トランスフェクションの成功には多くの要素が影響します。すなわち、トランスフェクション法の選択、細胞株の健全性と生存率、継代数、コンフルエンシー、使用する核酸の質と量、培養中の血清の有無のすべてがトランスフェクション実験の結果に関与します。特定のトランスフェクション条件を最適化して高いトランスフェクション効率を達成することは可能ですが、使用するトランスフェクション法にかかわらず、一部の細胞死が避けられないことを心に留めておくことは重要です。

細胞の種類

どの種類の細胞をトランスフェクション実験に使用するかの選択は明白に見えますが、見落とされがちな重要な要素です。それぞれの種類の細胞は任意のトランスフェクション試薬またはトランスフェクション法に対し異なる反応を示す可能性があるため、結果を最大化するには適切な種類の細胞と適切な実験デザインを選択する必要があります。

樹立された不死化細胞株は実験室での作業が用意ですが、複数の遺伝的変化を受けているため、in vivo プロセスのモデリングには最適の選択肢ではない場合があります。しかし、トランスフェクション実験の目的が組み換えタンパク質の高レベル生産である場合、細胞株が適切なフォールディングと翻訳後修飾を有する組み換えタンパク質を十分な量発現できる限り、細胞株が in vivo の状態を表すことは重要ではありません。たとえば、浮遊培養に適応させた Gibco Expi293F 細胞を Gibco Expi293 Expression Mediumで増殖させ一過性トランスフェクションを行うと、目的のベクターを起点として適切にフォールディングされ糖鎖修飾を受けたグリコシル化組み換えタンパク質を1 g/L 以上生産することが可能です。

一方、初代培養は天然の組織をより忠実に模倣することから、しばしば使用されます。しかし、初代培養は一般的に増殖能および寿命が限られており、培養を維持することがより困難です。初代培養を使用する場合、ほぼ均一に細胞集団を維持し(たとえば、ニューロン培養ではニューロンを集積させグリア細胞を抑制する必要があります)、できる限り早く細胞を使用することが重要です。

さらに、トランスフェクション実験をデザインするときには、細胞型の生物学的特性を考慮する必要があります。たとえば、いくつかのプロモーターは異なる種類の細胞で異なって機能し、いくつかの細胞の種類は特定のトランスフェクション技術にあまり適していません。

Cell line-dependent differences in transfection efficiency

図 6.1 細胞株によるトランスフェクション効率の違いLipofectamine 2000 試薬および Lipofectamine 3000 試薬を用い、17種の細胞株にプラスミド 0.5 µg/ウェルおよび各試薬の推奨プロトコルを使用して、 24 ウェルプレートで GFP 発現プラスミドをトランスフェクトしました。トランスフェクション から48 時間後にGFP発現を解析しました。各条件を 3 回試験し、データポイントは平均トランスフェクション効率と標準偏差を示しています。

細胞の健全性および生存率

トランスフェクション前の細胞の生存率と全体的な健全性は、トランスフェクション間のばらつきの重要な起源として知られています。一般的に、トランスフェクション前の細胞生存率は 90%以上とし、継代から回復するの十分な時間が必要です。細胞が継代操作から回復し、トランスフェクションに最適な生理学的状態にするために、トランスフェクションの少なくとも24 時間前に細胞を継代することを強くお勧めします。

不死化細胞株の細胞培養は、研究室で数カ月から数年にわたり進化し、トランスフェクションに関する細胞挙動に変化をもたらします。過剰な継代はトランスフェクション効率だけでなく、細胞集団全体における全導入遺伝子発現レベルに悪影響を及す可能性があります。通常、当社ではストック培養物解凍後、継代数が 30 未満の細胞を使用することを推奨しています。凍結細胞の新鮮バイアルを融解し、トランスフェクション実験用に継代数が少ない培養を確立することで、トランスフェクション活性を回復させることができます。最適な再現性のために、継代数が少ない細胞のアリコートを凍結保存し必要に応じて融解します。新しいバイアルの細胞は、融解後 3 回または 4 回継代することが可能です。

汚染はトランスフェクションの結果を大幅に変化させるため、細胞培養および培地は生物学的汚染( 生物学的汚染を参照)について日常的に検査し、汚染された培養物および培地をトランスフェクションに絶対に使用しないでください。細胞に汚染が認められたり、多少なりとも細胞の健全性が損なわれた場合は、それらを廃棄し、汚染されていない凍結ストックから再度播種する必要があります。

コンフルエンシー

最適なトランスフェクション結果を得るためには、通常の継代操作に従い、次の継代前にほぼコンフルエントな状態になるような希釈率で継代を週に 1 回か 2 回行います。細胞を 24 時間以上コンフルエントな状態にしておかないでください。

トランスフェクションに最適な細胞密度は、さまざまな細胞の種類、アプリケーション、トランスフェクション技術によって異なり、新しい細胞株のトランスフェクションを行うごとに決める必要があります。実験ごとに標準的な播種プロトコルを維持することによって、トランスフェクション時に確実に最適なコンフルエンシーに達成させることが可能となります。カチオン性脂質媒介トランスフェクションでは、通常、トランスフェクション時に接着細胞では 70 ~ 90%コンフルエンス、浮遊細胞では細胞 5 x 105 ~ 2 x 106 個/mL であれば良好な結果が得られます。

活発に分裂している細胞は静止状態の細胞よりも外来核酸をよりよく取り込むため、トランスフェクション時に細胞がコンフルエンス状態や静止期にないことを確認してください。細胞密度が高すぎると接触阻害が起こり、核酸の取り込みが不足したり、トランスフェクトされた遺伝子の発現が低下したりする可能性があります。しかし、培養中の細胞が少なすぎると、細胞間接触が起こらず、増殖が不十分になる可能性があります。このような場合では、培養中の細胞数を増加させるとトランスフェクション効率が改善されます。同様に、活発に分裂している細胞株は、ウイルスベクターでより効率的に形質導入されます。ウイルスコンストラクトを非分裂細胞型に形質導入する場合、組み換えタンパク質の最適な形質導入効率および高い発現レベルの向上に、 MOI(感染多重度)を増やすが必要がある場合があります。

培地

さまざまな細胞または細胞の種類には、非常に特異的な培地、血清およびサプリメントの条件があり、細胞の種類およびトランスフェクション法にもっとも適した培地を選択することがトランスフェクション実験においてきわめて重要となります。任意の細胞の種類およびトランスフェクション法に適した培地を選択するための情報は、通常、既刊文献により入手可能であり、あるいは細胞の供給元や細胞バンクから入手することもできます。ご使用の細胞の種類に適した培地に関する情報が得られない場合は、経験的に決定する必要があります。

主要な成分や必要なサプリメントを欠く培地は細胞の成長を阻害する可能性があるため、特に培地中のいずれかの成分が不安定である場合には新鮮な培地を使用することが重要です。

細胞培養培地情報については、一般的な細胞株にの推奨培地を参照してください。一部の細胞株および初代細胞には、培養プレートに接着させ最適なトランスフェクション結果を得るために、特別なコーティング物質(例:ポリリジン、コラーゲン、フィブロネクチン)が必要な場合があります。

血清

一般的に、培養培地中に血清が存在すると、 DNA のトランスフェクションが増強されます。しかし、カチオン性脂質媒介トランスフェクションを実施する場合、血清タンパク質の一部が DNA 脂質複合体の形成を妨げるため、血清非存在下で DNA -脂質複合体を形成することが重要です。カチオン性脂質試薬および DNA の最適量は血清存在下で変化することに注意してください。したがって、血清含有トランスフェクション培地を使用する場合には、トランスフェクション条件を最適化する必要があります。

細胞にRNAをトランスフェクトする場合は、リRNase混入の可能性を避けるために、血清の非存在下でトランスフェクション操作を実施することを推奨します。ほとんどの細胞は、無血清培地中で数時間健全性を保ちます。

血清の品質は細胞増殖およびトランスフェクションの結果に大きく影響します。したがって、最善の結果を得るためには、異なるブランド間のばらつき、または血清の異なるロット間のばらつきを制御することが重要です。細胞で血清をテストした後は、結果のばらつきを避けるために同じ血清を使用し続けてください。血清を含むすべての Gibco 製品は、汚染についてテストされており、品質、安全性、一貫性および規制準拠が保証されています。

抗生物質

一般に、一過性トランスフェクション培地に抗生物質が存在します。しかし、カチオン性脂質試薬は細胞透過性を高めるため、細胞に送達される抗生物質の量も増加し、その結果、細胞毒性とトランスフェクション効率の低下が生じます。したがって、トランスフェクション培地に抗生物質を添加することはお勧めしません。トランスフェクションのために細胞を播種する際に抗生物質を使用しないことで、トランスフェクション前に細胞を洗浄する必要性も低減します。

安定トランスフェクションでは、ペニシリンおよびストレプトマイシンを選択培地に使用しないでください。これらの抗生物質は Gibco Geneticin 選択的抗生物質の競合阻害物質であるためです。安定細胞株を作製する場合、選択的抗生物質を添加する前に細胞のトランスフェクション操作後、耐性遺伝子が発現するまで 48 ~ 72 時間お待ちください。

無血清培地を使用する場合は、細胞の健全性を維持するために、血清含有培地よりも抗生物質の使用量を減らしてください。

トランスフェクションされる分子の種類

プラスミド DNA はトランスフェクションにもっともよく使用されるベクターです。プラスミド DNA ベクターのトポロジー(直鎖状またはスーパーコイル状)とサイズはトランスフェクション効率に影響します。一過性トランスフェクションはスーパーコイルプラスミド DNA でもっとも効率的です。安定トランスフェクションでは、直鎖状DNA を使用すると細胞による DNA 取り込みはスーパーコイル DNA に比べて低くなりますが、宿主ゲノムへの DNA 組み込みが最適になります。

オリゴヌクレオチド、RNA、siRNA、タンパク質など他の高分子も細胞にトランスフェクトできますが、他の高分子を使用するときにはプラスミド DNAが機能する条件を最適化する必要があります。

トランスフェクション法

核酸を細胞に導入するためには、さまざまな生物学的、化学的、物理的方法を用いる数多くの戦略が存在します。しかし、これらの方法のすべてがすべての細胞の種類および実験アプリケーションに適用できるわけではなく、トランスフェクション効率、細胞毒性、正常な生理機能への影響、遺伝子発現のレベルなどに関して幅広いバリエーションがあります。理想的なアプローチは、細胞の種類および実験のニーズによって選択する必要があり、トランスフェクション効率が高く、細胞毒性が低く、正常な生理機能への影響が最小限で、使用しやすく再現性が高い必要があります。さまざまなトランスフェクション法の概要および比較については、遺伝子導入技術を参照してください。

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.