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分子クローニングのアプリケーションによっては、どんなコンピテントセルでも良いという訳にはいきません。形質転換のために細菌細胞を選択または作成する際、考慮すべき点は、細胞の遺伝的背景、形質転換効率、そして増殖率などを含めた形質転換の手順であり、または要求されるスループットを考慮する必要があるなど、それらは研究者の目的に応じて変わってきます。これらの点は、形質転換実験の成功はもちろん、それに必要な時間と労力に大きな影響を及ぼします。
コンピテントセルは、それらがヒートショックとエレクトロポレーションのどちらに使用されるかを考慮して作成されているため(コンピテントセルの作成を参照)、使用する形質転換の方法は、コンピテントセルの選択において最も重要なファクターの一つとなります。ヒートショックとエレクトロポレーションの二つの方法間での選択は、実験目的に適した形質転換効率、目的となるDNAの複雑性と量、そして利用できるリソースによって左右されます(表1)。
表1に示すように、二つの方法にはそれぞれ利点と課題があります[1,2]。化学的形質転換またはヒートショックは、シンプルなラボ設備で行うことができ、通常のクローニングやサブクローニングのアプリケーションにおいて十分な形質転換効率を示します。この方法はカチオン処理とヒートショックによって細胞膜の透過性を高めるため、細胞壁を持っている細胞の場合は化学的形質転換が好ましくないかもしれません。
化学的形質転換(ヒートショック) | エレクトロポレーション | |
---|---|---|
セットアップ | 特別な装置を必要としない | 特別な装置が必要(例えば、エレクトロポレーターなど) |
プロトコル | 確立されている | 細胞タイプによって異なる場合がある |
形質転換効率 | 1 x 106 ~ 5 x 109 CFU/µg | 1 x 1010 ~ 3 x 1010 CFU/µg |
共通のアプリケーション | 通常のクローニングやサブクローニング、タンパク質発現 | cDNAやgDNAのライブラリ構築、量の少ない(例えばピコグラムの)プラスミドや、大きな(例えば>30 kbの)DNAによる形質転換 |
低い~高い;高スループットな自動化に対応可能 | 低い~中程度:高スループットなアプリケーションに対応できない場合あり | |
適合する細胞タイプ | 細菌種の幅に制限あり | 細胞壁のあるものも含め、幅広い細菌種や他の微生物種にも適合 |
一方で、エレクトロポレーションはヒートショックよりも効率が高い傾向にあります。そのためエレクトロポレーションは、幅広いDNA量(低濃度から飽和濃度まで)、断片サイズ、複雑性に対応できます。エレクトロポレーションによるコンピテント化は、細胞を高電圧電場に短時間暴露させた結果生じる一時的な膜の極性化に起因します(エレクトロポレーションを参照)。化学処理によってコンピテント化できない細胞もまた、エレクトロポレーションの対象となります。エレクトロポレーションを行う場合は、エレクトロポレーターやエレクトロポレーションキュベットのような特別な装置に加え、各細菌株のエレクトロポレーションに最適な電位プロトコルが必要となることに注意してください。
形質転換効率はコンピテントセルに取り込まれたスーパーコイル型プラスミドの量を反映するため、目的のプラスミドクローンを得る上での成功の指標となるクローニング効率 に影響を及ぼすことになります。コンピテントセルの形質転換効率は、細胞の調製方法、保存、目的DNAのタイプ、そしてその他のファクターによって左右されます。
多くのクローニングアプリケーションでは、106 ~1010 CFU/µgの形質転換効率が適切であると考えられています。106 CFU/µg以下の形質転換効率でも、スーパーコイル型プラスミドを用いた通常のクローニングやサブクローニング実験であれば十分に機能します。平滑末端のライゲーションや短いインサート、少ないインプット量の断片といったような、より難しいDNAの形質転換では、転換効率の高い(~108~109 CFU/µg)コンピテントセルが望ましいです。gDNAやcDNAライブラリ、そして>30 kbより大きなプラスミドのような難しいサンプルの場合は、形質転換効率が>1 x 1010 CFU/µg以上であるエレクトロコンピテントセルが推奨されます(図1)。
細菌株は親株の野生型とは異なる特異的な遺伝的変異を持った細菌種のサブグループとして定義されます。形質転換のための大腸菌株としては、DH5α、BL21、HB101、そしてJM109が一般的に使用されます。それぞれの株は、挿入や欠失のような突然変異をリスト化したジェノタイプによって特徴付けることができます(図2)。菌株のジェノタイプは、その株が目的のクローニングアプリケーションに使用できるかどうかを判断する上で極めて重要です。
遺伝子の機能と表現型は、それらのジェノタイプの中の三文字の記号によって示されることがあります。関連する遺伝子は三文字コードの後の大文字によって区別され、例えばlacYとlacZはlac オペロンの二つの遺伝子を意味します。表現型はジェノタイプの中の大文字で始まる非イタリック体の文字として表されることがあります(例えば、TetRはINV110 株のテトラサイクリン耐性を意味します。図2参照)。
表2は一般的なコンピテントセルのジェノタイプにおける遺伝子マーカーとそれらの役割、そして形質転換実験におけるそれらの利点をまとめたものです。これらの遺伝子マーカーは、そのコンピテントセルが研究目的に合っているかどうかを評価するのに役立ちます。
遺伝子マーカー/ジェノタイプ | 野生型遺伝子の機能 | 変異型遺伝子の表現型や利点 |
---|---|---|
細胞増殖 | ||
tonA/fhuA (T1Rとも表記される) | バクテリオファージT1、T5、そしてf80の結合するレセプターとして機能する | これらのバクテリオファージによる細胞感染と溶解に対する保護(図3A) |
コロニースクリーニング | ||
lacZΔM15 | βガラクトシダーゼのαペプチドによって補完される変異型lacZ遺伝子を発現する(α補完) | blue/whiteコロニースクリーニングにより目的クローンの同定を可能にする(図3B) |
DNA メチル化 | ||
dcm/dam | 特定のDNA配列中のシトシンとアデニンをメチル化する | メチル化感受性 酵素により増殖プラスミドの制限を可能にする |
hsdRMS | EcoKI部位を認識するエンドヌクレアーゼのR(制限)、M(修飾/メチル化)、S(特異性)サブユニットをコードする | メチル化されていない非 大腸菌 DNA(例、PCRアンプリコン)の増殖が可能 |
mcrA, mcrBC,mrr | メチル化されたシトシンとアデニンを含む特定の配列を切断する(dam、dcm、EcoKI、EcoBI部位とは異なる配列) | 植物または動物由来のメチル化DNAの増殖を可能にする |
プラスミドの精製 | ||
endA | DNAを非特異的に切断する | 精製時におけるプラスミドの収量と品質を改善する(図3C) |
recA | 相同DNA配列を再結合する | ダイレクトリピート配列を持っているクローン化プラスミドの安定性を増加する プラスミドDNAと宿主gDNA間の組み換えを防ぐ |
タンパク質発現 | ||
lacIq | lacオペロンプロモーターのリプレッサーを過剰に生産する | IPTGによる lacオペロンの転写の厳密な制御を可能にする |
一本鎖DNA(ssDNA)の増殖 | ||
F′ | M13ファージの感染に関わる大腸菌外膜上のF繊毛と呼ばれるストランド様構造をコードする | ssDNAの生産を可能にする |
大腸菌 株、ジェノタイプ、遺伝子マーカーの詳細については、参考文献3と4を参照してください。
細菌株の増殖率と倍加時間は、コンピテントセルの選択において考慮すべき重要なポイントです。増殖の早い細胞は短時間でコロニーを形成し、十分な量のプラスミドを生産するため、クローニングのワークフローを加速します。
図4は幾つかの細菌株の増殖率と、増殖の早い菌株を使用した場合、どれだけの時間が節約できるかを示したものです。増殖の早い菌株はプレーティングしてから8時間以内にコロニーを形成するため、その場合、プレーティングとコロニーのピッキングを同じ日に行うことができます。同様に、菌株によっては接種後4時間で増殖曲線がプラトーに達するため、すぐにプラスミドの分離を行うことができます。
どのコンピテントセルを選択するかは、形質転換反応の数によっても左右されます。ヒートショックとエレクトロポレーションとで考えた場合、後者はエレクトロポレーターやキュベットが必要であり、ワークフローの自動化が課題となっていることから、ハイスループットなクローニングには向いていないかもしれません。
一方、ケミカルコンピテントセルのヒートショックであれば、処理能量の異なる、柔軟なセットアップが提供できます(図5)。高いスループットを求めない実験であれば、細胞を個々のチューブ内で直接、ヒートショックによって形質転換でき、この場合、凍結融解の繰り返しによる形質転換効率のロスを避けることができます。中程度のスループットを求める場合は、同様のアプローチで、マルチチャンネルピペッターとストリップチューブを用いれば良いでしょう。ハイスループットなアプリケーションの場合は、マルチチャンネルピペッティングが可能な96ウェルフォーマット、そしてブロックインキュベーションを用い、必要であれば自動化装置も利用できます。
異なるタイプのDNAを上手く増殖させるためには、特異的な形質転換効率、形質転換方法、細菌のジェノタイプを適切に選ぶ必要があります。そのようなDNAのタイプとしては、メチル化DNA、大きいプラスミド、ファージミド、繰り返し配列を含む不安定なコンストラクト、DNAライブラリ、そして発現ベクターなどが挙げられます。一般的なクローニングアプリケーションにおいて、適切なコンピテントセルをいかにして選択するかといったヒントについては、次のセクションで紹介します。
まとめますと、コンピテントセルの特性を知り、それらを適切に使用することは、クローニング実験を成功させる上でとても重要なのです。コンピテントセルの違いを理解しておけば、形質転換ワークフローの設計やダウンストリームアプリケーションのためのコロニースクリーニングの解釈に戸惑うようなことはありません。
For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.