PCRアプリケーション

PCRは、基礎研究のみならず、医学的な診断、法医学および農学の領域においても、多岐にわたるアプリケーションを有します。本ページで述べるように、PCRアプリケーションのいくつかの例として、以下のものがあります:

関連ビデオ

遺伝子発現

特定の時点の細胞型、組織および生体における遺伝子発現の変動は、PCRで調べることができます。この過程では最初に、目的の試料からRNAを単離し、メッセンジャーRNA(mRNA)を相補的DNA(cDNA)に逆転写します。mRNAの初期濃度は、PCRで増幅したcDNAの量から算出することができます。この過程は、逆転写PCRまたはRT-PCRという名前でも知られています(図1)。

RT-PCR

図1. RT-PCR RNAは、cDNAに逆転写され、続いてPCRで増幅します(RT = 逆転写、RTase = 逆転写酵素)。

ゲル中の増幅されたPCR産物の強度からRNA発現量を定量する目的で、エンドポイントPCRを実施しますが、これは半定量的な手法(アプローチ)です。まずインプットcDNAは段階希釈し、次いで増幅します。様々なインプット量のエンドポイントPCR産物は、ゲル上にバンドとして視覚化されます(図2)。次に、そのバンド強度を定量し、内在性コントロールとしてのハウスキーピング遺伝子のバンド強度に対して標準化することで、増幅された標的の相対的な発現レベルを推定します[1,2]。より信頼できる定量的な遺伝子発現データを得るため、今日、エンドポイントPCRの大部分は、リアルタイムPCRまたはqPCRに置き換えられています(詳細については、定量PCRおよび逆転写を参照してください)。

PCR産物量

 

 

図2. インプットcDNAの段階希釈液から、PCR産物をアガロースゲル上で染色することにより可視化して得られるPCR産物量。

ジェノタイピング

PCRを用いて、特定の細胞または生体のアレルの配列を検出することができます。例としては、ノックアウトおよびノックインマウスといったトランスジェニック生物のジェノタイピングがあります[3]。プライマーセットが目的の領域の両側に位置するようにデザインし、アンプリコン(PCR増幅産物)の有無および/またはその鎖長に基づいて遺伝的変異を評価します(図3)。

PCR for allelic genotyping of transgenic organisms

図3. トランスジェニック生物のアレルジェノタイピング用PCR。 (A)野生型(濃い灰色)またはゲノム座位でのトランスジェニック(黄色)の配列は、目的の領域に特異的なPCRプライマーをデザインすることで検出できます。 (B) このゲル写真が示すように、PCR産物は遺伝子型を明確にするのに用いることができます。 これらの実験には、野生型(+/+)のゲノムDNAおよびトランスジェニックマウス(+/–および–/–)を使用しました。 
 

しかし、特異的なヌクレオチド変異を検出するためには、増幅された配列をさらに解析しなければなりません。例えば、PCRアンプリコンのシーケンシング(配列決定)は、一塩基変異(SNV)および一塩基多型(SNP)を調べるための1つのアプローチです。PCR中に望まない変異の発生を防止するのに、ハイフィデリティ(高正確性)DNAポリメラーゼを強く推奨します。

PCRによるジェノタイピングは、がんおよび遺伝における変異の遺伝子解析の基本的な側面もあります。

クローニング

PCRは、PCRクローニングとして知られる手法で目的のDNA断片をクローン化するときに広く使用されています。ダイレクトPCRクローニングでは、DNA(例:gDNA、cDNA、プラスミドDNA)の目的の領域を増幅し、特別に設計されたベクターに挿入します。別の方法として、PCR産物をベクターに挿入するため、プライマーの5′末端に余分なヌクレオチドを付加したデザインにすることもあります。こうしたアドオン方式の配列例としては、制限酵素処理およびライゲーション(連結)を介したクローニングのための制限酵素切断部位、ライゲーション非依存型クローニングのためのベクター適合配列、および組換え配列などがあります(図4)。(詳細はPCRクローニング・ウェブセミナーを参照してください。)

PCR cloning: inserts prepared by PCR cloned into compatible vectors

図4. PCRクローニング:PCRで調製したインサートを適合ベクターにクローニング。 (A) ダイレクトPCRクローニング手法には、TAおよび平滑末端クローニングが含まれます。 (B) 間接PCRクローニングの場合、アンプリコンは、適合ベクターに挿入する前に制限酵素などで末端を処理します。 
 

プライマーは3′から5末端方向に合成されるため、これらDNAオリゴの合成が失敗または不完全である場合、不完全な5′末端配列となります。そのため、望ましいPCR断片の良好なクローニングを確保するには、余分な合成試薬の除去処理だけでなく、非完全長DNAオリゴを除去する精製を推奨します。

インサートの調製のほか、PCRは、クローニング後に目的のインサート保有の有無についてスクリーニングするのに有用です。プライマーは、インサートの有無ならびにベクター中のインサートの方向を明確にするためデザインすることができます(詳細はPCRコロニースクリーニングを参照してください)。

変異導入

PCRクローニングから得られるベネフィットの1つは、クローニングを通じて目的の遺伝子に、変異研究用に望ましい変異を導入できることです。部位特異的変異導入として、PCRプライマーは特異的配列内に塩基置換、欠失または挿入を取り込むようにデザインされます。図5に示す概略図では、プライマーは既にプラスミド内でクローニングされた配列のところで方向付けられています。導入された変異を含むPCR産物は、次にセルフライゲーション(自己連結)して環状プラスミドを再生し、コンピテントセルを形質転換させるのに使用されます。

PCR in site-directed mutagenesis

図5. 部位特異的変異導入のPCR 本アプローチでは重複のないプライマーを利用しています(赤色のアスタリスクは変異ヌクレオチド、灰色の線は欠失配列、青色の線は挿入配列を示しています)。 5′末端重複配列を有するような代替プライマーデザインも考えられます[4-6]。

部位特異的変異導入実験の考慮すべき重要な事柄として、以下のようなものがあります:

  1. プライマーデザイン
  2. DNAポリメラーゼの選択
  3. PCRパラメーター

プライマーデザイン:変異導入プライマーをデザインする場合、プライマーの中央近くまたは3′末端から7~8ヌクレオチド以上離れた位置に、変異配列を置くのが望ましいやり方です。これは、効率的な3′末端伸長を可能にし、DNAポリメラーゼによりミスマッチ塩基修復されるのを防止します(3′→5′エキソヌクレアーゼ活性)。変異導入およびクローニング効率を最大限に高める目的で、精製PCRプライマーの使用を推奨します。

DNAポリメラーゼの選択: 予期しないトラブルを避け、望ましい変異を有するPCR断片を得るためにハイフィデリティDNAポリメラーゼを使用することは極めて重要です。また、選択したDNAポリメラーゼは、テンプレートDNAの全長を増幅できなければなりません(完全長の変異プラスミドを得るため)。

PCRパラメーター: PCRの標的が短くなるにつれ、また、PCRサイクルが少なくなるにつれ、PCRエラー率は低下します。より長いDNAを増幅する場合に正確な配列を維持するため、またはより少ないPCRサイクルから高い収率を得るため、処理能力が大きくハイフィデリティのDNAポリメラーゼを推奨します(詳細はDNAポリメラーゼ特性を参照してください)。

多くの変異部位を導入する目的で、重複する相同配列を有する変異導入プライマーを、PCR用にデザインすることができます。次いで、アンプリコンの相同末端は方向的に組換えを起こし、望ましい多くの変異を有するプラスミドが得られます(図6)。本アプローチは、1回のPCRで増幅するには長過ぎるプラスミドに変異を起こすのみならず、長いPCR増幅で高頻度のエラーを防止する目的で適用します(詳細はlong PCRを参照してください)。

Site-directed mutagenesis using PCR primers with mutant sequences and homologous end sequences

図6. 変異配列および相同末端配列を有するPCRプライマーを用いた部位特異的変異導入。 ここに示したアプローチは、Invitrogen™ GeneArt™ Site-Directed Mutagenesis Systemの機序を示します。ここで、四角ブロックは組換えおよび変異導入部位を示しています。

メチル化

PCRは、座位特異的メチル化を調べるのに用いることができます。目的の座位のメチル化状態を識別するよう、メチル化特異的PCR(MSP)と呼ばれている手法で2つのプライマーペアをデザインします[7,8]。

DNA試料は最初に亜硫酸水素塩で処理することにより、メチル化されていないシトシン(C)がウラシル(U)に変換されます。メチル化されたシトシン(m5C)は、亜硫酸水素塩処理の影響を受けず塩基置換はありません。メチル化された部位を検出するため、プライマーペアのの1組は、標的配列内のm5Cと対になるようにグアニン(G)を用いてデザインします。一方、メチル化されていない部位を検出するため、プライマーペアのもう1組は、亜硫酸水素塩で変換された分子のウラシルと対になるように(そして、その後のPCRサイクルでチミン(T)と対になるように)アデニン(A)を用いてデザインします。 プライマー結合に応じたPCR増幅は、座位のメチル化状態を見極めるのに用います(図7)。 (詳細は制限酵素によるメチル化分析を参照してください。)

Methylation-specific PCR

図7. メチル化特異的PCR。 まず最初に、DNA試料は最初に亜硫酸水素塩で処理することにより、メチル化されていないシトシンをウラシルに変換します。 座位のメチル化状態を識別するよう、亜硫酸水素塩で処理したDNAの増幅に基づいて、PCRプライマーの2種類のセット(メチル化および非メチル化)をデザインします。 亜硫酸水素塩処理後、メチル化されていないDNAは、G-Uのミスマッチが原因で1本鎖として存在します。ここでは、簡略化するため、DNAの1本鎖のみを示します。
 

MSPは、亜硫酸水素塩で変換された配列に対するプライマーの特異性に非常に左右されるため、プライマーデザインが実験の成功に重要な役割を果たします。まず第1に、プライマー結合部位は、メチル化された配列とメチル化されていない配列を識別して検出できるように、メチル化感受性の残基を含んでいなければなりません。第2に、非メチル化プライマーは、通常、ATに富むため、特異的なアニーリングを可能にするには、Tmが60°C以上の長鎖(例:30個を超えるヌクレオチド)である必要があります。さらに、ATに富む配列は、プライマーダイマー形成、ミスマッチハイブリダイゼーション、DNAポリメラーゼスリッページおよび増幅バイアスを起こしやすい傾向があります。そのため、選択されたDNAポリメラーゼは、AT/GC含量が広範囲にわたるテンプレートを増幅できなければなりません。第3に、プライマーの特異性は、メチル化状態が既知および未知の対照DNAを用いた実験に基づいて、偽陽性結果を評価しなければなりません。塩基対のミスマッチによるメチル化状態を識別しやすくするには、3′末端にG-AまたはT-C対を有するメチル化および非メチル化プライマーをデザインするのが得策です(図7)。

ATに富む配列を増幅することに加え、DNAポリメラーゼは、亜硫酸水素塩処理後のDNAのU残基を読み通さなければなりません。ほとんどのハイフィデリティDNAポリメラーゼは、始生代に起源をもつウラシル結合ポケットが存在するため、MSPに適しません(特別に改変しない限り)。同様に、テンプレート配列にUが存在すれば、PCRキャリーオーバーコンタミネーションの防止を目的としたUDG処理を可能にすることができません。

エンドポイントPCRの代わりとして、MSPによるリアルタイムPCRは、メチル化のより多くの定量分析に用いることができます。リアルタイムPCRを用いたPCRアンプリコンの融解曲線解析は、目的の座位のメチル化状態を検出する代替となるPCRベースのアプローチです。

シーケンシング

PCRは、シーケンシング用のテンプレートDNAを濃縮するのに比較的シンプルなアプローチです。DNA配列の正確性を維持するため、テンプレートのシーケンシング準備にハイフィデリティPCRを用いることを大いに推奨します。

Sangerシーケンシングの場合、PCRで増幅された断片は、精製してシーケンシング反応にかけます。プライマーのシーケンシングによく使用される結合配列(例:M13またはT7「ユニバーサルプライマー」結合配列)をPCRプライマーの5′末端にタグ付けすることで、シーケンシングワークフローを簡便にすることができます(図8)。

Preparation of PCR amplicons for Sanger sequencing

図8. SangerシーケンシングでのPCRアンプリコンの調製。 PCRプライマーは、シーケンシングプライマー配列でタグ付けすることで、ワークフローを円滑に実施することができます。
 

次世代シーケンシング(NGS)の場合、PCRは、DNAシーケンシングライブラリーを作製するのに広く用いられます。NGSライブラリー調製では、初期量が限られる場合にDNA試料をPCRで濃縮し、シーケンシングアダプターでタグ付け(マルチプレックス用のユニークなバーコードとともに)されます(図9)。ライブラリーのシーケンシングに十分なカバレッジをもたらすため、利用するDNAポリメラーゼは、高いフィデリティに加えて、増幅バイアスを最小限に抑えなければなりません。

PCR in preparing DNA samples for next-generation sequencing

図9. 次世代シーケンシングのDNA試料調製におけるPCR。
 

医学、法医学および応用科学

PCRをベースとした技術は、基礎研究に加え、臨床診断法医学検査および農業バイオテクノロジーに日常的に使用されています。こうした用途には、信頼性の高い性能、優れた感度および厳格な仕様が求められます。そのため、サーマルサイクラーおよび試薬は、これらの目的に対応し、特別にデザインされなければなりません。分子診断の例としては、遺伝子検査、発がん性変異の検出、および感染症の検査などがあります。法医学分野では、PCRによりgDNA上の固有の短反復配列(STR)を増幅することで、個人の識別が行われています。農業分野では、PCRは、食物病原体検出品質改良目的の植物ジェノタイピングおよびGMO検査において不可欠な役割を果たしています。

結論として、PCRは1980年代のその導入以来、有用なツールであることを証明し続けており、ディスカバリーバイオロジー、医療診断、法医学および農業に幅広い用途があります。

参考文献

For Research Use Only. Not for use in diagnostic procedures.