色素で標識可能で、一つの反応チューブ中で二つ以上の異なるターゲット配列の増幅・検出が可能。マルチプレックス PCR により、材料コストの削減および精度の向上が可能。
  • PCR後の処理が不要となり、時間を節約可能。
異なる配列には異なるプローブの合成が必要。
SYBR Green I 色素

SYBR Green I 色素(二本鎖 DNA 結合色素)を使用して、PCR サイクル中に蓄積する PCR 産物を検出。

特異的および非特異的な反応産物を含む、すべての二本鎖 DNA を検出。

  • あらゆる二本鎖 DNA 配列の増幅のモニターに使用可能。
  • プローブが不要で、アッセイのセットアップおよびランニングコストを削減可能。
  • 複数の色素分子が一つの増幅ターゲット配列に結合することで、増幅産物の検出感度が向上。
  • SYBR Green I 色素は、すべての二本鎖 DNA に非特異的に結合するため、偽陽性シグナル検出の可能性あり。
  • ターゲットでない配列を増幅することなく、またその融解曲線を解析するよう適切に設計したプライマーを用意することが非常に重要。
  • SYBR Green はマルチプレックス PCR に非対応。
  • SYBR Green アッセイでは、PCR 産物について解離(融解)解析を行うことを推奨(解離解析は PCR サイクル後に追加し、ソフトウェアにより変換された融解ピークを視覚的に解析)。

逆転写法の選択

逆転写定量ポリメラーゼ連鎖反応(RT-qPCR)は、RNA の定量に使用されます。RT-qPCR は、1 ステップ または 2 ステップ の手順で実施することができます。遺伝子発現解析に最もよく用いられる手法は、2 ステップ RT-qPCR です。

1 ステップ RT-qPCR について

1 ステップ RT-qPCR は、逆転写ステップと PCR 増幅ステップを同じバッファー系で実施します。


反応は、RT ステップと PCR ステップの間で試薬を追加せずに続けて行います。1 ステップ RT-qPCR は、RT 反応と PCR 増幅反応のセットアップを同一チューブで行える簡便性を提供します。この方法は、ターゲット- あるいは遺伝子- 特異的です。逆転写の開始には一つの配列特異的プライマーを使用するため、特異的なターゲットのみが転写されます。このアプローチは、多数のサンプル中の一つの遺伝子について解析するのに適します。

2 ステップ RT-PCR について

2 ステップ RT-qPCR は、逆転写ステップと PCR 増幅ステップを別の二つの反応で実施します。

 

2 ステップ RT-qPCR は、単一サンプルから複数の転写産物を検出したり、後で使用するために cDNA の一部を保存しておく場合に有用です。2 ステップのアプローチでは、通常、オリゴ d(T)16 またはランダムプライマーを使用して逆転写を開始します。オリゴ d(T)16 は mRNA のポリ-A テールにアニールし、ランダムプライマーはターゲット RNA 全体にアニールします。

逆転写試薬および増幅試薬を選択するためのガイドライン

逆転写試薬および増幅試薬の選択に関するガイドラインについては、Applied Biosystems Gene Expression Assays Protocol(PN 4333458)または Real-Time PCR Decision Tree をご覧ください。

前増幅

非常に限られた量のサンプルを解析する際、TaqMan PreAmp Master Mix を用いることでサンプルに対する増幅バイアスを最小限に抑えた前増幅を実施でき、cDNA をより増やすことができます。前増幅により、限られたサンプルをより多くのリアルタイム PCR 反応で使用できるようになります。詳細は、Applied Biosystems TaqMan PreAmp Master Mix Kit Protocol(PN 4384557A)をご覧ください。

アッセイの選択または設計

アッセイの目的に合わせて、設計済みアッセイから選択するか、カスタムアッセイを設計することができます。検討する際は、市販の設計済みプライマー/プローブセットを購入するか、お客様独自のアッセイを設計するかについて考慮する必要があります。

最適なアッセイ性能のために考慮すべきこと

目的のターゲット

目的の遺伝子または遺伝子パスウェイを同定します。

特異性

以下を実施するためのアッセイに必要とされる特異性のレベルに応じて、選択または設計します:

  • 目的遺伝子のすべての既知の転写産物の検出(遺伝子特異的検出)
  • 固有のスプライスバリアントの検出(転写産物特異的検出)
  • 近縁間の遺伝子ファミリー(ホモログおよび潜在的オルソログ)の識別

NCBI および Ensembl などの既存の配列データベースで確認することで特異性が保証されます。

効率

アッセイは、確実に 100%に近い増幅効率が得られるようにします。アッセイの効率が低いと、感度とリニアダイナミックレンジが狭められ、少量の転写産物を検出する能力が制限されることになります。

再現性

実験は繰り返し同じ結果が得られる必要があります。再現性に影響を与える因子は、オリゴの製造およびアッセイの設計、ならびにプライマーダイマーの形成です。

設計済みアッセイおよび PCR アレイ

単一遺伝子について解析する場合も、遺伝子パスウェイを網羅的に解析する場合も、現在は複数の製造元から販売されている多くの設計済みアッセイおよび PCR アレイから選択することが可能です。

  • 少数の遺伝子について解析する場合や最大のフレキシビリティを必要とする場合は、チューブ内設計済みアッセイが適します。
  • PCR アレイは、遺伝子パスウェイや他の一般的な遺伝子セットに対応するアッセイを予め分注した 96/384 ウェルプレートやマイクロフルイディックカードです。多数の遺伝子について研究する場合や実験においてフォーカスする遺伝子数を絞り込む場合には、このフォーマットが適します。

対象とする遺伝子ターゲットに市販のプライマー・プローブセットを利用できる場合、下記のいずれかのツールを使用してカスタマイズされたアッセイを設計できます:

  • 一般的なプライマーまたはデザインツール、あるいは
  • 弊社の Custom TaqMan Assay Design Tool などの市販のアッセイデザインツールまたはサービス 

内在性コントロール

あらゆる遺伝子発現解析において、RNA のサンプリングにおける誤差を補正するための妥当な標準化法や内在性コントロールを選択することは結果の誤解釈を防ぐために不可欠です。TaqMan Endogenous Control は、ヒト、マウス、およびラットの遺伝子発現実験で最もよく使用されるハウスキーピング遺伝子から構成され、これらのコントロールは設計済みのプローブ・増幅プライマーセットとして提供されます。

内在性コントロールの選択に関する詳しい情報については、Using TaqMan® Endogenous Control Assays to Select an Endogenous Control for Experimental Studies(Publication 127AP08-01)をご覧ください。

シングルプレックス PCR vs デュプレックス PCR

デュプレックス PCR では、1 回の反応で同時に二つのターゲット配列を増幅します。

デュプレックス リアルタイム PCR は、TaqMan プローブベースのアッセイを用いて実施可能です。各アッセイには独自の蛍光色素で標識された特異的なプローブが含まれ、アッセイ毎に異なる色調が観察されます。リアルタイム PCR 装置は、異なる色素を識別します。各色素からのシグナルは、各ターゲットの量を個別に定量するために使用されます。

通常、一つのプローブがターゲット遺伝子の検出に用いられ、もう一つのプローブが内在性コントロール (リファレンス遺伝子) の検出に用いられます。二つのアッセイを単一チューブ内で反応することにより、ランニングコストが削減され、これら二つのターゲットを別々のチューブにピペッティングすることに起因する誤差が排除されます。SYBR Green ケミストリーを使用する場合、デュプレックス PCR は適しません。

デュプレックス PCR およびシングルプレックス PCR の選択に当たっては、下記の利点と制限を考慮してください: 

PCR概要利点制限
シングルプレックス反応チューブまたはウェルで一つのターゲットを増幅する反応
  • TaqMan アッセイ用に最適化が不要
  • TaqMan 試薬または SYBR Green 試薬を使用可能な柔軟性
ターゲットのアッセイと内在性コントロールのアッセイについて、個別に反応が必要
デュプレックス同一の反応チューブまたはウェルで二つのターゲットを増幅する反応

下記を低減:

  • ランニングコスト
  • 正確なピペット操作への依存
検証および最適化が必要

注:弊社では内在性コントロール用のレポーターとして VIC 色素を選択した設計済みアッセイをご用意しています。

 

定量法の選択

遺伝子発現の相対定量法は、異なるサンプル間の特異的ターゲット(遺伝子)の発現レベルの変動の測定を可能とします。データ出力は、発現レベルの倍率変化または倍差として表されます。例えば、所定時間処理したサンプルと未処理のサンプルについて、特定遺伝子の発現量の変化を確認する場合があります。

リアルタイム PCR 遺伝子発現実験を設計する場合、ターゲット配列を定量するための方法を選択します:

  • 比較 CT (ΔΔCT) 法(相対定量)
  • 相対検量線法(相対定量)
  • 検量線法(絶対定量)

比較 CT

相対定量は、リファレンスサンプル(未処理コントロールサンプルなど)の検量線と比較することで所定のサンプルにおける遺伝子発現量の変化を解析するために用いられる手法です。

使用法

比較 CT 実験は通常下記に使用されます:

  • 異なる組織における遺伝子発現レベルの比較
  • 処理サンプルと未処理サンプルにおける遺伝子発現レベルの比較
  • 一定時間のタイムコース試験において異なる実験条件下にて化合物で処理したサンプルにおける遺伝子発現レベルの比較

詳しい情報は、Kenneth J. Livak および Thomas D. Schmittgen によるリアルタイム定量 PCR と 2-ΔΔ CT 法を用いた相対遺伝子発現データの解析をご覧ください。

実験検証

比較 CT 法を用いるためには、検証実験において、ターゲットと内在性コントロールの増幅効率がほぼ同じであることが示される必要があります(Livak, K.J. and Schmittgen, T.D.2001)。

相対検量線法

CT 法と同様に、相対検量線法は、処理済みサンプル中の遺伝子発現が未処理サンプル中と比較して何倍変化したか(増加または減少)を決定するのに用いられます。通常、増幅効率が異なる 2 つの定量アッセイ(ターゲット遺伝子用のアッセイおよび内在性コントロール用のアッセイ)を用いる場合に相対検量線法を使用します。一般的なサンプルから希釈系列を作製し、ターゲット遺伝子と内在性コントロール遺伝子について PCR を実施します。すべての実験サンプルについて、この希釈系列から発現量を決定し、このデータから発現における倍率変化を算出することができます。

詳しい情報は、Applied Biosystems User Bulletin for the ABI PRISM 7700 Sequence Detection System: Relative Quantitation of Gene Expression(PN 4303859)をご覧ください。

検量線法

検量線法を用いて、サンプル中のターゲットの絶対量を決定します。検量線法では、リアルタイム PCR システムソフトウェアにより、既知コピー数のスタンダード希釈系列におけるサンプル中のターゲット増幅を測定します。スタンダード希釈系列からのデータは、検量線の作成に使用されます。検量線を用いて、ソフトウェアはサンプル中のターゲットの絶対量を補間します。検量線法は、恐らく遺伝子発現定量のための極めて稀な方法と言えます。

定量法を選択するためのガイドライン

定量法の選択に当たっては、下記の利点と制限を考慮してください。

実験タイプ利点制限
比較 CT (ΔΔCT)
  • 検量線や希釈系列を使用せずに、サンプル中のターゲットの相対量を評価可能
  • 試薬使用量の減少
  • 反応プレートのスペースを節約
  • 検量線不要のため、スループットが増加
  • 検量線サンプルの調製における希釈エラーを排除
  • 同一チューブでターゲットおよび内在性コントロールを増幅できるため、スループットが増加し、ピペット操作エラーが低減
  • 最適化されていない(PCR 効率の低い)アッセイで不正確な結果につながる可能性あり
  • 比較 CT 法を使用する前に、ターゲットと内在性コントロールの PCR 効率が同等であることが必要
相対検量線ターゲットと内在性コントロールの PCR 効率が同等である必要がないため、バリデーションは最小限各ターゲットについて希釈系列を作製し反応を行う必要があるため、より多くの試薬および反応プレートのスペースが必要
絶対定量(検量線)相対的でなく、絶対的な転写産物の量を算出各ターゲットについて検量線が必要とされるため、より多くの試薬および反応プレートのスペースが必要

 

データ解析

データ解析には下記が必要とされます:

  • 全プレートの増幅プロットの表示
  • ベースラインと閾値の設定
  • 相対検量線法または比較 CT 法を用いたデータの解析

 データ解析のリソース

データ解析の詳細は、ご使用のリアルタイム PCR 機器によって異なります。データ解析のインストラクションについては、適切なユーザーガイドを参照してください。

リアルタイム PCR システムユーザーガイド文書番号
7900HT Fast systemRelative Quantitation Using Comparative CT Getting Started Guide4364016
 Performing Fast Gene Quantification: Quick Reference Card4351892
 Performing Fast Gene Quantitation with 384-Well Plates: User Bulletin4369584
7300/7500/7500 FastsystemRelative Quantification: Getting Started Guide4347824
 Relative Standard Curve and Comparative CT Experiments GettingStarted Guide4387783
StepOne™/StepOnePlus™systemComparative CT/Relative Standard Curve and Comparative CT Experiments Getting Started Guide4376785
すべてApplied Biosystems 7900HT Fast Real-Time PCR Systems and 7300/7500/7500 Fast Real-Time PCR Systems Chemistry Guide4348358

データ解析用ツール

TaqMan Gene Expression Assays を用いて得られたデータの解析には、以下のソフトウェアを推奨します。

DataAssist™ ソフトウェア

DataAssist™ Software は操作が簡単でありながらパワフルなデータ解析ツールで、多数の遺伝子とサンプルを用いた比較 CT (ΔΔCT) 法による遺伝子発現の相対定量を行います。このソフトウェアは、すべての Applied Biosystems 装置に適合します。また本ソフトウェアには、外れ値を除外するためのフィルタリング処理、単一または複数の遺伝子に基づくさまざまな標準化法の機能が含まれ、統計解析とインタラクティブな視覚化の組み合わせによる遺伝子発現の相対定量解析を提供します。

DataAssist™ Software は無償で こちらのウェブサイトからダウンロード可能です

比較 CT 法に関する詳しい情報は、Kenneth J. Livak および Thomas D. Schmittgen による比較 CT 法を用いたリアルタイム PCR データの解析 をご覧ください。

RealTime StatMiner® ソフトウェア

Real-Time StatMiner® ソフトウェア(Integromics 社)は、qPCR 実験用のソフトウェア解析パッケージで、Applied Biosystems 装置に適合します。Real-Time StatMiner® ソフトウェアは、ステップバイステップ解析のワークフローガイドを使用します。ガイドには、遺伝子発現の相対定量のためのパラメトリック試験、ノンパラメトリック試験、およびペア試験、ならびに 2 因子の発現差異解析のための two-way ANOVA 解析(二元分散解析)が含まれます。  

 

参考文献

  1. Afonina, I., Zivarts, M., Kutyavin, I., et al.1997.Efficient priming of PCR with short oligonucleotides conjugated to a minor groove binder.Nucleic Acids Res.25:2657–2660.
  2. Förster, V. T. 1948.Zwischenmolekulare Energiewanderung und Fluoreszenz.Annals of Physics (Leipzig) 2:55–75.
  3. Kutyavin, I.V., Lukhtanov, E.A., Gamper, H.B., and Meyer, R.B.1997.Oligonucleotides with conjugated dihydropyrroloindole tripeptides: base composition and backbone effects on hybridization.Nucleic Acids Res.25:3718-3723.
  4. Lakowicz, J.R.1983.Energy Transfer.In Principles of Fluorescence Spectroscopy, New York: Plenum Press 303–339.
  5. Livak, K.J. and Schmittgen, T.D.2008.Analyzing real-time PCR data by the comparative CT method.Nature Protocols 3, 1101-1108.
  6. Livak, K.J. and Schmittgen, T.D.2001.Analysis of relative gene expression data using real-time quantitative PCR and the 2-ΔΔ CT Method.Methods 25, 402–408.
  7. Livak KJ, Flood SJ, Marmaro J, Giusti W, and Deetz K. 1995.Oligonucleotides with fluorescent dyes at opposite ends provide a quenched probe useful for detecting PCR product and nucleic acid hybridization.PCR Methods Appl 4:357–362.
  8. Longo, M.C., Berninger, M.S., and Hartley, J.L.1990.Use of uracil DNA glycosylase to control carryover contamination in polymerase chain reactions.Gene 93:125–128.
  9. Taft, R.; Pang, K.C.; Mercer, T.R.; Dinger, M.; and Mattick, J.S.2010.Non-coding RNAs: regulators of disease.Journal of Pathology, 220:126-139

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.