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ライフサイエンス研究者のほとんどが、そのキャリアのどこかで「ゲルで泳動」することになります。核酸やタンパク質のような生体分子が通過するゲルマトリクスに電場をかけることで、それらをサイズや電荷、そして構造の違いに基づく移動度の違いによって分離することができます。ゲルマトリクスは一般的に分子ふるいとしての役割を果たし、電気の力による生体分子の移動に対して抵抗性を示します。この方法はゲル電気泳動と呼ばれ、文字通り、電流がゲルを通過することで行なわれます。では、核酸のゲル電気泳動はどのようにして行われ、どのようにして考えられたのでしょうか?
ゲル電気泳動は、分子生物学において核酸を同定、定量、そして精製できる一般的な技術です。その速さ、簡便性、そして多能性から、核酸の分離解析に幅広く使用されています。ゲル電気泳動を使用すれば、0.1 ~ 25 kbpくらいの核酸を数分から数時間で分離解析でき、また分離した核酸を比較的高純度かつ効率よく、ゲルから回収できます [1、2]。
この技術では荷電分子の混合物に電場をかけ、それらをサイズ、電荷、構造に基づき泳動させ、ゲルマトリクス内を通過させます。核酸のリボース‐リン酸骨格のリン酸基は、中性から塩基性の pH においてマイナスに荷電します(図 1A). そのため、それぞれのヌクレオチドは正味のマイナス電荷を持ち、核酸分子全体の電荷はヌクレオチドの総数やその質量に比例します。言い換えると、DNA や RNA 分子は一定の質量電荷比を持っているのです。その結果、ゲル電気泳動における核酸の移動度は、それらが同様の構造をとっている場合、主にサイズによって決定されます(詳細は、核酸の構造はどのように泳動に影響するのか、を参照)。そのため、電場をかけた時、核酸はマイナス電極(陰極)からプラス電極(陽極)に向かって泳動し、短い断片は長い断片よりも早く移動するので、結果、サイズの違いによって分離されることになります( 図 1B)。
図 1.(A)核酸鎖の持つマイナス電荷。(B)さまざまな長さの核酸断片のゲル電気泳動による分離。
さらに、ゲル電気泳動における核酸の泳動距離は、一般的にそれらのサイズと相関を示すため、サンプル中の核酸のサイズを求めることができるのです。直鎖の二本鎖DNA断片の移動距離は、特定の範囲において分子量の log値と反比例します(図 2A)[3]。. サイズの推定をするためには、既知のサイズの断片を含むサンプル(分子量スタンダード、またはラダーとも呼ばれる)を一緒に泳動し、それらの移動距離と比較します。ゲルを通過する核酸の移動度に関して幅広く用いられるモデルは「biased reptaion」です。つまり、加えた電気の力に対する偏った泳動であり、先端が残りの部分を引っ張る、ヘビのような動きであると考えられます(図 2B)[4、5]。このモデルは蛍光顕微鏡によって観察されました [6]。
図 2. ゲル電気泳動における核酸の移動度。(A)直鎖状の二本鎖 DNA 断片のサイズと移動度の相関。(B)Biased reptation モデル。
核酸の分離に電気泳動が使用されたのは、1960 年代の初め頃でした。当時、核酸はサイズと立体構造によって決まる沈降速度に基づいた、密度勾配遠心法によって分画されていました。密度勾配遠心法は、時間がかかり、遠心機を必要とし、そして大量のサンプルを必要としました。代わりの方法を求めて研究者たちは、電場をかけた時のイオン性または電解質溶液中での DNA の移動度の特徴について調べ始め、そのプロセスを電気泳動と名付けました [7、8]。
数年のうちに核酸の電気泳動は、すでにタンパク質の電気泳動に利用されていた技術を応用し、分離担体としてゲルマトリクスを使用する方法へと発展しました。DNA や RNA の電気泳動のマトリクスとして、寒天(天然由来の多糖)、アガロース(寒天の成分)、ポリアクリルアミド(合成ポリマー)、そしてアガロース‐アクリルアミド混成ゲルなどが有効であることが、1960 年代の中頃から終わりにかけて見出されました[9-11]。これらの初期のゲル電気泳動実験における分画の結果は、当時核酸の分離方法として確立されていた密度勾配遠心法によって得られる沈降係数、または S 値との相関を示しました。1960 年代後半、アガロースに関する理解と製造法が進展し、寒天に代わるゲル電気泳動のより良い担体として、徐々にアガロースが利用されるようになりました[12]。
図 3. 核酸ゲル電気泳動の発展初期におけるタイムライン。
1970 年代に入り、核酸の分離解析におけるゲル電気泳動の使用は、制限酵素の発見と、それらの組み換え DNA 技術への応用によって、より一般的なものになっていきました。当時一般的な方法であったショ糖密度勾配遠心法は、面倒な工程を含む上に、制限酵素反応によって得られる近いサイズの DNA 断片を分離することができませんでした。1971年、Danna と Nathans がポリアクリルアミドゲル電気泳動によって SV40 DNA の制限酵素消化断片を初めて分離した時[14]、DNA 断片のクローニングに革命が起きました。1960 年代後半、RNA と一重鎖DNAの分離にアガロースおよびアガロース‐ポリアクリルアミドゲルが使用されましたが[15、16]、 アガロースゲル電気泳動による制限酵素消化断片の分析に関する研究は、1973 年まで論文報告されませんでした(図 3)[17、18]。
1970 年代にはまた、ゲル電気泳動で核酸を検出する方法においてブレイクスルーがもたらされました。初期の電気泳動法では、分離した核酸の可視化は放射活性標識によって行われていました。感度は高いものの、放射標識のプロトコルは長く、また安全性の面からも注意が必要でした。1972 年、2 つの研究室が、蛍光色素エチジウムブロマイド(EtBr)によるゲルの染色方法を別々に発表し、それは数ナノグラムの二本鎖DNAを検出できる感度を持った簡便な方法として広まりました[19‐21]。今日では、EtBr よりも安全で、高感度かつ特異的な蛍光色素が利用でき、ゲル電気泳動後の核酸の検出は改善されています。
1970 年頃、EtBr の登場と共に、「スラブ」ゲルが登場し、ゲル電気泳動はさらに有用となり、今日ではありふれたツールとなりました。ゲル電気泳動に関する初期の研究では、直径 1 ~ 3 mm のガラス管内に作成されたチューブゲルを用いて行われていました。これはチューブあたり 1 つのサンプルしか泳動できないため、極めてスループットの低い方法でした(図 4A)。作成が簡単で同時に多くのサンプルを泳動できる、垂直のスラブゲル(図 4B)は、1960年代後半にポリアクリルアミドで初めて導入され、1970 年代初期に Studier によって改良されました[22‐24]。 今日でも使用されているフォーマットである、アガロースの水平スラブゲル(図 4C)は、1977 年、McDonell らによって最初に報告されました[25]。今日では、ポリアクリルアミドとアガロースの両方において、より安全で早く、簡便なゲル電気泳動のために、プレキャストですぐに使用できるゲルが利用できます。さらには、10 分程度で泳動できるプレキャストゲルでバッファーが不要なゲル電気泳動システム もあります。それらはまた、デジタルイメージングと組み合わせることができ、分離した核酸の解析をより効率的で簡便になります。
図 4. 電気泳動のための一般的なゲルフォーマット。
総括として、ゲル電気泳動は分子生物学における核酸分離のための一般的な技術となりました。ゲル電気泳動は、 分子クローニングや PCR のような一般的なワークフローへと繋げるための分析および分取技術としてだけでなく、 ゲノム編集や次世代シーケンシングのような新しい技術のための核酸の分離解析法としても重要な役割を果たします。
For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.